2018年12月06日

続きその1:バダさん、リカさん、結婚おめでとう!(286)

《 ジョグジャカルタの旅のメモ:その1 》

飛行機は、10月28日に墜落した「Lion Air」を避けて「AIR ASIA」にした。

久しぶりの国内線に、右往左往。

ボディチェックに、新設備「Pro Vison」が設置されていた。

入り口は、3箇所。

右手は、従来の額縁型ボディ探知機(正式名称は知りません)。

中央が、円筒形探知機「Pro Vison」。

左手は、探知機のない入り口。

私は、係官に手招きされて、「Pro Vison」の前に立った。

「Pro Vison」のベルトコンベアーに荷物を乗せた。

ご存知の方も多いと思うが、備忘録として新設備「Pro Vison」について説明をしておく。

ProVison.jpg

何も危険な物は持っていませんよと、両手を挙げて中に入る。

出口の向こうにいる係官が、ベルトも探知機に乗せろとジェスチャーする。

えっ! これプラスチック製のパックルだよ。

ベルトもハイジャックの武器になるのかな?

まさかベルトを外すと思っていなかった。

外に出て、ベルトコンベアーの暗幕内にベルトを突っ込む。

ズボンが下がる。

手で押さえながら、再び「Pro Vison」に入る。

係官が、足元を見るようにとジェスチャーをした。

下を見ると、そこには足跡のマークがあった。

マークに従って足を乗せると、左側を向く姿勢になる。

そこは半円のガラスだった。

ガラスに書かれているイラストのように、私は両手を広げた。

ズボンが落ちる。

半円のガラスは二重になっていたようで、カメラのシャッターのように移動した。

「Pro Vison」は、一瞬にボディチェックを終えた。

これなら人員削減できるだろう。

外に出ると、係官が2人立っていた。

横を抜けようとすると、手を挙げるようにと指示された。

えっ! チェック終わったんじゃないの?

右隣の従来型ボディ探知機と同じ扱いだ。

探知機のない左手の入り口の方が、スムーズに流れている。

こんなことなら「Pro Vison」は、いらないのでは。

取扱チェック期間か? それとも怪しげな人物に対しての厳重ダブルチェックか?

私は、危険人物には見えないと思うがね。

開発途上時には、こういうことが起こるんですよね。


昼食は、マゲランで有名なワルンでKupat Tahuを食べた。

Kupatは、バリで言うティパット(蒸しご飯)のことだろう。

Tahuは、豆腐1

他にテンペと野菜が入って、ちょっと甘辛い料理でしたが美味しかった。

kupatTahu.jpg

夕食は、マゲラガン(Mageragan)をブンクス(弁当)。

マゲラガンは、ナシゴレンとミーゴレンが一緒になった地元マゲラン(Magerang)料理。

地名のマグランから変化して、マゲラガンという名前になったようだ。

これが美味しい。

そりゃそうだろう、どちらも私の好物だから。

写真を撮るの忘れてた!

ナシゴレンとミーゴレンなら、写真がなくてもわかってもらえるか。


こんな感じで、「ジョグジャカルタの旅・メモ」があと2回ほど続きます。

お楽しみに。

Kafe-mpat.jpg

おまけの写真。


posted by ito-san at 18:08| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月30日

バダさん、リカさん、結婚おめでとう!(285)

9月15日、友人のバダさんからWhatsAppにメールが届いた。

WhatsAppは、インドネシアで主流のSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)。

「おはよう、お知らせだけです。まだ日付決まってないけど、11月に、ここの田舎娘と結婚する予定です」

ここの田舎娘とは、現在バダさんが住んでいる中部ジャワ・ジョグジャカルタ近郊の町・マグランのことだろう。

マグランは、仏教遺跡「ボロブドゥール」の近郊の村。

9月27日のフェイスブックのメッセンジャーには、

「元気? WAしたけど、11月17日に結婚する予定です。時間があれば来てねぇ」と、伝えてきた。

「WAって何?」と質問したら、「WhatsAppのことだ」と返事があった。

「もちろん、出席します」と返事をした。


西ジャワ・マジャレンカ(チレボンの隣)出身のバダさんに会ったのは、プンゴセカン通りにあった「居酒屋・影武者」だった。

当時、27歳の青年は「Rangin Sambadaです」と自己紹介した。

大阪のデザイン学校を卒業したバダさんの第一印象は、大阪弁をしゃべる変なインドネシア人だった。

名古屋に住んだことがあり、名東区本郷にあった「キャラバン・サライ」でアルバイトをしていた。

フルムーン・パーティを主催し、訪れたこともないバリ島の伝統芸能ケチャを演じて人気を得ていたと言う。

店長のジミーさんやライブに出演していたマーボさんなど、私と共通の友人が何人かいた。

ミニコミ「極楽通信・ウブド」Vol4(1994年8月25日発行)に、「バダからの頼り・Jalan-Jalan」を寄稿してもらったこともある。

その記事は、http://www.potomak.com/bali/ubud/ubud.htmlで、読むことができる。

インドネシア語教室を「ブンブン・カフェ」で開催していたこともあったね。

不思議な縁で、付き合いは28年間続いている。


ということで、挙式の行われるジョグジャカルタ近郊の町・マグランに行くことになった。

マグランには、バダさんの両親の家がある。

久しぶりだが、何度も訪れているので迷うことはないだろう。

儀礼の時間には間に合いそうもないが、レセプションには参加したい。

帰りの予定は決めていないが、3〜4泊はしようと考えている。

タクシーでバダさんの実家に駆けつけた。

空港からの渋滞で、実家でのレセプションは終わっていた。

実家にはバダさんの家族が大勢揃っていた。

何人かの知った顔が見える。

挨拶と近況報告をし、挙式の様子を訊く。

結婚儀礼は奥様の実家で、レセプションはバダさんの実家の中庭で、滞りなく終了したようだ。

バダさんと新婦のリカさんは、夜の部のレセプションが行われる「Kafe-mpat」に行っていて会えなかった。

全員のお祈りが終わるのを待って「Kafe-mpat」に向かう。

(写真:Bada&Rika)

バダさんは、現在55歳。

奥様リカさんは、20歳。

これは親子の年齢。

愛があれば、35歳の歳の差なんて!

リカさん両親は、バダさんより年下なんだけど。

バダさんは、年下の義父をどう呼ぶのかな。

まさか、お父さんはないでしょう。


リカさんの実家は、ボロブドゥールの麓にある小さな村。

夫妻は、しばらくバダさんの実家で暮らしたあとKafe-mpatに移り住む予定だと言う。

末長くお幸せに!



動画の最後に写っている小屋。

この小屋の2階で、4泊お世話になった。

電気は、電線敷設の予算が高いので、今は発電機で供給している。

暗くなる午後5時頃から9時ころまでの時間制限で、発電機を起動させている。

電気は無用の生活に戻りたい。

ボロブドゥールが見える、こんなところに長期滞在してみたいな〜!。

(写真:Kafe-mpat)
夕焼けと星空が美しい。



posted by ito-san at 17:29| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月16日

最終編・突然、思い立ったように小旅行(284)

ウブドを出発した日から、朝は7時には起きている。

普段は、昼12時頃まで寝ているのに、旅になると目覚めが早い。

なんでだろう。

1日の使い方が違うからだろうか。

今日、急に思い立った3泊4日の小旅行を終えてウブドに戻る。


「朝は、コーヒーか紅茶をサービスしています」

主人の声に送られて、ホテルをチェクアウトする。

クタパン港にあるフェリー乗り場に向かう。

不安だったが、バリ島からクタパン港の入島はスムーズだった。

帰りも問題はないだろう。

ゲート前に、検問の警察官の姿はなかった。

タイムスケジュールを知らずに飛び込んで来たが、フェリーは終日営業のようだ。

運航は1時間ごとにある。

乗船カードに、名前と住所とパスポートナンバーと年齢を書き込み、性別の欄の男性にチェックを入れた。

カードを提出して、Rp25,000-を払い込めばフェリーに乗れる。

はずだった。

料金場ゲートの列が、なかなか進まない。

係員と話をして、その場を離れる人がいる。

「何かあったのですか?」と尋ねると「新しいルールができて、カードを買う必要がある」と教えてくれた。

乗船カードを書き込むエリアで、カードを発券していた。

これを購入しないと乗船できないようだ。

係員に「観光客の私も購入する必要があるのか?」と聞くと、困った顔をして首を縦に振った。

しかたなく私も、発券テーブルに向かう。

プラスチックのカードが配られていた。

何の目的で発券しているのかわからないが、このカードがないと今後、乗船できないと言う。

「2度と乗船しないのに購入しないといけないのか?」

ここのスタッフは、無表情で首を縦に振った。

この態度は、忙しいから仕方がない。

乗船料込み、Rp48,000-也のカードを購入。


バリ島側のフェリー乗り場、ギリマヌッ港に到着。

乗船時間は、帰りもキッチリ1時間。

警察官の検問を受ける。

バリ入島は、テロリスト対策のチェックが厳しい。

車検証と免許証を提示。

しかめっ面をして、カードを返してきた。

銀行のカードを免許証と間違えて渡していた。

ゴメンなさいの笑顔を作ったが、むさ苦しいお爺の笑顔をいらないととでもいうように、手を振って早く行けと促した。

バリ島に上陸してしまえば、もう怖いものない。

あとは、暗くなるまでにウブドに着けばいい。


天気は快晴、幹線道路も思いの外空いていて、快適なバイク・ツーリングをしている。

ヌガラの町からは、何度も通った通い慣れた道。

純粋にツーリングを楽しめる。

時間に余裕がある。

前々から行きたかったところに、寄ってみよう。

このチャンスを逃すと、次はないかもしれない。

ウブドに滞在初めて(1990年5月)、すぐに知った場所。

地方新聞「バリ・ポスト」に掲載された記事に、興味を惹かれた。

ウブドからは遠く、脇道のため、行く機会がなかった。

ヌガラとタバナンを繋ぐ幹線道路の中間地点に、北上してププアン(Pupuan)に向かう脇道がある。

今回は、この脇道を上って目的地に向う。

Desa-Asahduren.jpg
途中の村にあったリアルな彫刻


目的のところは、道路を塞ぐようにあるので、決して見逃すことはない(はず)。

脇道を30分ほど車で走ると、目的地に到着した。

車が潜りくけることのできる、珍しい大樹。

これが見たかったのですよ。

複雑に絡んだ幹が、私の心を騒つかせる。

「大樹の前で瞑想するといいですよ。夜にでもまた来ると良い」と僧侶が教えてくれた。

村の名前は「ブヌッボロン=bunut bolong」。




ウブドに帰るに、来た道を戻らずに、ププアンから抜けたほうが近道だと教えられたが、これはかなりの誤算だった。

箱庭にような棚田が望める場所に、新しくワルンができていた。

癒された昼食ができたので、誤算は帳消しになった。




この小旅行、何か収穫はあったかな?

ブヌッボロンの大樹が見られただけでも満足だった。

そのくらい恋い焦がれた場所でした。

久しぶりに冒険心が湧き上がったのも確かだ。

旅心にも、火が点いたかな。


★おわり



posted by ito-san at 17:17| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月10日

その6・突然、思い立ったように小旅行(283)

「ホテル・バクティ」は、狭いながらも快適だった。

朝8時にチェックアウト。

フロントの女性は、昨日の女性とは違った。

ヒジャブと呼ばれるイスラムの女性が被るスカーフをしていた。

バリのデンパサール生まれで、小学校に通う子供を両親に預けて、バニュワンギの旦那の生家に来ている。

ホテルで働きながら、年に何度か実家に帰るそうだ。

地震の話をすると「たいしたことは、ありませんでした」と言う。

「津波がなくてよかったね」と言うと、「それは言わないで」と震えた。

「すぐそこは海だからね」と、今度は笑顔で答えてくれた。


今日の予定は、まずは宿探し。

昨日、下見をした市場のある地域に泊まろうと思っている。

探し当てた宿は「ホテル・アンダ=HOTEL ANDA」。

アンダはインドネシア語で「あなた」だから、あなたのホテルということかな。

ロビーでタイル貼りの工事をしていたが、そんなことを気にする私ではない。

商人宿的なホテルで気に入った。

料金は、扇風機付きでRp120,000-。

共同マンディ(シャワー&トイレ)の部屋はRp35000-だと言われたが、今回は遠慮した。

hotel_anda.jpg


次は、バイクに跨って街の探訪だ。

ガイドブックに、バニュワンギは4ページ紹介されている。

「イジェン火口湖」以外に、これといった観光名所はない。

地図に載ってた「ブーム・ビーチ」に行ってみることにした。

ブーム港は護岸工事中。

ブーム海岸は、平日の金曜日のためか、人影が少なかった。

対岸に見えるのがバリ島か?

pantai_boom.jpg


昼食のために、一度、ホテルに戻った。

ホテルから歩いていけるサテ・カンビン屋「NIKMAT」に入る。

「NIKMAT」は、楽しむという意味のインドネシア語。

ここまで来て、なんでサテ・カンビンだと思うでしょうが、イスラム色の強い本場を食したかったから。

濃厚なタレが美味しかった。

NIKMAT.jpg


2つある公園は、遠目に見学。

さてさて、これからどうしたもんか?

再び、バイクに跨って街巡り。

「fashon store a&r」と書かれた建物を発見。

バニュワンギ市民は、どんなファッションが好みか興味が湧いたので入ってみることにした。

バリとほとんど変わりない、品揃えと見た。

足首を絞ったズボンが気に入ったので購入。

3階にあるフードコートに入って、ローカルに混じってコーヒーを飲む。


3階のテラスから見た、バニュワンギのほぼ全景。


夕食は、フードコートにある「MIE RAMEN HAKERU」と決めた。

一度、ホテルに戻りマンディをし、先ほど買ったスボンをはいて出かける。

注文したのは、テリヤキ。

これならハズレはないだろうと、楽観したのが大間違いの味だった。

追加したサテ・シューマイもイマイチだった。

女主人には「美味しかった」と、愛想を振りまいて席を立った。


MIE RAMEN HAKERU1.jpg

MIE RAMEN HAKERU2.jpg


なんだか楽しい一日が終わった。

電車に乗ってみたかったが、それは次回の楽しみに取っておくことにしよう。

明日は、ウブドの戻る。

★続く

posted by ito-san at 17:33| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月07日

その5・突然、思い立ったように小旅行(282)

バニュワンギ市内観光は夕方からにして、まずはツーリングに出発だ。

どうせ走るなら「イジェン火口湖」の近くまで、行ってみたい。

目と鼻の先に「イジェン火口湖」が存在すると思うと、行ってみたい衝動にかられる。

一抹の期待を抱いているが、条件が揃えば登ってみようと目論んでいる。

観光案内所やツアー会社を探すが、見つからない。

「地球の歩きかた・インドネシア編」を持ってきていないのが、悔やまれる。

「Ijen=イジェン」の看板は、いたるところに目にする。

道案内の表示もある。

看板に誘導されて行くことにした。

イジェンへは、バニュワンギの中心部か国道3号線を逸れて、山側に向かう一本道。

Merapi山とRuang山の間を縫って走る道。

迷うことはないだろう。

イジェン火口湖は、ムラピ山西側のイジェン山にある。

幾つかの村を通り過ぎた。

登山道入口に近づいたのだろうか、宿を見かけるようになった。

登る時には、このあたりで宿を探そう。

すでに次回は「イジェン山」に、登るつもりになっている。

ブルーファイア見学は興味が失せたので、サンライズとイジェン火口湖を見るだけで充分だ。

道の途中で、崖崩れを起こしているところがある。

何カ所かで修復工事をしていた。

ガイドブックには、バニュワンギ市内から登山道入口まで車で1時間ほどと書いてあったと記憶する。

私の乗るバイクはオートマチックのスクター「ホンダ・スクーピー=Scooby」。

車よりは、時間が掛かるだろう。

すでに1時間は走っている。

登山道入口が見つからなかったとしても、1時間半走れば、高原のホテル「イジェン・リゾート&ヴィラス」に到着するはずだ。

ホテルで一服しよう。

昼3時を過ぎると森は深くなり、山間の道は左右から樹木が覆いかぶさってくる。

薄く霧が立ち込め、肌寒い。

帰路を考えると、この先に進むのは危険だ。

まさかとは思うが、山中の追い剥ぎも怖い。

進むのを諦め、引き返すことにした。

イジェン山のサンライズ・トレッキングは、準備を整えてチャレンジすることにしよう。


ホテルに帰る前に、バイクで街を流した。

シンガラジャと同じ規模の街を、想像して貰えばいいだろう。

と言っても、シンガラジャがどんな規模かわからないか?

カラフルな風景が、視界に入った。

それは、小さな川の両岸に施された彩色だった。

橋から見えるバラックが、ペイントされている。

川沿いにウッドデッキが張り巡らされ、回遊できるようになっていた。

スラム街に、こんな施している国が増えていると聞いている。

見られては困るものに蓋をしよう、という政策。

生活している人々は、どんな気持ちなんだろう。

lohkanti.jpg

ここから、ホテルは近かった。

一方通行が多くて、何度も同じ道を通っている。

大きなマスジット(モスク)がランドマークになっていて、ホテルを探すのは容易だった。




ホテルに帰ってスマートホンを見ると、

フェイスブックに、10日早朝の地震について知人がコメントしていた。

震源地は、東部ジャワ島。

バニワンギの北方で、意外と近いところだった。

街を徘徊したところでは、地震の被害は見当たらなかった。


夕食は歩いて行ける「レストラン」にした。

バイクで流した時に見つけておいた、今風のレストラン。

何を食べたか覚えていないが、コーヒーは美味しかった。

SrengengeWetan.jpg

もう一泊して、バリに戻ることにした。

明日は1日、バニュワンギ市内観光と町歩きだ。

★続く



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2018年10月29日

その4・突然、思い立ったように小旅行(281)

ギリマヌッの桟橋を離れたフェリーは、30分ほどで対岸の船着場クタパンに近づいた。

桟橋の順番待ちが30分。

接岸するまでの乗船時間は1時間になる。

フェリーのゲートが降りると、さっそくバイクで飛び出す。

ウブド長期滞在は旅の途中だが、久しぶりに旅人になった気分。

旅先にいても、さらに旅をしたくなる。

自称「生涯旅人」は、根無し草体質なのだろう。

表通りに出て、左手に進路をとる。

こちらは国道3号線。

右手は国道1号線で、遠くスラバヤに通じる。

「地球の歩きかた・インドネシア編」は持ってきていないが、何度も見てる。

バニュワンギの地図は、おぼろげに理解している。

「イジェン火口湖」のブルーファイアを見学に行くつもりで、調べたことがあった。

ムラピ山の西側に、1キロメートル幅のターコイズ色をした酸性の火口湖を持つイジェン山。

湖では硫黄採掘が行われている。

ナショナル・ジオグラフィック誌がイジェン山火口の鋼青色の炎を紹介したことにより、観光客が急増した。(wikipediaより)

サンライズ・トレッキングに含まれたツアーがある。

1時間半の登山コースは、バリのバトゥール山と同じレベルだと聞いた。

行けるものなら行ってみたいと思っていたが、一人では心細い。

思っていたほど良くなかったという情報もあったので、見学は80パーセントは諦めている。

宿は、インターネットではなく、行き当たりばったりで探す。

船着場の町・クタパンの街道沿いに宿があったが、町歩きが目的なのでバニュワンギ市内で泊まりたい。

バニワンギの中心部に行けば、宿はあるだろう。

10分ほどで、街に入った。

さすがに交通量が多い。

大きなマスジット(モスク)のある十字路を越えると、すぐ右手に小さなホテルが見えた。

Hotel_Bakti1.jpg

「ホテル・バクティ=Hotel Bakti 」

バクティは、サンスクリット語。

インドネシア語のバクティは、誠実・奉仕などと訳されるが、バリ語では「お祈り」のことを表す。

「お祈り」の丁寧語は、ムスポ。

インドネシア語の「お祈り」は、スンバヤンと言っている。

バクティ・マニアの私にとっては、魅力的なネーミングだ。

名前に惹かれて、立ち寄った。

フロントの女性の対応は、素っ気なかった。

ウブドのホテル・スタッフのようなフレンドリーさを期待した私が間違いだった。

料金は、扇風機付きでRp125,000-。

シンガラジャのホテルよりRp5,000-高い。

新築なのだろう、真新しいホテルは清潔感で満たされていた。

即決。

昼12時前だったが、チェック・インすることができた。

チェックアウトは、昼12時と掲示してある。

Hotel_Bakti2.jpg

Hotel_Bakti3.jpg

フロントに女性に「町の地図は、置いてありませんか?」と訊くと、「スマホで見てください」と返事が返ってきた。

そりゃそうだ、今はネット社会。

グーグル・マップを見ればいいだよね。

残念なのは、その社会に着いていけない私がいること。

まずは、疲れを癒すためにベッドに横になる。

壁に取り付けられた扇風機が、左右に首を振る。

時折、ガクンと首が折れる音を立てる。

けだるく回る扇風機の風とガクンの音が眠気を誘う。

Hotel_Bakti4.jpg

★続く


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2018年10月23日

その3・突然、思い立ったように小旅行(280)

さてさて小旅行は続く。

10月11日、朝7時30分に宿を発つ。

もちろん誰の見送りもない。

ホテル・スタッフの姿も見えない。

昨夜、コーヒーを頼んだら「今、ガスが切れていてできない」と断られた。

朝食も出ない、そんな宿でした。


今日はフェリーに乗ってジャワ島に渡る計画だ。

ご存知のように、バリ島はロンボク島とジャワ島に挟まれている。

東隣のロンボク島にはフェリーで4〜5時間、西隣ジャワ島へは1時間で着く。

今夜はジャワ島最東端の街・バニュワンギに泊まる予定。

バリ島を離れるのは久しぶり。

2年前にビザの取得にシンガポールに行った以来かな。

まずは、フェリー乗り場のあるバリ島の西の端・ギリマヌッを目指す。

シンガラジャからギリマヌッまでは、80キロほど。

長距離なので、バイクの調子が心配だ。

4月4日のバイク事故で、どこか悪くなっている可能性がある。

★「バリ滞在28年初のバイク衝突事故!(194)http://itosan-ubud.seesaa.net/article/458853034.html

これまでに少しずつ走行距離を伸ばして試してきた。

今回のような長距離は、はじめてだ。


途中、リゾート地ロビナがあるが、それを過ぎると宿泊施設のない村が続く。

故障やパンクが心配だ。

昨日もかなり走ったが問題はなかった。

この調子なら、大丈夫だろうとふんだ。

cafe_lovina.jpg
ロビナにあったユニークなカフェ

krisna.jpg
ロビナにあったレジャーセンター

pr.pulaki.jpg
プラキ寺院(Pura Pulalki)

mungyangan.jpg
ダイビングポイント・ムンジャンガン島に渡るフェリー乗り場


いよいよフェリーに乗ってジャワ島の渡る。

ジャワ島から長距離バスでバリ島に渡ったことは3度ほどあるが、バリ島からジャワ島へははじめてかもしれない。

いや、インドネシアの友人とジョクジャカルタまで車で行ったこと一度あるのを思い出した。

バイクで渡るのは初めての経験。

それも一人で。

これって、意外と無鉄砲な行動かもしれない。

ゲートの前で警察の検問を受ける。

バイクの車検証(SAMSAT)と免許証の提示を求められる。

車検証は取ったばかり。

免許証は有効期間5年を持っている。

不正に入手した免許証なので緊張したが、問題なく通過できた。

★「運転免許証取得で、もう安心!(179)http://itosan-ubud.seesaa.net/article/456307983.html

検問を過ぎ、書類に名前を書き込んで、乗船チケットRp25,000-を購入。

時間帯が早かったのか、乗客は少なかった。

あとで知ることになるが、バニュワンギの北東で大きな地震があった。

その影響だったということは、ないですよね。

私は深夜2時45分に、シンガラジャのホテルで揺れを感じた。

「また、ロンボク沖で地震かな。大きな被害がなければいいが」と思いを馳せていた。

そんなことも知らずにフェリーに乗り込んだ。



★続く


ブログを読んでいただいている方から「伊藤さんのブログ、何が言いたいのかわからない」と言われたことがある。

文章が下手なのは、自覚している。

苦手なのに、起承転結を考えずに書いている。

言い訳ですが、私のブログは、何かを言いたいわけではなく、単なるメモと報告です。

今回もそんな感じで終わります。

読み難い点は、お許しください。


posted by ito-san at 17:37| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月19日

その2・突然、思い立ったように小旅行(279)

アグン山の全景を左に見ながら、バリの東海岸をひたすら走る。

噴火の爪痕は、ここからは見当たらない。

山腹に立ち上る白煙は、水蒸気か山火事か、はたまたマグマが流出しているのか。

滝の看板が眼に入る。

かなり以前に行ったことのある滝だ。

滝巡りを再開した私としては、是非寄ってみたいところだ。

沿道からかなり奥まったところにあったのを思い出した。

今回は、体力的にキツイかもと判断して断念した。

テジャクラ村の中心を過ぎた。

もうここは、北海岸だ。

しばらく走ると、海岸とは反対の山側に、異彩を放つ風景が現れた。

もしかすると、これがサイモン画伯のアトリエかもしれない。

山奥にあると聞いていたので、違うかもしれない。

しかし、雰囲気はサイモン・テーストだ。

名前も「ART ZOO」。

ウブドにあったサイモン・ギャラリー・スタジオ(Symon Gallery Studio)にも「ART ZOO」と付いていた。

アメリカ人のサイモン画伯は、1972年からバリに住み始めた。

私が滞在始めた時には、すでにサイモン画伯のギャラリーはチャンプアンにあった。

騒音と車の汚染に犯され始めたウブドを見限って、移動したと聞いている。

見学は次回の楽しみに取っておくことにした。




湧き水のプールがあるイエ・サニ(Yeh Sanih)前で、バイクを止めた。

もうここまで来れば、県都シンガラジャも近い。

昼食にしよう。

プールには、以前、入ったことがある。

併設のホテルに宿泊したこともある。

プールを覗くと、平日ということもあるだろう、お客の姿がない。

寂れた感じが漂っている。

元気を吸い取られそうで、道を隔てた2階にあるレストランに入った。

ここも寂れていた。

チキン・カレーを注文した。


今夜は、シンガラジャ泊。

宿は、昔々、インドネシア製の映画製作に出演した時に、ロケで宿泊した「Duta Karya」と決めている。

看板にはホテルとあるが、私的には商人宿(一泊Rp 120,000-/扇風機付き)の範疇だ。

Duta Karya1.jpg

Duta Karya2.jpg

Duta Karya3.jpg

Duta Karya4.jpg

■映画の話は「映画「Puputan Margarana」出演(18)」に書いてある。
2013年08月17日「映画「Puputan Margarana」出演(18)」http://itosan-ubud.seesaa.net/article/372195948.html
2013年12月05日「映画出演の続き・その壱(30)http://itosan-ubud.seesaa.net/article/381958239.html
2013年12月10日「映画出演の続き・その弐(31)http://itosan-ubud.seesaa.net/article/382353561.html
2013年12月12日「映画出演の続き・その参(32)http://itosan-ubud.seesaa.net/article/382523379.html


宿のシャワーで汗を流して、ひと休みのあと、バイクで街に出る。

一方通行が多いので、たびたび迷子になったが、ちいさな街なのでなんとかなる。

前回訪問の時に入った映画館は、ショッピング・センターに変わっていた。

オランダ植民地時代の建物が残る旧港は今、市民の憩いの広場になっていて、夜は夕涼みの人々が集まっている。

ローカル向けと思われるお洒落なレストランが増えている。

そんな一件で、夕食をとった。


中国寺院.jpg
旧港近くにある中国寺院


さてさて、明日からの予定だが。

この調子で走ると、明日にはウブドについてしまう。

予定を変更して、いっその事、ジャワ島東部の街・バニュワンギまで足を伸ばしてしまおうか。

実は出発前に、バリ島一周にするかバニュワンギに行くが悩んでいた。

ガイドブックも荷物を持ってきていないが、なんとかなるだろう。


★続く


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2018年10月15日

その1・突然、思い立ったように小旅行(278)

10月10日は、ウブドのサレン王宮で結婚儀礼が執り行われる予定だ。

10日から数日間、王宮を中心として地域で混雑が予想される。

私は渋滞を避けて、遠征に出かけることにした。

反時計回りで、3日間ほどでバリ島を一周しようと思っている。

先ずは、バリ東部の街・カランガッサム県の州都アンラプラに向かう。

もちろん、愛車のスクーピーを駆って。

途中、ゴア・ラワ(Goa_Lawah)でケツ休め。

Goa_Lawah1.jpg

朝8時30分に家を出て、2時間ほどでアンラプラの街に着いた。

この小旅行は、大きな街の市場を巡りたいと考えている。

今日は、ここで1泊するつもりだ。

たっぷり時間を取って、旧市街を1日散策をしたい。

カランガッサム王宮と市場の周辺で宿を探したが、見つからない。

一足進んでウジュン村にある「水の王宮跡」に行ってみた。

1921年、カランガッサムの王によって建てられた「水の王宮」。

1979年の地震により、多大なダメージを受ける。

2004年に史跡公園として整備された。

正式名称「タマン・スカサダ・ウジン=Taman Soeka Sada Ujung」。

何年ぶりに訪問か考えるのも億劫になるほど遠い昔のことだ。

突然に思い立ったこの小旅行は、絶好の機会と立ち寄ることにした。

駐車場にバイクを止め、料金場で入場料を払う。

駐車料:バイクのRp2000-、車Rp5,000-、バスRp10.000-。

入場料:Rp50,000-

ujung1.jpg


ヨーロッパの庭のような、すっかり綺麗になった公園を散策できる。

ujung2.jpg

柱だけが残った遺跡。



昼食にはまだ時間があったが、少々小腹が空いたので、何か補充をしておこうと駐車場前のワルンに入った。

選択肢のないメニューで、インスタント・ラーメンを食す。

ワルンの主人の話では、奥様が以前、トゥンクラ村で日本人のベビーシッターをしていたという。

私の知っている日本人だった。

「このあたりに宿はないですか?」と尋ねると、主人は「アメドまで行けば安宿はあるよ」と教えてくれた。

アンラプラに戻るのを諦めて、先に進むことにした。

海岸沿いを走ってアメドに向かう。

アメドに近づくにつれ、ホテルが増えてくる。

ここはバリ東部のリゾート地域。

リゾート気分ではないので、漁港アメドまで、いっきに駆け抜ける。

右手に広がる景観をチラ見しながらの走行は、かなり危険です。

アメドには安宿らしいところがあるが、いかんせん、ダイビング目的のツーリストが闊歩しているのでスルーした。

今回は、ロスメンと呼ばれる商人宿に泊まろうと決めている。

もちろん料金が安いからだが。

時間は午後1時。

このまま、ブレレン県の州都シンガラジャまで行こうか。

旅の目的である「各街の市場を巡り」の計画が、崩れつつある。

心が、東ジャワのバニワンギに傾き始めた。

行き当りばったりが私の旅行スタイル。


昨年9月のアグン山の噴火以降、東側はアグン山から6キロの地域内は、立ち入り禁止になっていた。

今年に入って噴火警戒レベルが3に下りで、危険区域が4キロの範囲までに縮小されている。

アメドからシンガラジャに向かう一部地域が、6キロ圏に含まれていて、それまでは走行できなかった。

トランベン村にあった日本人経営のホテルが廃虚となっていた。

アグン山噴火より以前に閉店していたようだ。

このあたりの風景は、ウブドの豊富な緑を見ている私には、サバンナのような殺伐さを感じる。

以前、「極楽通信・UBUD」で「もうひとつのバリ」と紹介したことがある。

アグン山の麓付近で、煙が立ち込めていますが、山火事でしょうか、水蒸気の靄でしょうか?

噴火の爪痕は、見られない。

動画を御覧ください。



★続く



posted by ito-san at 17:06| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月09日

ゴアガジャ寺院の創立祭でチャロナラン舞踊劇(217)

9月24日から始まったゴア・ガジャ寺院(Pura Goa Gajah)の寺院創立祭(オダラン)。

最終日の10月4日は、チャロナラン(Calonarang)舞踊劇が奉納される。

Pura_Goagajah1.jpg

古代遺跡「ゴア・ガジャ」内にあるプラで上演されるチャロナラン舞踊劇は、1年前に鑑賞している。

その時に、ウブドで見るチャロナラン舞踊劇とは、違った感触を受けた。

同じ芸能でも場が変わると、こうまで空気感が違うのかと感じた。

Pura_Goagajah2.jpg


もう一度、ゴア・ガジャ寺院の空気を感じたくて、鼻風邪気味だがマスクをして出かけた。

夜10時少し前に、寺院に到着。

白と黄色の布で飾り付けられた寺院は、ハレの姿に輝いていた。

開演は10時と予想したが、チャロナラン舞踊劇が始まったのは11時だった。

バロン・バンカル、バロン・ケケ、シシアン、テレック、ジャウック、ゴンブラント続いた。

深夜0時前に、クラウハン(Kerauhan)儀礼は終了した。

クラウハンとは「神と合体して会話し、自ら神として行動し、無限の享受を味わう。神が憑依した霊的な状態」を言うのだそうだ。



突然、背後から魔女ランダが登場した時には驚いた。

一瞬、息が止まったかと思うほど苦しくなった。

驚いて息を止めたのは確かだが、苦しかったのは鼻にティッシュが詰めてあったからだった。


クハオハンの騒動が落ち着いたところで私は席を立って、「象の洞窟=ゴア・ガジャ」と呼ばれる洞窟に向かう。

深夜0時30分、誰もいない洞窟に入る。

洞窟内も白と黄色の布で、ハレの姿になっていた。

普段は、電気が点いていなくて真っ暗闇だが、オダラン期間中は、お祈りする人があるため明るくしてあるようだ。

暗いほうが神秘的ではある。



左側奥にガネーシャ神(Ganesha)、右側奥には3体のリンガ(Linga)が祀られている。

それぞれのリンガはヒンドゥーの3大神、シヴァ(Siva)、ヴィシュヌ(Wishnes)、ブラフマ(Brahma)を表している。

洞窟内でお祈りした後、再び奉納舞踊のチャロナランを鑑賞する。

Pura_Goagajah3.jpg

終演は深夜3時だった。


★「トランス・その1(喧嘩神輿)」http://informationcenter-apa.com/gt_trance1.html
★「トランス・その2(集団トランス)」http://informationcenter-apa.com/gt_trance2.html
★「ゴア・ガジャ」http://informationcenter-apa.com/kb_goagajah.html
★「チャロナラン舞踊劇」http://informationcenter-apa.com/gk_calonarang.html
★「魔女ランダ」http://informationcenter-apa.com/gk_rangda.html



posted by ito-san at 16:42| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする