2015年09月27日

サレントと、お別れ(91)

今夜の深夜バスでボゴタに移動だ。

ボゴタには、27日、28日、29日と3泊する。

30日にチエックアウトして日本に戻る。

名古屋着は、10月2日。

10月半ばには、ウブドに帰る予定でいる。


サレントのイメージは、カラフルだった。

ジュンペイさんがウブドで見せてくれた写真は、ココラ渓谷が多かった。

イメージは、ほとんどYouTubeの動画からだ。

想像を膨らませて訪れたサレントには、思っていた通りの風景があった。

そして、想像以上の観光客が訪れていた。

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サレントの第一印象。

「何かができる」

期待が持てる活気があった。

そして、馬糞の匂いがする町だった。

コーヒーの香りじゃなかったのが残念。

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滞在してみての感想。

サレントに永住しようかどうかと、考えているうちに・・・

自分の未来が、おぼろげだが見えてきた。

いろいろ考えることがある。

残りの人生をかけて消化したいと思っている。

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いつか感想を書くことがあるかもしれない。

それは、私の生きざまだったりして。


6ヶ月間、ありがとう「サレント」。

そして、お世話になった人々に感謝。



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2015年09月24日

水道・ガス・電気料金の支払い(90)

コロンビアに住むつもりで来たのだが、もう少し考えてみることにした。

住むことは可能だろうが、自分に合っていないような気がする。

「住めば都」と言うけれど・・・・・

ウブドの良さを知っているだけに、比較すると、どうしても私的にはウブドに軍配が上がってしまう。

永住の候補地として保存しておくことにした。


最初で最後となるであろう、公共料金の支払いに行ってきた話。

水道・ガス・電気の支払いは、3カ所とも別々の事務所だと聞いていた。

そりゃそうだろう、別々の部署だから。

ボリバル広場にある市役所の並び、警察署の隣りに、事務所が並んであるという。

一カ所は、宅急便会社が代行していると、聞いたような気がした。

営業時間もまちまちで、毎日営業していないとも聞いている。

どうにかなるだろうと、しっかりと聞いていない。

いつも、あとで困ることになる。

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水道料金は、ジュンペイさんが旅に出る前に一緒に払ってもらったので、どこで支払ったかわからない。

料金は9,500ペソ(500円しない)。

5日に一度の手洗い洗濯と、水浴び用のお湯がおもだから使用料も少ない。


初めて自分で、ガス料金を支払いに行った。

警察署の隣り。

窓口で、9,000ペソを渡す。

受付の女性は、紙幣を数えると8,000ペソを戻してきた。

金額は、879ペソ。

なんと、40円しなかった(レート22で割ってます)。

領収済みのサインが書き込まれた支払い用紙とコインが返ってきた。

コロンビアは、天然ガスを輸出するほどの生産国だった。

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ガスは、身体を洗うお湯を沸かす時とちょっとした料理にしか使わない。

料理という料理はしない(できない)。

ちなみにメニューは、玉子ぶっかけご飯がメイン。

人参のスティック、オニオンスライス、焼きなす、野菜炒め、目玉焼き、焼き飯、インスタントラーメンを利用した雑炊&焼きそば、これらのバリエーション。

これは料理とは言わない。

わかっています。


電気料金を支払いに。

毎日営業していないと聞いていたので月・水・金だろうと、当てずっぽうで月曜日に行ってみた。

休みだった。

たむろしている男たちが「2日後(水曜日)に来い」と教えてくれた。

2日後に行ってみた。

ガス料金を支払った事務所の隣りの事務所に入った。

受付カウンターの男性は「ここじゃない」と隣りを指さした。

えっ! ということは・・・・

ガス料金を支払ったところと同じ事務所?

先日は、偶然にも営業している日だったのか。

電気料金、21,100ペソ(約1,000円)。

この事務所、エネルギー全般を扱っている「edeq」という会社らしい。

日本も水道は自治体が運営しているが、電気、都市ガスは、企業が経営している。

コロンビアの水道も、自治体が運営しているようだ。

ガス・電気・水道の料金請求書は、時間差で来て、時間差で閉め切る。

同時に来てくれればロスがないのに、と思う。

ちなみに、公共料金の支払いは銀行落としも可能。


インターネットの使用料は、前にも書いたが月17,300ペソ(786円)。

支払いは、宅急便の会社が代行していた。

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水道料金もここ。

ここはマネーチェンジもするらしい。


さて、荷造りでも始めようか。


posted by ito-san at 09:04| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月23日

トピック(8)総集編 @ サレント(89)

26日の深夜バスでサレントを離れて、首都ボゴタに移動します。

そんなことで、身辺整理にちょっと忙しい日々。

「トピック」として紹介している、町で見かけたこんな物、ちょっとした出来事。

取りあえず、最終回とします。 


■サレント町営の情報センター

ちょっと貧弱かな。

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■レンタル・バイク&自転車

自転車を貸してくれる宿は数件あるが、バイクをレンタルしているのはここだけ。

サレント郊外の森を走るのだろう、バイクはオフロード用。

オートマッチックのスクターが普及しているようなので、坂の多いサレントにレンタルがあればいいのにと思うのは、自然回帰の精神に背くよね。

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■道路のいたるところに馬糞

サレントの道路は、馬がカッポする。

馬って、歩きながら排泄行為をするんですね。

誰が片付けるわけでもなく、自然に風化するのを待つ。

たまに、犬の落とし物も混じっているので注意。

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■WiFi付きの鳥小屋

私が見た時には、猫が寝ていた。

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■フィットネス・ジム

いずこの国も同じ。

でも、この一軒だけ。

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■極彩色のケーキ @ アルメニア

何故かコロンビアのケーキは、ケバい。

食欲をなくす色だった。

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■サンダルを売っているワゴン @ アルメニア

プラスチックの足形が、リアルで驚いた。

日本にも、こういう足形あるのかな?

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※付録の写真

デカイ松ぽっくり。

こんなのが大量に落ちて来る光景を想像すると怖い。

頭に直撃したら、ポックリいってしまいますよ。

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所変われば、色々変りますね。

自分の物差し(=常識)を、その土地の常識に合わせていく。

どこまで妥協できるかが、「住めば都」となる秘訣のような気がする。


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2015年09月22日

サレント&ウブドの電話事情(88)

旅人に電話は不要だった。

のは、昔の話。

今では、世界中の秘境を巡る旅人もスマートフォンを持っている。

情報はネットで入手する。

ホテル、航空券の予約もスマートフォンでOK。

今回の旅に、鬼頭さんが iPhone を持たせてくれた。

申し訳ないが、操作ができずに宝の持ち腐れになっている。

メール、アパ?のホームページ、ブログは、MacBook Airを使う。

これも鬼頭さんからの贈り物だ。

パソコンはいつも持ち歩いている。

サレントはネット状況が良好で、ちょっと立ち寄ったカフェでパソコンを開く。

ピノさん家には、光ファイバーが引かれていて、繋ぎっぱなし。

目一杯活用させてもらっている。

使用料は、月17,300ペソ(786円)。

この条件は、ウブドより良いだろう。

バスターミナル、高速バス内でも、インターネットは繋がった。

アイホンにSIMカードを入れたとしても、コロンビア国内で電話を使う予定がない私。

友達もいないし、スペイン語で会話もできない。

国際電話は通話料が高いので、友人との連絡はスカイプかフェースブックを使う。

と言うわけで、サレントの電話事情は、銀行事情と同様に詳しくない。


コロンビアの固定電話は、大都会にしかない。

世界中が携帯電話の時代。

どこの国も同じように普及しているのではないだろうか。

ウブドも固定電話の増設が難しく、携帯電話が普及している。

一家に一台の時代を飛び越して、いきなりひとり一台の時代に突入。

「呼び出し電話」「親子電話」という言葉を知る日本人も少なくなった。

固定電話のないサレントに電話局はない。

携帯電話を売っている店が2〜3件ある。

こういった高額な商品は、種類が豊富に揃っている県都アルメニアで買うのだろう。

普及している携帯はかなり安物のようだが、スマートフォンを手にしている人も多い。

自撮り棒も普及している。

「 iPhone が高価だと知っているので、盗まれるから注意しなさいよ」と日本を発つ時、多くの知人に言われたが、 iPhone を持っているコロンビア人もいた。

貧富の差は、どこの国でもある。

そして、盗難はどこの国でも起こりうる。

ウブドで盗難品目の上位にあった携帯電話が、安くなったからだろう、いつの間にか見向きもされなくなった。

狙われるのは、スマートフォン。

まあ、注意するにこしたことはない。

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20日の日曜日、ボリバル広場に、こんなのが出店していた



珍しかったのは「MINUTOS」。

ミヌートは、一分という意味。

サレントの至る所で、この看板を見かける。

大都会メデジンでは、首にぶら下げて立っている人もいた。

全国規模の現象のようだ。

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「MINUTOS」とは、携帯のSIMカードやプリペイドカードが切れたり残り少なくなった時に使う手段。

初めて知る、携帯電話の利用法。

看板のある店や看板を持っている人からの携帯電話を賃借し、その場で通話する。

金銭を補填する前にちょっとだけ利用するのだと思っていたら、お金がないのでズーットとこの方法で通している人もいる。

一回100〜150ペソ(5〜7円)で、あとは分刻みで支払うことができる。

ほとんどの人は、初通話で終わらせる。

説明を受けたが、どう得なのか、まったく理解できなかった。

SIMカード&プリペイドカードのことも、よくわかっていません。

いかん、理解していない私が説明しても、読んでくれている人には伝わらないだろうな。

ゴメン・メンボクナイ。


※近頃、サレントで「Claro」の看板を見かける。

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どうやらインターネット・サービスで全国展開している会社らしい。

スマホ、パットを販売していた。

これ以上、詳しく知らない。

posted by ito-san at 08:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月19日

サレント&ウブドの銀行事情(87)

銀行について少々考えてみた。

滞在して少しは詳しくなったつもりでいたが、利用していないので情報ファイルはまったく膨らんでいない。

サレントには、ボリバル広場に面して農協銀行(Banco Agrario de Colombia)がある。

唯一の銀行だ。

これは、サレントに到着早々、どこかで書いた記憶がある。

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カラフルな店構えの「農協銀行」(2階はHostal=宿)


町の人は、どうしているのだろう。

小額預金は農協銀行で、大きな金額はアルメニアの大銀行に預金している人が多いそうだ。

県都アルメニアに行けば、各社銀行の支店が幾つもある。

コロンビアの銀行利息は日本と変らないというから、預けるのはセフティボックス代わりか借り入れ目的だろう。

インドネシアの銀行は、利息が10パーセント前後もあり、利息で生活している知人もいるほどだ。

私もサレントに着いたら、銀行通帳を作ろうと思っていた。

しかし、持ち金の日本円では預金が出来なかった。

手持ちの500US$の預金も考えた。

こんな小額で出入金の煩雑さに困惑するのも面倒だと、コロンビアで通帳を作ることは断念した。


Cajero Automatico(ATM)は、農協銀行と広場を挟んでトイ面にあるコロンビア銀行の各一台づつ。

頑丈な鉄格子の扉がついた個室に、ATMは設置されている。

ウブドで利用したのと同じような機種だ。

町に2台しかないATMの稼働率は、あまり良いようには見えない。

たくさんの観光客が訪れるサレントで、利用する人が少ないのは何故?

どちらも24時間営業だが、農協銀行は時々、残金がなくなり出てこないことがあるそうだ。

挿入口に差し込んだキャッシュカードは、引き込まれず、見える状態で入出金する。

カードが飲み込まれてしまったら、使用不可になってしまうのだそうだ。

スペイン語の話せない私には、緊張してしまいそうなアクシデントだね。

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上2枚は、農協銀行のATM

下2枚は、コロンビア銀行のATM
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ウブドは、その点では便利な町。

銀行各社の支店がある。

私はインドネシアの銀行「BCA=バンク・セントラル・アジア」を利用していた。

銀行の店頭には、数台のATMが設置されている。

コンビニにも設置されている。

それ以外のところにもあるから、100メートル間隔にあるかもしれない。

他の島ではATMを見かけない町もあるから、ウブドは特別地域なのかもしれない。

ATMボックスを離れたところでひったくり被害があるのも、特別地域の特徴かもしれない。

詳しくは知らないが、暗証番号が盗撮されて引き出された事件もあった。

特別と言うより特殊なのが、両替屋がいたるところにあること。

サレントでは、マネーチェンジャーの看板が見当たらない。

どこかで両替を代行している店があるのだろうが、レートボードのひとつも見なかった。

もうひとつウブドが特殊だと思ったのは、マッサージが軒並みあること。

そして料金が安いこと。

サレントには、美容室のマッサージが一軒のみ。


今回、コロンビアに旅立つにあたって、現金を持ち歩くのが心配で、海外で預金が引き出せる通帳を作りたいと思った。

PLUSマーク表示のあるカードだ。

しかしこれまで、Visa & Masterなどのクレジットカードを持ったことがない。

社会的保証のない私に、それらのカードは持てないのだ。

いかに、一般社会人としての生活を全うしていなかったことが知れる事実です。

だから、カードについてはよく理解していない。

これまでキャッシュカードを持ったことがないので、息子に息子名義の口座開設を頼んだ。

手違いで、時間がかかりタイムリミットとなり、今回の旅に間に合わなかった。

持っていたら、サレント到着時に日本円が両替ができないと聞いても慌てることもなかったのだが。

あとになって、意外と使用料が高いと判明し、結果オーライということになった。

まあ、安心のために持っていたかったかな。


懐の現金が減ると、旅も終わりに近づいて来たと感じる。

節約滞在も残すところ、13日間。

ここでしかできないこと、何かやり残していないか?

いつものように、自然体で待つしかないか。

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2015年09月16日

サレント&ウブドの風呂事情(86)

バリでは、水浴びすることをマンディ(Mandi)と言っている。

海や川に浸かることもマンディと呼ぶ。

本来は沐浴を意味する言葉で、お祈り前に川や湧き水で沐浴した習慣だ。

日々のお祈りは、朝夕の2回ある。

現代になって、各家に水浴び用のマンディ場が作られるようになった。

水槽からヒシャクで水をすくってかぶる。

私がウブドを訪れた1990年のホームステイは、そんな感じだった。

ヒシャクがココナツの殻だった時代だ。

その後、宿泊施設にはホットシャワーが備わるようになった。

シャワーを浴びることもマンディ。

バスタブ設備のある宿も増えてきた。

バスタブに浸かることもマンディ。

私のテガランタン村生活は、ホットシャワーから格上げしてバスタブの湯に浸かっていた。

風呂好きな私の身体は、暑い日でも温水を欲する。


サレントに滞在して何が不満だったか? と問われれば「シャワーだ!」と即答するだろう。

ジュンペイさんの家には、お湯がチョロチョロとしか出ない湯沸かし器の付いたシャワー室があった。

パイプの先に、小さな電気湯沸かし器が付いている。

普及型沸かし器なのだろう、何カ所かで見た。

小さいので、お湯の出も悪い。

沸かし器のない家が多いらしいから、ないよりはましだった。

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CHICHAN事務所のホットシャワー


コロンビア人は奇麗好きだから毎朝水浴びをする、とジュンペイさんは言う。

夜より朝の水浴びを重視するらしい。

他人を不愉快にしない心遣いだろう。

「寝覚めの水浴びは、気持ちいいよ」とジュンペイさん。

私の場合、基本的には昼間の汗を流すため、そして夜をノンビリ過ごすために夕方に入浴したい。

他人にどう思われるかの前に、自分が快適になりたいという、自己中心の考えだ。

ウブドに居る時は、汗をかけば、朝、昼、夜とマンディすることもあった。

儀礼に参加する前には、必ず身を浄めていた。

奇麗好きだから朝水浴びをするという意見には納得できないが、「郷に入れば郷に従え」のことわざどおり、私も従ってみた。

が・・・・。

朝は気温も低く、チョロチョロ湯では身体が温まらない。

冷たい水でも、浴びれば気持ちいいもの。

それはわかっている。

「慣れるから」と言われても、己の身体が心配だ。

湯沸かし器の存在しなかった(私の目の前には)ウブドでは、慣れるしか仕方がなかった。

軟弱になった老体で、今更、慣れなくてもいいだろう。

従わなくても良い文化もあると思う。

いつの間にか、シャワーを浴びる回数が減っていた。


5ヶ月近く滞在することになったピノさん家のシャワーには、湯沸かし器がついていなかった。

お湯に慣れきった私の身体に、水シャワーは酷と言うものだ。

おまけにシャワーじゃなくて、水はパイプからドドドと落ちてくる。

バリの沐浴場にある、湧き水をパイプに受けて流しているパンチョランと同じだ。

これはシャワーとは言わない。

コロンビアの一般家庭では、こんな風なんだと想像してみた。

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ピノさん家に移ってからは、裏庭のオープンエアーで、お湯浴びをしている。

太陽の陽射しが強い、2〜3時頃が最適だ。

半畳ちょっとの狭いシャワー室では立ったまま洗うので、どうしても中途半端な洗浄になってしまう。

私にとっては、腰を落ち着けてジックリ洗うのが正統派マンディ。

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バスタブにナミナミとお湯を張って入浴した〜い。


お湯浴びの回数は、5日に一度のローテーションになっていた。

「汚〜い!」と叫んだのは、誰ですか?


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2015年09月14日

サレント&ウブドの市場事情(85)

隣国エクアドルの旅では、首都キトにもガラパゴス諸島にも赤道記念碑にも寄らなかった。

蛇が怖い私は虫も嫌いだが、カメ&イグアナも大の苦手。

私の苦手な動物たちの楽園が、ガラパゴス諸島らしい。

ガラパゴス諸島は、私には地獄だ。

「世界・行きたくない観光地」のひとつ。

ミーハーな私的には、赤道記念碑には寄ってもよかったかなと思っている。

でも、赤道をまたぐ記念写真を撮っても意味がないか、とも思っている。

エクアドルは、歴史のある国。

じっくり腰を落ち着けて滞在すれば、興味溢れる国だろう。

そんな機会が、巡って来るのを待つことにしよう。


エクアドル訪問の主目的は、帰路でのコロンビア滞在ビザの取得。

私にとって観光は、二の次の旅だった。

二の次と言えども、往復路の道中に興味を惹かれたし、オタバロはガイドブックを読んで行きたかった場所だ。

久しぶりに観光客として振る舞った2日間。

短い滞在ではあったが、エキサイティングな旅だった。

ジュンペイさんは、少々の仕入を理由に、私に付き合ってくれたのだと思う。


オタバロ滞在で、気づかされたことがある。

大きなメルカード(Mercade=市場)に入った時、旅先で市場を覗くことが私の趣味だったことを再確認させられた。

活気と喧騒の市場の風情が好きだ。

売られている食材・生活雑貨などで、彼らの食文化や習慣が垣間見られる。

そこに暮らす人々を知るには、市場を覗くことが一番。


そして同時に、サレントに市場が皆無なのを思い出していた。

都会ならまだしも、田舎の町で、市場がないのに驚いている。

薄々は気がついていたが、料理をしないので気に掛けなかった。

一体、彼らはどうやって、調達しているのだろう。

人々の行動を把握できないでいるので、実態はわからない。

小さな八百屋と肉屋を数件見つけたが、魚屋は存在しないのか見つからなかった。

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八百屋

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肉屋

これまで訪れたコロンビアの町々でも、メルカードは見かけなかった。


バリでは、村の中心地の広場に露天の朝市が立つ。

朝市は、毎日の村と三日おきの村とがある。

ウブドでは、王宮のある変則十字路の角にパサール・ウムウム(公設市場)の建物がある。

朝市は、暗いうちから準備が進められる。

荷台が満載の小型トラックや大きな荷物を頭にのせた婦人たちがやってくる。

パサール・ウムウムの駐車場に、露店のテントが軒を連ねる。

南国の珍しい果物や季節の果物が並ぶ。

料理用の皿になるバナナの葉や供物に使われる花。

すでに花が盛られた供物が並ぶ。

アヒル、鶏が生きたまま売られている。

儀礼日が近づくと、値上がりする野菜や肉。

彼らの胃袋を知ることは、文化を知ることでもある。

土産屋がひしめく、建物棟「パサール・スニ」の開店は朝8時頃からだ。

値段交渉を楽しむ観光客で、いつも賑わっている。

州都デンパサール同様、ウブドのパサールも観光名所になっている。


パサールの活気を思い出すと、観光客のひとりとしてサレントにもあればいいのにと思う。

日本では、コンビニやスーパー・マーケットに押されて姿を消した市場。

すでに地域に密着した青空市場は各地で存在しているが、今後さらに、産地直売という形で小規模な市場の復活が活発化することを期待している。

新鮮な野菜が手に入れば、私も料理をする気になるかな?

45年前「青空自由市」と称してフリーマッケット(フリマと縮めては言わなかった時代)を主催したことのあるフリーマッケット世代の私としては、各地で様々な市が催されれば楽しいな〜と思っている。


※付録:

サレントで見かけた10センチほどの蛇?

こんな小さくても、私は触れない。

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2015年09月12日

隣国エクアドルの旅・最終回(84)

8月30日

2泊4日のトリップも、いいいよ帰路。

復路は、来た時と反対の順路を辿る。

時間の経過は省きます。


場面は、コロンビア国境のミグラシオン。

ビザ獲得の正念場。

通行手形に、新たな滞在許可のスタンプをもらわなくてはならない。

理屈的には、2日間の出国で、2日間の滞在延長が可能なのだが。

果たして、それがコロンビアで通じるかが問題だ。

ジュンペイさんが、私のパスポートを係官に渡し、説明を始める。

「この男はスペイン語ができないので、私がかわってお話します」とでも言っているのか。

係官は、パソコンを見ながらが頷いている。

二言三言、会話を交わす。

時々、私の顔を見る。

感触は良好のようだ。

私の緊張が少しずつ解けていく。

スタンプが押された。

手にしたパスポートには、31の数字が。

31日間のビザが入手できた。

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オタバロからエクアドル国境に向かうパンアメリカン・ハイウエーで、バス停の間違いから何台ものバスが通り過ぎて行くのを見送った。

3カ所目で、やっと正規の場所に辿りついた。

幸先の悪い嫌な予感がしていたが、崖っぷちから生還した心境だ。

これで、晴れて9月30日まで滞在できる。

ジュンペイさん、ありがとう。


イピアレスからアルメニアまでは、深夜バスに乗る。

発車時間まで、1時間30分ほどの余裕がある。

近くにある観光名所・サントゥアリオデ・ラス・ラハス(Santuario de Las Lajas)教会に、ひとりで行くことにした。

サントゥアリオデは、サンクチュアリ(中世、法律の力の及ばない、教会などの聖域)のことらしい。

乗り合いタクシーに、家族連れに混じって乗る。

教会までは、片道10分。

渓谷の崖に建つ可愛らしい教会だった。




教会見学に、思っていたより時間がとられた。

崖沿いの急坂から見える教会が美しく、魅入ってしまったのだ。

戻って来た時には、出発時間10分前。

ジュンペイさんが、ヤキモキして待っていた。

出発は30分遅れだった。

発車前、バス会社の人が乗り込んで来た。

私は、手元のノートにメモをしていた。

ジュンペイさんに「顔を上げて」と言われた。

見上げると、乗客を確認しているところだった。

バス会社の人は、小型ビデオカメラを右手に持っていた。

バスジャック対策のための撮影だ。

盗賊が現れるのは、真実なのだと身にしみて悟る。

身分証明IDカードが集められて、確認照合する場合もある。

そんな時には、時間がかかる。

外国人の場合は、パスポートの提示だけですむ。

何事もなく、アルメニアに戻れることを願う。

グッドラック!


〜完〜

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2015年09月09日

隣国エクアドルの旅・その参(83)

エクアドルの旅の続きです。

8月29日

「マリア・オスタル」の室温は寒くなく、ベッドもほどよい暖かさで、昨夜は寝付きがよかった。

おかげで、目覚めも良い。

今日は、念願のオタバロ土曜市の見学だ。

朝9時に、ホテルを出る。

ホテル前の道路にも、土曜市の露店が開店の準備をしていた。

準備がすべて整うのは、もうしばらくかかりそうだ。

見学は全てが整ってからということで、その前に、土曜市と並んで人気の観光スポットである動物市を覗くことにした。

すれ違う人々の中に、インディヘナの伝統的衣装を身につけている女性を多く見かける。

衣装によって、民族がわかると言う。

観光客向けに着ているのではなく、普段着だ。

男性は、長い髪を三つ編みにしている。

彼らは、伝統を重んじている。

朝食をとってから動物市に出掛けた。

時間は、10時近くになっていた。

すでに、盛況の時間は過ぎていた。

情報では、早朝7時くらいが人出が多いとある。

動物市は、昼には終わりそうだ。



生まれて初めて、リャマ(Lama)を見た。

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アルパカ(Alpaca)じゃないよね。


エクアドルにもありました、ボリバル広場。

銅像は、インディヘナ・オタバロ族。



教会と公園が見えるカフェ「Daily Grind」で、コーヒーブレイク。

エスプレッソを飲みながら、そこに生活する人々の姿をウオッチング。

楽しい時間が得られるスペースだ。

ライトアップされたサン・ルイス教会(Iglesia San Luis)も美しい。

Iglesia San Luis.jpg


「オーガニック・マーケット」が、レストランの中庭で行われていた。

覗いてみると「日本人の方ですか?」と日本語で声を掛けられた。

こんなところに日本人はいないだろうと考えていた、矢先のことで驚いた。

オタバロ近郊のフィンカに嫁いで、オーガニック野菜を作っている日本人女性だった。

Otavalo-Oraibi.jpg


活気ある野菜・果物・肉etcの市場。

市民の胃袋を知るなら市場を覗くことだ。

食堂も軒を連ねていた。



昼食は、市場内の食堂にて。


ガイドブックを見て、行けるものなら行ってみたいと思っていたオタバロの土曜市。

前夜にはベンチしかなかった広場が、一夜開けると、見るも見事なバザールに早変わりしていた。

町中の道路には露店が溢れ、ドキドキ感は半端じゃない。

買い物は少ししかしなかったが、原色の民族グッズに興奮は覚めやらなかった。



昼3時を過ぎると、片付け始める店もチラホラ見える。

早朝から営業していた店だろう。

6時30分頃には、全ての露店が消えていた。


オタバロ最後の夜は、エクアドルの民族音楽を聴きに「Amauta Pena Bar」へ。

以前には数件あったというペーナ・バー( Pena Bar) も、今では「Amauta」しか残ってない。

ペーナ・バーとは、フォルクローレのライブをする店。

フォルクローレの定番楽器、チャランゴ、ボンボ(太鼓)がなかったが、サンポーニャとケーナの演奏が異国情緒を満喫させてくれた。

まだまだ、初心者には魅力的な場所だ。

継承の難しい民族音楽だが、存続を期待したい。


Amauta Pena Bar @ Otavalo・Ecuador


主観的な意見がまとまらないので、動画ばかりのアップになってしまいました。

あなた自身で感じてください。

怠け者でゴメン。

今夜の宿も「マリア・オスタル」。


〜続く〜


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2015年09月08日

再び:サレントに残される日本人ひとり(82)

今朝(7日)早く、ジュンペイさんが旅に出た。

日本一時帰国と仕入れと癒しにタイに向かった。

戻って来るのは10月4日。

私がコロンビアを出国するのは9月30日。

今回の旅では、もうコロンビアでは会えない。

別れは、昨夜すませた。

この5ヶ月間、ジュンペイさんのコロンビア滞在18年の知識を存分に利用させていただいた。

幸運な出会いに感謝している。


思い残すことが、2つある。

ひとつは、アヤワスカ(Ayawaska)を体験できなかったこと。

アヤワスカは幻覚作用をもたらす植物で、南米の先住民族がシャーマニズムの儀式や民間療法、宗教儀式などに用いている。

吐き気、下痢をして辛いが、体内の毒素を浄化したあとは、心地よいらしい。

怖いもの知らずで体験したかった。


もうひとつは、紙作りの指導に行けなくなったこと。

ボゴタからバスで5時間ほどジャングルに入った、メタ川沿いの村・カブヤロ(Cabuyaro)からオファーが入っていた。

軍が援助している村で、予算が出て招待される予定だった。

現在は、プラタノ(料理用バナナ)の繊維でバッグ・帽子などを作っている村。

プラタノで村おこしをしている。

日程が合わなくなってしまった。

具体的には、10月になるようだ。



この村に、滞在したかった。

『世界ウルルン滞在記・コロンビア|プラタノの村で伊藤博史が出合った!』

なんてのをしたかった。


ジュンペイさんの部屋を辞して、自分の部屋に戻ると、心に浮遊感がおとずれた。

止まり木が、突然なくなった感じがした。

少し心細くなっている。

こんな不安定感を楽しんでいるところが、私の旅なのかもしれない。

リアルな生活が旅的な生き方の私は、いつもこんな気分で生きている。

これって根無し草ってことだよね。

これまでも毎日会っていたわけではない。

2〜3日会わないことも多かった。

近くにいるという安心感があったのだろう。


ボゴタを観光するために、早めに移動することにした。

サレントを27日の深夜バスで出発する。

28、29日とボゴタに滞在して、30日の飛行機に乗る。

ボゴタの宿をネットで調べてみた。

クレジットカードが必要だ。

カードなしで予約できる宿は、携帯電話の番号が必要だった。

私は銀行カードも携帯電話も持っていない。

当日、直接交渉しかない。


残り3週間は、サレントに日本人は私一人だ。

日本語も話さず、スペイン語もできない暮らし。

5月にもジュンペイさんのペルー仕入れの旅で3週間(5月25日〜6月19日)のオンリーワンの経験はある。

サレントに残される日本人ひとり(27)

今回は、このまま会えないという、ひと味違う滞在になる。


思考が、少しずつウブド滞在に向かい始めている。

取りあえず、悔いの無い旅で終わるようにしよう。


posted by ito-san at 09:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする