2014年12月11日

ウブド・カントール王家の火葬儀礼(85)

スゥエタ通りを挟んでサレン王宮の西側にある「カントール王宮」の(火葬儀礼(プレボン=plebon)が12月9日にあった。

カントール王宮は、1947年に、東インドネシア国の初代大統領に就任したチョコルド・グデ・ラカ・スカワティの生家。

彼は、植民地時代に外国の芸術家たちを招き、ウブド発展の立役者となった人物。

オランダ政府と親交の篤かった彼は、オランダ様式の建物を持っていた。

その建物が事務所(kantor)に見えたところから、プリ・カントールの名称がついたと聞いている。

以前は、資料館になっていて見学が出来た。


“今世紀最大” と言われた火葬儀礼を何度も見学している。

その後も、大きな火葬儀礼は観た。

贅沢な話だが、もう、観なくてもいいかなと思うほどだ。

と言うことで、今回は行列に参加せず、前日のカントール王宮と当日の火葬後風景を見学することにした。

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前庭にそびえ立つビンギンの巨樹と、木上のクルクルの塔は必見だ。

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火葬儀礼前夜(8日)

ライトアップされたバデ@カントール王宮前


亡くなられたのは建築家で、ジャカルタなどの高速道路建設に貢献した人物。

ウブドの歴史に興味があった時、カントール王宮前の旧カフェ・アンカサの大家さんだったアノム氏とデンパサールにお宅を訪問してお会いしている。

学究肌の方だと聞いていたので、気難しい人ではないかと緊張して訪ねたが、気さくな方だったと記憶している。

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12時30分、私の滞在するテガランタン村の渓谷の向こうをバレ・ガンジュールの音が通り過ぎて行く。

バデ&ルンブーを担ぐことになっているブントゥユン村の男衆だろう。

ブントゥユン村は、スゥエタ通りの北上にある。

バレ・ガンジュール隊が今から南下するとすれば、出発は午後1時になるだろう。

火葬場は、トゥブサヨ村ダラム・プリ寺院前。

私が火葬場に到着した2時には、すでにバデ&ルンブーは運ばれていた。

意外と早く着いたようだ。

道路を隔てた向こう側に、建築中のホテルが見える。

これは、シティホテルという名のアパートだ。
 
情緒も何も無いホテルがウブドに増えている。

村はずれの火葬場は今、町中に変貌しつつある。

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トゥブサヨ村スクマ通り「カフェ・アロンアロン」のあとに、11月26日オープンした不動産屋「red Lotus」経営の「RESTO WHITE YELLOW」でコーヒーブレイク。

厳粛な火葬儀礼が、ほとんど観光気分の見学になってきている。

これもロケーションに、神秘性が薄くなってきたからだろうか?

それとも、私の気持ちがウブドから遠のいてきているからだろうか?

posted by ito-san at 14:11| Comment(5) | TrackBack(0) | ウブド村徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする