2016年03月23日

ハヌマン・アート・スペースがなくなった(42)

ウブド大通りとハヌマン通りが交わる、T字路付近の景観がゆっくり変化してきている。

1990年年代初頭のハヌマン通りは、入ってすぐの両側にハーモニカのような間口の狭い長屋店舗が並んでいた。

今は、東側の角に銀行の建物が建ち、両側にはモダンなブッティクが軒を連ねている。

西側に、当時の面影をわずかに残す店舗が2軒ある。

古本屋とギャラリーだ。

Jl.Hanoman1.jpg

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現在、古本屋とギャラリー「ハヌマン・アート・スペース」は取り壊され、建築現場になっている。

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「ハヌマン・アート・スペース」は、昨年末から私のつたない絵を置かせてもらっていたところ。

ボケ防止も兼ねて、食い扶持を稼ごうとした皮算用が早くも崩れた。

そして、私のデザインした数少ない店舗の一つが、また姿を消した。

残すのは、ゴータマ通りにある、陶器の「SETIA」のみとなった。

こうして、私の足跡も忘れ去られていくのだろう。

Art_Space.jpg

「ハヌマン・アート・スペース」のユニークな外観に、写真を撮っていくツーリストも多かった。

芸術の町にふさわしい個性的な外観の店が、消えるのは悲しい。

入店して、再びニュークな店舗で登場することを願っている。


「ハヌマン・アート・スペース」のルーツは、ブッティク「ブラン・マドゥー」。

ブラン・マドゥー(bulan_madu)とは、蜜月=honey・moonの意味。

いかにも、バリらしいネーミングだった。

モンキーフォレスト通りにあった、絞りの店「ブラン・マドゥー」は、10月上旬に閉店した。

bulan_madu.jpg


1994年4月16日:オープン当時の「ブラン・マドゥー」。

芸術的な透か彫りの扉が写っていないのが残念だ。

看板も什器も私の手作りだった。

歩道のなかった道路も、懐かしい。


「ウブド村徒然記:ハヌマン・アート・スペース(6)」もお読みくださると嬉しいです。

http://itosan-ubud.seesaa.net/article/354911497.html


posted by ito-san at 19:01| 愛知 | Comment(2) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする