2014年12月25日

愛猫 “ちびた” のその後(90)

私の鼻炎が最悪のピークだったのは、「ゴメンな “ちびた”!(87)」で報告した9月頃だ。

もしかすると、愛猫 “ちびた” の抜け毛がアレルギーの原因かもしれないと神経質になった時期。

これまで同居していた “ちびた” を、断腸の思いで入室を禁じた。

その時の悲しいエピソードは「ゴメンな “ちびた”!(87)」に詳しく書いた。

エピソードを読んだ猫好きの友人から「 “ちびた” が不憫で心配だから、その後の動向を教えて欲しい」という便りがあった。

そんなわけで、今回の報告となりました。

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鼻炎は、“ちびた” を部屋に入れなくなってから、徐々に良くなっていった。

今では、すっかり治っている。

だからと言って、原因が “ちびた” とは限らない。

花粉かもしれないし、 ダストかもしれない。

治ったんだから、“ちびた” の入室を解除しよう。

「カムバック・チビタ!」

これで、また鼻炎になったら、その時はその時。

また考えよう。

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昼間、扉を開けておいても、“ちびた” は部屋に入って来なくなった。

いつもテラスの椅子の上で横になっている。

12月、雨季に入って蒸し暑い夜が続いた。

風を入れるために、マンディ場に通じる扉を開けて寝るようにした。

こうしておけば “ちびた” も自由に入って来られる。

ある日、“ちびた” が忍び足で部屋に入って来た。

叱られるかもと、警戒しているような動作だ。

ベッドに飛び乗った重さを、足もとに感じた。

腰を引き気味に、忍び寄ってくる。

私の横で、両手を揃えて身体を沈めた。

ゴロンと横になり、私の身体に寄り添ってきた。

以前の習性を思い出しているのだろうな。

そのうち慣れるだろう。

しばらくして、外に出て行った。

以前は、私が起きるまで横で寝ていたのに。

きっと“ちびた” は、外での楽しみを見つけたのだろう。

食事は、台所でイブからもらっている。

トイレも庭でできるようになった。

すっかり、パチュン家の一員になったようだ。

嬉しいようで寂しい。

親心って、こんなものなのかな。

posted by ito-san at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | テガランタン村滞在記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ウブド市場裏・カルナ通りの散策(88)

ウブド公設市場(pasar umum ubud)の裏に、デウィシータ通りに抜けられる道があるのをご存知ですか?

ホームステイを利用する、一部のツーリストしか興味を示さない界隈。

名称は、カルナ通り(jalan karna)。

モンキーフォレスト通りと並行してあり、値打ちなレストランが軒を連ねているゴータマ通りとに挟まれている。

在住者にも知らない人がいるほど、知名度の低い通りです。

ウブド人さえ、こんな名称の通りがあることを知る者は少ない。


2013年3月17日に公設市場が立て替えられる前は、ムランティン寺院横から市場内を横切りるか、モンキーフォレスト通りの「パンダワ・カセットショップ」横の路地を通って行ったものだ。

もちろん、徒歩かバイクでしか通行できない。

新設の公設市場が、以前と同じ位置に建てられようとした。

カルナ通りの住民は、ウブド大通りから直進できるようにと請願した。

申請は受けられ、建物は二分されウブド大通り側からの車の通行も可となった。

と言っても、日中は観光客が道路いっぱいに溢れ、車の通行は無理のようだが。

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ウブド大通り側の二分された建物。

久々に、カルナ通りを歩いてみた。

写真で説明しよう。

市場裏の土産物店は、すでにカルナ通りなのかもしれない。

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カルナ通り北口


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「ハイビスカス・ホームステイ」横の路地は「パンダワ・カセットショップ」横に通じ、モンキーフォレスト通りに抜ける。


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いつのまにやら土産物店が並ぶ通りになっていた。


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ツーリストの少ないこの時期で、この人出。

ピークになったら、どうなってしまうのだろう。

人の頭しか見えなかった「原宿・竹下通り」の光景を思い出した。

40年も前の記憶を思い起こし、何故か顔がニヤケタ。


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ローカルワルンの串焼きの煙が「ここは下町だ!」と主張している。


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ホームステイからバンガローに格上げされた老舗「サニア・ハウス」

ガルンガン祭礼日の前日(プナンパハン)だったため、ペンジョールの飾り付け風景が観られた。


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90年代、美味だと評判の高かった「ワルン・スローニー」のあと。

この日は、休日だったのか。

ホームステイだった「スローニー・ハウス」は「カルナ・ハウス」に名前が替わっていた。

スローニーは、当家の娘さんの名前だと記憶しているが、もしかすると嫁いで今はここにはいないのかもしれない。

極楽通信・UBUD ≫ ウブド奇聞 ≫「妖怪ガマンは赤たまねぎが苦手」に登場する「S・ハウス」は「スローニー・ハウス」のこと。


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カルナ通りの南口は、デヴィシータ通りを隔てて「トットッマック」が正面に見える。

200メートルほどの通りです。

空港で無理矢理通されるショッピング街よりは、楽しいよ。

posted by ito-san at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする