2015年05月18日

旅の一泊目はマルセジャだった(20)

お気づきかと思いますが、ブログの内容に日付が前後するところがあります。

日付通りに記していきたいのですが、文章が苦手な私には、まとめきれないことが多いのです。

まとめるのに時間がかかってしまう場合は、途中に、レストラン紹介やちょっとしたニュースを挟むことにしました。

「日時を入れなければ、問題ないじゃないか」と言う意見もありましょうが、記録として残しておきたいのでそうもいきません。

読みづらいかと思いますが、ご理解をいただき、お許しを願いたい。

言い訳は、このくらいにして。

それでは “小旅行” の続きです。


マルセジャの町に到着したようだ。

Marsella1.jpg




町を散策。

「文化センター=Casa de la Cultura」を見つけたので、さっそく入ってみることにした。

Casa de la Cultura1.jpg

Casa de la Cultura2.jpg

歴史資料室もあり、マルセジャの歴史が理解できる。

多くの部屋は、文化教室になっているようで、子供たちが楽器演奏に熱中していた。

メイメイに練習しているが、マーチングバンドの演奏のようだ。

Casa de la Cultura3.jpg
文化センター内から見えた、教会のシルエットが美しかった。


今夜はマルセジャ泊。

宿の名前は「Residencias El Nuevo Olivares 」。

Google翻訳すると「新しいオリバレスのレジデンス」となる。

一部屋・一泊20,000ペソ(約1,000円)。

Olivares1.jpg

Olivares2.jpg

Olivares3.jpg

室内に貼られてあった、注意書きが面白かったのでアップしました。

Olivares4.jpg

○部屋での貴重品の紛失に責任はとりません
(フロントに預けろ、と言うことかな。そのフロントに不安があるのだが)

○未成年の入館お断り
(親子連れはOKだと思う)

○麻薬の使用禁止
(この国の現状が、この一言で伺われますね)


夕食は、屋台でアレパ。

立ち食いです。

アレパ.jpg

「こんな内容なら、まとめるもないだろう」とお思いでしょうが、私には四苦八苦の原稿なんですよ。

カサネガサネ、ご理解のほど。

四苦八苦の旅。

明日は、いずこ!



posted by ito-san at 10:32| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月16日

コロンビア北部の小旅行に、いざ出発!(19)

地図の行商に、ピノさんがコロンビア北部へ出張することになった。

何度もピノさんの出張に同行し楽しい経験をしているジュンペイさんが、「ピノとの小旅行をしなか?」と私に提案して来た。

私に異存はない。

ナビゲーターに、地図製作者でガイドのピノさんと私の通訳役でジュンペイさんが一緒だ。

こんな心強いチームはない。

ひとりではできない旅だ。

この際、どこでも行ってみようという気になっている。

今回のコロンビアの旅は、命を落としても構わないとさえ思っている。

危険は覚悟しているが、痛いのは嫌いだ。

なんとも軟弱な覚悟だが。

ジュンペイさんの仕事の都合で、4月15日から20日までの5泊6日の予定。

途中の都市・メデジンまで、ピノさんのスバルに便乗させてもらうことにした。

メデジンは、15年前まで麻薬マフィアの根城だった街。

危険な匂いでワクワクする。


4月15日:

2人には、それぞれに目的がある旅だ。

私は黙って、ついて行くだけ。

行き当たりばったりがいい。

南米についての知識は、まったくない。

アンデス山脈、インカ帝国、マヤ文明、インディオという言葉しか知らない。

コロンビアについては、皆無と言ってよい。

「インディオ(indio)という言葉に侮蔑的な響きがあるので、現在はインディヘナと呼んでいる」とジュンペイさんに教えられたほどの無知だ。

今日の行程
(カッコ内は県名・(Q)=Quindio/(R)=Risaralda/(V)=Valle)
1)フィランディア・Filandia(Q)
2)キンバヤ・Quinbaya(Q)
3)アルカラ・Alcala(V)
4)ウジョアUlloa(V)
5)ペレイラ・Pereira(R)
6)マルセジャ・Marsella(R)

いざ出発!と意気込んだが、まずは腹ごしらえだ。

フィランディアの定食屋「Mariscal de la Sa」に入る。

Filandia1.jpg

Filandia2.jpg

スプーン、ホーク、ナイフのセットが、ビニール袋に入って出てきたのに、新鮮な驚き。

Filandia3.jpg

友人の名前と同じ「マサムラ」という、無味な飲み物。

ゴメン、説明できない。

添えてあるのは「ボカディージョ」と言われる、グアバと砂糖キビの黒砂糖でできた甘菓子。

Filandia4.jpg

クチュコスープ(トーモロコシを砕いた粉のスープ)とアレパ。

Filandia5.jpg

鶏肉(この日はモモだった)・プラタノ揚げ一個・そして、私の好きな豆です。

Filandia6.jpg




町から町へ渡り歩く旅。

ピノさんにとっては、新しい発見を求め、また地図のチェックを兼ねた旅だ。

曲がりくねったアンデスの尾根は、地球のシワ。

アンデス山脈の山ひだが幾重にも連なる。

今の所、平野を見ていない。

「車窓から、山々に繰り広げられる光と影の織りなす美しい戯れを見て楽しむ」

あれっ! この文書どこかで読んだ気がする。

ひょっとすると盗作かもしれないが、これ以上の表現が出てこないので、無断借用しちゃいます。

風景.jpg

広くなった丘の頂きに町がある。

盆地という感じではない。

憧れのサレントの町を訪れる(8)」で “大盆地のエリア”にあると書いたが、盆地として理解するのは難しい地形だ。

大盆地エリアは、大都市に限ってのことかもしれない。

四隅は、急な坂か行き止まりの崖になっている。

4WDじゃないと登ることができない坂も多い。


ペレイラのボルバル広場

〜次回に続く〜

posted by ito-san at 09:55| 愛知 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月15日

パン屋「ラ・キンタ・デ・ラロ」(18)

白飯がなくても、パンがあればなんとか生きて行ける私です。

サレントにも、たくさんパン屋がありました。

そんな一軒に入ってみた。

店の名前は「ラ・キンタ・デ・ラロ=La Quinta de Lalo」。

google翻訳で、日本語に訳せなかった。

近日中に意味を調べておきます。

住所は、calle5 No5-20。

ボリバル広場をcalle5に少し下った坂の途中にある店だ。

La Quinta de Lalo1.jpg

看板には「Panaderia y Cafeteria」とある。

google翻訳では「ベーカリーとカフェ」となっていた。

コーヒーを注文して、ガラスケースの上にのっていたクロワッサンを手に取った。

クロワッサンには、チーズが入っていた。

コーヒーとクロワッサンで、1,000ペソ(50円ほど)。

おやつにもってこいの値段だ。

持ち帰りで買った丸いパンは、2つで500ペソだった。

La Quinta de Lalo2.jpg

La Quinta de Lalo3.jpg

La Quinta de Lalo4.jpg

作り立てのパンは美味しかった。


posted by ito-san at 06:20| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月13日

定食屋「エル・リンコン・デ・ルーシー」(17)

今日は(5月11日)、引っ越しでした。

ジュンペイさんの部屋からピノさんの家に移動。

ピノさんが旅行中のため、3ヶ月はど、私が利用させてもらうことになった。

一人住まいです。

家賃250,000-ペソ(本日のレートが19だから、13,158円)。


レストラン紹介です。

この店は、サレントの着いて始めて入ったストラン。

ジュンペイさんが推薦する安くて美味しい店。

「エル・リンコン・デ・ルーシー=EL RINCON DE LUCY」のLUCYはオーナー婦人の名前で、RINCONは角と言う意味。

「角にあるルーシーおばさんの店」と言うことになる。

さしずめ、日本なら「角屋」、バリなら「ワルン・ポジョ」というところだ。

場所は、メイン・ストリート(カジェ・リアル=Calle Real)。

住所は、Carrera6・Calle4・No4-02。

LUCY1.jpg

LUCY2.jpg

コロンビア料理の定食屋です。

インドネシアのナシ・チャンプールみたいなものかな。

鶏肉(ポジョ=pollo)、肉(牛・豚=カルネ=carne)、にじ鱒(トゥルーチァ=trucha)、ソーセージ(チョリソ=chorizo)の4品から選ぶ。

売れ切れゴメンだから、4品揃ってないことが多い。

私は、トゥルーチャを注文した。

スープは、豆(フリフォレス=frijores)、野菜(ベルドゥラ=verdura)、マッシュポテト(プレ・デ・パパ=pure de pap)から選ぶ。

私は、豆類が好きだから、フリフォレスを注文した。

サレント地方の特産らしく、ほとんどのレストランがトゥルーチャの看板を出している。

観光客も、食事を摂るならこれが目当だ。

最初に、魚のスープ+バナナ一本が出て来る。

メインは、ワンプレートの料理とスープ、ジュースのセット。

プレートには、ナシ・チャンプール状態で、トゥルーチャの他に、白飯、サラダ、揚げプラタノ、アルパ(トウモロコシ粉を練って作ったパンのような物)がのっている。

アルパは、餅を齧っているような味気なさだが、ゆっくり噛んでいるうちに素朴な味が滲み出て来る。

白飯が食べられるのが、純粋日本人の私には嬉しい。

価格:6,000ペソ(約300円)。

LUCY3.jpg

LUCY4.jpg

美味しかった。

お腹いっぱいになります。

混んでいることが多いが、それがまた食欲を増す。

店舗は、歴史を感じさせる古さ。

私の滞在予定は、6ヶ月。

これからお世話になりそうな店です。

「グラシアス!=Gracias!」
posted by ito-san at 00:16| 愛知 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月11日

フィンカと呼ばれる大農園を訪問(16)

5月に入って、チッチャン・スタッフの甥っ子が殺された。

物騒な話だが、こちらでは珍しくない話だとのこと。

ジャンキーだった彼は、よく盗みを働いたりしていた。

周囲は、いつかはこんなことになるだろうと予想はしていたと言う。

警察も真剣に動かないから、犯人は捕まらない。

自業自得と言えば、それまでだが。

怖い話は、これでまで。

それでは、先回の続きを始めます。


ローランド君の親戚のフィンカ(Finca)の訪問です。

いきなりカメラを向けて動画を撮りはじめる無礼者の私。



家主は、ルイス・フェルナンドゥ・アセウェド=Luis Fernando Aceuedoさん。

フェルナンドゥさんのフィンカは、ホテル経営はしていなかった。

100人以上の作業員を雇っていた大農園も、25年前のコーヒー価格の暴落で没落してしまった。

土地を手放し敷地は狭くなったと言うが、それでも、まだ広大な敷地を所有している。

骨組みが竹で造られた建物に案内された。

Fernando1.jpg

自慢の建築物のようです。

3階のベンチに腰を下ろし、景色をつまみにして乾杯。

Fernando2.jpg
フィンカの屋敷を3階から見下ろす


いきなり用件を言うのではなく、まずは雑談が大事。

これアミーゴの精神(?)。

和んだところで、バナナの幹を分けてもらう話を切出す。

「バナナの幹が欲しいですが」と私。

フェルナンドゥさんが、笑顔で頷いた。


バナナの幹を見せてもらうことになった。

竹の家を出て、バナナ園に向かう。

「大きなバナナですね?」

「これはバナナではなく、プラタナです」

農園のバナナには、2種類あった。

ひとつは、いわゆるバナナ。

もうひとつは、巨大なバナナ。

巨大なバナナ、プラタナ=Platana(料理用バナナ)と言う。

グーグルで調べてみると、「プランテン」「プラタナ」と出て来る。

プラタノ(Platano)はスペイン語か?

ウィキペディアには「プランテン」は、バショウ属の草本植物の一種の通称とあった。

バナナと異なり、一般には料理に用いられる果物。

多くの市場ではバナナと明確に区別されて扱われているが、交雑種には一般的でない多くの種類があり区分は不明瞭である。

バナナとプランテンの差異は植物学上の正式な分類ではなく、果実をどのように消費するかによりいずれの語が用いられるかが決まり、用法としては、文化や分野によって変わるものである。

日本語ではリョウリバショウ、クッキングバナナ等と表記されることもある。

バリにも料理用のバナナがあったはず。

日本食・影武者」の由美さんにメールで聞いてみた。

「料理用バナナのバリ名は地方によってまちまちです。インドネシアでは「Pisang Kepok」と「Pisang Tanduk」の2種類が料理用バナナとして知られています。」とのこと。

Pisang(ピサン)は、バナナのことです。

Platana.jpg
比較するために、雑貨屋の写真を使いました


実を採ったあとのバナナの幹を少しほぐしてみる。

ウブドで使っていた幹の繊維に感触が似ている。

これなら紙を作ることができるだろう。

そして、豊富にある。

このあと、竹を見せるからと案内してくれた。

様々な種類の竹が植えられている。

先代が竹の研究をしていたようだ。

この竹も自由に使っていいと申し出てくれた。

アルマジロの巣穴を崖で見つけた。

帰り際に、青い鳥が庭に降りて来た。

理想的な自然との共存だ。

Fernando3.jpg

フェルナンドゥさんの農園からプラタノの幹を頂いて、バナナ紙を作ることに決定。

次回、ローランド君と会う時には、紙作りの指導だ。

コロンビア初のバナナ紙が完成するかもしれない。

使命感がフツフツ、小さく湧いてきた。

15日から数日遠出の予定があるため、帰り次第日程を決めて紙作りをする約束をして別れた。


posted by ito-san at 09:14| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月09日

コロンビアの地方テレビ局の撮影風景(15)

先日、ジュンペイさんの家に2人連れのカップルが一泊していった。

サレントの西にある町、モンテネグロ(Montenegro)の友人だそうだ。

男性はローランド君。

女性はノエミさん(日本語名のようですが、コロンビア人です)。

彼らは、リサイクル運動財団「チッチャン=CHICCHAN」のスタッフだった。

チッチャンって、これも日本人の名前みたいだけど、マヤ語で活力という意味らしい。

子供たちに絵を教えたりの活動もしている。

ローランド君は、「ソルキン=TZOLKIN」という名の店を経営していて、本人もアルティサノ=artisano(女性はartisana。語尾がoとaと変ります)。

アルティサノは、工芸家という意味。

「ソルキン」の意味は不明だが、マヤ歴に書かれている言葉だって。


ジュンペイさんが、私の「ブンブン・カフェ(Bumbung Cafe)」時代の照明作品を見せたことが、きっかけで、「チッチャン」でも照明器具を作りたいと要望して来た。

私も、子供たちに何か協力が出来ることは無いかと考えていたので、快く承諾した。

照明器具には、バナナ紙が貼られている。

まず、バナナ紙を作る必要がある。

コロンビアにはバナナがたくさんある。

紙を作って、子供たちに作品を作らせてみてはどうかと、提案してみた。

2日後、ローランド君から連絡が入った。

「親戚のバナナ農園で、幹をわけてもらいに行きましょう」と言うのだ。

バナナ紙作りは、「チッチャン」のミーティングにはかられ実行することになった。


4月9日:

車で30分ほどで、モンテネグロに着いた。

「ソルキン」を訪ねると、ローランド君は「今から、TVの取材があるからしばらく待ってくれ」と言う。

店には、リサイクル商品も売られている。

コロンビアの地方テレビ局のクルーがいた。

テレビ番組名は、「ラモン・デ・ミ・ティエラ=Ramon de mi Terra」。

「ラモンさんのお薦めエリア」といった、地域を紹介する番組のようだ。

黒いシャツを着ているのがラモン氏。

地元では有名人らしい。

撮影が始まった。




撮影終了。

さっそくモンテネグロの郊外にある、ローランド君の親戚のフィンカ(Finca)を訪問することにした。

サレントに到着した早々から、ジュンペイさんの会話にフィンカという言葉が何度も入っていた。

よく理解できなかったので、ネットで調べてみた。

フィンカとは、(スペイン語圏の)牧場, 大農場のこと。

大農場でなくても、フィンカと呼ばれているところもあった。

フィンカ・ホテルとは、建物の一部を宿として解放しているところ。

一部の部屋を開放して宿として貸している。

別荘とは違うが、避暑、避寒に利用する人が多いようだ。

宿泊目的は、フィンカ生活を楽しむということだろう。

そう言った意味では、これは一種のホームステイと言ってもよいだろう。

コロンビア各地に点在している。

アルメニア地域は特に多いようだ。


次回は、フィンカ訪問の話です。

お楽しみに。

posted by ito-san at 11:28| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月05日

ココラ渓谷に林立する椰子(14)

お隣のピノさんが「カウチサーフィンで家に泊まっているドバイ在住のオランダ人女性とココラ渓谷に行くので、一緒に行かないかと」誘ってくれた。

※カウチサーフィンの説明は、末尾に。

ピノさんの車は日本車。

スバルの4WDだ。

運転手はピノさん、助手席にジュンペイさん、後ろ席に女性と私。


サレントの丘を右手に見て巻き込むように横切ると、ココラ渓谷(Valle de cocora)に続く坂道に出る。

左手に、蛇行するキンディオ川(Rio Quindio)の景色が見下ろせる。

川沿いは、牧場だ。

ホルスタインが放牧されている。

サレントは、観光以外に酪農と林業が盛んだ。

急坂を下りきると、キンディオ川に架かる鉄橋が見える。

4人を乗せたスバルは、さらに前進。

ココラ渓谷は、サレントから車で30分ほど、山に入ったところにあった。

高さ60メートルにもなる、世界一高いと言われる椰子の林立する風景。

ワックス(蝋=ろう)椰子と呼ばれる種類だそうだ。

コロンビアの国木である。

椰子が林立する風景になったのは、森林の樹木を伐採して牧場にしたからだ。

まばらに残る椰子が、美しい景色を作り出している。

サレントを訪れる観光客の多くが、ココラ渓谷を見ることが目的でもある。

霧が立ち籠めるココラ渓谷の風景写真で見たことがあるが、それはそれは幻想的だった。

残念なことの、この日は快晴。

晴れていて残念がるのは、可笑しいか。

「ここらかな?」

なんて、誰にも通じないダジャレのひとり言。

男は黙って、動画を撮る。



ボリバル広場から、公共のジープが毎日何便か出ている。

ここから先は、ハチドリが見られる5時間のトレッキング・コースになっている。

1週間のジャングル・トレッキングも人気らしい。


雑貨屋でコーヒーブレーク。

cafe.jpg

世界一高い椰子の木が、世界文化遺産だと思っていた 。

ウブドの友人・知人に、そんな知説明をしていた記憶がある。

皆さんゴメンなさい。

違っていました。

ユネスコが2011年に世界文化遺産に登録したのは、コロンビアの主要なコーヒー生産地の景観でした。

指定されたのはコーヒー三角地帯≠ニ呼ばれるカルダス、リサラルダ、キンディオに、隣接するバジェ・デル・カウカを加えた4県にまたがる約14万1,000ヘクタールの生産地域。

4月15日より20日までの5泊6日の旅はコーヒー三角地帯≠巡る旅にもなった。

バリ島の世界文化遺産「水利組合システム・スバック」(2012年登録)は、棚田地域合計約19,500ヘクタールの景観。

どちらも地域が広すぎて、観光には不向きな文化遺産だ。

もっとも文化遺産登録は、景観を残す意味での指定だろうが。


バリの椰子は、バリ人の宗教に密接に関係している。

生活にも欠かせない優れもの。

コロンビアの “ろう椰子” は、何に利用されているのだろうか?

葉から?を採ることは想像できるが、それが製品になっているのを見ていない。

疑問を残したまま、「ココラ渓谷ショートトリップ」を終わります。


※カウチサーフィン (The CouchSurfing Project) は、インターネット上の無料国際ホスピタリティー・コミュニティーであり、現在世界で最も大きなホスピタリティー・エクスチェンジ・ネットワークである。

海外旅行などをする人が、他人の家に宿泊させてもらう(カウチをサーフさせてもらう)という形式の相互的な思いやりや信頼による制度である。

※ウィキペディア「ja.wikipedia.org/wiki/カウチサーフィン」から引用。


posted by ito-san at 09:04| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月03日

サレント散策・その3(13)

サレントの背後は、60〜70メートルの小高い丘になっている。

5カ所ある踊り場には、十字架が立っている。

ゴルゴダの丘をイメージしているという話。

13階段ではない。

数えると237段あった。

メインストリートの「カジェ・リアル」を丘から望むことにした。

急な階段を目の前にして、一度は恐れをなして引き下がった。

今回は、根性を決めて登ってみた。

決意をするほどの冒険ではないが。

やっぱり疲れる。

峰の上に作られたサレントの町が一望にできる。

カジェ・リアルは、真っすぐに伸びているのがわかる。

教会はランドマークの役目を果たし、国教としての威厳を保っている。

丘から見るカジェ・リアル.jpg

丘の上で知り合った、物売り「パウロ」。

ジュンペイの友達と言って、話しかけてきた。

アミーゴ、第2号。

パウロ.jpg


官公庁などの主要建物をチェックしてみた。

プラザ・ボリバルの一画に町役場があり、水道料金、電気料金を徴収する事務所が隣接している。

市役所.jpg

警察署は、市役所と並んである。

サレントは、15年前にゲリラに襲撃されたことがあるらしい。

被害はなかったそうだ。

銃撃戦に備えて作られたと思われるコンクリート製の防御壁の窓は、現在塞がれている。

警察署.jpg

警察署2.jpg

カラフルで可愛い農業関連の銀行。

この銀行で日本円を両替しようとウキウキしていたのに。

コロンビアでは、日本円の価値が限りなく0に近いようだ。

銀行.jpg

唯一のスーパーマーケットがプラザ・ボリバルの一画にある。

スーパー.jpg

消防署は、サレントに入る玄関口にある。

消防署.jpg

地図を見ると診療所は3カ所ある。

1カ所は確認済み。

診療所.jpg

小・中・高は、一貫教育で校舎は2カ所。

学校.jpg

そうそう図書館(Biblioteca)もありました。

丘から見た夜景。

サレント夜景.jpg

空気が澄んでいるからか、晴れていると空は美しく変化する。

この頃、プラザ・ボリバルのベンチに腰掛けて、夕陽が落ちるのを見ることが増えてきた。
posted by ito-san at 13:35| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月02日

サレント散策・その2(12)

日本を旅発って、1ヶ月が経過。

コロンビア・サレントの気候にも、少し慣れてきた。

相変わらず言葉はできないが、それなりに珍道中をしている。

ブログは、未だに滞在1週間ほどをウロチョロ。

駆け足で、サレントの町を紹介します。

まず、通りの賑わいですが。

比較することは好きではないが、どこと比べるとわかりやすいかな、と考えてみた。

皆が知っている場所を探すのは難しい。

所詮、それは無理な話だ。

東京・浅草・雷門の仲見世の人通りは、行ったことがなくても、どことなくイメージが掴めるかな。

でも、仲見世の人出には遠く及ばないだろう。


サレントのメイン・ストリートは、丘から広場を結ぶ道。

縦道のcarrene6通りだが、メイン・ストリートは「カジェ・リアル=Calle Real」と呼ばれる。

プラザ・ボリバルを横切り「カフェ・ヘスス・マルティン」を通り過ぎた奥までがカジェ・リアルだ。

どこの市町村でもカジェ・リアルはある。

ウブドを知る人には、ウブドと比べると理解しやすいだろう。

カジェ・リアルは、モンキーフォレスト通りのおよそ半分ほどの距離。

サレン王宮のある変則十字路から「カフェ・ワヤン」あたりまでかな。

ウブドは、ウブド大通り・ハヌマン通り・スグリオ通りも繁華だ。

サレントには、カジェ・リアル以外に賑やかな通りはない。

将来的には、増殖していくと思われる。

カジェ・リアルの車道は、一方通行の一車線。

全面駐車禁止。

メインストリート.jpg
歩道は幅広く2.5メートルはある

ゴミ箱.jpg
ゴミ箱完備

週末の土日と祝祭日は通行止め。

遊歩道になる。

祝日の人出.jpg
祝日の人出(5月1日)

町中に渋滞はないが、町に入る一本道が祭礼日には渋滞となる。

その時には有料駐車場も満車で、路上駐車が目立つようだ。

ウブドのような慢性的な渋滞はない。


道路に馬の糞は落ちているが、ゴミは落ちていない。

食べ歩きの姿があるが、ポイ捨てを見かけない。

裏に廻ってみても、ウブドよりは断然ゴミが少ない。

モラルの違いかと感心していたら、大間違いだった。

アルメニアの繁華街に行って驚いた。

吸い殻が、いたるところ落ちているのだ。

サレントには、清掃員がいるから奇麗なのだろうか。

馬は、交通手段でなく観光用乗馬と荷物運搬に使われている。

馬主は、清掃に気をつけているようだが、間に合っていないようだ。

糞については、観光地として問題になっているようだ。

犬は、ウブドと同様に放し飼い。

違いは、吠えることもなく友好的なこと。

猫派より犬派の多い国民と見受けられる。

宿が多いところは、ウブドと似ている。

1階が貸し店舗、2階が宿となっている。

1990年代のウブドのように、ロスメンな感じの小規模な宿だ。

ウブドは海外からの観光客が多いが、サレントの観光客はコロンビア人がほとんどで外国人は一割にも満たないだろう。

観光客の数は、ウブドより多いかもしれない。

コロンビア人の観光客が多いので、レストランは現地価格。

コロンビア版ナシチャンプールは、サレント地方特産の虹鱒のフライが入って6,000ペソ(300円)。

宿(Hostel & Hospedaje)は一泊、日本円で1,000円くらいからある。

宿1.jpg

宿2.jpg

散策だからって、文章が散漫になてはいけないよね。(反省中)
posted by ito-san at 11:05| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月01日

美味しいコーヒーが飲めるカフェを見つけた(11)

プラザ・ボリバルへ向かう、坂道の途中にあるカフェ。

「カフェ・ヘスス・マルティン=Cafe Jesus Martin」

Web:www.cafejesusmartin.com

Jesus Martin1.jpg

Jesus Martin2.jpg

Jesus Martin3.jpg
窓から鍵を突き出す彫刻


コーヒー農園経営者の店。

農園見学ツアーを企画しているようで、ツアーの最終はここに立ち寄るコースになっているようだ。

エスプレッソ・マシンが、カウンター越しに見える。

サレントには、エスプレッソ・マシンの置いてある店がほとんどだ。

エスプレッソ以外にも、dripper・chemex・syphon・prensa・fretta・aeropressと、コーヒーの落とし方に種類がある。

私は「和るん・あんかさ」のコーヒーが忘れられず、ドリップを頼んだ。

久しぶりに、自分好みの美味しいコーヒーを味わっている感じ。

サレントで始めて入った「Balcon Del Cafe」のコーヒーも美味しかったのですが、残念なのは椅子・テーブルが小さいこと。

肩身の狭い人生を送ってきた私には、椅子が小さいと気持ちが萎縮してしまって居心地が悪くなる。

その点「カフェ・ヘスス・マルティン」の椅子は、普通サイズなので落ち着ける。

テーブルも普通サイズなので、時々、パソコンを持ち込んでブログの原稿を書いたりもする。

メニューには、トラディショナル・コーヒー1,500ペソ(75円)とある。

(ちなみに、雑貨店でミネラルウォーター600mlが1,500ペソ)

ドリップはプラスアルファで、値段が高いようだ。

言葉が通じないので、説明を受けられない。

「教訓:理解できないということは、お金がかかると知れ」

さっそく、コーヒーの注文の仕方をジュンペイさんから伝授した。

私が、安くて美味しいと感じているのは、中くらいの量で濃いめのコーヒー。

「濃いめのコーヒー一杯、お願いします」

「ウン・ティント・オスクロ、ポル・ファボール=Un tinto oscuro, por favor」

「ウン・カフェ・オスクロ、ポル・ファボール=Un Cafe oscuro, por favor」

どちらでも良いそうだ。

ティント(tinto)は小さい、オスクロ(oscuro)は濃いの意味。

ちなみに、大きいはグランデ(grande)、薄いはクラーロ(claro)だって。

Jesus Martin4.jpg

Jesus Martin5.jpg

Jesus Martin6.jpg

Jesus Martin7.jpg
彫刻の後ろ姿が見られる

食べ物:サンドウィッチ8,000ペソ&10,000ペソがある。

トイレは「こんなの欲しいな」と思うほど可愛い中庭を抜けていく。

Jesus Martin8.jpg

スペイン語でトイレは、バーニョ(Bano)。

バノではない。

nの上に〜がついて、ニョとなる。

トイレが近い私には、とにかくこの単語を覚えなくては困ることになる。

公衆トイレがないので、レストランで借りる。

飲食すれば無料だが、トイレだけの拝借は500ペソが相場。

1,000ペソのところもあるが、コーヒーが1,500ペソだとすると、高いと感じるのは私だけか。


そのうち、座りやすい椅子とFree WiFiのあるカフェを見つけて、まったりする時間をつくろうと思っている。
posted by ito-san at 02:56| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする