2015年04月29日

サレント散策・その1(10)

セマナ・サンタも終わり、サレントの町も通常に戻ったようだ。

それでも、ウブドよりは賑わっている。

お気づきだとは思いますが、私のブログにはウブドという地名がたびたび出てくる。

それはこのブログが、昨年2014年まで25年間滞在したバリ島ウブドからの発信のため、読んでくれている人の多くがウブドに興味を持つ人だった。

そんなウブド熱愛症候群の人に向けて書いていたとも言える。

舞台がコロンビアに移っても、私の心からウブドが消えることはない。

そんなわけで、どうしても比較対象としてウブドが出てきてしまうのです。

ブログを途中から読んだ人には、チンプンカンプンなことになっているかもしれませんね。

煩わしいことですが、お許しください。

できることなら、最初から読んで頂けるとありがたいです。


お許しがでたところで、サレントの町を地理的に説明してみたいと思います。

mapa.jpg

地図最下方、サッカー場の前に、私が居候になっているジュンペイさんの家はある。

ジュンペイさんの友人で地図製作者のピノさんのお宅は、2軒隣で最端。


セントロ(Centro)と呼ばれる市街地中心部には、教会がある。

教会は、しっかりとランドマークの役目をしている。

教会の前は広場になっていて、「解放者 El Libertador」と讃えられるシモン・ボリバルの像が立っている。

コロンビアは、どの市町村にも広場があり、その一画には必ず、教会とボリバル像がある。

この広場はプラザ・ボリバル(Plaza Bolivar)とか、パルゲ・ボリバル(Parque Bolivar)とか呼ばれている。

教会.jpg

Bolivar.jpg



プラザ・ボリバルの北西角に立って撮影。

警察署前から始まって広場の屋台、後ろに小さく教会が写っています。

四つ筋、丘の階段を遠景で撮って、最後はランドマークの教会です。


教会の背後は、小高い丘。

縦横に走る道路は碁盤の目になっていて、丘と広場を結ぶ縦道をcarrene、横道をcalleと呼び番号がついている。

カジェ(calle)は、通りという意味もあるようだ。

道はアップダウン。

車は右側通行。

韓国製の車とバイクが目に付く。

馬がカッポしているので、馬糞がいたるところに落ちている。

坂の多い町。

訪れる前は、最初のうちは歩き、町に少し慣れたら自転車を買おう、そしてバイクを手に入れようと考えていた。

しかし、この坂を見て自転車はあきらめた。

サレントは小さな町だった。

バイクも乗らずに、歩いて過ごそうと思っている。

町1.jpg

町2.jpg

町3.jpg

町4.jpg

この町並みは、景観保護地域に指定されている。

私の色彩感覚に不足しているカラフルさが、ふんだんに使われている家並みが見たくてやってきた。

この風景とそれをとりまく人々のありまさを、しっかりと脳裏に焼き付けていこうと思っている。


人々を見ると、男性は、クリスティアーノ・ロナウドに似た顔の好男子が多い。

好男子と書くと好色な感じがするので、美男子と書こう。

女性は、美人の多い国と聞いていたが確かに美しい娘が多い。

整形が多いと聞いてガッカリもしている。

背は、日本人とあまり変らない。

これは私の偏見かもしれないが、美人には背が高い人が多いようだ。

これから、どんな出会いあるか楽しみになってきた。

女性のことではありませんよ。

どんな展開になっていくのか、が楽しみなんです。

誤解のないように。


posted by ito-san at 05:24| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月27日

ジュンペイさんの店「OKENDO」(9)

4月4日:

昨日は、行列(procesion)が見たいため、サレントの町を夜遅くまで徘徊していた。

「もう、終わってしまったんじゃないか」

「今年は、行列はないかもしれない」の声。

あんなに見張っていたのに、見逃すはずはない。

カトリック教徒にとって、年に一度の大切な儀礼が、中止になることも考えられない。

行列が見たくて、空港の混雑覚悟で、この時期にやって来た。

機内預けの荷物が紛失する可能性が高いからと、持って来たかった物も持たずに飛んで来た。

結果的には、預けさせられることになった。

その話は「重量オーバーの機内持ち込みスーツケース(4)」を読んでください。

小雨模様のこの日、今日こそは行列があるんじゃないと、私は見張りを強化した。

と言っても、町を徘徊するだけですが。

努力のかいあり。

ありましたよ、夜遅くになって。

そんなわけで、動画をアップしておきます。




ジュンペイさんの店「オケンド=OKENDO」を紹介しておきます。

サレントの目抜き通りの一等地。

看板には「MUNDO ARTESANAL・OKENDO」とある。

MUNDOは世界、ARTESANALは工芸品のこと。

世界工芸品を扱っている店というわけだ。

あっ、「オケンド」の意味を聞いてない。

ほとんどの店がそうだが、元々は住宅で店舗としての建物でないため開口部は両開きの扉しかない。

ウインドウがないため、扉が閉まると、どこに店があったのかかわからなくなってしまう。

OKENDO1.jpg

OKENDO2.jpg

商品は、衣料が目立ちます。

以前はバリからもバティックやアクセサリー、雑貨小物を仕入れていたようですが、売れなくなったので今は置いてないということです。

現在は、タイからの仕入れが多い。

地元作家のアクセサリーも置いてある。

日本に、コロンビアやチリの商品を輸出していた時代もあったようだ。

人気があるのだろう、ドリームキャッチャー(Dreamcatcher)を売っている店がやたら目に付く。

「OKENDO」にも置いてあった。


ドリームキャッチャーは、アメリカインディアンのオジブワ族に伝わる、輪を基にした手作りの装飾品のこと。

興味があるので、調べてみた。

オジブワ族は伝統的に、小さな輪や涙の形をした枠に巡らせることで縒糸を強くしようとしてドリームキャッチャーを作製する。

その結果として出来たのが、ベッドの上に掛けることで、眠っている子供を悪夢から守ってくれる魔除けのお守りとしての「ドリームキャッチャー」である。

オジブワ語では “asabikeshiinh”。

ドリームキャッチャーは夢を変える力を持つと信じており、「悪夢は網目に引っかかったまま夜明けと共に消え去り、良い夢だけが網目から羽を伝わって降りてきて眠っている人のもとに入る」とされる。

また、「良い夢は網目の中央にある穴を通って眠っている人に運ばれてくるが、悪夢は網目に引っかかったまま夜明けと共に消え去る」とも言う。

元来の信仰では、悪夢は網の穴を抜けて逃ていき少しも残らない効果がある、とされており、ベッドの上や家の中に掛けることで、夢をふるいにかけるフィルターとしての役割をなすとオジブワ族に信じられてきた。

とウィキペディアに書いてある。


あらあら、ジュンペイさんの店「オケンド」の説明、こんなに短くていいのか。

お叱りを受けそうですが。

ご免なさい。

料理の解説もできないが、こういった店の紹介も下手なんですよ。

こんなことでは、これからのサレントのレポートが心配だね。

まあ〜、あまり期待はしないでください。
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2015年04月22日

憧れのサレントを訪れる(8)

15日より20日まで、5泊6日の旅に出ていたため、ブログのアップが滞ってしまいました。

アンデス山系の村々を巡る、ちょっと秘境の旅。

24の市町村を訪れた体験談は、後日、報告いたします。

その前に、ジュンペイさんに再会してからの続きを書かなくてはなりません。

まずは、サレントの紹介をさせてください。


コロンビアは、日本の約3倍の国土を持っている。

大きく区分すると、北部のカリブ海沿岸地帯、西部の太平洋沿岸地帯、東部のアマゾン河流域、それと中央部に位置するオリエンタル山系とセントラル山系に挟まれた大盆地の4つのエリアに分けられる。

ジュンペイさん家で手にした、垣根涼介著「南米取材放浪記・ラティーノ・ラティーノ」にそう書いてあった。

サレント(Salento)は、標高約2,000メートルの山岳地帯にある人口およそ9,000人の町。

垣根涼介氏の言う、中央部に位置するオリエンタル山系とセントラル山系に挟まれた大盆地のエリアにある。

アンデス山系はコロンビアの中央部で、3つに枝分かれする。

オリエンタル山系とセントラル山系は、そのうちの2つ(残り1つは未調査)。

首都ボゴタ西方の都市ペレイラ(Pereia)と、その南部にあるアルメニアとの間近くに位置し、コロンビア国内でも人気のある観光地。

10年ほど前から人気沸騰。

年々、観光客は増加の一途をたどっているそうだ。

ボゴタの標高は2,600メートル、アルメニアは1,500メートル。

赤道に近くても標高が高ければ、寒くなるのは道理。

サレントは、気温15度から28度という過ごしやすい気候だと聞いている。

今の時期、私には少々肌寒く感じる。


4月3日:

いよいよ、サレントでの一日目の始まり。

昨夜、迎えに来てくれたルノーで町まで。

駐車場にルノーを止めて、ヤマハのバイクに乗り換える。

ジュンペイさんの店の近くでバイクを路駐。

角のカフェに入る。

カフェの店名は「Balcon Del Café」。

Balcon Del Cafe3.jpg

Balcon Del Cafe2.jpg

「ジュンペイ!」の声が掛かる。

ジュンペイさんには知人が多い。

ウブドに居た時は、私もこうだった。

今の私は、日本から来た誰も知らないツーリスト。

こんな対応を味わいたくて、ここに来ているのかもしれない。

地元コロンビアのコーヒーを頼む。

飲み方は、エスプレッソが主流のようだ。

通じゃないので、うまく感想が言えない。

私には、ウブドで飲んだ「和るん・あんかさ」のブレンドが一番合っているかもしれない。

カフェの扉越しに、人の流れを眺める。

楽しそうな笑顔が絶えない。

通り1.jpg

セマナ・サンタ(Semana Santa)は、2週間ほど続く。

英語でイースター、日本語で復活祭のこと。

Semanaのeをウと発音する、バリ読みにして “スマラ” としてしまう癖が抜けていない。

セマナ・サンタの人出は、特別だと言う。

この期間、日本のゴールデンのような長期休暇となり、帰省や旅をする人が増える。

見ていると、常時500人以上が通りを闊歩している。

この状態が、朝から夜遅くまで続くのだ。

一日10,000人以上の観光客が訪れると想像する。

5日の日曜日まで賑わいをみせるだろうが、遠方からの観光客が多いのでピークは4日の土曜日だと言う。

通り2.jpg

ジュンペイさんが店番に入った。

私は、散策することにした。

GoogleやYouTubeで見たことのある風景が目の前にある。

感動でつぶれそう。

セマナ・サンタに押し寄せて来る観光客を目当てに、大道芸や露店もやってくる。

大道芸1.jpg



大道芸3.jpg

昼食は、コロンビアの定番メニュー。

インドネシアのナシ・チャンプールみたいなものかな。

美味しかった。

料理の名前はわかっていませんが、今後、頻繁に食べることになりそうなので、そのうち調べます。

昼食.jpg

この日は、行列(procesion)が見られるということで、期待して待っている。
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2015年04月15日

南米コロンビア在住18年のジュンペイさん(7)

深夜、ジュンペイさん宅に到着。

「とにかく旅の疲れをとってください」と言われ、素直に就眠することにした。

少し肌寒かったが、よく眠ることが出来た。

元気に起床。

目的地サレントに来るだけで、60時間以上。

日本とコロンビアの時差14時間。

時差ボケ無し。

昼着、翌朝出発のトランジットが、時差ボケをしなかった理由かもしれない。

jumpei1.jpg
ジュンペイさん宅の前のジュンペイさん


私がお世話になるジュンペイさんについて、少し説明しておこう。

ジュンペイさんは、男性です。

外見は、中肉中背。

歳は、私よりず〜と若い。

こんなことは写真を見れば一目瞭然ですよね。

実は私も、ジュンペイさんについて詳しくは知らないのです。


出合ったのは2012年、バリ島ウブド「日本料理店・影武者」だと記憶している。

その頃の私は、毎晩9時頃になると「影武者」に出没していた。

一人旅のジュンペイさんに声をかけたのは、私の方からだったと思う。

旅人だった彼は、世界各地をまわった末、南米が気にいった。

たどり着いたところが、南米コロンビアのサレントだったと言う。

サレントで唯一の日本人。

その時のサレントの話が、模索している私の心に深く印象づけられた。

翌年2013年、夜の「影武者」で再会した時には、お世話になる約束をしている。


1990年の「寝床(すまい)を探す旅・ウブドに沈没」では、中・南米はまったく考えになかった。

今回の旅は、考えもしなかった地「南米」を探索してみようと思っている。

まわりに知人は、危険を冒してまでウブドを離れることに不審を抱いている。

私は、25年間どっぷりと浸かってきた “ウブドのぬるま湯” から飛び出して、心身ともに緊張を感じたい。

なぜ旅をするか?と問われれば。

そこに未だ行ったことのない国があるからだ、と答えるだろう。

歴史の違った、様々な民族の人々と知り合いたい。

私としては、これが最後のバッグパッカーの旅になると思う。

まったく知らない土地に行こうと思う勇気を与えてくれたのは、ジュンペイさんの人柄だろう。


ここからは現地で取材した「ジュンペイさん情報」です。

コロンビア滞在は17〜8年。

アルメニアに5〜6年滞在。

サレントに住み始めて11.5年になると言う。

民族雑貨店「OKENDO」を、サレントの目抜き通りで経営している。

年に幾度かの買い付けには、南米ペルーや東南アジア各地に出掛ける。

バリ島も以前は、買い付けの場所の一つだった。

買う物がなくなった今は、もっぱら旅が目的で来ている。


町のあちらこちらから「ジュンペイ」の声がかかる人気者。

コロンビア製ルノーの大衆車ヤマハのバイクに乗っている。

jumpei2.jpg

jumpei3.jpg

「ジュンペイさん情報」は、追々にということで、今回はここまで。


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2015年04月14日

空港の両替商はボッタクリか?(6)

「久しぶりです」

かき乱された私の心は、もう落ち着いている。

ジュンペイさんとは、昨年2014年9月にウブドの影武者で会って以来、およそ6ヶ月ぶりの再会だ。

クルマには、青年が乗っていた。

名前はパウロ。

マッサージの仕事をしているという。

ジュンペイさんを介して、私も自己紹介をする。

クルマは夜の町を抜け、七曲がりの山道を登って行く。

行き先は「サレント」だ。

本当に来てしまった。

ジュンペイさんも「本当に来たんだ」と驚いていることだろう。

jumpei-2014-9-20.jpg
影武者@ウブド(2014/9/20)


車中、ジュンペイさんに6ヶ月間滞在の予算を相談し、持って来たお金は500US$以外、ほとんどは日本円だと説明した。

それを聞いた、ジュンペイさんは、「えっ!」と絶句すると、困った顔をした。

「コロンビアで、日本円の両替は難しいですよ。空港で替えられたのが不思議なくらいです」と言う。

サレントには農業関連の小さな銀行しかなく、両替は県庁所在地のアルメニアまで行かなくてはいけない。

そのことは、前もって聞いている。

しかし、日本円の両替が難しいというのは初耳だった。

「コロンビアだけでなく中南米の国はどこでも、日本円は両替できないと思っていたほうがいいですよ」

「それと、為替レートは、おおよそ20ペソです」

「えっ!」今度は、私が絶句する番だった。

となると、3万円×20ペソ=600,000ペソ。

約9,000円のマイナスだ。

空港の両替商はボッタクリか?

いやいや、きっと両替商としても困るお金なんだろうな。

それにしても、いきなりの無駄な出費でガックリ。

肩が落ちたようだ。

それより気になるのは、これから先、日本円が両替できないということだ。

使えるお金は、500US$だけか。

日本の空港でドルに、フランスの空港でユーロに替える方法はあった、と思いついても後の祭り。

ジュンペイさんは、困り果てた末、名案を思いついてくれた。

年内に日本に行く予定があるので、日本円とペソを交換してくれるということだ。

この妙案で、そっと胸をなでおろす。

ミスが多い。

バックパッカー魂に錆がついてしまったようだ。

心を引き締めなくては。







コロンビアは、あまりにも日本から遠くてイメージが掴めない。

知識もまったくない。

ゲリラに誘拐される恐れあり。

爆弾テロ事件があとを絶たない。

麻薬。

治安が悪くて危険、と言う情報が一番多かった。


外務省が出している「危険情報」を調べてみた。

安全対策の4つの目安(カテゴリー)。

1)「十分注意してください。」 その国・地域への渡航,滞在に当たって特別な注意が必要であることを示し、危険を避けていただくよう、おすすめするものです。

2)「渡航の是非を検討してください。」 その国・地域への不要不急の渡航は控えるようおすすめするものであり,渡航すべきか否かは,渡航目的の緊急性,とりうる安全対策等に応じて検討を行った上でご自身で判断されるようお願いするものです。

3)「渡航の延期をお勧めします。」 その国・地域への渡航は,どのような目的であれ,当面控えるようおすすめするものです。また,場合によっては,現地に滞在している日本人の方々に対して退避の可能性や準備を促すメッセージを含むことがあります。

4)「退避を勧告します。渡航は延期してください。」 その国・地域に滞在している全ての日本人の方々に対して、滞在地から、安全な国・地域への退避(日本への帰国も含む)を勧告するものです。この状況では、当然のことながら新たな渡航は延期してください。


コロンビア国土の3分の1ほどが、3番目の「渡航の延期をお勧めします。」だ。

4分の1弱が、1番目の「十分注意してください。」だった。

私の行こうとするキンディオ県サレントは、2番目の「渡航の延期をお勧めします。」になっている。

私は無謀な旅をするつもりはない。

ある本に、こんなことが書かれていた。

勇気と無謀の違い。

無謀とは、何も考えずにただ突っ込んでいく愚かな行為のこと。

勇気には、その先に希望がある。

何とかなる、自分の夢が叶いそうだという見通しがあって初めて出てくるのが勇気である。

私は勇気を持って進んでいるのか?

自問自答しながらの旅になりそうだ。

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2015年04月13日

アルメニアの空港でウロタえる旅人(5)

コロンビア(Colombia)・ボゴダ(Bogota)到着。

只今、現地時間、午後6時7分。

フライト時間、11時間25分でした。

ボゴダは、コロンビアの首都。

アンジェリーナ・ジョリー&ブラッド・ピット主演映画「Mr.& Mres. Smith」で舞台になったボゴダですよ。

コロンビアだよコロンビア!。

興奮しちゃうね。

荷物が出て来るターンテーブルは、混雑もなくスムースだった。

まずは、旅人の定石、空港内でのマネーチェンジだろう。

サレントに着いて宿代を払うことになるかもしれないと考え、少し多めかもしれないが3万円を両替をすることにした。

前もって調べていないので、レートはわからない。

空港内両替商のレートは、1円が14ペソだった。

420,000ペソの札が、スタンプを押されてガラス窓越しに手渡された。

bogota1.jpg

ボゴタからアルメニア(Armenia)へは国内線。

航空会社(アビアンカ・Avianca航空)から「eチケット」のメールが、出発前夜30日の深夜になって届いた。

コピーする時間がなく、現地にて、予約完了の通知メールでチケットを入手することにした。

ちなみにチケットは、Skyscannerdからたどっての14,223円。

セマナ・サンタ(Semana Santa)の真っ只中で、料金が上がっている。
(英語でイースター、日本語で復活祭のこと)

ちなみに、通常だと119ドルだ、そうです。

言葉は通じなかったが、受付カウンターで無事手に入れることができた。

ネット予約したチケットが、日本と14時間も時差のある地球の真裏・コロンビアでスムーズに運ぶことが、不思議だ。

フライト時間は、ボゴタ22:12発→アルメニア23:17着で一時間ほど。


5時間のトランジット。

空港内のフードコートでネット。

bogota3.jpg

コロンビアの電圧は110〜120ボルトで、巧い具合にプラグは日本と同じ平2穴のAタイプ。

この対応はありがたい。

夕食は、このあと食べられないかもしれないとハンバーガーにした。

どんな片田舎に行くんだと思っているんだろう。

とにかく、もしかの為の食べ納めです。

ジュンペイさんから「今から、迎えに行きます」のメールが届いていて、一安心。

今のところ、旅は順調。

危険な感じもない。

深夜着(23時17分)なのが、ちょっと不安なだけ。

レストランで頼んだ飲物がアルコールだった。

ご当地ものだと飛びついた飲物が「Club Colombia」。

Club-Colombia.jpg

この頃、私の身体は、アルコールを受け付けない体質になっている。

メニューのジュースコナーに載っていたのに、ビールだったとは。

まだ、気を許すわけにはいかない。

もったいないから、飲み干してしまった。

まわりの席に、サッカー選手・クリスティアーノ・ロナウドに似た顔のが多く見えるのは酔ったせいか。





定刻通り離陸した小型飛行機は、町灯りが手に届くほど近く見えるほどの低空飛行。

30分ほどすると、着陸。

そのまま滑走路を道路のように10分ほど走り続け、止まったところが空港だった。

時計は、ジャスト午後11時。

17分も早く到着している。

ジュンペイさんを待たしては申し訳ないと、スーツケースを手に急いで外に出る。

飛行機の到着が早かったからだろう、ジュンペイさんの姿はなかった。

時間が過ぎて行く。

何か、アクシデントでもあったのだろうか。

連絡先の電話番号は、手元に持っている。

鬼頭さんから頂いたiPhoneには、まだsimカードは入っていない。

私からの連絡手段はない。

乗客は、迎えの家族とともに車に乗って空港を後にする。

タクシーの数も減っていく。

私の不安は、膨らんでいく。

勇気を振り絞って、空港をあとにする乗客と迎えの最後の集団のひとりに「電話を貸してくれないか」とジェスチャーで伝える。

「持っていない」と無下に断られる。

「持っていないわけはないだろう」声をあげそうになったが、そう言われれば引き下がるしかない。

最後のグループも姿を消した。

空港のロービーになら公衆電話があるのではないかと考えたが、閉じられていた。

気がつくのが遅かった。

空港内で仮眠をとることも許されない。

タクシーを一台を残すのみとなった。

このタクシーが去ってしまえば、私の足は途絶えるということだ。

ジュンペイさんの姿はまだ、見えない。

来ないことも考えられる。

こんな殺風景なところで夜を明かすのは、危険だ。

タクシーの運転手に、値段交渉するしかないだろう。

サレントまで行けば、宿は探せる。

連絡は宿に着いてからでもいいだろう。

言葉は通じないが、1万円ほどで行くことができるようだ。

ここで多額の出費は痛いが、危険な行動は避けたい。

交渉が両立しそうになって、いざタクシーへとなって移動始めたところで・・・

「いとうさ〜ん!」

まぎれもない、私を呼ぶ声が聞こえた。

ジュンペイさんだ。

遭難した登山者のもとに、救助隊が現れた時の気持ちはこんなものだろうか。

「飛行機の音が聞こえなかったので、気がつかなかった」と恐縮している。

1時間ほど前に着いて待っていてくれたようだ。

いい人だ。

とんだハプニングの再会となった。

とにかく、一件落着で安堵した。
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2015年04月11日

重量オーバーの機内持ち込みスーツケース(4)

テロリスト疑惑に収縮した気分を、仕切り直し。

胸を張り、勇ましく。

一路、目的国コロンビアに向けて前進だ。

コツコツ! 歩幅は快調。

(トレッキング・シューズを履いています。ゴム底なのでコツコツとは聞こえない。言葉のあやでゴメンナサイ)

イミグレーション・カウンターに向かう途中、荷物チック・ポイントに立つ男に「ニッコッ」と微笑みかけた。

誰にでも微笑みかける、ウブドでの癖が今も抜けない。

それがいけなかったのか、呼び止められた。

折角の高揚感に、気分を害するよそ者め。

東京から搭乗した時には、スーツケースの大きさチェックだけだったのに。

「荷物を計量器に乗せろ!」と言っているようだ。


今回は、機内に預ける荷物を持ってきていない。

理由は、この時期、世界中のキリスト教徒は復活祭にあたり、その多くが旅行するため空港の混雑は凄まじく、
荷物が出てこないこともあるので、預けない方がよいとアドバイスされているからだ。

持ち物は、新たに購入した機内持ち込みの小さなスーツケースと愛用のヨレヨレ・リュックだけだ。

長期滞在予定の荷物を準備していたが、極端に軽量化した。

無くなってもよいものばかりの荷物なので持って行ってもよかったのだが、英語はもちろんのことスペイン語も話ことが出来ない私が紛失した場合、他人と交渉ができるとは思えないので諦めた。

身近に置いて、無くならないように気が配れる範囲の荷物にまとめた。


スーツケースを計量器に乗せる。

この時は、重量オーバーなんて考えもしていない。

「スーツケースの上にリュックを置け!」と言っていると思う。

リュックも加えて合計の重さを量るのだ。

ラブ・イズ・オーバー。

重量オーバーです。

外見だけで重量オーバーを見抜いてしまう、この男ただ者ではない。

それとも私の荷物が、いかにも重そうに見えたのだろうか。

機内持ち込みの荷物にも重量制限はあった。

今頃、思い出しても遅い。

7キロだったかな。

空港会社によって、重量制限は違うらしい。

「カウンターに行って、荷物を預けてこい!」と言っているハズ。

「少し、捨てて来ますから」と言う私の言葉を聞いてもくれない。

男は容赦なく、スーツケースに赤紙を貼った。

私はその場を離れ、幾つかの荷物をゴミ箱に処分した。

再挑戦。それでも重量はオーバー。

もう、これ以上、処分する荷物が無い。

ティッシュも単行本も手放した。

悪あがきは止めて、チェックイン・カウンターに出向くことにした。

計量器に載せるみると15キロジャスト。

この15キロジャストが、私に心地よい勘違いをさせた。

これで、大手を振って通過できるゾ、と何故か思った。

あのただ者ではない男に、私の努力を認めさせたい。

荷物チェック・ポイントに戻る。

男は「この男、何度も来るな。諦めの悪い奴じゃの」なんて言っているハズ。

再再のチェック。

エール・フランスさんは、最大12キロまでだった。

情けない。

よく、ここまで頑張った、と自分を激励しながら、チェックイン・カウンターに荷物を預けた。





イミグレーション・カウンター通過。

BOGOTA.jpg

バリ・ド・ゴール空港:11.25発。

ボコタ行きエアーフランスのランチとディナー。

ランチ2.jpg

ディナー2.jpg

味はコンビニ弁当以下だから、写真は撮らなくてもいいだろう。

と思っていたら、これが意外と美味しいかった。

そんなわけで、喰いかけのランチ写真を撮ることになってしまいました。

料理の説明はできませんので、ご了承ください。

ランチ&ディナーともに◎。

コロンビアの食事も期待できそうだ。

ワクワク。

posted by ito-san at 09:34| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月09日

パリ・ド・ゴール空港での失態(3)

今から、パリに向けて搭乗です。

インドネシアのバリ島じゃ、ありませんよ。

経由するだけとは言え、47年ぶりのパリ。

ちょっと郷愁。

私の航空券は、イミグレーションを一旦通過する必要がある。

出てしまえば、パリ市内にも行くことができる。

願わくば、以前6ヶ月滞在したことのあるカルチェラタンに行ってみたいと思っている。


東京(成田)発・午前11時。

写真は、エールフランスの食事・ランチとディナー。

ランチ.jpg

ディナー.jpg

コンビニの弁当の方が、私は好みかな。


パリ・ド・ゴール空港には、16.35着。

フライト時間、12時間。

時差7時間。

イミグレーションを抜け、少人数用の狭い両開きの自動扉から外に出る。

ド・ゴール空港2.jpg

明日のコロンビア・ボゴタ行きは、11.10発。

待ち時間は、18時間ほどかな。

あえて時間確認はしていません。


パリ市内へは、空港からバスで片道1時間ほど。

それぞれ行き先は異なるが、バスは数社から出ている。

電車でも行けるようだ。

帰ってくることを考えると、不慣れな私には不安がつのる。

だから、あきらめた。


ここはド・ゴール空港。

今夜は一人寂しい、長〜いトランジットに入っております。

空港内の Free WiFi は、15分とかの短時間使用が許される。

何度も接続することはできるかもしれないが、私にはその必要もない。

コンセントの形状が違う。

知ってはいたが、ひょっとすると併用コンセントがあると楽観していた。

ボゴタの空港で、ジュンペイさんに最終メールをしたいので、バッテリーを温存することにした。

仮眠場所を探して彷徨う。

成田空港もそうだったが、24時前の最終便が飛び立つと翌朝7時頃まで、空港業務も仮眠する。

閉店したカフェの長椅子での仮眠は、快適だった。

早朝になってポリスに起こされた。

開店の準備があるから、そろそろ出て行った方がいいと、言っているのだろう。

椅子のある場所に移動した。

時間つぶしにコーヒーでも飲もうと、近くの自動販売機に向かう。

手荷物のスーツケースは、椅子の上に置いたまま。

目が届くと思って席を立った。

思うようにコーヒーが落ちてこない。

困っていると、後ろから黒人青年に声をかけられた。

何か言っている。

きっと、使い方を教えてくれているのだろう。

でも、少しうさん臭さが漂う。

立ち話している2人の間に、空港ポリスが立ちはだかった。

ポリスの肩越しに、ベンチの上の私の黒いスーツケースが見える。

スーツケースは、警察官3人と警察犬に囲まれて、私の代わりに怯えていた。

ここで、ハタと気づいた。

空港は、テロ対策のチェックが厳しくなっている。

置きっぱなしの荷物は不審で、神経が過敏になるのもわかる。

私は自分の失態に気付き、ひたすら謝る。

「ごめんなさい」

もちろん日本語で。

4人の警察官の目は、厳しい。

警察犬の態度が、どことなく冷たく感じるのは気のせいか。

急いで席を離れ、私はチェックインすることにした。

出発ロビーでは、スペイン語が飛び交っている。

いよいよスペイン語圏突入か。


※付録:ド・ゴール空港内優れものトイレ

トイレ1.jpg

トイレ2.jpg

洗面コーナーは、個々の洗面器でなく、全体でひとつの一体型。

posted by ito-san at 08:53| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月07日

東京・成田発→パリ・ド・ゴール空港行き(2)

3月31日:東京(成田)着16.20。


20年来のウブド友である東京在住の友人・大原さんが、成田空港に見送りに来てくれる予定になっている。

家電話の大原さんと借りた携帯で連絡をとっていた私たちに、当日連絡をとる方法はない。

「なんとかなるだろう」というのが、2人の意見。

すれ違いになる確率は、高い。

スリリングな待ち合わせだ。

国内線だから、一度外に出ることになる。

国内線到着口はターミナル1。

ここに大原さんの姿はなかった。

エアーフランスの出発は、ターミナル2。

バスに乗ってターミナル2へ移動。

国際線搭乗口に、大原さんは居た。

以外とあっさりと合えたのに驚いた。

バンダナは縛っていないが、風貌は昔と変わっていない。

再会は、さっぱりとしたものだった。

男同士は、こんなものだ。

oohara.jpg

お稲荷さん、まき寿司、旅に必要な諸々な品物を持ってきてくれていた。

気配りの大原さんは、変っていなかった。

カバンは機内持ち込みだけなので、多くは受け取ることができない。

トランジット19時のうち17時間を、寒いロビーで付き合ってくれた大原さんに感謝。

おかげさまで、ウブドの懐かしい話もできたし、寂しい思いをしなくてすんだ。

帰国後の再会を約束して、チェックイン・カウンターへ。


4月1日:

東京(成田)発11.00→パリ(フランス)着16.35

安売りチケット(skyscanner)なんだけど、飛行機は名古屋→東京は「JAL」、東京→パリ→ボゴダは「AIRFRANCE」と豪勢なものだ。

eチケットでチェックイン無事終了。

ボゴタからの飛行機の席も確保。

そして、問題が発覚。

カウンターの女性に、帰りのチケットはコロンビア滞在日数が2日オーバーしていることを指摘された。

コロンビアのビザ無し滞在日数の最大は180日。

私は6ヶ月と計算して、9月30日帰国のチケットを購入している。

女性は「現地で交渉してみてください」と優しくアドバイスしてくれた。

この件については、コロンビアに行ってから考えることにした。

まずは、出発しよう。

緊張感が増してくる、ということもない。

この歳になるとたいていのことには、驚かなくなってきているのか。

大原さんに見送られて、イミグレーション・カウンターへ。

私の背中に、大原さんは何を感じていてだろう。

20年間の空白を埋めるには、17時間は少なかった。

アディオス!

posted by ito-san at 23:35| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月06日

サレントの旅・いよいよ始まります(1)

南米コロンビア・サレントの旅は、始まった。

今、サレント(Salento)在住の友人・ジュンペイさんの家でお世話になっている。

宿が決まるまで、居候になるつもりだ。

幸いにして、ジュンペイさんの家で WiFi ができる。

一日の時間配分が定まらず、ブログに手をつけるのが遅くなっている。

とにかく書き残しておかないと、記憶から遠のいてしまう恐れがあるので、メモ代わりにアップすることにした。

さて、第一陣。

まずは、コンテンツ名を決めなくては。

「南米コロンビア」では、地域が広すぎる。

私としては、サレントを知って欲しいという思いがある。。

サレントは、私が滞在する予定の町だが、知名度が低い。

「南米コロンビア・サレントの旅」では長すぎるか。

取りあえず、コンテンツ名は「南米コロンビアの旅」として進めることにした。


サレントまでの旅程です。

3月31日:名古屋(セントレア)発15.10→東京(成田)着16.20

4月1日:東京(成田)発11.00→パリ(フランス)着16.35

4月2日:パリ(フランス)発11.10→ボコタ(コロンビア)着15.15

   ボコタ(コロンビア)発22.12→アルメニア(コロンビア)着23.17

   アルメニア(コロンビア)発→サレント着

(フライト時刻は、現地時間で24時間表示)

アルメニアの空港には、ジュンペイさんが迎えに来てくれることになっている。

centrair.jpg


eチケットが届いてない。

資金繰りに困った。

など、間際になって、大慌てだったが。

出発3日前に、クリーアされた。

まさに、土俵際の踏ん張りだ。

焦りましたよ。

それでなくてもビジョンの見えない不安な旅立ちなのに。

出鼻が挫かれた思いでした。

心を持ち直して「めざぜサレント!」


出発の名古屋中部国際空港(セントレア)には、水野さん、高木さん、息子の洋祐と孫の曽良君が見送ってくれた。

さて、どんな旅になるか楽しみだ。

今回は、お知らせまで。

次回からは、旅のエピソードを報告します。

posted by ito-san at 00:49| 愛知 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする