2016年09月06日

かごめ、かごめ・・・?(83)

バリの祭礼日「ガルンガン」。

9月6日:プナンパハン

9月7日:ガルンガン

9月8日:マニス・ガルンガン

この期間、ツーリストの私は、いたって暇な時。

読書に耽ることにした。

手にした本「ダレカガナカニイル・・・」著者:井上夢人に、「かごめ」歌詞について面白い解釈が載っていた。

ご存知の方も多いとは思いますが、私には初耳の話なのでメモして残すことにした。


かごめ、かごめ

 籠の中の鳥は、いついつ出やる

夜明けの晩に、鶴と亀がすべった

 うしろの正面だあれ


子供の頃に、こんな歌を唄った覚えはありませんか?

私は、覚えがあります。

歌詞のほうは、今、考えてもさっぱり意味がわからない。

かごめは、カモメじゃないことを私は知っている。

名古屋出身の人はカゴメと言えば、まず「カゴメ株式会社」を思い起こす。

それは私だけか。

カゴメ株式会社は、名古屋が本社の飲料、食品、調味料の大手総合メーカー。


本には、鶴と亀がつっぺったの歌詞がある。

鶴は宇宙を現して、亀は大地の象徴。

つっぺったは、突っ入ったと書き、突入する意味とある。

歌詞にでてくる“かごめ”は、竹で編んだ籠の目だ。

鳥かご.jpg

「カゴメ株式会社」も古くは、籠目の六角形のロゴ・マークを使用していたと記憶している。

籠目の六角形に星形の目は、ユダヤ民族を象徴するダビデの星と同じ。

イスラエルの国旗などにも使われている。

イスラエルの国旗.png

日本の籠目は、厄除けの力があるという。

伊勢神宮の燈籠にも、籠目が刻まれている。

何か奥深い物を感じるが、調べることは止めにした。


書物内の新解説ですが。

本文から抜粋しました。

「かごめかごめ、籠の中の鳥は、いついつ出やるー

鳥というのは、大空を翔るものの代表でしょう?

宇宙を翔るものー真理を追い求めるものってことね」

「宇宙の真理が現れるのはいつでしょう。

そう歌は問いかけているの。その問いに対してー夜明けの晩に鶴と亀がつっぺった。

うしろの正面だあれ。と歌は答える。

夜明けの晩というのは、朝でも夜でもない時間、だから時間など超越した境地に達した時ということね。

そうなった時、鶴と亀がつっぺったー

宇宙と大地と、つまりすべての存在が突然出合うことになる。

なにもかもが融合するの。

そして、それがかなえば、うしろの正面だあれー

それまで知覚できなかったものを知ることになるでしょう、と言っているんです」

新解釈は私には難しくて、私が解釈することは避けました。


地方により歌詞が異なるようなので、それもメモしておきました。

かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀と滑った 後ろの正面だあれ?

かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面だあれ?

かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀が統べった 後ろの正面だあれ?

かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に つるつる滑った 鍋の鍋の底抜け 底抜いてたもれ

かごめかごめ 籠の中の鳥は いつもかつもお鳴きゃぁる(お鳴きやる) 八日の晩に 鶴と亀が滑ったとさ、ひと山 ふた山 み山 越えて ヤイトを すえて やれ 熱つ や(お灸を据えて、やれ熱や)

籠目籠目 加護の中の鳥居は いついつ出会う 夜明けの番人 つるっと亀が滑った 後ろの少年だあれ?

かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出会う 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面だぁれ?

ウィキペディアには、そのほかさまざまな説が載っていた。


ガルンガンは浄化儀礼。

浄化された心は解き放たれて、人間本来の心を取り戻す。

これ、「かごめ」の新解釈からヒントを得た、私の「ガルンガン」新解釈。



posted by ito-san at 18:27| 愛知 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする