2015年11月24日

ビスマ通りとカティランタン村を結ぶ橋(12)

暑い日々が続いている。

土は乾き、道はホコリっぽい。

草木の緑も、心無しか精彩がないように見える。

季節的には、雨季に入ってもいい時期。

11月10日に降ってから、今日まで雨がない。

地域によっては、時間帯節水もある。

今朝2時頃、雨が降り始めたのでいよいよ雨季到来かと期待したが、あっという間に止んでしまった。


暑い昼中、ホテル開発が著しいビスマ通り(Jl.Bisuma)の南端とカティランタン村(Katilantang)北部を結ぶ道路工事の現場を見に行った。

橋を架ける計画があるらしい。

完成予定は、聞いていない。

ビスマ通り側
Jl.Bisuma2.jpg

Jl.Bisuma3.jpg

シンガカルタ村側
Katilantang1.jpg

Katilantang2.jpg

カティランタン村はペネスタナン村の南に位置する村で、シンガカルタ村とニュークニン村に繋がる。

ペネスタナン村からニュークニン村へのウブド散策4時間コースが消えて久しい。

以前、私のトレッキング・コースだったところだ。

ニュークニン村に立派な橋が架かる前は、竹の橋だった。

「サーカス・ブリッジ」と呼ばれ、自転車を担いで渡った。

懐かしく思い出される。


ビスマ通りに行くには、ウブド大通りから入る方法しかない。

Jl.Bisma.jpg

チャンプアン橋を越えるにしても、ウブドの変則十字路を通るにしても、渋滞に巻き込まれることが多い。

この橋が開通すれば、南方から来る車の渋滞は免れるだろう。

あとはモンキーフォレスト通りとビスマ通りを結ぶ車道が開通すれば、モンキーフォレスト通りの渋滞も緩和される。

田園風景は消えていくが、それも観光地としての運命なのだろう。


緑が少なくなった分だけ、暑さが増している気がする。

暑さをやわらげるには、雨が欲しい。

そろそろ雨乞いの儀礼が必要かもしれない。

そんな儀礼があればの話だが。


※付録の動画(ウブドの変則十字路 & チャンプアン橋)です。






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2015年11月17日

快適な居候生活(11)

10月21日にバリに戻った。

空港には、アパ?のワヤン君の車で、S田さん、T木さんがウエルカムしてくれた。

バリを行った来たりのT木さんは、25年ぶりの日本帰国でも歓迎してくれた。

そのほか、バリだったり日本だったりの送迎に立ち会っている。

ありがたい仲間だ。

ウブドに着いてからは、S田さんの家にそのままお世話になっている。

居候させて頂いて、かれこれ一ヶ月近くになる。

大家さんは、パ・セダン(Pak Sedan)。

道路沿いにワルンを経営している。

Pak_Sedan1.jpg

パ・セダンは、ナシ・チャンップールで有名なワルンだ。

S田さんの借家は、その敷地内の奥にある。

Pak_Sedan2.jpg

Pak_Sedan3.jpg

Pak_Sedan4.jpg

快適な生活を送っています。

周りの人々の厚意に助けられ、楽しく生活ができている。

感謝、感謝。


※サービス動画:バリ島ウブドの散歩・ゴータマ通り

S田さんがゴータマ通りに「ワルン・ビアビア」をオープンしたのは、2002年の9月。

店舗デザインとコンセプトは私が協力させてもらった。

現在は、二代目のN君。

彼が、ガンバッて繁盛店にしてくれている。

これもデザイナー冥利につきる。




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2015年11月13日

老人のボケ防止には「Hang Durm」(10)

『巨大なドラ焼き!』

スイスで開発されたスティールパンのような楽器。

ウブド大通りにある民族楽器の店「モアリ=Moari」で購入した『ハングドラム=Hang Durm』。

手に入れたのは、インドネシア製。

これで引きこもりに拍車がかかる。

これなら、自分の好きなように叩けるだろう。

ボケ防止に、こんな銅鑼を叩いてみることにしました。

Hang.jpg


コロンビアでは、ラテンアメリカの民族音楽フォルクローレ(folclore)で演奏されるサンポーニャを習ってみたが、一曲も覚えられず挫折した。

音楽センスの無さを思い知らされた。

「コンドルは飛んでいく」を覚えて帰りたかった〜!。

南米コロンビアの旅・サンポーニャ(Sampona)の作り方(37)も読んでください。


posted by ito-san at 14:12| 愛知 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月12日

奉納舞踊・チャロナラン(calonarang)舞踊劇(9)

スバリ村のグスティ・ヌラー君から「今夜、チャロナラン(calonarang)舞踊劇の奉納がある」と聞いて、さっそく出掛けて行った。

ウブドの北に位置するスバリ村は、チャンプアンの尾根づたいにある村。

何ヶ月ぶりかのオダラン(寺院祭礼)観賞。

バリの正装をすると、身が引き締まる。

この感触が好きだ。

場所は、ジュメン寺院(Pr.Jemeng )。

オダランは、サコ暦(Saka)第5番目の月(Sasih Kelima =カリモ)の満月から始まり、12日間行われる。

毎年、西暦の10月頃にあたる。

この日は、オダランの最終日だった。

しばらく訪れていない間に、立派なワンティランが完成していた。

かなり以前に、奉納舞踊させていただいた建物は残っていた。

その話は、こちらに「神々に捧げる踊り・ジェメン寺院


ウブドから離れている村も、様変わりしている。

バリの経済成長とともに、年々、寺院も華美になってきている。

村人がそれを望むなら、それもしかたがないこと。

部外者が、とやかく言う筋合いではないだろう。

田舎暮らしが楽しくて始めた、ウブドの長期滞在。

25年の間に、ウブドは変貌した。

まさかここまで発展するとは、当時、想像することはできなかった。

日本が20年間で高度成長を成し遂げたことを思えば、ウブドの成長はゆっくりだとも言える。

私の故郷もこの時代に、小川は埋められ大樹や武家屋敷が撤去されて広い道路になった。

発展は、やむを得ない現象だろう。

私は、発展を嘆くより受け入れることを選んだ。

それだけ価値のある土地だと、今、実感している。


夜9時30分:バロン(Barong)の奉納舞踊が始まった。




チャロナラン舞踊劇は、夜11時から深夜3時まで続いた。




芸能解説・バロン(Barong)
http://informationcenter-apa.com/gk_barong.html

芸能解説・チャロナラン(Calonarang)
http://informationcenter-apa.com/gk_calonarang.html
posted by ito-san at 12:08| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月09日

心強い言葉に感動(8)

知人のフェースブックこんなことが書かれていた。

『引かれたレールを走る人と、レールを引きながら走る人。

世の中、大きく分けるとこの2つのタイプで成り立っている。

その違いは自己実現をどこに設定するかだと思うけど、前者は家族を養うことや安定こそが自己実現の中心にあって堅実に人生設計が出来る人。

後者はイノベーターに多いタイプだけど、言い方は悪いが生活力や安定を望んでいない分、リスキーで当たり外れがある。

仕事とライフを分ける事が出来ないから仕事してるんだか、遊んでるんだかの中から新しい価値を生む事が生業の様なタイプ。

自分は完全にレールを引きながら走るタイプ。

お金や地位より、自分がやりたい事中心に動くから、その場に留まれば地位もお金も手に入るのに新しい興味が出来ると平気で捨てて次ぎにいく。

だから、家族は覚悟がいるし、なかなか実らない、一生実らないゴールがないような生き方。

でも、確実に何かを生み続ける。』

これを読んでなるほどと思った。

こんな格好よくはないが、私も知人と同じ、後者のタイプのようだ。

そして、彼はこう続けている。

『今、新しい事をはじめています。

29年後、100年後を見据えた未来創生は確実に動き始めています。

世界は僕らが気がつかない間に急速に変容しています。

今、やっておかなければいけない事がある。

世界を動かすのは可能かもしれないと最近思います。』

心強い言葉に感動。

声援を送ります。


posted by ito-san at 20:21| 愛知 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月07日

ハヌマン通りのY字路 (7)

ブログを読んでいただいている方の何人かから「コロンビアのブログを読んでいて、ウブドに戻ってくるんじゃないかと感じていましたよ」と言われた。

文面に本心が現れるのだなと、驚かされた。


誰かの小説に「燃え尽き症候群」という言葉が書かれていた。

まさに、私がそうだった。

内容の貧弱な「燃え尽き症候群」だが、これまでの人生、自分としては能力以上のことをやり終えた感じだった。

ごくごく平凡な男が、名古屋では周りの人に助けられ、ウブドでは土地の利が幸いしてか、自分の能力以上のことをやってきた。

平凡な男が、自身の能力100パーセントを出し切った人生を過ごした、と思う。

これ以上望むのは、高望みと言うものだ。

自分の能力の限界も知ったし、同じことの繰り返しにも飽きていた。

コロンビアの旅は、環境を変えれば新たな能力が目覚めるかもと考え、試してみたかった。

不甲斐ないが、結果はこれまと同じ繰り返しに終わっていた。

幸運なことにコロンビアでの試行錯誤は、ウブドであと数年は飽きることがない程度のやりたいことが見つかり戻ってきた。


取りあえず、初心に返ってウブドを散策することにした。

まずは「バリ島ウブドの散歩・ハヌマン通りのY字路」です。




posted by ito-san at 17:21| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月02日

バリ料理教室「ダプール・バリ(6)

コロンビアに旅立つ前に、料理教室に数回参加した。

料理の苦手な私が、もしかに備えての準備だった。

結果的には、まったく身に付いていなかった。

こういうのを料理音痴と言うのだろう。


私が参加した料理教室を紹介します。

名称は、バリ料理教室「ダプール・バリ」。

レクチャーするのは、在バリ25年の佐藤由美。

和食「影武者」のオーナー。

今まで見たこともない野菜、果物、そしてスパイスやハーブ。

この熱帯の島には、 ユニークで魅力的な食材がたくさんある。

バリの人々が昔から培ってきた、食材やスパイスの利用法、そして料理と生活の知恵。実際に料理を作って試食するばかりでなく、もっと広い面から、バリ島の「食」を探っていきたいと考えている。

バリ料理に使う主なスパイスやハーブ、自然素材の調味料は、なんと25種類。

そのハーブ・スパイスひとつひとつを解説し、手にとって触れてみて、匂いをかいでみることから始める。

「ダプール・バリ」は、バリ初の日本語のレクチャーによる料理教室。

保存版レシピももちろん日本語。

気軽にバリ料理を体験してみたい方はもちろん、習った料理を日本で役立てたい方にも、充分ご満足していただけるクオリティーとフォローの細かさが自慢。

事前にご要望があれば、普段のレシピ以外にも(可能な範囲で)対応できる。



■開催日:毎週 火曜日 & 金曜(その他の曜日もご相談に応じます)

■時間:10:00 am 開始・終了予定時間2:30 pm/

■最低遂行人数:2名様( Max 5名様 )

■料金:お一人 Rp.400.000-/

■お申し込み方法

○メールでの予約:Web:dapurbali.com (*を@に変えてください)

○和食・影武者のキャッシャーカウンターで、申し込み用紙に記入。

○お電話での予約 :TEL:0812-363-5252


posted by ito-san at 17:32| 愛知 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月01日

幸せって何だっけ?(5)

10月28日

2013年3月から2015年2月までお世話になった、テガランタン村のグスティ・パチュン家を訪れた。

昨夜、影武者に電話があり、今日の再会を約束した。

ガイドの仕事と村の行事に忙しいパチュン君の都合に合わせて、約束の時間は夕方の5時。

パチュン家との交流は「テガランタン村滞在記」をお読みいただけると嬉しいです。

門を入ると、以前と雰囲気が違った。

庭だった場所に、立派な建物が建っていたからだと気づく。

「パチュン! パチュン!」と声を掛けると、パチュン君が建物から出て来た。

「これ何?」と建物を指さすと「家族の家です」と満面の笑みを浮かべた。

子供たちの部屋が3つと、中央にリビング、浴室のある大きな家屋が完成していた。

私が滞在していた部屋から、知人のB君が顔を出した。

B君は、さっそく私にコーヒーをいれてくれた。

末っ子コマンの顔も見える。

愛猫チビタも私を覚えてくれているようだ。

少し痩せて野生的になっていた。

奥さんのマデが、仕事から戻ってくるのを待って夕食をご馳走になった。

パチュン家の家族が歓迎してくれている。

今後の身の振り方を心配してくれる、友がいる。

幸福そうな家族を見て安心する、自分がいる。

コロンビアでの滞在中、家族、かつての恋人、友達、世話になった人のことを、たびたび思い出した。

どうしているのかな。

幸福に暮らしているといいな。

ひとり異境で生活してみて、他人を気遣う。

コロンビアから日本に戻って、息子家族の一家団欒に加わった。

この時にも、幸せを感じた。

その時思った。

自分の幸せは、他人の幸福の上に成り立っているのだ、と。


posted by ito-san at 23:00| 愛知 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする