2016年07月12日

ベベ(アヒル)の行列(72)

アヒルのことは、インドネシア語でベベ(bebek)、バリ語ではイティ(itik)。

10年ほど前、kのないベベ(bebe)は、どこかの国のファッションと知った。

その時、インドネシア語→日本語の辞書で「bebe」を調べてみたことがある。

語源は、ポルトガル語。

1)女の子の着物・ガウン

2)植民地時代の地方政官

3)乳児・ベビー

とあった。

日本の童謡にある「♪赤いベベ着たお人形は♪」のベベは、ひょっとするとひょっとするかもと思った。

思っただけで、確証は取っていない。


バリの風物詩に、隊列を組んだべべの行進がある。

bebek_tao1.jpg

田んぼに水が張られ、田植えの前にべべが放たれる。

これは水利組合で決まられた行事。

大量に飼っている農家から借りる。

多い田んぼでは、100匹を越えることもある。

餌をついばんだべべの排泄物が肥やしになると言う。

日本で言う「カルガモ農法」と同じだ。

bebek_tao2.jpg

べべは、田んぼの立ててある竿を中心にして、餌をついばむ。

竿の先には、小さな布が付いている。

これが目印だ。

移動は、それまで田んぼの立ててあった竿を先頭に進む。

小さな布の付いた竿を持った、おじさんの後ろをついて、べべは移動する。

おばさんのべべ使いを、一度も見たことがない。

もしかすると、この仕事、男子専科か。

日本では、まず100匹ものべべが行進する姿を見ることはないだろう。

先頭の一匹の行動は、瞬時に最後尾まで伝わる。

先頭役はだれがするのか?

瞬時の伝達の能力は何なのか?

疑問点は数々あるが、道路を占領してピョコピョコ右往左往するべべの微笑ましい姿は見て。その疑問はスルーする。

この光景に例えて、日本人ツーリストをべべと呼ばれていた時代があった。

団体旅行華やかな頃のことだ。

bebek_tao3.jpg



なぜべべは、小さな布についていくのか。

生まれて最初に見たものをお母さんだと思い込む、剃り込みと言われるが、そうではない。

これは、遺伝子の仕業らしい。

ちょうど手にした本に、ハイイロガンの話が載っていた。

バリのべべにも通じる物があったのでメモしておいた。

それは、こんな内容だった。

ハイイロガンは、生まれながらに親の姿を知っているわけではない。

こんな羽色で、形はこうで、こんな歩き方をするなどという細かい情報をいちいち遺伝子は請け負うわけにはいかない。

その代わり遺伝子は、こんなプログラムを考え出した。

「ふ化後初めて見たもののうち、大きくて、しかも動くものをよく覚えよ。

歩けるようになったら、いつでもどこでもついて行くのだ」

自然界でこの条件を満たすものは、酔狂な動物行動学者を除けばまず間違いなく自分の親である。

遺伝子はそのあたりのことをよく承知しており、手を抜けばよい部分については徹底して手を抜くことにしているらしい。

そうかこれは、剃り込みとは言わず、遺伝子の仕業なのだ。

バリでは、こんな遺伝子の特徴を利用して、竿の先に付けた布をべべたちの目印にしたのだった。

思いのほか竿の先の布は小さいが、生まれてすぐの、べべのべべ(ベビー)たちには、さぞ大きく見えたことだろう。

べべがハイイロガンと同種かどうか確認していない。

ネット環境の悪い住居にいるので、検索できないでいる。

調べるのは、いつになることかわかりませんが、次回に繰り越すことにしました。

それとも、誰か教えてくれる?

(写真提供:田尾美野留)





posted by ito-san at 18:24| 愛知 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする