2016年04月04日

ウブドの変則十字路の変貌(45)

ウブドを離れて南米コロンビアに旅立ったのは、ちょうど一年前。

移住する覚悟だった。

コロンビアが無理な場合は、ほかの国にも期待をかけていた。

サレントの町は、緑豊富な環境の気候が温暖な地区。

物価も安く、起業の可能性も感じた。

結末は、180日間の滞在で引き上げている。

現在、ウブドに出戻り中。

再び、バリに対する好奇心に火がついた。

私のような旅人には、ウブドが適しているのか。

25年前のウブドを知る者として、今後のウブドを見届けるのも楽しいかもしれない。


ウブドの変則十字路周辺の変貌は、目を見張るものがある。

その変貌ぶりを紹介したい。

1990年5月、ウブドに降り立った時の感想です。

市場の前を通り過ぎると、道の向こうに、ハーモニカの吹き口のような間口の狭い店が連なっていた。

日用雑貨屋と荒物屋が数軒、銀製品を売る店と飲み物を飲ませる店と右端には自転車の修理屋があった。

変則十字路を渡った。

通りの角にある自転車修理屋の前に立つと、正面に赤レンガの高い塀に囲まれた屋敷の門が見えた。

これがウブドの王宮か。

王宮の向かいに、二重屋根(ワンティラン=集会場)の講堂のような大きな建物がある。

裂いた竹で編んだ壁で囲まれ、内部は見られない。

二重屋根の建物の先には、道をおおいかくすほどの豊富な緑をまとった巨樹(ビンギン)が、大きな影を落とし、広い日陰をつくっている。

その先には、ジリジリと照りつける5月の南国の太陽が陽炎をつくっていた。

※「ウブドに沈没・ウブドへの道のり」より。

1995ubud_juujiro1.jpg

1995ubud_juujiro2.jpg

1995ubud_juujiro3.jpg
1995年の写真です


今も昔も、変則十字路はウブドの中心地。

東西に走るウブド大通りと南に伸びるモンキーフォレスト通りは、観光客で溢れている。

変則十字路の東北角に、ウブドの王宮(プリ・サレン)がある。

バリ島全体から見ると、王宮のある村落は少ない。

王宮は、村落の中央に位置する。

四つ角の一画が王宮で、他の一画には市場が立つ。

他の角は集会場か空き地になっていて祭礼時に活用される。

役場や公共施設が建っていることもある。

ブンギン大樹のある村もある。

プリアタン村の十字路そうだ。

ブンギンは、村落のランドマーク。

大樹に上にはクルクルが設置され、村民の招集時に叩かれる。

バリの王宮は、敵を防ぐための城としての役目を持っていない。

領地争いのあった時代、きっとのんびりした戦いだったのだろう。

大きな戦争もなく、バリは平穏のうちに歴史を重ねている。

十字路は、村の歴史を語る。

今後も、ウブドの変則十字路を見つめ続けていきたい。


ウブドの変則十字路の動画は「2015年11月24日:■ビスマ通りとカティランタン村を結ぶ橋(12)」にもアップしました。

もう一度、ご確認ください。






posted by ito-san at 03:05| 愛知 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする