2014年09月30日

2014年09月30日:スクーピーの洗車は、お任せ(67)

そろそろ、愛しのスクーピーを洗車しなくては。

私が贔屓(ひいき)にしている洗車屋は、タマン村スリウェダリ通りにあるバイク修理屋だ。

パンク修理やバッテリー交換に、この店を利用することも多い。

洗車しなくてはと思っているのだが、条件が揃っていない。

条件と言うのは。

洗車をしてもらっている間に、時間をつぶす場所のことだ。

洗車は、30分ほど待てば終わる。

一台の洗車タイムが約30分。

先客が一台いると、合計1時間の待ち時間というわけだ。

その間私は、斜め前にあるワルンでコピバリを啜りながら待つ。

仲良くしているイブが切盛りしている、地元民専用のワルンだ。

時には、ティパットを注文する。

近年、ツーリスト向けレストランが増えて、スリウェダリ通りは賑やかになった。

ワルンには、近所のレストランで働くスタッフも顔を出す。

私は、ワルンに集う村人を観察したり、スリウェダリ通りを行き交うツーリストをウオッチングする。

こうして見ていると、ウブドが地元民とツーリストの二重構造の町だということがよ〜くわかる。

地元民に埋没する時間が好きで、月に一度は洗車に来る。

洗い終わると、ワルンまで届けてくれるのも嬉しい。

洗車をしなくてはと思いついてから、かれこれ3ヶ月ほどワルンは休業中だ。

イブの具合でも悪いのだろうかと、心配になる。

早急に復活することを期待する。


もうこれ以上待てない。

スクーピーは汚れて、いかにもみすぼらしい。

埋没できるワルンは休業中だが、コーヒーの美味しい「セニマン・カフェ」が目と鼻の先にある。

今日は「セニマン・カフェ」で、ネットをしながら待つことにしよう。

バイク修理屋に立ち寄った。

忙しそうに働いている若ボスに「洗車、おねがいします」と声を掛けた。

返事は、すぐには返ってこなかった。

若ボスは、申し訳なさそうな顔で「ゴメン、洗車やってないんだ」とつぶやいた。

あれ、若ボスは洗車してくれないのかな?

そんな私の心の言葉が通じたのか「スタッフが止めてしまって洗車できないんだ」と、社内事情を説明する。

そう若ボスは、メカニック専門で洗車はしないのだ。

きっと修理に忙しくて、洗車に専念できないのだろう。

出来れば、洗車スタッフ雇ってよね。

じゃないと、イブのワルンに埋没できないから。


しょうがない、ほかを探そう。

洗車屋の数は意外と少ない。

一般市民は、自分で洗うのが普通だろう。

今、誰か「お前も、自分で洗ったらどうだ」と言わなかった?

私もそう思うのですが、居候の身で水道の水を使わせてもらうことに気が引けるのですよ。

と言って、砂が混じった川水で洗う勇気もない。

パチュン家の息子・コマン君にアルバイトで洗車を頼もうかとも思ったが、それもお節介かなと止めた。

洗車とワックスで、15,000ルピア(150円しない)。

月一度なら、私の懐も痛まない。


以前利用したことのある、トゥブサヨ村の洗車屋に行くことにした。

ここはパンク修理の店。

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先客が2台あった。

オヤジさんが、1時間半後に来てくれという。

この洗車屋の目の前には、サテ・イカンの「マデ・ロイ」がある。

今日は、サテ・イカンの雰囲気じゃない。

このあたりもしばらく歩いていない。

久しぶりに、ジャランジャランしてみようか。

プリアタン村方面に向かって歩き「マデ・ワルン」に立ち寄った。

ナシチャンプールとテボトルでRp20,000-と、価格が少し上がっていた。

きっちり1時間半後に戻ってくると、スクーピーは別人のように光っていた。

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2014年09月24日

ゴメンな “ちびた”!(87)

猫ファンに方に、久々に「愛猫ちびた」のネタをお届けします。

皆様もご存知のように、私は肥満体猫 “ちびた” と暮らしている。

この猫、捨て猫だから毛並みが良いわけではない、と思う。

毛並みは良くないが、餌の食べ方も上品だし、フサフサと豊富な毛を持っている。

その豊富な毛が、日々抜ける。

病気ではない。

ハゲとか薄毛の兆候でもない。(ハゲ・薄毛は、差別用語ではないですよね?)

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昨年来、私は鼻炎に悩んでいる。

鼻水が止めどもなく流れ落ち、時には、一日にトイレットペーパーをふた巻以上使ってしまうこともある。

就眠時には、両鼻の穴にティッシュで栓をする醜態をさらしている。

おかげで鼻の頭は皮が剥け、鼻の穴が広がった。

眼が痒いので、何かのアレルギーではないかと、知人からは言われている。

花粉じゃないか?

ダストじゃないか?

“ちびた” のノミ、シラミ、フケとも考えられる。

どちらにしても、我が愛する “ちびた” に関係があるだろう。

いろいろと可能性を考えてみた。

結論は、猫の抜け毛が原因ではないかということだった。

確かにそうかもしれない。

“ちびた” のブラッシングをしたり、こまめに掃除をするが、舞い上がった毛は捕獲できない。

窓、扉を全開にして、風通しも良くしている。

ところが、いつの間にか部屋の隅やベッドの下に抜け毛は積もる。

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始終クシャミや鼻をかんでいるのを心配して、パチュン家の人々は「 “ちびた” を部屋から出した方がよいのではないか」と助言をしてくれる。

しかし、今まで一緒にベッドで寛いでいた “ちびた” が、おとなしく外で寝てくれるだろうか。

私のことを大好きな “ちびた” のことだ、寂しがるだろうな。


一週間前、“ちびた” に部屋から出てもらうことにした。

夜になって、テラス側の木製扉を閉めた。

庭で遊んでいる “ちびた” は、気づいていない。

枕元のスタンドの灯りを消した。

しばらくして、鳴き声が聴こえた。

どことなく甘えた鳴き声は「部屋に入れてくれ」とのコールだろう。

そして、扉を引っ掻き始めた。

扉が開かない事がわかると、今度はマンディ場に廻って、そちらの扉を鳴きながら引っ掻く。

突然の仕打ちに、戸惑っていることだろう。

優しいはずの飼い主に閉め出されて「一体、どうしたんだろう?」と悩んでいるはず。

説明が出来なくてゴメン。

鳴き声と引っ掻く音は、数分続いた。

せつない。

これで入れてしまっては、私の鼻炎が解決しない。

じっと我慢であった。


3日目の夜、鳴き声と引っ掻く音がなくなった。

翌日 “ちびた” は、扉の敷居をまたがなくなっていた。

どう理解したのかわからないが、 “ちびた” は、部屋に入る事を諦めたようだ。

育ての親が良い人なので、親思いの、物わかりの良い子に育ったのだろう。

餌をもらいたい時も、敷居の手前で待っている。

そんな姿も申し訳なく思ってしまうほど、可愛い。

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“ちびた” は、私が起床して扉を開けるまで窓や扉を眺めている、とイブが教えてくれた。

夜は私が帰宅すると、門まで迎えに来てくれる。

どうやら、バイクの音を聞き分けられるようだ。

そんな “ちびた” を不憫に思う私は、昼間、テラスにいる時は、 “ちびた” と一緒にいることにしている。

横になって本を読んでいると、いつの間にか胸の上に乗っている。

一段と甘えん坊になったような気がする。

今夜も “ちびた”は、テラスの椅子でおとなしくお休みしている。

この頃、トイレットペーパーを使うほどの鼻水はない。

悪いね “ちびた” 。
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2014年09月18日

パチュン家・屋敷寺の祭礼(86)

17日は、パチュン家の屋敷寺の祭礼日だった。

今年は、2月にもあったので2度目になる。

私が滞在始めてからは、3度目だ。

4度目は、立ち会えないかもしれない。

理由は、そのうちに発表します。


何度も言うが、バリは独特の伝統的暦「ウク暦」に従って祝う。

1年を30週×7日の210日で数える暦だ。

そんなわけで西暦のカレンダー内では、210日ごとに巡って来るウク暦の祭礼日が2度行われることもある。

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数週間前から、パチュン家のイブは祭礼の供物作りで忙しそうだった。

女手がないので、夜遅くまで、ひとり黙々と手を動かしていた。

数日前からは、近所のイブイブたちが供物作りを手伝いに来ていた。

私のテラスの前で、賑やかな嬌声が続いた。

バリ語は理解できないが、会話は楽しそうだった。

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今回の祭礼は、渓谷に建てられた「ルアック・ウブド・ヴィラ」のスパ工事が終わったので、普段より供物が多いとのこと。

供える場所も屋敷寺以外に、門内、中央、南西の祠、台所前と4カ所も加わった。

工事はケガ人も出ず、無事終了したようだ。

ムチャル(地霊をおさめる儀礼)に使われた「トゥトゥアン」と呼ばれる祠が、渓谷に飛び込むという不吉な事件が起きたので心配していた。

思い起こせば、今年4月から始まった工事。

渓谷沿いの樹木がチェーンソーで倒された。

朝日、夕日、熱い陽射しに照らされる豊富な緑が姿を消した時は、ちょっぴり寂しかった。

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8月に1ヶ月、イスラム教徒の断食祭休日を挟んで完成した。

職人のほとんどが、ジャワ島から出稼ぎに来ているイスラム教徒だ。

工事期間中、パチュン家の庭は作業員の通行路となった。

一部は資材置き場に。

私の住む家屋の横は、コンクリート・ミキサーの作業場となった。

コンクリート・ミキサーが砂利を撹拌(かくはん)する音は、耳障りな雑音だった。

( “撹拌” に読みがなつけてゴメンなさい。私のように読めない人もいるかも、と思って)

工事が終了した今は、昔の静かなパチュン家に戻っている。

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この日は、ウク暦の第二十八週・KELAWUのRABU (BUDA) WAGEは、Upacara Rambut Sedana(ランブット・スダナ)の祭礼日でもある。

お金に感謝をする日です。

商売を営んでいる人は、市場の寺院・ムランティン(Pr.Melanting)にお参りに行く。

あちらこちらで正装姿のバリ人を見かけたのは、祭礼日だったからです。


ツーリストの私はお参りもせず、テラスの大テーブルでラワールの昼食をいただいて大満足。

伐採を免れた樹木から、セミの声が聴こえてくる。

陽射しの熱い午後です。

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2014年09月11日

バリ人女性の長い黒髪は魅惑的(66)

ウブド人の習慣が少し違ってきたと感じる、今日この頃。

そりゃ〜ウブド滞在が四分の一世紀にもなれば、変わるのも必然かもしれないね。

この頃のバリ人、ヘルメットの扱い方が雑になったように思われる。

「神聖な部分である頭にかぶるヘルメットは、直接、床に置いたりしないように」と、私は教えられた。

正装時のウダン(鉢巻き)と同じ扱いである。

滞在始めてすぐに知り合ったワヤン・カルタ君が、宗教心の篤いバリ人だった。

今でも、テーブルなどの上に置くように心掛けている。

バリ人の日常の仕草が変わりつつある。

上半身裸が普通であった時代を経て、ある時期から外出時に肌を露出する衣類はタブーとされたバリ。

太ももを見せるなんて、もってのほかだ。

それが今では、町中でバリ娘がショートパンツはいて闊歩する姿を見かけるようになった。

褐色の美脚は健康的でよろしいのですが、私的には日本人女性の白いおみ足がお好みですのでゴメンなさい。

男性の短パンもあたりまえ。

私はカルタの言いつけを守って、今でも短パンでの外出はしない。

文化が少しずつ変化している。


バリ人女性の魅力の一つである長い黒髪にも変化が起きている。

変遷を調べてみよう。

と言っても美容については、まったく疎い私のことなので充分な考察はできません。

もっとも不得意の分野だが、気になっている案件なので頑張ってみました。

1990年までウブドに美容院は、モンキーフォレスト通りにある「マリヤ・ビューティ」の一軒だったと記憶している。

当時は、利用する人も少なかったのだろう。

長期滞在の日本人女性の多くは、ビザの書き換えでシンガポールに渡った折りに、美容院に立ち寄っている。

バリ人女性は、長い髪を必ず後ろでまとめる。

まとめていない髪に、悪霊が入り込むと考えられていた。

ボサボサとした長髪を見ると「魔女ランダ」のようだと恐れられたものだ。

婦人たちは、“美源” の白髪染めを使って真っ黒にしていた。

ココナツオイルをたっぷり塗ってツヤツヤだった。

オダランには、既婚の婦人はサングルと呼ばれる付け毛で、未婚の女性はアップにして参拝する。

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現在でも、小、中、高の女学生は、お下げ髪が校則だ。

お下げ髪を三つ編みにした娘をよく見かける。

いつかは、校則から三つ編が開放される時代が訪れるのでしょう。

オダランは、彼女たちのハレの舞台。

アップにして、気合いを入れてオシャレをする。

学校を離れたら、押しつけ校則から抜け出したい。

お気に入りの彼の前を、気を引こうと行ったり来たり。

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ショートヘアーの娘が増え始めた時期があった。

事務系の仕事に就くようになったからだろうか。

公務員や銀行員などに、ショートヘアーの女性が多く見られた。

私が芸能を見はじめた頃は長い髪が普通だったが、事務員と二足のわらじをはく踊り娘も現れた。

ショートヘアーは、付け毛でごまかせる。

しかし、どうしても自前の髪で踊らなければならない舞踊がある。

それはチャロナラン舞踊劇のシシアンだ。

シシアンは魔女ランダの弟子という役どころ。

ある日のオダランで、チャロナラン舞踊劇の奉納があった。

髪を乱して、おどろおどろしく舞う部分でのショートヘアーは不釣り合いだった。

チャロナラン舞踊劇で演じられる時代は古い。

その時代にショートヘアーはなかっただろうし、魔女の弟子がショートヘアーというのは凄みがない。

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定期公演:金曜日・サダブダヤより

これまで長い黒髪を後ろで束ねるだけだったバリ娘が、オシャレになった。

テレビの普及、ファッション雑誌などの情報から、流行に敏感になったのだろう。

世界中のどこの国の女性も、オシャレに興味がある。

スーパーやコンビニの開店でシャンプー&リンス&毛染めが手軽に入手できる。

品揃いも豊富になった。

現在ウブドに美容院は、10店舗以上はあるだろう。

20〜30万ルピアもするストレートパーマが流行っている。

この金額は、県が決めた初任給100万ルピアの5分の1に近い。

大金を払ってオシャレをする。

その魅力には勝てないようだ。

女性の心理をまったく理解できない私に、その心理を説明することはできないが。

ストレートパーマのシシアンと美しくウエーブのかかった長髪のシシアンは、いただけない。

観客のバリ娘は、栗毛色メッシュの入った長髪がクバヤの肩を覆っていた。

文化が変化していく。


「すみません、写真を撮らせてください」

こんなテレビコマーシャルがあったような気がする。

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プリアタン村にあるコンビニ「アルファ・マート」のレジで働く女性


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ウブド大通りにある「ブレッド・ライフ」の前にいた女性

後ろ姿ばかりの写真でゴメン。


※注意書き
誰も知りたくはないと思うが、私の好みは長い黒髪です。
豪華版はアップした髪。
アップにした時の襟足に、むしょうに色香を感じちゃうんですyone。
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2014年09月04日

これって聞き上手の秘訣かも(65)

いつもの時間の「日本料理店・影武者」の大テーブル。

いつものように、常連客が集まっている。

「影武者」が、プンゴセカン村からニュークニン村に移転して4ヶ月目になる。

常連客が集まる大テーブルは、新店舗でも健在で活躍している。

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旧・影武者」の大テーブルでの思い出を一つ。

この日も常連客とたわいもない会話で盛り上がっていた。

そこで “はた” と気づいたことがある。

それは、相手の話に相づちを打っているようでいて、実は、自分の話したいことを話していることが多いのだ。

女性グループの場合は、特に顕著だった。

彼女たちは会話のキャッチボールをしているのではなく、聞き流しておいて自分の話にもっていく。

止めどもなく会話は続いているが、会話が繋がっているようにはみえない。

私が持ち合わせていない話法だ。

これはこれで会話が成り立っているので、ティダアパアパ(問題はない)。

そして「楽しかった!」と言って帰っていく。

男性でも内容がずれることがあるが、女性ほどではない。

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さて新店舗に移ってからのこと。

2〜3日、ウブドは小雨の降る日が続いている。

「明日、晴れるかな」

友人H氏がつぶやいた。

たいして意味のない質問だろう。

そして、まわりから様々な答えが返ってくる。

「気象庁じゃなんだから、わからないよ」とA氏。

気象庁に問い合わせるほど重要議題じゃないし、この答えはつれないね。

「明日になればわかるから」とB氏。

それはそうだけど、それを言っちゃ会話にならない。

「雨が続いているから、明日もこの時間は降るんじゃないの」

データから判断するタイプのC氏。

これがもっともらしい答えですね。

インドネシア語で「知らない」は「ティダ・タウ」。

私が初期に接したバリ人は、この「ティダ・タウ」をよく使った。

「わかんな〜い、じゃないだろう」

「もう少し考えてから返事せよ!」大声をあげそうになったことが、たびたびあった。

考えようとせず、無関係だと言いたいのだ。

被害を被りそうな時の「ティダ・タウ」は、即答だ。

こんな風に、どう答えるかは、その人の人間性が出る。

ここで考えてみよう。

なぜ友人は「明日、晴れるかな」と聞いたのか?

晴れて欲しいからなのか?

雨になって欲しいからなのか?

会話というのは、相手の意志を汲んで答えるものだと思う。

話の流れで、晴れて欲しいとわかっていれば「晴れると良いね」と答えるのがいいだろう。

相手がどんな答えを望んでいるかがわかるときには、その正解を伝えたい。

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この機会を借りて一言。

相手の言葉に対して否定する言葉を、私は好きではない。

否定された人が、何らかの痛手を受けるような気がするからだ。

「違う」は相手を傷つける言葉だと思う。

プライドを傷つける、とまでは言わないが、優しさに欠ける言葉だ。

できれば、否定する言葉は使わないほうが良いのでは。

せっかくの楽しい会話を続ける上で必要なことではないだろうか。

他人の発言が、もし自分の考えや知っていることと違っていたとしても、即「違う」と否定しない。

情報も様々、考え方も十人十色。

正解は、一つではないはず。

まず、どうしてその発言をしたのかを考えてみよう。

説明不足かもしれないし、これから、その説明をしようとしているのかもしれない。

言葉の裏側を読み取ることを、心掛けよう。

「違う」と言い切らないで、まずワンクッションをおく。

「なるほど」と肯定してから、それから意見を言うのはどうだろう。

「そうだったかな」「そういう考え方もあるか」のほうが柔らかい。

これって聞き上手の秘訣かも。

楽しくスムーズに進む会話がしたいものです。



今回は、ito-sanらしくない、ちょっと固めの内容でしたね。

たまには、こんなネタもありんすよ。

そうだ、あなたも一度「影武者」の大テーブルに、ご着席ください。

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※写真:「新・影武者」の大テーブルのある棟
posted by ito-san at 16:04| Comment(5) | TrackBack(0) | ウブド村徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月01日

「Sekar Bumi」へ、バイク・ツーリング!(64)

知人から招待状を手渡された。

第一回・国際ヘリコニア会議(IHC=International Heliconia Congress)が、8月28日開催されるという。

会場は、パヤンガン・ブフ村にある「Sekar Bumi」の農菜園。

「Sekar Bumi」は、広大な農地にヘリコニアを中心に南国の花と野菜を栽培している。

サンギンガン通りに、ヘリコニア専門の小さな花屋を出店している。

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TEL:0361-8848464/

「Sekar Bumi」の農菜園は、ウブドよりさらに山間部に入ったキンタマーニ高原の裾野にある。

バリ南部は排気ガスが凄くて行きたくはないが、山間部に向けての遠出なら苦ではない。

10日間ほど体調悪くしている。

鼻水、咳、下痢のローテーションだ。

この日は朝から快晴だった。

私は、気分転換に「Sekar Bumi」に行くことにした。

スクーピー(本田のオートマチック・バイク)でツーリング気分だ!


午前中だったのでウブドの渋滞も避けられた。

クデワタン村のT字路を北上するのも久しぶりだ。

こんなところで、予期せぬ渋滞。

いったい何が?

中華系に観光客が歩道をはみだして歩いている。

日本語も聞こえた。

目の前に迎えの観光バスが止まっている。

渋滞の根源はこれか?

左手を見ると、ラフティングの終点地になっていた。

渋滞に巻き込まれながら「この辺りを右折すると、史朗さんが住んでいた場所だな」と、突然に思い出した。

大石史朗さんは、2011年3月20日に69歳で亡くなっている。

ウブド滞在中は、仲良くさせてもらった。

「いとうさん!」

史朗さんの声が背後から聴こえたのは、思い出したのと同時だった。

これは空耳だろう。

そうじゃなかったら、怖い。

いくらなんでも、こんな渋滞中のロケーションで。

史朗さんの声が、再び聴こえた気がする。

背後右肩上方からだった。

私は顔を右にゆっくり回し、振り向いた。

ジャジャ〜ン・・・・・・・・?

渋滞の車の中から、「和るん・あんかさ」のコテツちゃんが半身を乗り出して微笑んでいた。

コテツちゃんが、私を呼んでいたのだ。

それにしても、声が似ていた。

今の私の心理状況も知らず、コテツちゃんは「車に乗っていかない?」と誘ってくれる。

行き先は同じだ。

私はドライブを楽しむつもりで、丁重に断った。


パヤンガン村を過ぎ、さらに北を目指す。

ココから先は、10年ぶりかもしれない。

緑が多く、風が心地よい。

登り坂だ。かなり走ってきた。

風が、一層冷たくなった。

この肌寒さは、キンタマーニ高原を思い出す。

突然、左手の眺望が開けた。

キンタマーニ高原から見える景色と同じだ。

右手に「IHC」の看板を発見。

立哨の警察官の指示に従い右折する。

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ところどころに「Sekar Bumi」への矢印看板が立っている。

矢印、南下している。

眼下に美しい眺望が広がった。

寄り添うようにトタン屋根が連なる小さな村が見える。

道路のアスファルトが新しくなった。

緩やかなカーブを左に右にと続けるうちに到着した。

時計は12時10分前。約一時間のドライブでした。

すでにオープニングの行事が始まっている。

先着したコテツちゃんを見つけて、史朗さんに声を掛けられた話をすると「私は、一度しか声を掛けていないですよ」と言う。

「なかなか振り返らなかったし、振り返った時の顔は緊張していたようでした」と、ともさんは言う。

よくある話だ、スルーすることにしよう。

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農菜園は、一般客も気軽に見学ができるようになっている。

私の目的は「アパ?情報センター」のオリジナル・コースに「農菜園見学」が取り入れられるどうかの下見だ。

レセプション・エリアを避けて、他の建物に向かう。

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オープニングの飾り付けのため、本来の姿が見えない。

飾り付けが取り払われた時期に、もう一度訪れてみることにしよう。

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茎林から、熱帯の大胆な色彩の大きな花がのぞいている。

オウムのくちばしの形をしている花が、ヘリコニアの特徴らしい。

農菜園には20種類以上のヘリコニアが栽培されていると聞いている。

南国の花が咲き乱れる農菜園のハイキングも楽しいかもしれない。

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帰路は、スバリ村に立ち寄るためタロ村経由とした。

史朗さんの声を聴く空耳ハプニングがあったが、本日のバイク・ツーリングは痛快だった。

体調が少し良くなった気もする。


《 Sekar Bumi 》
■TEL:081-2466-9933/
■Mail:sales@sekarbumifarm.com / sekarbumifarm@yahoo.com/
■Web:www.sekarbumifarm.com.
posted by ito-san at 16:53| Comment(2) | TrackBack(0) | ウブド村徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする