2017年12月14日

コンビニでBitCashカード買って欲しい詐欺(170)

只今、22時30分。

「和食・影武者」の大テーブル。

仕事を終えた女将が、スマホを手にしながら、近づいてくる。

「◯◯さんの奥様ってJUNKOさんだったけ?」

「ム〜ん、違ったと思うけど」

突然の問いかけに面食らう私。

「ラインで『今忙しい?』とコメントが入ってきたんだけど。誰だろう?」

スマホには、13日・15:14の表示がある。

「◯◯JUNKOさんって知り合いはいないんだけど。この馴れ馴れしさは知人かもしれないと迷ってあげく『大丈夫ですよ〜』と返信しておいた」

こうしてコメントは続く。

『ちょっと手伝って欲しいんだけど?』

「やっぱり知人の奥様かな。

失礼があってはいけないので『はい、なんでしょう?』と答えた」

『近くのコンビニでBitCashカードを何枚か買ってきて欲しいんだけどいいかな?』

そのコメントを読み上げた時、大テーブル今夜のゲストNBが叫んだ。

「それそれ、それは詐欺だよ!」

その一言に、大テーブルは色めきだった。

特に私は、興奮気味。

オレオレ詐欺などニュースで聞くことはあっても、身近で起きたことはない。

犯罪の匂いがする、生々しいコメントを見るのは初めてだ。

日本で流行っている詐欺が、遠くバリ島ウブドまで飛んできた。

これもネット社会が成せる技か。

女将は、おかしいと気づいて、返事を書いた。

「すみません、やはりお人違いだと思います。

たぶんそうだよなと...と思いながらも、ここまで引っ張ってしまいました。

ごめんなさい!

ちなみに私はバリ島在住の◯◯◯子です」

このコメントは、既読になっている。

「名古屋の◯◯くんの奥様ですよね?」

このコメントが読まれていないところをみると、前文でばれたと感じて引き下がったのだろう。

こうしてコメントは終焉した。


NBが女将に説明している。

私はパソコンで「コンビニでBitCashカード買って欲しい詐欺」とググってみた。

あったあった。

手口のサンプルが貼ってある。

「何してますか?忙しいですか?手伝ってもらってもいいですか?」

「なんでしゃろ?」

「近くのコンビニエンスストアーでweb money のプリペイドカードを買うのを手伝ってもらえますか?」

「4万円分?」

「10000点のカードを6枚買ってください?」

「6万かよ!」

女将に届いたのと、ほとんど同じコメントが交わされている。


ところで「Bit Cashカード」「web money のプリペイドカード」って何?

ウブドのコンビニで、そんなカードが売られているのか。

日本にお住いの方は、すでにご存知なのだろうが、バリ島の田舎に居る私はまったく知らない情報。

念のために、グーグルの記事を掲載した。

携帯電話用の無料通信アプリ「LINE(ライン)」で、何者かがアカウントを乗っ取り、本人が知らない間に知人に金券を要求するという被害が相次いでいる。

登録しているメールアドレスとパスワードを不正に入手しているものとみられ、運営元のLINE株式会社ではパスワードの変更を呼びかけている。

乗っ取りアカウントからのメッセージを受け取った人の証言によると、6月14日と22日に知人2人からほぼ同じメッセージ届いた。

「何をしてますか?忙しいですか?手伝ってもらっていいですか?」というメッセージが届き、そこに返事をすると「近くのコンビニエンスストアでWebMoneyのプリペイドカードを買うのを手伝ってもらえますか?」と要求されたという。

自動応答プログラムなのか、人間がやり取りしているのかは不明だが、4万円もしくは6万円のカードの購入を要求され、カードの番号を写真に撮るように言われたという。

LINE株式会社によると、5月下旬から今月14日までの間に、利用者になりすまして電子マネーの購入を呼びかけるメールが送られるなど不正ログインによる被害が303件あり、そのうち3件で実際に電子マネーを購入してだまし取られる被害があった。

詳しい手口や被害額は確認中という。

この問題は、何らかの方法で不正入手したIDとパスワードを使って、さまざまなサイトにログインを試みる「リスト型アカウントハッキング」によるものとみられている。

複数のサービスで同じIDとパスワードを使っていると乗っ取られやすいとされる。

ドワンゴの会員制動画サイト「ニコニコ動画」やSNSサイトの「ミクシィ」でも不正アクセスの被害が相次いでおり、同じメールアドレスとパスワードと複数のサイトで使い回しているユーザーは、パスワードを変更することをお勧めしたい。


詐欺だと知った女将が、深夜に送ったコメントは。

「いま友人から聞きましたが、あなた詐欺師ですね?」

これで女将の気を収まったようだ。

それにしても、次から次へと新手の詐欺が考案されるもんだね。

世の中が、荒んでいる証拠だ。

詐欺が横行して、疑心暗鬼を生ずる。

他人を信用できない、住みにくい社会になっていく。


posted by ito-san at 16:55| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月11日

アグン山の噴火で思う(169)

インドネシア政府は9月下旬、アグン山の火山性微動の回数が増えたことにより危険度指数を上げた。

この時点から、バリ島の観光客が減り始める。

11月21日、アグン山が1963年以来の噴火。

一時は空港閉鎖で観光客が混乱。

そして、観光客が激減。

現在は、小規模噴火はあるものの、小康状態が続いている。

バリは、観光で成り立っている島。

ツーリストの減少は、経済にダイレクトに影響を及ぼす。


12月の某日、知人からメールが入った。

「今、私の店にジャカルタの通信社の方が見えていて、アグン山の噴火について、伊藤さんに話を伺いたいと仰っています。

夜、影武者に行くと言ってますが、よろしいですか?」

私の知識が参考になるとは思えないが、「和食・影武者」には、毎夜9時前後には居るので、その旨を伝えた。

1日の締めくくりは影武者だ。

影武者に顔を出すと、日本人男女と立ち話をしている爽やかな身なりの青年が目に入った。

この男性が通信社の方だ、と私の感は教えてくれた。

日本人男女は、知人のカメラマンのAさんと、宿を営んでいるA子さんだ。

しばらくして、彼らが帰ることになったのだろう、私のテーブルに青年が近ずいてきた。

「伊藤さんですか? ジャカルタの通信社の者です。お話を伺いたいので、同席してもよろしいでしょうか?」

どうぞどうぞ、ということになって話が始まった。


アグン山噴火で、今のところ死者はでていない。

被害を受けている地域も少ない。

そんなことで、緊張感も薄い。

ウブドにいるからそう感じるのかもしれない。

アグン山の噴火についてと聞かれても。

立場によって、意見がそれぞれ違ってくる。

それもわかっての質問だろう。

私が滞在するウブドは、火砕流、火山ガス、火山灰の降灰などの心配ない地域とされている。

今のところ、まったく被害を受けていない。

近くて遠いのか、実感がともなっていない。

現場近くに住み被害を受けている人々の気持ちは、想像もできない。

励ましの声を掛けることはできるが、それは何の手助けにならないだろう。

そんな私の考えが、紙面に載るのは控えたい。

自己紹介のあと、私は。

直接、被害を受けている人々、

それ以外の地域のバリ島民、

現地の人と結婚して住んでいる外国人、

ツーリストにも長期滞在者と短期旅行者といる、と話を始めた。

いつでもこの地を離れられるという気持ちのツーリストと現地の人とは、根本的に受け止め方が違う。

私はツーリストで、やはり最悪の場合は島を離れるだろう。

こんな風に説明して、噴火についての話を避けた。

青年は、シビアな内容は望んでいなかったようで、質問の矛先が変わった。

「どうしてウブドに住み始めたのですか?」

よくある質問。

彼も、インドネシアが好きで選んだ仕事らしい。

途中から、大原さんも加わって昔話になる。

最後は、ツーリスト同士の会話で落ち着いた。


通信社の青年に話さなかった、私の思い。

今回の噴火、私はバリ島の浄化と受け止めた。

観光地バリは、自然を壊しながら発展してきた。

もうこれ以上、自然を失くすな!

山岳信仰でもあるヒンドゥー・ダルモ。

そんな発展に、アグン山がレッドカードを掲げたのだ。

「これまで壊してきた自然を再生する時期だ」とバリ人の知人は言う。

繁栄のあとは破壊だ。

そうして創造、新たにやり直そう。

これが、バリ人の宗教観だ。

そう信じているようでもある。

自然を保護した、バリらしい発展を探そう。

噴火の被害を受けている人々に・・・

観光客激減で影響を受けている人々に・・・

今は、アグン山が鎮まるのを、ただ祈るしかない。

鎮まったあとは、バリ島の正しい再生に力を注ごう。

これもツーリストの無責任な発言かも。

「オーム・サンティ・サンティ・サンティ・オーム」



posted by ito-san at 21:12| Comment(2) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月07日

ピザピザピザピザ、と8回言って!(168)

ピザといえば、本場はイタリアだ。

イタリアには、以前、2ヶ月ほど放浪したことがある。

以前とは、50年前の昔々の話。

ローマで食べたピザの味も、すっかり忘れている遠い遠い過去だ。

もっとも近い過去の「ピザ・パーティー」は、思い出深い。

2年前のコロンビアの旅での経験だ。

ピザ生地を広げ、トマト&炒めたタマネギ&チーズをトッピンングした。

平らなスコップのようなもので、ピザを釜から出し入れするのも楽しかった。

その話は「ピザ・パーティー@タロニア地方のスペイン人の家(39)」を読んでください。

この程度の知識で「お薦めピザを出す店・ベスト5 @ウブド」を決めようとするのは無謀かも。

反論が舞い込んでくるかもしれない。

少しでも裏付けをとっておこうと、考えた。

そこで思い出したのが、友人の顔。

ウブドで世話になった女性だ。

面影は28年前。

彼女は今、ローマに住んでいる。

本場に長期滞在している人の意見は、他人に有無を言わせぬ力を持っているだろう。

他人の威を借りる、汚いやり口だ。

この際、頼りにしていろいろ質問してしまおう。

フェースブックって便利ですよね。

時差8時間の異国と、やりとりできてしまう。

では、そのやりとりの一部始終を掲載します。

プライベートな話は、割愛しました。


イタリア人にとって、ピザは主食かおやつ感覚か?

常識問題のような、つまらない質問でゴメンなさい。

「ピザは、レストランで食べるし、おやつがわりにも食べるPizza Tagliataと、どっちもあるんですが、

基本的には丸いピザがご飯、四角くて切り分けられたピザがおやつって感じです。

ピッツェリアでわざわざ食べるのは、やっぱりご飯です」

なるほど、なるほど。

丁寧に答えていただきました。

ピッツェリアはピザ屋で、Pizza Tagliataはカット・ピザのこと、とGoogle翻訳君が教えてくれました。


イタリアはピザ以外に、スパゲティ、マカロニ、グラタン、ペンネ、リゾットなど、日本人にはおなじみの料理がある。

このくらいは、私でも知っている。

私の住んでみたい国にひとつだった。

6ヶ月以上は滞在したい。

過去形にしたのは、今生では果せそうもないからだ。

続けて、もっとつまらない質問をした。

ピザは、手づかみかホークを使うか?

こんなことも知らないか、と言われそうですが、知らないのだからしかたがない。

これも基本的な疑問ですよね。

「おやつのピザは、紙で包んでもらって歩きながら食べるか、まな板みたいな木に細かく切ってもらって、基本的には立って食べる感じですが、丸いピザはナイフとフォークが一応付いてきます。

切って手で食べる人も結構いるかな。

でも、必ず付いてきます」

ちなみに私は、手づかみです。


最後の質問です。

ウブドのレストラン、ピザを売っている店が増えているようです。

店頭にピザ窯のある店と、見えない店があります。

見えない店は、オーブンを使っていると推測してほぼ間違いないでしょう。

個人的には、縁が盛り上がって生地の厚く、焦げ目があるピザ窯仕上げが好みです。

食パンなら、耳が好きなタイプです。

知人の多くは私と真逆で、生地は薄く縁がないピザの方が好きだと言います。

ローマでは、ピザ窯&オーブン、どちらが主流でしょうか?

「基本的に私も釜で焼いた方が好きだし、本式だと思いますが、ローマのピザは薄くて大きい円盤です。

ナポリが肉厚で腰がある生地。

窯もオーブンもローマでは、半々くらいにありますが、人気があるのはやっぱり窯焼きかな。

今、ローマで人気のあるピザの写真を送りました。

pizza5.jpg

pizza7.jpg

ローマでは、だいたいこんな感じのピザが主流です。

最近は健康ピザが流行っていて、生地が全粒粉というのも結構あります。

厚い生地が薄い生地か、選べるレストランもあるみたいですよ。

イタリアのピザより海外のピザの方がヴァラエティがありますよね。

ユネスコでピザが世界遺産に認定されて、1週間(11月末)ぐらい前に盛り上がってましたよ。」

小学生のような質問でゴメンなさい。

調理法などを聞かないところが、味音痴な私っぽい。

そういうわけで、味についての裏ずけはとれていません。

ローマまでメッセンジャーで聞くほどの内容じゃなかったね。

なんの参考にもならない、つまらないやりとりでした。

そんなやりとりに付き合ってくれた友人に、感謝。

この程度の知識で「お薦めピザを出す店・ベスト5 @ウブド」を決めていいのか、とお叱りを受けそうですが、影でこんな努力をしていることもわかってください。

ここでお断りを入れておきます。

ベスト5は、フェースブックのコメントを集計した結果で、私にはまったく責任がありません。

こうやって逃げる、私もズルイの大人だ。

それでは ciao チャオ!


posted by ito-san at 18:32| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月03日

お薦めピザを出す店・ベスト5 @ウブド(167)

ウブドの老舗ピザ店「ピザ・バグース」が、11月11日のクニンガン祭礼日に移転した。

場所は今までと同じプンゴセカン通りで、ガソリンスタンドのあるT字路を南に30メートルほど行った右手(西側)。

駐車場付きの瀟洒な一戸建のレストランになっていた。

「ピザ・バグース」は、店名でおわかりのようにピザ専門店。

ウブドで人気の店だ。

オーナーのロベルトさんとは、映画に共演した仲間。

と言っても、完成半ばにして中止となった映画ですが。

その時のエピソードは、極楽通信・ウブド:「映画 “Puputan Margarana“ 出演」を読んでください。

そんな縁で、応援しているレストラン。

でも、これまでに訪れたのは3度ほど。

ピザは絶賛するほど好物でもないので、28年間の滞在中で数えるほどしか食べていない。

食べるとすれば、生地が厚く縁が盛り上がっていて、窯で焼いた焦げめのあるピザが食べたい。

ウ〜ん、久しぶりに食べたくなった!

どこで食べよう、どこがいいかな。

ということで、ウブドのピザ事情を調べてみることにしました。

もちろん「ピザ・バグース」も候補のひとつです。


ピザ釜をウブドで最初に見たのは、トゥブサヨ村スクマ通りの「リツカ(Rizka)」だ。

リツカは、1991年から2006年まで続いていた。

「ユリアティ・ハウス」の前あたり。

並びに、Pizza Romaというレストランがあった。

1991年といえば、ロスメンを営む民家のならぶ田舎の通り。

なぜに、2件もイタリアン?

リツカには「居酒屋・影武者」が発行していたイラストマップを貼ってくれていたので、時々顔を出していた。

暇な店だったので、ピザ釜に火が入ってなくて、注文したことはなかった。

友人はいつも、チキンナゲットを注文していた。

私は、何を食べていたのか覚えていない。


1994年から1999年にかけてバリ島UBUDから発信されていた幻のミニコミ誌「極楽通信・UBUD」。

Club Bali・極楽通信UBUDからダウンロードできます)

1995年12月25日発行Vo.11のオススメの店のコーナーに「アパ・カバール?=Apa Kabar?」が載っている。

次のように紹介していた。

『今まで、バリ人のつくるスパゲティに、少々ガッカリすることの多かったUBUDのイタめし事情が、この「Apa Kabar?」の出現によって、大きく改善された。

イタリア。レストランとはちょっと大声では言えないような、小さな小さなビストロ風。

Jl.モンキーフォレストからサッカー場を右に見ながら東に折れて、右側にある。

メニューはスパゲティ中心。

これがアルデンテのゆで具合といい、ソースのからめ具合といい、ボリュームといい、レストランというよりはイタリアの家庭の味に近いのではないだろうか。

・・・と言うのも、ここの料理指導をしている人物が正真正銘のイタリアーノなのだ。

かなりのボリュームなのだがツルリと平らげてしまえるおいしさ。

特にトマトベースのものが本格的。

ついつい食べすぎてしまわないよう、アテンショーネ!!ね!』

ハヌマン通りに知名度がなかったんだね、場所の説明がモンキーフォレスト通りからになっている。

デヴィシータ通りの名前も不確かだった、あの頃。

診療所入り口(現在 Juice ja Cafe)に、階段を5段ほど上がるアランアラン葺き屋根のオープンレストランだった。

私は、ここでもピザを食べていない。

食べてはいないが、メニューにあったとの証言はとれている。

「アパ・カバール?」は、ロベルトさんが友人との共同経営と聞いている。

そう、ロベルトさんもイタリア人。

「アパ・カバール?」の閉店後、「ピザ・バグース」がオープンする。

これ以上は記憶が薄いので、フェースブックに助けを求めることにした。

こんなコメントを添えて。

『「アンケートに、お答えください」

ブログに「ウブドのピザ屋事情(仮名)」を書きたいと思っています。

あなたがウブドでビザを最初に食べた「店」、そして「いつ?」を教えてください。

ちなみに私の最初は、モンキーフォレスト東通りの「ダリ・マナ=Dari Mana」「1997年」だった。

知人O氏は、モンキーフォレスト通りに1992年にオープンした「サイサイ・バー」モンキーフォレスト通り店で、1998年だったと言う。

ご協力、よろしくお願いいたします。』

私のウブド初ピザは「ダリ・マナ」だったんだね。

「極楽通信・UBUD」で記事になっていて、確認できた。

「サイサイ・バー」の開店に携わっていたのに、ここでもピザを食していない。

どんなけ興味がないのか、わかるでしょう。

アンケートに、たくさんコメントいただいた。

今はない名店、現在も続く繁盛店とさまざま。

メニューにピザのあるレストランは数々あるようだ。

それぞれに、思い出がある。

滞在数日間のツーリストは、ピザに目もくれず地元を料理を食しているようだ。

「なにもバリまで来て、ピザはないだろう」という考え方。

「旅先では、旅先の料理を食え」と「影武者」開店時に悩んだコンセプトと同じ。


コメントいただいた、今はなき名店の数々。

トゥブサヨ村スクマ通り:「リツカ」「ピザ・ローマ」「ジャズ・カフェ」

デヴィ・シータ通り:「アパ・カバール? (1995年〜)」

モンキーフォレスト通り:「サイサイ・バー(1992年〜)」

モンキーフォレスト東通り:「ダリ・マナ」

チャンプアン橋:「旧ブリッジ・カフェ」

プンゴセカン通り:「エグザイル」


コメントいただいた、現在も続く繁盛店。

デヴィ・シータ通り:「チッタ・オベスト」

モンキーフォレスト通り:「バリ・ペスト」
プンゴセカン通り:「ピザ・バグース」「マンマ・ミーア」

サンギンガン通り:「フュージョン」

ニュークニン:「バロン・ブリッジ・カフェ」

ハヌマン通り:「ブラック・ビーチ」

ビスマ通り:「ウマ・ピザ」

このほかに「ミロズ・ガーデン」「カフェ ロータス」「カジャネムア」「スリー・モンキーズ」などの老舗レストランも名前を連ねています。

スリ・ウェダリ通りに数ヶ月前にオープンした「ファッツアップ・ピザ=What's Up Pizzeria」を推薦した知人がいた。


ここまで調べたならランキングを付けよう。

ランキングで一番になった店に、行こう。

そんなことで、このあと「現在も続く繁盛店の中から、あなたのお薦めを一つ選んでください」とフェースブックでお願いした。

そうして決まったのが、次のベスト5です。

「お薦めピザを出す店・ベスト5 @ウブド」(2017年12月?日現在)

1)「チッタ・オベスト」

2)「マンマ・ミーア」

3)「ブラック・ビーチ」

4)「ピザ・バグース」

5)「バロン・ブリッジ・カフェ」

ベスト5 は、私の友人たちが推薦するピザの店ということです。

ランキングの異議申立は、受け付けていません。

堂々トップに輝いた「チッタ・オベスト=Citta Ovest」の動画です。



デヴィ・シータ通りの散策を楽しみながら、お出かけください。

★営業時間:10.00am〜10.00pm(オーダーストップ)
★Tel:0361-971352
★E-mail:warungcitta@gmail.com
(撮影:2016年9月29日)


posted by ito-san at 17:59| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月28日

歩道をバイクで走るな!(166)

アグン山の活動が活発化しているとして警戒レベルが引き上げられた9月中旬から、ウブドの観光客が少なくなっていった。

おかげで、道路の渋滞は減っている。

それと同時に、ウブドの町に活気がなくなった。

21日の2回目の噴火で、さらに観光客は減っている。

27日には、空港閉鎖。

さらに観光客は激減するだろう。

渋滞時に、歩道を走る暴走バイクに腹を立てていたが、今はそんな輩もいない。

なぜか今日、暴走バイクを思い出して立腹している。

歩道を走るバイクは、バリ人ばかりではない。

なんと、ツーリストの姿も見受けられる。

歩行者をうしろから追い立てるバイク。

歩道を走っていたバイクは、いくらか前に進んで渋滞の本線に当然のように割り込んでいく。

それでなくても、バイクの走行でタイルのめくれた歩道は歩きにくい。

バイクや車の駐車場になっている歩道もある。

通りによっては、店先の歩道が商品で占領されている。

観光地だというのに、歩行者は優先されていない。

私は滅多に歩くことはないが、たまに歩いて気ずかされる。

良識のないバリ人も問題だが、それを同調するツーリストはさらに問題だ。

こういう輩に限って、日頃、バリ人の悪口を叩いているツーリストだと思う。

そんなツーリストに、私は激怒している。

ここで言うツーリストとは、長期滞在している外国人も含む。

もちろん、28年住んでいる私も長期滞在者のツーリストです。

バリ人の真似をしていると言われれば、返す言葉もない。

そんなところは真似しなくてもよいだろう。

人には「ルールを守れ」と、目くじら立てているツーリスト。

自分の行動を棚に上げて、他人の割り込みには厳重に注意する。

「渋滞を縫って要領よく走る、私って、賢いでしょう!」とでも言っているような顔がまたムカつく。

前々から気になっていたこと。

アグン山噴火の余勢を借りて、ウップンを晴らしちゃった。

ウッフンじゃないよ。


大型バイクを乗り回すツーリストも嫌いだ。

「仕事の都合で大型バイクが必要なんですよ」そうとは思えない。

ウブドの田舎暮らしが、好きで住み始めたはず。

なるべく目立たないように滞在しなさいよ。

小さいからと言って、カスタム・バイクも目立つからダメですよ。

自分のことで恐縮ですが。

私は、現地の人の生活習慣を見て行動している。

彼らがビーチサンダルから、ちょっとオシャレなゴム草履を履き始めれば、私もそれに習う。

衣服が綺麗になれば、私もそれなりに。

バイクを購入するバリ人が増えて、私もバイクを買うことを許される。

時代とともに変化していく彼らの生活に合わせて、後追いするようにしている。

他人の敷地では、お邪魔虫なんだから、遠慮しようや。

珍しい物を持っていれば、欲しくなるのは当然だ。

カメラ&ウオークマンなどは、なるべく見せないように使っていた。

それが正しいと言っているのではない。

あまり影響させるのはよくないと考えている。

今では、バリ人の方が私より高価な物を持っているので、気にしなくてもよくなった。

ウブドは、ツーリストと関わるようになって急速に発展した。

ツーリストが欲しがるから、クーラーが設置される。

ホテルは、ツーリストを獲得するため常に新しい車を補充する。

なぜか店舗は、コンクリートと板ガラスのセンスのないデザインが増えている。

ウブドがウブドらしく発展するには、どうしたらよいだろう。

歩道を走るバイクに腹を立てている話が、いつの間にやら「ウブドらしい発展」に移ってしまった。

思考が迷走しないうちに、打ち止めとしよう。


posted by ito-san at 15:07| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月20日

バンリ・ツアーの下見に行ってきた(165)

午前11時に床を出て、ゴミ袋を手に裏庭へ。

ゴミ捨て場の穴にコンビニのビニール袋3つを落とし、火をつける。

ルドラクシを少し拾って、部屋に戻る。

部屋の横の芝生を、大きなハサミで刈り始める。

芝刈りは、運動不足解消のためにしている。

疲れたので少しを残して、後回しにする。

部屋の戻ると、雨が降り始めた。

午後1時には、雷をともなった大雨となる。

これでは、外出できない。

ブログを仕上げることにした。


11月10日のこと。

雨の合間を縫ってバンリに遠出した。

今回の主目的は、バンリのワヤン君に会うこと。

バンリのワヤン君もアパ?のワヤン君も、ワヤン・スタマ。

どちらもスタマ君だから、バンリのワヤン君はワヤン・バンリと呼んでいる。

ワヤン・バンリ君は、アパ?のスタッフでもあった。

出会いは、1998年と古い。

その話は「テガランタン村滞在記:ワヤン・クリシュナ(42)」をお読みください。


ワヤン・バンリ君は、コタ・バンリ(バンリ市)内に住む。

自宅では、奥様のAYUさんがサイババのアシュラムを開いている。

シバ神、ガネーシャ神、ドゥルガ神が祀られ、多くのバリ人が訪れる。

コロンビアに旅たつ前に会ったきりだから、3年ぶりになる。

アシュラムには、一度しか立ち寄ったことがないので、場所は不確かだ。

記憶をたどり、一度は通り越したものも、なんとか到着できた。

周りの景色があまり変わっていなかったので、見つけられた。

彼は、幸い在宅だった。

お互いの近況報告をし、幾つかの情報を交換した。

帰りがけに、108個のルドラクシでこさえた珠数をプレゼントした。

ワヤン・バンリ君に使ってほしかった。

気になっていたことが果たされて、ひと安心。

我が家で採れるルドラクシは、5面(パンチャ・ムキー)。

ちなみに効果は・・・

主ルドラ神(=シヴァ神)の祝福を受け、どの職業分野でも成功できる。

これを身につけるものは病気とは無縁である、特に、高血圧の患者に最適。

このルドラクシを三つ身につけることにより、十分な利益を得て富を獲得できる。

と、何かに書いてあった。

サイババについでは、これを読んでください。

「ウブド村徒然記:バンリのサイババ崇拝・壱(14)

「ウブド村徒然記:バンリのサイババ崇拝・弐(15)


帰路は、以前から訪れなくてはと思っていた沐浴場。

アパ?の「ムルカット体験ツアー」のコースのひとつになっている場所だ。

下働きの私としては、一度は見ておかないと。

それは、「ティルタ・スダマロ寺院=Pura Tirta Sudamala」にある。

ワヤン・バンリ君の家を探している時に、案内板を見た。

南下したSedit村を抜け、田んぼの向こうの渓谷に下りていく。

川沿いに建つ寺院。

標示板の示す通りに進めば、すぐにわかる。

湧き水のパンチョランに打たれたあとは、お祈りする。

川で沐浴する村人も訪れている。

今日は、沐浴をしないで下調べだけ。

動画を撮っただけで、ご無礼した。




もうひとつ寄ってみたいところがある。

バンリ市に入るゲート前、左手に見上げる丘がある。

このあたりのライスフィールドが美しく、20年以上前からたびたび訪れていた。

電線のない写真の撮れた場所だった。

その頃から、気になっていた丘だ。

なぜ、今まで行っていないのかが不思議なくらいだ。

「Twin Hill 」という名前がついていた。

Rp5000 を払って登ってみると・・・

遥か彼方にペニダ島が見える、バリの絶景が広がっていた。

ローカルのインスタグラム・スポットだった。





ワヤン・バンリ君との再会も果たしたし、訪れてみたいところも寄ることができた。

充実した1日を実感する。


《 アパ?新企画:沐浴+バリアン=ダブル・ツアー 》

ティルタ・スダマロ寺院でムルカット(沐浴)したあと、サティア・サイババ瞑想センターでスピリチュアル・ヒーリング。

興味があれば「Twin Hill 」へGO〜。

なんてのは、どうですか?



posted by ito-san at 16:05| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月18日

インドネシアのサッカー・リーグが熱い!(164)

生まれて初めてのスッパボーラ観戦が、インドネシア・リーグとなった。

サッカーは、インドネシア語でスッパボーラ(Sepakbola)。

フットボール(Football)と呼ぶ国は、多い。

成り行きは、カポ君の家に立ち寄ったことから急遽決まった。

立ち寄った理由は、そろそろ完成する貸し部屋を見学するため。

見学した後、食堂棟でコピバリをご馳走になる。

カポ君が、バリのスッパボーラ・チームのサポーターしているのは知っている。

一度観戦したいと伝えてあったが、誘われないまま今までに至っていた。

「明日、試合があるよ」

誘ってくれているのだ。

「行きたいね」

バリのスッパボーラは、チッケトの購入が難しいほどの人気。

こんなチャンスはない。

帰りがけ、門の前でパチュン君に会った。

「明晩は最終戦だから盛り上がるよ!」

パチュン君は、すでに行く気になっている。

明日(11月12日)午後5時に、カポ君の家の前で集合することになった。


スポーツは自分でするのは好きだが、他人の試合にそれほど興味ない。

観戦するとすれば、面白い試合が見られればそれで満足だ。

名古屋っ子だから、プロ野球は一応中日ドラゴンズを贔屓にしている。

高校野球で母校が甲子園に出場する時などは、密かに応援する。

勝つにこしたことはないが、一喜一憂するほどでもない。

負けた相手のことを考えて、手放しで喜べない。

私自身も、勝ちたいという気持ちになることがなかった。

バリにある日本人野球チームに入っていたことがあるが、負けて悔しいと思うことはない。

勝った負けたの勝負事は嫌いだ。

麻雀などのギャンブルも、勝っている時は手加減してしまうし、負けてもあまり気にしない。

楽しければいいのだ。

良い人ぶる、つもりはない。

息子が幼稚園の時、運動会の徒競走で転んだ友達を待って一緒にゴールしていたが、私も小学校低学年で同じ経験をしている。

3位のポールの前に立つのはなんとなく恥ずかしかったが、負けて悔しいとは思わなかった。

人と争うのが好きじゃない。

根っから、気質のようだ。

「トップになった経験や勝利の醍醐味を味わったことがないからだろう」と言われれば、そんな気もする。


午後5時、カポ君の家の前には誰もいない。

カポ君は、食堂棟でコピバリを飲んで寛いでいた。

「コピ、飲みますか?」と勧められる。

「約束の時間は過ぎているけど、大丈夫なのか? パチュン君は来ていないし、なに落ち着いているんだ」心でつぶやく。

「チケットを手に入れたから、慌てなくてもいいよ」私の気持ちを見透かしたように言う。

朝から並んでも、手に入らないこともあるらしい。

ダフ屋まで、出ると言う。

カポ君は、午前中にスタジアムに行って知人からチケットを受け取っている。

baliunited1.jpg

6時になって、県都ギャニアールに向かってバイクを走らせる。

スッパボーラ観戦に行くのだろうと思われるバイクが、数台並走する。

ギャニアールに入ったところから、雨に降られた。

スタジアムに近づくつれ、車とバイクの数が増えていく。

観戦に行くファンたちだ。

首に巻いたタオルと着ているTシャツに、応援しているチームの名前が印刷されている。

渋滞になった。

カポ君は、バイクをここに止めて歩くことにしたようだ。

雨は、まだ降り続いている。

もう、ビショ濡れ。

足元に、水たまりができている。

スタジアムの方向から、賑やかな音楽が聞こえる。

ゲーム前のアトラクションが始まっているようだ。

スタジアム前には、大勢のファンが詰めかけていた。

ゲートは開いているので、チケットが手に入らないファンが、たむろしているのだろう。

腕にチケットを巻いて、入場。

baliunited2.jpg

アトラクションは、終わっていた。

次に観戦のチャンスが訪れたら、アトラクションも見てみたい。

雨が小降りになった。

試合が始まる頃には、止みそうだ。

スタジアムのコンクリート席にも、水たまりができている。

これでは、スタンディングで観戦だな。

キックオフは、午後7時30分。

バリ・チームは「BALI UNITED」。

チームの人気は、この一年で急上昇。

スタジアムの観客は、バリ・チームのサポーター一色だと思われる。

もちろん私も、地元バリ・チームを応援だ。

対戦相手は「PERSEGRES」。

相手チームの応援団は、いるのだろうか?

ゲームは「BALI UNITED」が、優勢に進めている。

ウエーブがスタジアムを何周もする。

大合唱。

試合の流れに合わせて、歓声があがる。

ゴールのたびに、一段と歓声は大きくなる。

観衆の盛り上がりに圧倒される。

スタジアムの観衆が一つの塊となっている。

興奮は臨界点に達し、今にも、爆発しそうだ。

乱闘、乱入は茶飯事のインドネシア・スッパボーラだが、バリの観衆は紳士的だ。

下品なヤジもなかった。

試合終了は、午後10時近くになっていた。

結果は、3対0でバリ・ユナイテッドの勝利。

baliunited3.jpg

最終戦の動画をお楽しみください。




《 新企画:バリでサッカー観戦ツアー 》

バリ代表チーム「BALI UNITED」の人気は、この一年で急上昇。

アパ?では「BALI UNITED」を応援することにしました。

来年度のインドネシア・リーグ開始にともなって、ツアーを計画しています。

楽しみにお待ち下さい。



posted by ito-san at 13:43| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月15日

ウブドのお手伝いさん事情(163)

雨上がりの昼下がり。

フラッと立ち寄った「和食・影武者」の2人掛けテーブルに、懐かしい人の後ろ姿が見えた。

お互いウブドに滞在していても、滅多に会わない人もいる。

避けているわけじゃない、生活パターンが違うのだ。

ビールを飲んでいる彼女に「久しぶりです」と、声を掛けながらテーブルの前に立つ。

「本当に、久しぶりね」彼女が見上げた。

「伊藤さんも一緒に飲んで!」前の席を掌で促す。

こうなることはわかっていたので、素直に腰をおろした。



「先日ね!」が第一声。

訴えたかったことがあるようだ。

ウエーターのワヤン君にビールを追加し、私のためにグラスを頼んだ。

「先日、バリ南部の知人が私の家に訪ねて来た時にね『お手伝いさんを、図に乗らせちゃいけないよ!』と注意されちゃった」

苦笑いを浮かべた顔で続けた。

今日の話は、お手伝いさんについてのようだ。

知人のお宅も、お手伝いさんを雇っているそうだ。

私にはまったく縁のない、別世界の話。

知らない世界のことを論ずるのは避けたい。

聞き役に徹するのが賢明だろう。

お手伝いさんやスタッフの問題は、よく話題にのぼる案件だ。

私の目の前の彼女は、日本でも雇っていたことのある富裕層。

彼女の名前を便宜上、うわばみさんとしておこう。

なぜかって?

もちろん、大酒飲みだからですよ。

可愛い適当な名前が浮かばなかったもので、ゴメンナサイ。


うわばみさんのお宅には、住み込みのお手伝いさんが一人いる。

雇用主の都合で、住み込みか通いのお手伝いさんを選ぶ。

もちろんお手伝いさんは、女性の方。

男性の使用人もいる。

こちらはセキュリティを兼ねて、庭掃除や力仕事専門。

テラスで軽い昼食をとりながら、なにげなく話した内容が、知人の癇に障ったようだ。

それは、お手伝いさんと一緒に食事をしたこと。

知人は、それが彼らを「図に乗せる」のだと言う。

ここで言う図に乗るとは、つけあがるという意味だろう。

給料を払っている方が偉いと勘違いしている、上から目線の言葉ではないか。

雇用主と使用人の関係に、人間らしさは無用と考えているのだろう。

戦中と戦後の混乱期の「女中さん」と勘違いしているのかもしれない。

その昔は女中奉公と言って、嫁入り前の花嫁修業でもあったと聞く。

日本から「女中」という言葉を使わなくなったのは、いつの頃からだろう。

差別表現として、今は使用禁止用語だ。

タイムリーに経験したことのない私が、引用してはいけない昔話だが。

今の日本では賃金が高くて、よほどの富裕層にしかありえないが、ここウブドでは、日本にくらべ賃金が安いためお手伝いさんを頼める日本人も多い。

日本には、家政婦を斡旋する「家事代行サービス」という組織があり、契約社員として出張してくる。

駐在員の多いジャカルタ、スラバヤなどの都会にはあるようだが、ウブドに斡旋業者はない。

ウブドでお手伝いさんを探すには、現地の人に知合いを紹介してもらうパターンがほとんど。

紹介された女性に、当たり外れはある。

相性の問題だが。

使用人に対し厳しく接する人、家族の一員のように振る舞う人、がいる。

その中庸を選ぶ人もいるだろう。

うわばみさんは、住み込みのお手伝いさんとの関係を、家族のようにしたいと考ている。

お手伝いさんと一緒に食事をしたことが、なぜいけないのか理解できなかった。

相性が合うから、一緒に食事もできるのだ。

「図に乗せる」の言葉に、私も嫌な響きを感じた。

私的には、家族のように付き合っても欲しいと思っている。

うわばみさんの言動に同調する私は、相槌をうった。


私のグラスが空になっているのに気づいたうわばみさんが、ビールを注いでくれた。

「もうひとつ、理解できないことを言われたわ」

「それは?」ビールを啜りながら、私は先を促した。

「『洗濯機、お手伝いさんと仲間で使っているの? 汚いわよ!』だって」

思いもしなかった言葉に、驚いたと言う。

お手伝いさんは、終わった後の洗濯機の水槽は水洗いしている。

暴言を吐いた知人は、バリ人を汚いと思っているのかな。

それは、差別だよね。

バリが好きで住み始めた人の発言とは思えない。

住人に対して汚いと感じていては、共存は難しい。

「自分のお手伝いさんから、汚いと思われているかもしれないのに」うわばみさんは憤慨する。

これは、ほんの一例だ。

国によって事情は違うし、問題はさまざま。

バリにはバリのローカル・ルールがあるだろう。

知人は、現地の人と一線を引いて付き合えとアドバイスしてくれているのだ。

うわばみさんは、自分の常識で付き合っている。

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」福沢諭吉の言葉だ。

私も、そう思っている。

うわばみさんは、鬱憤をほどよく晴らして帰っていった。

posted by ito-san at 18:33| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月12日

久々にボケをかました!の巻(162)

先日のこと。

夜の「和食・影武者」の大テーブル。

スタッフは、すでに帰っている。

そろそろ我々常連組も、おいとましよう。

と言っても、今夜は大原さんと私だけ。

11日はクニンガン祭礼日。

前日の10日プナンパハンから「和食・影武者」は、2日間休みになる。

忘れ物のないようにと、大テーブルの周りを見渡す。

「あれあれ、スマートフォンが作業台の下に置いてあるゾ」

大原さんが、忘れ物を見つけた。

そう言えば、作業台横のコンセントに、M子さんがチャージするためにつないでいた。

M子さんは、少し前に帰っていった。

家には、まだついてないくらいの時間だ。

スマートフォンがないのに気がついて戻ってくるかな?

明日から2連休だというのを知っているはずだから、焦っているだろうな。

店が閉まってしまってからでは遅い。

その前に、連絡を取らなくては。

「電話してあげようかな?」

私の言葉に、大原さんが大声を出して笑った。

「スマートフォンを忘れたのだから、電話に出られないんだよ」

大原さんの言葉で、我にかえる。

停電だと言っているのに「何もできないから、テレビでも見て時間をつぶそう」とつぶやいた私がそこにいた。

私の年代の多くは、スマートフォンと携帯電話の違いがわからないので、とっさの時、こんなトンチンカンな会話になってしまう。

同じ年代の大原さんは、冷静だったことになる。

気がついて電話をしてくるかもしれないと思ったが、それも、スマートフォンを置き忘れたのだから掛かってくるわけがない。

ウブドに公衆電話はないし。

とりあえず、女将・由美さんに相談することにした。

「由美さん、M子さんがスマートフォンを置き忘れたんだけど、どうしよう?」

由美さんは、一瞬考えて「わかった、ラインで連絡取ってみる」

予想通りの返事が返ってきた。

私と由美さんのダブル・ボケに、大原さんは大ウケ。

「スマートフォンを忘れたんだから、ラインにも出られないんだよ」

自分の間違いを棚に置いて、鬼の首でもとったかのように、私が説明する。

さてさて、忘れ物のスマートフォンはどうしたものか。

「意外とあの人、気がついていないかもしれない。タブレットを持っているからなんとかなると思うけど、持って行ってあげて」

こうして、近所に住む私が届けることになった。

シンプルなボケで、大声で笑った夜でした。


posted by ito-san at 00:08| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月06日

弾丸旅行の母子と、ともに(161)

10月2日から5日まで、3泊の弾丸旅行の母娘と行動をともにした。

私の娘と同じ年の母親が息子を連れて、一年ぶりに訪れた。

17歳になった少年は、ひとまわり逞しくなっていた。

娘が生きていれば、私にもこの子と同じ年代の孫がいたことだろう。

娘と孫が、お爺ちゃんに会いに来てくれた。

そんな面持ちで、再会した。

娘の接し方に戸惑いながら。

8歳までしか育てなかった息子の17歳を想像して、遊んだ。

遊んだのか遊んでもらったのか、定かでない。

どちらにしても、楽しかった。

私の日常を見せながら、地元の料理を地元のワルンで食し、バリ人知人のお宅を訪れ、日本人滞在者を紹介した。

最終日は、昨年、雨宿りに立ち寄ったワルンを探して、この日も雨の中のツーリングになったね。

不満も言わず、ねを上げることもなく付き合ってくれた。

通常のツーリストの旅はできなかったが「楽しかった!」と言ってくれた。

また、来年も会いに来てください。


睡眠前の数時間、意識を集中するために描いていた駄作をアップします。

手抜きですが、こんな感じを極めようと思っています。

いやいや、描き出すと同じものになってしまう。

想像力が乏しいのです。

言い訳して、ゴメンナサイ。

流木の額におさめてみました。

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朝からの雨で出かけられず、とじこもり中。


posted by ito-san at 18:01| Comment(2) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする