2014年08月11日

合同火葬儀礼のシーズンって、どういうこと?(60)

毎年バリ島の7〜8月は「合同火葬儀礼(ガベン・マサル/Ngaben Masal)」のシーズンになる。

葬式シーズンとは可笑しな表現だが、事実だから仕方がない。

では、どうしてそんなシーズンが存在するのか?

その原因は、バリ独特の暦にある。

バリでは、西暦以外にウク歴とサコ暦と言われる古くからの暦を使っている。

そううちのひとつサコ暦に、秘密が隠されているのだ。

サコ暦は、太陽と月のサイクルを組み合わせたもので353日、355日あるいは356日の1年で巡ってくる。

西暦と同じで、1年が12のサシー=月(sasih)に分かれている。

(詳しくは、サコ暦を御覧ください)

サシーのひとつで、人間(特に死者)の儀礼にもっとも適しているのが「サシー・カロ(sasih karo=第2月)」。

そのサシー・カロが、毎年7〜8月にあたるというわけです。

理解いただけたでしょうか。

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昔から合同葬儀があったわけではない。

インドネシア独立後(1945年)に、行政によって決められた儀礼だろうと思われる。

合同火葬儀礼は、ひとつの村で2年から6年に一度行われる。

昨年の8月30日は、我がテガランタン村の合同葬儀を見学した。

詳しくは「テガランタン村滞在記:合同火葬儀礼(51)」を御覧下さい。

今回は、8月8日にスバリ村合同火葬儀礼を取材した。

スバリ村は、5年前にも取材している

晴、時々小雨。

昨年も小雨だったのを思い出す。

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スバリ村は、5年の間に40人の村人が亡くなっていた。

遺体は埋葬されたままで、燃やされるのはシンボルの木片だ。

バリ人の信仰では輪廻転生が信じられていて、涙を見せることが少ないと言われている。

しかし中には、脳裏に浮かぶ思い出には逆らえないのか、悲しげな表情を見せる者もいる。

それぞれの故人に、思い出があり思い入れもある。

輪廻すると頭ではわかっていても、寂しさは拭いきれないものだろう。



スバリ村の火葬儀礼を見学していて、私の心に変化が起こっていた。

今まで観光客の視線でしか見ていなかったが、今回は死者のことを考えている。

中東の悲惨な戦場の映像を見たからだろうか。

非武装市民、子供、年寄り。

つい先ほどまで元気に飛び廻っていた子供が、血まみれになって死んでいた。

なんの罪もないものが、命を奪われる。

いきなり人生に終止符が打たれる。

彼に、彼女に、将来はあったはず。

それを、外圧によって切断されてしまう。

そんなことが許されていいのだろうか。

亡くなった人には、家族がいる。

家族の悲しみは、私の想像を越えているだろう。

死ぬということは、他人からは「いなくなる」ことだが、本人にしてみれば「生きられなくなる」ということだ。
と、重松清「星のかけら」に書かれてあった。

思いもかけなかった言葉に、胸が熱くなった。

今回の日本一時帰国で初孫に会ったことで、私の慈愛心が萌芽したようだ。


脅しには脅し返す!

攻撃には先制攻撃!

先制攻撃には報復!

人間は相変わらず、愚かな戦争を繰り返している。

核が使われれば、人類、そして地球も破滅することは間違いない。

収拾のつかぬ破局につながる一歩を踏み出したら・・・終わりだ。

(多田富雄「寡黙なる巨人」より、言葉をお借りしました)

日本も恐ろしいことになっている。

「戦争反対!」「原発反対!」

わかったようなことを書いてすみません。

心配なんです。

「地球が平和でありますように」

ただ祈るだけしかできない無力な私です。

posted by ito-san at 17:13| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする