2014年05月15日

ヌグラ・ライ空港は新装だが、係官は?(3)

すでに日本帰国を果たし、只今、豊田市にて、なんですが。

やっとネットのできる漫画喫茶を探しあて、ブログがアップできるようになりました。

でも、スピードが遅くてイライラです。

カフェ・アンカサが早かったのか?

とは書いたものの、アップできず。

高木さんに、ポケットWiFiを借りました。

そんなこんなで、取りあえず日本に向けて「出発・出発」。


9日午後3時。

渋滞を懸念して早めにウブドを出発。

ヌグラ・ライ空港には、搭乗時間3時間前に到着した。

バリの空港は、昨年(2013年)バリ島で開催された「APEC首脳会議」(10月4日〜8日)を前にして完成。

新しくなった空港をゆっくり鑑賞しようと思っていたが、いざ出発となると、まずはチェックインを済ませてしまいたいと「エア・アジア」のカウンターに急いでしまう。

ボーディング・コールはまだ始まっていなかったが、一番乗りで手荷物を預けイミグレ・カウンターに直行した。

背の高いイミグレ・カウンターには、ウサンクサイ顔の係官が座っている。

パスポートとボーディングカードをカウンター越しに掲示する。

「キタスだね、見せて」と係官。

(えっ、見せないといかんの?)思わず名古屋弁で考えている。

係官の言うキタスとは、長期滞在ビザの一種でパスポート大の手帳のことだ。

私的には、パスポートにリエントリー(再入国)許可の印は押してあるし、キタスに本年度に関する記載はないので携帯する必要はないだろうと考えていた。

「ビジネスやってんじゃないの?」含み笑いを浮かべて斜に構える係官。

「リタイヤです」と私は答えた。

「7時10分出発か、時間がないね」

いかにもお金が欲しいくて因縁をつけている感じの係官。

そんな態度が気にならない。

「わかった。すぐ行けば、まだ荷物は間に合うかもしれない」

私は、パスポートを奪うようにしてひったくり、小走りに駆け出した。

期待は裏切られた。

「エア・アジア」のベルトコンベアーの上に、私のバッグは乗っていなかった。

チェックイン・カウンターの女性に説明すると「しばらくお待ちください」となった。


台車に乗って、私のバッグが運ばれてきた。

荷物係の青年に礼の会釈をして、台車からバッグを下ろした。

壁側に寄りジッパーを開ける。

開けながら、どの袋にしまったかを思い出そうとする。

思い出せない。

中身をひっくり返しても思い出せない。

焦った。

もしかすると、家に置いて来てしまったのか。

取りに戻る時間もない。

25年ぶりの一時帰国は、是非とも果たしたい。

同じ動作を何度も繰り返し確認する。

それでも見つからない。

確認の仕方が間違っているのだろうか。

かなり焦りだした。

最後の手段は、ビザ代行業のアレックスに連絡を取って解決してもら方法しかない。

ところが、私のインドネシア仕様の携帯電話は日本で使用できないからと、持って来ていない。

誰にも連絡が取れない。

もう打つ手はない。

こうなったら、賄賂を払ってでも通過させてもらうしかない。

不本意な行為だが、10万ルピアで交渉だ。

immigration.JPG

イミグレのカウンター前には、長蛇の列ができている。

先ほどのウサンクサイ顔の係官が、カウンターから出て行くところが見えた。

交替した係官は、私のパスポートを見ると「出入国カードを書いてこい」と言う。

ムムっ、賄賂の要求がないゾ。

と言うことは、キタス手帳の確認はないのか。

係官の全員が、悪徳とは限らない。


出入国カードを書きながら、次にはパスポートにルピアを挟んでおこうと作戦を立てる。

ルピアを挟んで差し出した。

係官は、パプア系の女性だった。

カウンター越しに、彼女の一挙手が気になる。

日本円の出費も心構えした。

10万ルピアと出入国カードの紙片がカウンターの上に戻ってきた。

彼女は賄賂を拒否したのだ。

さあ、この後の展開はどうなる。

dokidoki・ドキドキ・どきどき。

静かな沈黙のあと・・・・・・。

入国許可の判がリズミカルに押された。

「やった!」

キタス手帳の提示は必要なかった。

最初の係官に、キッチリ苛められたということだ。


入国審査をすませ、ロビーでサンドイッチを食べながら荷物の記憶をたどっていく。

冷静になって考えてみれば、なんのことはない。

リュックの内ポケットに入れたのを思い出した。

キタス手帳はあった。


posted by ito-san at 11:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 名古屋一時帰国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする