2013年11月27日

建築ラッシュ@ウブド(66)

パチュン家の貸家の工事が始まった。

初期のプランより、住居が広くなったようだ。

私のアイデアとは異なる。

パチュン君なりに計画があるのだろう。

この設計だと、当初予定していた家賃(月150万ルピア)より高額になるかもしれない。

rumah-pacung1.jpg
rumah-pacung2.jpg

ウブドを中心とした建築ラッシュは、テガランタン村にも波及している。

タマン村の外れの田んぼで工事が始まった。「ウェスティン・ホテル」が進出するという噂だ。

「ルアック・ウブド・ヴィラ」前の空き地も、ヴィラ建築が開始された。

カポとマンコの兄弟がそれぞれ20年契約でリースした土地は、現在ヴィラが建築中。

マンコは手にしたお金で、実家の裏に高級ヴィラを建てている。

西村さん家のまわりにも、数件のヴィラが建ち始めたと聞いた。


ホテルが建つことの是非を、我々ツーリストが口を挟むことではない。

「昔は良かった」と言うのは、ツーリストの郷愁だろう。

村人も、できることなら昔のままがいいと思っている。

しかし、そうも言っておられない経済的事情もある。

ホテル側は従業員の何割かを地元から雇用するよう義務つけられている。

働き口ができることは、地元の人々にとっては喜ばしいことだ。

税金の収益が見込め、村も潤う。


プンゴセカン村にオープンしたホテルを見学に行った。

エントランスから奥にある宿泊施設まではかなり歩く。

緩いカーブの道は、バリアフリーに設計されている。

嬉しい心遣いだ。

これからの時代は、こういう気遣いがなくっちゃ!

4階建ての宿泊施設の外観は、これと言って意匠を施しているようには見えない。

どちらかと言えば、オフィスのような設計だ。

右手にガラス張りの壁が見えた。

温室か? と目を見張った。

よく見ると、エレベーターを収納する壁だ。

都会の便利さを求める観光客が増えているのだ。

いよいよ、ウブドもこんな時代に突入したのかと、私はガックリと肩を落とした。

裏から見ると、5階建てになっていた。

plataran1.jpg

日本人もバリ人も、自然との調和を大切にする民族だ。

ウブドは今まで、渓谷や田んぼを巧く利用したホテルやレストランが多くあった。

専門家でもないのに、と彼らのセンスに感心したものだ。

近年、海外やジャカルタからの投資が続いている。

営利本位で自己主張の強いビジネスや建築物が目立つようになったのは、そのせいか?

この傾向は、今後、さらに拍車がかかることだろう。

問題はホテルの乱立でなない。

どんな意匠で建てられるか? 自然環境は考慮されているか? だ。

できればウブドの環境に合った、ウブドらしい発展を望みたい。

ウブドの将来のため、何らかの条例を作った方がよいのではないかと考えてしまうのは、お節介な私だけだろうか?

私はサバイバル信奉なので、できれば「バック・トゥ・ザ・アートネイチャー」でいきたいのだけど。

あっ! 何か間違えた?

posted by ito-san at 15:38| Comment(0) | TrackBack(0) | テガランタン村滞在記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月25日

バリ島の風物詩・ドゥダル(65)

バリ島の雨季の始まりを告げる風物詩は、夜7時頃になると現れる羽アリだ。

体長2センチ弱、こげ茶色の羽アリ。

バリ語でドゥダル(Dedalu)、インドネシア語ではラルン。

今年、テガランタン村では11月21日から出没した。

ドゥダルは、明かりという明かりに群がり、飛び交う。

「数匹のアゲハチョウが、ブーゲンビリアのまわりをノンビリと飛び交っている〜」なんて生易しいものではないゾ!

街灯の明かりが暗くなるほどの大量発生だ。

初めて目撃した人は、異常事態だと思うだろう。

私もカルチャーショックを受けたひとりだ。

レストランの中にも侵入して来る。

ロウソクの炎に飛び込む、自殺行為のドゥダルもいる。

ドゥダルは、1時間もすると床に着地し這いずる。

しばらくすると、羽が抜け始める。

羽が取れたドゥダルは今、巨大アリの姿だ。

正体は、シロアリらしい。

シロアリが、何らかの変異で羽をつけて飛び出して来るのだ。

巨大アリはツガイになって、いっせいに交尾を始める。

1〜2時間のうちに羽だけ残して、きれいにいなくなってしまう。

短時間で姿を消すと言っても、虫の苦手な人には、迷惑な風物詩かもしれない。

羽の掃除も大変だ。


ウブドの町中は、アスファルトと敷石で近代化が進みドゥダルの発生量が少なくなった。

ホテルでは、殺虫剤を散布して退治しているらしい。

あいにく私の滞在していいるテガランタン村は田舎だから、今でも大量に飛来する。

昨夜もドゥダル大隊の急襲にあった。

私は明かりに群がるドゥダル大隊の写真を撮ろうとテラスに出た。

飛び交うドゥダルに身体が包まれる。

カメラを向けたが、大隊はカゲロウのようにボケて実体をともなわない。

写真はボツだ!

庭では、ドンカン=dongkang(バリ語でカエル)が好物のドゥダルを待ち受けている。

マイ・マンディ場の壁には、数匹のチチャッと大きなトッケイが好物のドゥダルにありつこうと待ち構えていた。


以前、プンゴセカン村にカフェと名のついた雑貨屋「ブンブン・カフェ」があった。

なんと経営者は私。だからツブレタ。

夜な夜な、店の裏の作業場でバナナの幹から作った紙で、ランプシェードを作っていた。

この頃は、8時になるとドゥダルが登場した。

コンクリート床の割れ目に、小さく土の盛り上がりができた。

なんだろうと、近づくと一匹のドゥダルが飛び立つところだった。

ところが一匹ではなかった。

次から次へドゥダルは飛び出して来る。

数カ所から吹き出るように沸き上り、明かりを目指した。

作業場の電灯のまわりを、狂ったように飛び廻る。

私は、爬虫類は苦手だがドゥダルはヘッチャラ。

上半身裸のまま、ドゥダルに身を任せて作業に専念する。

痒くなるアレルギーのバリ人もいると聞いている。

オカちゃんが、バケツに水を張って電灯の下に置いた。

ドゥダルが、ポトポトと落ちて来る。

昔は、羽の取れたドゥダルを集めてナベでから煎りしたり、小麦粉と卵で作るクルプック煎餅に混ぜたりしたそうだ。

そんな話をしながらオカちゃんは、テーブルの上を動き回っているドゥダルを一匹つかむと、つまようじに突き刺し、ライターの火でジュッと炙った。

そして「ほらね」と、口の中に放り込んだ。

味はないと言う。

数日後、ドゥダルが飛び出したあとの土からキノコが生える。

このキノコは美味しいらしい。


空港で新婚さんを迎えて、ウブドへの戻り。

バイパスの街灯に大量発生したドゥダルの群れが、道路一面に広がっていた。

まるで、粉雪が乱舞しているかのように幻想的だった、ことを思い出した。

こんな光景を見せてくれるドゥダルも、虫の苦手な女の子には大問題だろう。

ホテルにチェックインした新婚さんが案内された部屋には、まだ、ドゥダルが飛んでいた。

あと数分で姿を隠し、その後、羽の掃除をしてしまえば、お客様が気がつくことはなかった。

それを見てしまった奥さんはショックを受け、そのホテルをキャンセルして「アマンダリ」に移って行った。

空調設備の整った高級ホテルでは、密封度が高いためドゥダルの侵入はないそうだ。

願わくば、虫の苦手な人も少しづつ慣れてくれればいいなと思う。

美しい自然があって、たくましい生き物たちがいる。

これもバリ島の魅力のひとつとも言える。


そうは言っても、誰にでも天敵はいるものだ。

私は “爬虫類一般”、影武者の女将は “ゴキブリ系”、友人のT子さんは蛾は対丈夫なのに “蝶” が天敵。

トッケー大好き、ドゥダルも大丈夫のMさんの天敵は “クモ” だそうだ。

あなたにとって、バリに棲む天敵は何ですか?

「ito-san」というのは却下ですよ。

ドゥダルの乱舞は10日から2週間ほどの間に幾日か発生し、いつの間にか終結している。

発生と終結の時期は、地域によって異なるようです。

どんなタイミングで発生するかの、疑問が残った。

posted by ito-san at 23:09| Comment(2) | TrackBack(0) | テガランタン村滞在記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月23日

ワルン・最後の楽園(29)

3日前から、夜7時になると羽アリ(ドゥダル=Dedalu)が電灯のまわりを飛び交い始めた。

飛び交うという生易しいものではない。

異常なほど大量発生する。

これは、雨季の始まりを告げるバリの風物詩でもある。

昨夜は、我がマンディ場にドゥダルを求めて大きなトッケイが出現した。

トッケイは、ドゥダルが好物のようだ。

gekko.jpg

2×××年

人類が、カプセル時代に入って久しい。
 
地球の大気が極度に汚染され、太陽の陽が射すことがほとんどなくなった。

日光浴、月光浴、森林浴、海水浴という言葉は、すでに死語となり、そんな環境は地球上のどこを探してもない。

屋外は、どこかしこも放射能の危険にさらされているため、大型空気清浄器の整ったカプセル・ドームでしか生活することができない。

首都東京は、とうの昔に廃墟となり瓦礫の山だ。

世界中の廃墟には、放射能に侵された奇形動物たちが棲息している。

瓦礫の上に創られたカプセル・ドームの都市は、ひとたび災害に見舞われれば機能が麻痺してしまう。

人々は都会を離れ、新たな土地を求めて彷徨う。

しかし、新天地も宇宙ステーションのような環境だ。

人々は、透明硬化樹脂で造られた蜂の巣状のカプセル・ハウスに住み、味と香りの付いた栄養剤のピル食品で腹を満たしている。

ピル食品の味は多種多様にあり、一応に人々は満足している。

祝祭日などの特別の日に支給される人造肉を口にすることもできる。

妊娠は、体外受精でおこなわれるのが通常で、幼児は小さな透明プラスチックのカプセルの中で育てられている。

世界人口は、2000年度と比較すると三分の一に減少している。

原因は、戦争と放射能。


カプセル時代の味気ない生活に甘んじている富裕層に、今、もっとも先進と言われ注目されているレストランが中部日本地方ある。

紹介しよう。

店名は「ワルン・最後の楽園」。

インドネシアにあるバリと呼ばれる小さな島の料理を出している。

カプセル・ドームの中に造られた人工的ではあるがインテリアに自然の植物がふんだんに取り入れられ店は、限りなく自然に近い景観が楽しめるように工夫されている。


オーナーのワヤンさん(30)の話では「自然とは何か?」を実体験しに訪れる客がほとんどとのこと。

当店ではまず、入り口で履き物を脱いでいただき、裸足になってもらいます。

足の裏で大地を掴むという経験をして欲しいのです。 

大地を掴む感触が、生きているという実感を呼び起こします。

売り物は、限りなく自然に近い環境です。

食事は楽しむもの。

五感とフィーリングを楽しんでいただけることと思います。

そして当店は、健康にもよいメニューをお出ししております。

値段のほうは少し高くなっていますが、きっと満足してお帰りいただけると考えています。

 
「トッケー、トッケー、トッケー・・・・・・」

くぐもった鳴き声が、店内に響いた。

「今、トッケィ何回鳴いた?」

彼女の質問に「7回だった」と彼は答える。

「トッケィが7回続けて鳴くと幸運がおとずれるんだよ!」

カップルは、幸せそうに顔を見合わせた。

小動物が放し飼いされ、トッケイやチチャッの鳴き声が耳に優しく聞こえる。

「チッチッ」とチチャッが鳴いた。

彼女の顔が「そらね」と言わんばかりに、自慢げに微笑んだ。

会話の途中にチチャッが鳴くと「今の話は神様が認めているよ」ということらしい。

チチャッは、デウィ・サラスワティの化身だ。

デウィ・サラスワティは、学問と芸術の女神。


微風に竹の風鈴が、自然の音を奏でている。

自然の環境音楽が訪れる人の心を癒す。

バナナの葉の皿にのせられて運ばれてくる料理は、無農薬農法による作物から実際に料理されたもの。

見るものの眼を十二分に楽しませてくれる。

食事を飲むものと思っているカプセル・エイジに「ワルン・最後の楽園」の料理は、神秘的に映る。

素手による食事に、訪れる人々はカルチャー・ショックを受ける。

食後のデザートは、目の前の木々から直接もぎ取ってくれる果物のジュース。

夜7時30分から9時まで、日替わりでバリ島の伝統芸能の公演が上演される。

古き昔を忍んで、是非一度あなたも「最後の楽園」を訪れてみてはいかがですか。


大変だ!

トッケイを見ていて、妄想にはハマっていたようだ。

posted by ito-san at 18:13| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月21日

食用だったトッケィ(28)

一家に一匹は棲みついている、トッケィ。
(トッケイに数え方は、匹でいいのかな?)

南方のヤモリの一種。

学名はゲッコー(gekko=gecko)。

インドネシアではトッケィ、ベトナムではカッケーと呼ばれる。

どれも鳴声からきた名称だ。

甲高い声でつづけざまに鳴きたてる。

とてもヤモリとは思えないような高声なので、慣れないうちは驚かされる。

7回続けて鳴くと、幸運がおとずれると信じられている。

身の丈30センチ近くになり、顔がデカイ。

ぶよぶよのゴム質の肌に赤い斑点だったリ青点が散らばっていたりする。

住人は歓迎していないのも知らずに、本人は家守のつもりでいる。

普段、屋根裏に姿を隠していて、トイレの時に表に出てくる。

彼らのトイレは、たいてい、場所は決まっている。

天井の、そして、なぜか角地が多い。

尻尾をあげてお尻を出して、力む。

少しの水分と大きなウンコを落とす。

目の前のコーヒーカップに、ポチャン・・・・。

気づかずに一気飲み。

以前、干しぶどうに紛れ込んでいたのを知らず、口にしたことがある。

※「テガランタン村滞在記・トッケイの鳴き声(63)」を合わせてお読みください。


つけっぱなしのテレビから、トッケイと言う単語が聞こえてきた。

振り向くと、トッケイの腹をハサミで裂くシーンが映っていた。

何のニュースをやっているのだろうと、テレビの前に移動した。

次に映ったのは、家内工場の風景だった。

忙しく働く女性達の作業台の上には、ウチワのようなものがうず高く積まれている。

ウチワは、小動物の剥製のように見える。

よ〜く見ると、それはトッケイの薫製だった。

大きさの揃ったトッケイが、開きになって串に刺されている。

立派な頭がついている。

数百匹はいるだろう。

この数を確保するためには、養トッケイ場があるはずだ。

金網で造られた大きな鳥かごを、思い浮かべた。

養トッケイ場いる多数のトッケイが、一斉に鳴く光景は凄まじいだろうと想像する。

あまり近寄りたくくはないが、怖いもの見たさで見学したい。

「ゲッコー・ゲッコー」「グァゴー・グァゴー」「ファックユー・ファックユー」「ポッポー・ポッポー」の合唱は、いったいどんな音響になるのだろう。

ジェゴグのムバルンのように、壮絶な音の戦いになるのだろうか。

もしかして、重低音が心地よい響きになるのかもしれない。

トッケイはどんなタイミングで、そして、なぜ鳴くのだろう。

何かの意思表示でもあるのかな、ふと思った。

「求愛のメッセージかも」と知人は言った。

トッケイに雌雄があるかどうか無知だが、鳴いているのはオスかもしれない。

クジャクのオスが自慢の羽根を見せるように、艶やかの声でメスに呼びかける。

トッケイのメスには、あの音色に悩殺されるのか。

ニュース・キャスターのコメントでは、取材は東ジャワ(ジャワ・ティモール)のようだ。

聞き逃して地名はわからない。

「かゆみ止めに効く」「アラックに混ぜて飲む」と言っている。

インドネシアの伝統的薬用ジャムーとして、輸出しているようだ。

私の語学力では、これ以上は理解できなかった。

バリ人でも、トッケーを丸焼きにして薬として服用していると聞く。

効能のほどは定かではない。

sate1.jpg

シドゥメン村に行く途中のことだ。

「私の家は貧乏だったからトッケイをサテ(sate)にして食べていました」

アパ?スタッフのヤンディ君が、ハンドルを握りながら衝撃的な発言をした。

「味は鶏肉みたいで、身体が熱くなってくる」と、ヤンディ君は懐かしそうにつぶやいた。

食用と言えば、バリ人はチチャッも食べていた。

これは可憐な、素速い、よく働くトカゲで、ランプの灯に寄ってくる虫をせっせ食べてくれる。

夜じゅうお互いにチッチッと鳴きかわしつつ勤勉に働き、朝の光といっしょにどこかへ消えてしまう。

チチャッには、グレー色の濃い種族と、透けるような色白の種族がいる。

「色白のチチャッは鶏肉のように美味しいよ」とテガランタン村のオカちゃんは言う。

串に刺して、イカのように姿焼き。

「サテ・チチャッ7本、おまちょど〜さま」

チチャッは、デウィ・サラスワティの化身だと言われている。

デウィ・サラスワティは、学問と芸術の女神。

会話の途中に「チチ」とチチャッが鳴くと「今の話は神様が認めているよ」ということらしい。

えっ! デウィ・サラスワティの化身を食べて、罰は当たらないのか。

そして、銀色に輝く肌を持って庭をはいずっているトカゲも食べる。

バリ語でルラサン(Lelasan)、インドネシア語ではBengkarungと呼ぶトカゲ。

バッソのスープに入れて食べると美味しいらしい。

「エナッ(おいしい)」と影武者のウエーター、ワヤンは言う。

試食したいと言うと「捕まえるのがたいへんです」と真顔で答えた。

「蛇に似た味だよ」ウエートレスのダユーが会話に参加して来た。

ダユーは、蛇を食べたことがあるのか?

バリ人の食文化は、底知れないものがある。

nasi1.jpg

「お誘いいただいた、トッケィ・チチャッ・ルラサンの試食会は、当方の健康上の都合により遠慮させていただきます」
posted by ito-san at 17:30| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月19日

続・久々に怒っているゾ!(27)

怒りは、収まっていない。

クドイと思われる人もいよう。

いつまでも大人げないとお叱りも受けよう。

でも、聞いて欲しい。

もう一度だけ、お付き合いください。


件の “ヴィラ&レストラン” のオーナーだという人物が「日本食料理店・影武者」に現れた。

私のブログを読んだ誰かが注進したのだろう。

昼間だったが、この日は予約のお客があり、女将が偶然居合わせた。

現れたオーナーは、噂どうり欧米人男性とバリ人男性。

“ヴィラ&レストラン” は、欧米人男性とバリ人男性とのジョイント。

欧米人はベルギー人。

彼は、バリ人女性の恋人とよく現場に顔を見せるので、私は見知っている。

レストランは彼女に任せるらしい、と現場監督が教えてくれた。

「ウエスタン料理ですか? 日本食ですか?」 私の質問に、彼女は「わからんな〜い」と微笑むだけだった。

外国人がバリ人とのジョイントする理由は、バリで起業して就労VISAを取得するには多額のお金が必要だからだ。

就労VISA取得の作業を省くため、外国人はバリ人に名義を借りる。

インドネシア人とのジョイントは、外国人が起業する為の苦肉の策だ。

諸問題が起こるのは、こうした裏事情からでもある。

彼らは、しきりに謝っていたと、女将は言う。

そして女将は「私の旦那と駐車場のオーナーと話をしてください」と伝えた。


オーナーのバリ人男性のことだが。

現場の工事が始まった早々に、私が会っている人物と同じだろうか?

資材を運びやすいように、水を抜いた田んぼに竹の足場を敷く作業をしている人物から日本語で声が掛かった。

軽いナンパ言葉だと思うが、掛けられた日本語がなんだったかは覚えていない。

しかし、親しみやすい声に、その時、私は快く反応している。

「私の彼女は日本人。お金がないので、まだ結婚していません」と流暢な日本語で話す。

私は、彼が欧米人とジョイントしている人物だろうと察し、ひとこと忠告することにした。

ゆくゆく日本人女性と結婚するのなら、バリの日本人コミュニティーと接する機会も少なからずあるはず、彼も日本的習慣を知っていた方が良いだろうと思ったからだ。

「工事が始まる前に “影武者” に挨拶しておいた方がいいよ。それが日本式だから」


大きな声が聴こえた。

バリ語だったのだろう、私の前にいる彼が反応した。

彼は、背中を向けた。

黒髪を後ろで束ねた大柄のバリ人が、私の前に現れた。

「俺が、現場監督だ。なんかあったら俺に言え!」

私の態度が、彼に文句を言っている姿に見えたのだろう。

監督としては、彼をかばう必要があるのかもしれない。

私は、日本的習慣を告げた。

「俺は影武者のオーナーの知り合いだ。もう話はついている。それに、ここはバリだ。バリ式でやらせてもらう!」

えらい剣幕に、私も少したじろいだ。

虚勢を張るタイプか、監督の眼に臆病な性格が見えた。


実は、女将は、監督と大ゲンカをしている。

日が暮れてもトラックが駐車したままだった。

影武者のお客が来店する時間に近づいている。

監督に移動するように頼んだ。

その時の監督は、酒臭く酔っているようでもあった。

監督は、大声でどなり始めた。

「これ以上うるさく言うと、お前のレストランに何が起こっても知らないぞ。覚悟しろ!」

女将の胸ぐらを掴まんばかりで、恐怖を感じたと言っている。

酒の勢いを借りての逆ギレだ。

女将は、冷静に相手の非を訴え続けた。

監督は次第に声が小さくなり、弱々しく謝り始めたという。

そんなことがあっても、その後の状況は、さほど変わることはなかった。


職人さんが捨てたと思われるプラスチックボトルや、散乱した資材の破片を影武者のスタッフが片付ける。

影武者のスタッフは「触らぬ神に祟りなし」で、監督には逆らわないようにしている。

山と積まれた砂を、よけるようにお願いした。

しかし、それはバケツ2杯分ほどをヨケタだけだった。

私はデモンストレーションで、大家さんから借りてきたスコップで駐車場のへこんだ部分を砂で埋めた。

へこんだ部分は、トラックの進入で、敷石がめくれあがったところだ。

そんな姿を見ても職人さんたちは「好きでやってるのだろう」という雰囲気だ。

デモンストレーションも効果はなかった。

こんな経緯で、私は立腹している。

影武者は来年の4月に移転する。

それまで “ウヤムヤ” にするんだろうな。

できることなら、早く、平和的な解決策を見つけて欲しい。

以上で〜す。


※「日本料理店・影武者」駐車場問題解決!!

今年に入って(2014年1月)、オーナー代理としてワヤン君が「影武者」に現れた。

(現場で、私に話しかけて来た青年とは違っていた)

これまでの煩雑ないきさつについて、ワヤン君は真摯に謝罪し、駐車場は「影武者」の移転(5月)まで使用しないことを約束して帰っていった。

後ろ姿に、肩の荷が降りた、安堵のようなものが見えたのは気のせいか。

私の胸のモヤモヤは霧散していた。

みんなが、仲良く平穏に暮らせますように。(合掌)

posted by ito-san at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月14日

久々に怒っているゾ! (26)

「日本料理店・影武者」の賃貸契約終了は、今年の5月だった。

女将は、賃貸料の高騰で再契約を断念し、移転することになった。

ところが、移転予定先が来年にならないと工事に入れないため、一年の延長を高騰した家賃で借りることを余儀なくされた。

駐車場も同様に再契約だ。

もちろん駐車場の賃貸料も値上がりした。


そんな折り “影武者” の横に、“ヴィラ&レストラン” の建築工事が始まった。

建築現場へは “影武者” の駐車場を通らないと資材が運び込めない。

搬入のトラックが駐車するようになった。

日本でなら工事前に、オーナーか現場監督が向こう三軒両隣に「ご迷惑をお掛けします」と菓子折りひとつでも持って挨拶にいくのが常識。

しかし、誰も挨拶に来ていないようだ。

いったい何者がオーナーなんだろう。


朝から夕方まで、職人さんのバイクが我が物顔で駐車するようになった。

昼間インターネットをしに “影武者” に来ている私のバイクの定位置が職人さんに占領された。

積み降ろしのトラックが堂々と止まっている。

砂・砂利・セメント袋などなどの資材が置かれるようになった。

長時間駐車する軽トラックもある。

未だに、何の挨拶もない。

お客様が遠慮して駐車する場面を目撃した。

「お客様の邪魔になるので駐車しないで欲しい」と“影武者” のスタッフが再三注意するのだが、監督は聞く耳もたない。

女将は夕方出勤のため、そんな現状を知らない。

駐車場を借りるために女将がしてきた苦労を知っている私は、無断で使用する輩に腹が立って来た。

初代「影武者」オーナーとして、私の堪忍袋の緒がついにプッツンと言う音を立てて切れた。

現場の監督らしき人物に注意を促した。

しかし、監督&職人がバリ人ということもあって、あまりキツくも言えない。

“影武者” のスタッフも同じだろう。

職人の話によると、“ヴィラ&レストラン” のオーナーは欧米人男性とのことだ。

バリ人との共同経営という噂もある。

彼らは、知らぬ顔の半兵衛をきめこむつもりか。

バリ人なら諦めもしようが、同じ外国人滞在者では我慢はできない。

ここがバリだからって、許されることではない。

私は性善説を信じるので、彼も悪い人間ではないと思いたい。


ヴィラが一部完成した。

相変わらず、何の挨拶もない。

いまさら、挨拶に来られても困るが。

近々、レストランも完成するという。

“ヴィラ&レストラン” の関係者らしいバイクが少なくなった。

工事が終了すれば、工事関係者のバイクはなくなるだろう。

工事期間中、無断使用したわけだ。

心配なのは、今後、ヴィラ滞在者やレストランの利用者が “影武者” の駐車場を知らずに使うかもしれないということだ。

そんなことにでもなれば “影武者” 側も、知らずに使ってしまった “ヴィラ&レストラン” のお客様も、不愉快な思いをすることだろう。

できれば、そんなことが起こらないようにしたい。

相手にも言い分はあるだろうが、無断使用が許されていいはずがない。

欧米人オーナーは、すでに対策を施しているのかもしれない。

取り越し苦労かもしれないが、今までの経過を見る限り、オーナーの良識に期待できない。


工事期間中の駐車場無断使用は眼をつむって緩くした。

しかし、“ヴィラ&レストラン” の駐車場使用に眼をつむる気はない。

こんなことで今、気を揉んでいます。

こういうことにいちいちムカムカしていたら、毎日を平穏に暮らせないということはわかっている。

それにしても、気分のいいことではないでしょう。

不愉快な思いをしたくなかったら、他人に何かを期待するのをやめればいい。

常識的に行動できる他人に接したら、それに感動する方がましかもしれない。

「66歳にもなってもケツの穴が小さい(下品な言葉でゴメンなさい)」と言われそうですが、なかなかそんな境地になれないな。

久々に、怒っているオジさんでした。


posted by ito-san at 15:48| Comment(2) | TrackBack(0) | ウブド村徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月12日

サクティ橋(仮称)の開通(64)

ウブド村のあるバリ島中央部は、バトゥール湖を水源とする川が幾筋も流れている。

川の流れは、深く刻んだ渓谷のヒダを作る。

村々は渓谷の尾根伝いに形成され、すべての道がバトゥール山を目指している。

対岸の村との交流は薄かった。

深い渓谷のため、往来できる道が険しかったからだ。

近年、渓谷にあみだくじの横線のように橋が架かり、交通の便はよくなってきている。

ウブドも渓谷の尾根伝いにある山あいの村だった。

東のプリアタン大通りから西のチャンプアン橋まで、数本の川の上に架けた橋が道路と繋がりウブド大通りが出来ている。

少し注意を向ければ気がつくと思う。


ウブドの北部、サンバハン村スウェタ通り(ウブド第一高等学校から100メートルほど北上)とタマン村スリウエダリ通り(テガランタン村手前)の間にある渓谷に、2つの通りを結ぶ架橋工事が着工されたのは2012年4月のこと。

サクティ(Sakti)村に位置するゆえ、この橋を便宜上「ジュンバタン・サクティ=サクティ橋」と命名しておく。

インドではシャクティと発音し、意味は同じで「超自然的霊力・宇宙的根源力」のこと。

素晴らしい名前でしょう?

サクティ橋を7回往復するとパワーが授かるなんて、迷信ができそうだね。

なぜ7回だって、私が好きな数字だからでしょうが。

サクティ橋の工期は8ヶ月、完成予定は2012年12月だった。

2012年9月19日、乾季の真っ盛りに事件が起きた。

乾燥する日々が続き崖の土が砂状になり、道路のアスファルトいっぱいまで路肩が滑り落ちたのだ。

工期は遅れ、完成は翌2013年の3月に延期された。

さらに、工期は6月に延期された。

5月に入り工事がストップ。

川幅の測量ミスで橋が短く予算オーバー&工事資金を誰かが横領した、などの噂がたっている。

8月になって工事再開。

テガランタン村側は道路面と橋が同じ高さで問題はないが、サンバハン村側は道路面が橋より3メートルほど低い。

車をスムーズに誘導するには、かなりスロープのある道路が必要だ。

そうなると、道向こうの畑をロータリーにするしかないだろう。

果たして、畑は借りられるのか?

様々な話が飛び交ったが、工事は道路をかさ上げすることになった。

上り坂の頂上で、直角に右左折する道路は危険だろう、と心配する声があがる。

11月に入って開通。

jembatan7.jpg
jembatan8.jpg

利用する車は、少ない。

どうなることやらと心配したサンバハン村側の道は、なだらかな坂に仕上がり、今のところ車はスムーズに流れている。

10月の工事中にも関わらず、気の早いバリ人はバイクで渡っていた。

進入禁止の看板やゲートもなく、現場の職人は誰も注意をしない。

事故が起これば本人の責任だと、考えているのだろう。

日本なら、工事関係者の責任が問われるところだ。


盛大な開通式が行われるだろうと期待したが、今のところ、行われれる様子はない。

資金不足で工事が遅れた橋のことだ、開通式はしないのだろうな。

サンバハン村側では、地霊のお祓い儀礼が橋上で行われた。

テガランタン村側では、今月の末に儀礼を行うと聞いている。

欄干にはバリの神様の石彫が設置され、すでに多くの供物が供えられている。

jembatan9.jpg
posted by ito-san at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | テガランタン村滞在記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月05日

トッケイの鳴き声(63)

私は蛇を筆頭にして、爬虫類が大の苦手だ。

怖いと思うほどに嫌いだ。

蛇が恐いと感じるようになったのは、小学校の低学年の時だ。

その頃は、名古屋の南区というところに住んでいた。

近くの小川で泳いでいる時のこと。

対岸から、水面を流れるようにしてスルスルと進んで来る、灰色の蛇が見えた。

水面から顔を出している私に向かって来る。

泳ぎのうまくなかった私は、蛇より早く泳げる自信がない。

蛇と目が合った。

目の前で見る蛇は大きく見える。

心臓が止まりそうになった。

私は、逃げることもできず固まってしまった。

蛇は悠々と、私の目と鼻の先を横切っていった。

これ以来、私の蛇嫌いが始まったと思われる。


カルタの実家で大きな蛇を捕まえたと、弟のカポから聞いた。

深夜、鶏の不審な鳴き声と羽ばたきに気がついた。

犬の吠える声が聞こえる。

バリの犬は、こういう時のために飼っているとも言える。

家族が駆けつけると、大きな蛇が、鶏小屋に入ろうとするところだった。

裏の小川からやってきたのだろう。

家族が捕まえると4メートルもある大蛇だった。

小川沿いの竹林を散策したことがあるが、あの場所に大蛇がいたかと思うと、今更ながら寒気がする。

大蛇と言えば、タマン村との村境にある祠近くの村道(道幅6メートル)を横切った蛇は、頭も尻尾も見えないほど道路いっぱいの長さだったと言う。

神様だから、見つけたら通り過ぎるまで待つようにと村人に教えられた。

この話は、陸橋の工事が始まってしばらくしてからだったと思う。

なんの因果か、苦手な蛇にはよく遭遇するので気をつけるようにしている。

hebi.jpg

爬虫類と言っても、チチャッ(cicak=cecak)は10センチほどの小ヤモリだからまだよい。

しかし、トッケイ(tokek)となると、私はビビる。

ゲッコー(gekko=gecko)と呼ぶ地域もある。

ゲゲゲゲで始まり「ゲッコー・ゲッコー」と鳴くからだろう。

ググってみると、爬虫綱有鱗目ヤモリ科ヤモリ属に分類されるとあった。

ついでに写真を一枚拝借した。

トッケイは、身の丈30センチ近くになる、吸盤を持った大ヤモリ。

身体には小さな赤い斑点がある。

小太りでドット柄のトッケイは、遠目には可愛いい。

壁や天井をノシノシと歩き、餌を捕獲する時は敏捷に動く。

吸盤にホコリでもついたのか、たまに落ちてくることがある。

手元に落下してきた時には、さすがにビックリする。

「日本料理店・影武者」に棲息するトッケイは、夜9時を過ぎると天井に近い壁の角に登場する。

2〜3匹は棲息している。

時には、ランプの中に入って小虫を捕食する。

チチャッも壁に待機していて、蚊を捕食する益虫である。

tokek.jpg

一週間ほど前から、夜中になると、私の部屋の天井裏でトッケイが鳴くようになった。

屋外の庇下で鳴いていたトッケイが移動してきたのかな。

それにしては、鳴き声が違うように思う。

トッケイが、姿を見せて鳴くところを見たことはない。

我が天井裏のトッケイは、アヒルのようにグァグァグァと始まり「グァゴー・グァゴー」と鳴き、グググと終わる。

トッケイの鳴き声にも、それぞれが微妙に違う個人差(個トッケイ差)があることに気がついた。

天井全体が反響効果になっていて、号砲のように大きな鳴き声が響く。

驚いて飛び起きてしまう。

愛猫チビタは、鳴き声の数だけ、身体を震えさす。

幸い3〜4回で鳴く止むので我慢もできるが、これが幸運を呼ぶと言われている7回も鳴かれたらたまったもんじゃない。

「もうケッコー!」と言いたくなる。

聞き手によっても個人差&国民差があるようで、欧米人には「ファックユー・ファックユー」と聞こえる人もいるらしい。

竹筒の中で鳴くトッケイは。ポッポッポと始まり「ポッポー・ポッポー」と鳴き、ポロポロで終わる。

竹筒の反響がよろしいようで、ソフトな声だ。

遠くから聴こえてくるトッケイの間延びした鳴き声は、バリの風物詩とも言える。

あなたには、どんな風に聴こえていますか?
posted by ito-san at 17:25| Comment(4) | TrackBack(0) | テガランタン村滞在記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月02日

生き物たちとの共存(62)

今日はクニンガン祭礼日。

私がよそ者だと感じる日。

休業のレストランが多い。

何もすることがない一日。

ボーッとした頭で思った。


そう言えば、この頃、セリ(Seli)の姿を見ていない。

セリは、パチュン家で飼っている二匹の犬のうちの一頭。

雌のキンタマーニ犬だ。

犬の15歳は高齢なのか、セリの動きは鈍い。

道路をブラブラと徘徊している姿は、痴ほう老人のようだ。

そのうち、私もセリのようになるのかな〜?

いくらか不安な私の将来を想像する。

いつも道ばたに横になっているセリの姿は、死んでいるように見える。

イブは、道ばたで寝転んでいるセリを見つけると、抱かえて連れ戻る。

何度が、イブが連れ帰っているうち、セリの姿が見えなくなった。

もう一ヶ月も経っている。

ボケてしまい、家を忘れてしまったのか。

それとも猫のように、人に見られぬ死に場所を探したのか。

セリは、5月の中旬に出産したが、その仔もいつの間にかいなくなっていた。

その原因も不明だ。

犬好きの日本人なら、必死に探すだろうし、涙を見せる人も多いと思う。

パチュン家だけでなくバリ人は、動物の死を運命を受け入れるように、大げさに悲しむことはしないようだ。

Seli&Braky1.jpg
写真:左がセリ


ガルンガン祭礼日以前、パチュン家の庭を5羽の鶏が駆けずり回っていた。

そのうちの3羽が、祭礼日前日にご馳走に姿を変えた。

騒がしかった鳴き声が、今では懐かしい。

儀礼用建物で暑さを避けて横になっている黒犬ブラッキーと、庭で餌をついばむ2羽の鶏が見える。

レーシーと愛猫チビタは健在だ。

愛猫チビタは、ベッドから私の行動を観察している。

レーシーは、家寺の祠にもぐった。

降り注ぐ太陽の日差しが眩しい。

外出するには暑そうだ。

家人の姿も見えない。

私も午睡をすることにしよう。


posted by ito-san at 16:48| Comment(0) | TrackBack(0) | テガランタン村滞在記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする