2016年07月17日

合同火葬儀礼の季節到来(74)

バリ・ヒンドゥー・ダルモで、もっとも大切な儀礼は火葬儀礼。

火葬儀礼には、個人葬と合同葬(ガベン・マサル/Ngaben Masal)がある。

合同火葬儀礼は、一つの村で2年〜6年に一度に行われる。

時節は、サコ暦のなかから人間(特に死者)の儀礼にもっとも適したサシー・カロ(sasih karo=第2月)。

西暦の7月から9月の間にあたる。

毎年、どこかの村で合同火葬儀礼が執り行われている。

Ngaben_Masal1.jpg


7月15日に、ウブドの北に隣接するクトゥ村で合同火葬儀礼があった。

この村では、5年ぶりのこと。

5年分の遺体が、この日、合同で火葬されることになる。

火葬場には、火葬堂(バレ・パバスミアン)が14基用意されている。

私が到着した時間には、すでに、プトゥラガン(張り子の棺=patulangan)も安置されていた。

一家族に、一基の火葬堂と一体のプトゥラガン。

遺体は23体。

5年の間に、故人が2名以上出ている家族があるのだ。

Ngaben_Masal2.jpg
珍しい、半牛半魚のプトゥラガン


バリは公開火葬。

火葬の途中、遺体が跳ね起きるのを防ぐため、竹で押さえる。

燃え盛る火の中に、遺体が確認できる。

遺体が燃えていくのを目の当たりにする。

これは、かなりカルチャーショックだった。

そんな光景を見に来た観光客も多かっただろう。

今では、鉄板で囲われて、遺体が燃え落ちていく姿は見られない。

見せないようにしてるのかもしれない。

Ngaben_Masal3.jpg


この頃、合同火葬儀礼では、遺体が燃える光景は見られない。

遺体は数日前に掘り起こされ、その場でバーナーで燃やされる。

死者に対する感情が、私たち日本人と違うのを実感する。

傍目から見ると、遺体が雑に扱われているように見えるが、遺体はすでに抜け殻だ。

火葬儀礼は、魂の浄化儀礼。

死を、魂の旅たちと考えで解放する。

燃やされるプトゥラガンには、シンボル(+遺灰)が安置される。

数年前から遺体を掘り起こさず、シンボル(+埋葬場の土)を作ってそれを燃やす村も増えている。

シンボルの正体は、人体の絵を描いた木札を入れた白布の包み、だそうな。


合同火葬儀礼のプトゥラガンは小さい。

大人の遺体を入れるには、小さすぎる。

死後、数年経ている遺体は小さくなっているのだろうと、都合良く考えていた。

しかし、日数の新しい遺体もあるはず。

この頃と思っていたが、私が知らなかっただけで、合同火葬儀礼では、以前から遺体は事前に燃やされていたのかもしれない。


儀礼のプロセスが、延々と続いている。

我々観光客が見たいのは、遺体が燃えるところだ。

いつ始まるかわからない。

ひたすら、待つのみだ。

焼けるような陽射しの中、プトゥラガンに火がつけられた。

熱風が押し寄せて来る。

プトゥラガンの燃え落ちるのが早い。

遺体は、すでにシンボル(遺灰)になっている。

見物人が引いていく。

お疲れさま。

私も、その場を後にした。






posted by ito-san at 14:16| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする