2015年09月08日

再び:サレントに残される日本人ひとり(82)

今朝(7日)早く、ジュンペイさんが旅に出た。

日本一時帰国と仕入れと癒しにタイに向かった。

戻って来るのは10月4日。

私がコロンビアを出国するのは9月30日。

今回の旅では、もうコロンビアでは会えない。

別れは、昨夜すませた。

この5ヶ月間、ジュンペイさんのコロンビア滞在18年の知識を存分に利用させていただいた。

幸運な出会いに感謝している。


思い残すことが、2つある。

ひとつは、アヤワスカ(Ayawaska)を体験できなかったこと。

アヤワスカは幻覚作用をもたらす植物で、南米の先住民族がシャーマニズムの儀式や民間療法、宗教儀式などに用いている。

吐き気、下痢をして辛いが、体内の毒素を浄化したあとは、心地よいらしい。

怖いもの知らずで体験したかった。


もうひとつは、紙作りの指導に行けなくなったこと。

ボゴタからバスで5時間ほどジャングルに入った、メタ川沿いの村・カブヤロ(Cabuyaro)からオファーが入っていた。

軍が援助している村で、予算が出て招待される予定だった。

現在は、プラタノ(料理用バナナ)の繊維でバッグ・帽子などを作っている村。

プラタノで村おこしをしている。

日程が合わなくなってしまった。

具体的には、10月になるようだ。



この村に、滞在したかった。

『世界ウルルン滞在記・コロンビア|プラタノの村で伊藤博史が出合った!』

なんてのをしたかった。


ジュンペイさんの部屋を辞して、自分の部屋に戻ると、心に浮遊感がおとずれた。

止まり木が、突然なくなった感じがした。

少し心細くなっている。

こんな不安定感を楽しんでいるところが、私の旅なのかもしれない。

リアルな生活が旅的な生き方の私は、いつもこんな気分で生きている。

これって根無し草ってことだよね。

これまでも毎日会っていたわけではない。

2〜3日会わないことも多かった。

近くにいるという安心感があったのだろう。


ボゴタを観光するために、早めに移動することにした。

サレントを27日の深夜バスで出発する。

28、29日とボゴタに滞在して、30日の飛行機に乗る。

ボゴタの宿をネットで調べてみた。

クレジットカードが必要だ。

カードなしで予約できる宿は、携帯電話の番号が必要だった。

私は銀行カードも携帯電話も持っていない。

当日、直接交渉しかない。


残り3週間は、サレントに日本人は私一人だ。

日本語も話さず、スペイン語もできない暮らし。

5月にもジュンペイさんのペルー仕入れの旅で3週間(5月25日〜6月19日)のオンリーワンの経験はある。

サレントに残される日本人ひとり(27)

今回は、このまま会えないという、ひと味違う滞在になる。


思考が、少しずつウブド滞在に向かい始めている。

取りあえず、悔いの無い旅で終わるようにしよう。


posted by ito-san at 09:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする