2014年04月25日

寺院祭礼に侵入するテロリスト(50)

この頃のウブドは、景気のよかった12年前に戻ったかのように、ツーリストが増加している。

おかげで交通渋滞が凄いことになっている。

思い起こせば2002年、バリ島南部のリゾート地クタで爆弾テロ(10月12日)の悲劇があり、そのあと、バリ島のツーリストは激減した。

この夜は、日本人会主催の盆踊り大会が南部で開催された。

「爆発音が響き激しい振動が車を大きく揺すったのは、通り過ぎた後だった」と帰宅途中に現場前を通過した知人が興奮気味に話してくれた。

数分の違いで、彼ら家族は被害を免れたのだ。

ウブドから、烈火が夜空に浮かび上がるのを見た人もいる。

テロ直後のバリ島から、ツーリストと在留外国人が慌ただしく帰国していった。

日本の外務省からは「海外危険情報」危険度最高の「退避を勧告します。渡航は延期してください」が発令された。

テロのターゲットと思われるアメリカ人とオーストラリア人は、強制退去だ。

日々、外国人が帰国する。

日本からの飛行機に2人しか、乗っていない日もあった。

ウブドからツーリストの姿は消え、モンキーフォレスト通りには、店頭で暇をもてあます店員の姿が目立った。

11年を経て、ツーリストは戻って来た。





2001年9月11日、ニューヨー・ツインタワーのテロ。

1年後、ひと月といち日遅れの2002年10月12日、バリ島クタ爆弾テロ。

2003年は、東南アジアを中心としたSARSの流行。

バリは今、近年にない不景気に見舞われている。

私は今、2003年にタイムスリップしてこの話を書いている。


このところ、私の心は落ち着かない。

ひと月といち日遅れが、私には符号のように思われてしかたがない。

今年2003年11月13日に、あと5日と近づいていることを気に掛けているのだ。

なにごとも起こらなければいいがと願っている。

13日は、50年に一度巡ってくる大きな寺院祭礼がウブドで始まる日だ。

初日には1000人以上の人出が予想される。

テロリストは、人が大勢集まるところを狙う。

「王宮の定期公演が狙われている」

「レストラン・ベベ・ブンギルかもしれない」なんて噂がはびこっている。

Andong.jpg
アンドン交差点からウブド方面を見る(1990年)

人が多く集まる寺院祭礼は、テロリストに絶好のターゲットだろう。

「寺院祭礼が危険だ」という、嫌な噂があちこちの村で流れ始めた。

寺院祭礼では、通常村人による自警団が祭礼が滞りなく終わるようにと警備する。

大規模な祭礼では警察官も動員される。

今回のウブドの寺院祭礼は、いつも以上の警備体制だ。

私は村の世話役に頼まれて、外国人ではあるが格闘技ができるということから祭礼期間中、テロリストの警備に当たることになった。

今日13日は、奉納芸能に仮面舞踊で参加することにもなっている。

寺院に入るには、それなりの正装が必要で、参拝者は門前でチェックされる。

今夜は持ち物もチェックされている。

境内は、すでにたくさんの参拝者であふれていた。

チェックのカマン(腰布)に黒いベストを羽織った男たちが、要所要所で警備している。

彼らの顔が、いつになく緊張している。

昨日は、テロリスト対策の講習会が開かれた。

何をどう調べればよいのか、具体的にされない対策に、私は不安になってくる。

私は、サロンも上着も白ずくめの正装だ。

芸能が行われる予定の建物には、すでに観客がいっぱいだ。

入り口のチェックが万全でなかったとしたら、テロリストはすでに寺院内にいるかもしれない。

楽屋では、踊り手たちがテロの話をしている。

不安を隠しきれないようすだ。

私は踊りの衣裳に着替えながら、客席に眼を配る。

いつもの寺院祭礼風景とどこも変わったところはない。

変わったところといえば、外国人ツーリストの姿が見えないことぐらいだ。

これは昨年のテロの影響からツーリストが激減しているからだ。

寺院祭礼の雰囲気は、神々しくて心が洗われるようで気に入っている。

こうしてバリ人に混じって奉納舞踊できることを、私は至福と感じる。

テロリストは狂信派のイスラム教徒だといわれている。

インドネシアにも狂信派はいる。

バリのテロ犯人であるアムロジーもそうだ。

イスラム教徒と言っても、バリ人と同じインドネシア人だ。

寺院祭礼に紛れ込んでしまえば、たやすく見分けることができないだろう。

今夜は、バッグやカメラなどの手荷物を持つ外国人ツーリストがいないのでチェックはしやすい。

バリ人は供物と線香以外持ち込むことはないので、爆弾を隠し持つことは難しい。

もっとも、バリ・ヒンドゥー教徒が寺院を爆発させるとは考えられない。


客席の3列目あたりに、バリ人にしては正装がどことなくチグハグな男がいる。

肩からカメラ・バッグをさげているが、先ほどからいっこうに撮影しようという意識が見えない。

落ち着き払っているようだが、その眼は芸能を観るでもなく散漫だ。

歓迎の踊りが、小学生くらいの女の子たちによって奉納された。

次は、男の子たちによる群舞バリス・グデだ。

テロリストが早々に席を立ってしまってからでは遅い、私は進行係りに、群舞バリス・グデの先に踊らせてもらえないかと頼んだ。

演奏者にそのむねが伝えられると、仮面舞踊の曲が流れてきた。

私は仮面をつけ、幕を少しずつ開けていった。

男に気づかれないように、しかし、注意は男に向いている。

舞台に踊り出た。

おどけた演技に観客がどよめく。

私は頃合いを見計らって舞台中央にある階段を下り、観客の中に入っていった。

即興でジョゲッ・ブンブンを踊る。

数人をやり過ごして、目的の男を舞台上に誘った。

男は戸惑いがちにカメラ・バッグを両手で抱えた。

大事そうに抱えるバッグを、私は引ったくるように取り上げて幕の裏に押し入れた。

男はバッグを取りに幕の裏に入ろうとするが、私は執拗に踊りに誘い、それができないようにした。

幕の裏では、警察官がカメラ・バッグの中を改めている。

予想した通り、時限爆弾が入っていた。

仮面をつけた数人の踊り手が舞台に登場すると、男を肩車して退場していった。

なにも知らない観客は、面白い余興だと拍手喝采だ。

私は両手を大げさに広げて「何が起こったの?」とジェスチャーをして舞台を引っ込んだ。


テロリストはひとり、時限爆弾は仕掛けられてはいなかった。

なにごともなかったように群舞バリス・グデがはじまり、奉納芸能は続けられた。

私は汗で湿った衣裳をはずしながら「どうも、納得いかないな」とつぶやいた。

簡単にテロリストが捕まったことが不信となっている。

「テロリストが捕まってよかったですね」今夜の付き人ニョマン君は、たたんだ衣裳をバッグにしまいながらニコニコしている。

深夜になって、州都デンパサールの寺院祭礼でテロがあったニュースが入ってきた。

テロリストは警察をウブドに注意させておいて、はじめからデンパサールを狙うつもりだったのだ。

大胆にも、警察署から50メートルと離れていない、眼と鼻の先の寺院だった。

被害者の数は、まだ発表されてない。


妄想もここまでくると立派なものでしょう。

でも、実際に、こんな場面に遭遇したら、どうしていただろうか。

妄想でよかった。

posted by ito-san at 17:28| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする