2018年01月19日

運転免許証取得で、もう安心!(179)

インドネシア語で、運転免許証は「Surat Izin Mengemudi」。

略して「S・I・M=シム」と言っている。

以前、普通車(A)とバイク(C)の免許証を持っていたことがある。

ギャニヤール警察署で取得した、一年間有効の運転免許証だ。

手続きが今ほど難しくなく、筆記試験も実地試験もアンダーマネーでクリア。

身長が165cセンチに縮まって、なんと WANITA(女性)になっていた免許証を手にして驚いたのを覚えている。

「これで、大丈夫ですか?」係官に聞くと、

「ティダ・アパ=問題ない」バリならではの答えが返ってきた。

私には問題があるんですがね、とは言えず。

これから一年間、女性として生きていかなければならないのか、と戸惑った。

幸い、他人に運転免許証を提示する機会も訪れず、一年が過ぎた。

1998年に切れているから、かれこれ20年前の話。

1998_SIM_C.jpg

あれから今まで、無免許で走っている。

これまでは、ウブド近辺と警察の検問の比較的少ない地域にしか出かけなかった。

今回、運転免許証を取ることにした。

もう少し、行動範囲を広めたいと考えての行動だ。

そして、先週(9日)のこと。

リタイヤメント・ビザを受け取ったあとに、行ってきました警察署。

取ってきましたよ、C免許。

有効期間5年。

取ってきたというよりか、お金を払ってもらってきたという感じですがね。

居住するギャニヤールの警察署に出向くのが通常だが、ビザ代行業者のコネクションがある州都デンパサール警察署におもむいた。

ギャニヤールで取得した知人から、4時間ほど待たされると聞いていたし、書類の用意も面倒そうだ。

不正なことが嫌いな私としては常道ではないが、今回は袖の下に紛れることにした。

個人情報をパソコンに入力する担当者が不在で、しばらく待たされたが、業者の計らいで短時間で終わった。

数人の先客がいたコーナーも、スムーズに順番が来た。

右手親指の指紋を押して、写真を撮られてサインをして終了。

お礼を言って席を立ち、一階に降りて別棟に入ると、受付には、すでに私の免許証が用意されていた。

ハイテクのスピードだ。

筆記試験も実地試験もない。

本当はあるのだろうが、私は免除されたのだ。

どうしてかと言うと、多額のお金を払ったからだ。

外国人価格の限度額を超えていた。

警察署に「袖の下事業部」でもあるのか?

この話、内緒にしていてくださいよ。

バレると免許証を取り上げられたり、逮捕されるかもしれないから。

2018_SIM_C.jpg
これでクルンクン方面にも安心して出かけられる。

と言うのは、以前、パダンバイ港に行く途中で、警察署前に立っていた警察官に止められたことがある。

ヌサペニダ島出身の友人は、先に行ってしまった。

その時の私は、何を聞かれても「ウブド・ウブド」を連呼して、言葉の通じないふりをした。

警察官は、あきれたように「もう、行ってよい」と、犬を追い払うように右手を振った。

こうして事なきを得たが、小さなプライドは傷ついた。

数年後に、同じ場所を通った。

2人の警察官が立っていたが、止められなかった。

いつのまにか通り過ぎていた。

警戒心がなかったので、警察官も見逃したのか。

この時は、免許証を持っていた年。

以前の屈辱を清算したかったのか自慢したかったのか、私は後戻りをした。

警察官の前にバイクを止め、自信満々に免許証を提示した。

免許証を見つめる目が、こころなしか微笑んだように思える。

「WANITAとなっているけど、私は女性じゃないからね!」

女性となっているのは気にしていないようだ。

身長165cセンチも問題ない。

では、この薄ら笑いはなんだ。

突っ込みどころを見つけたのか?

・・・・・・・・・・沈黙。

「この免許証、期限切れてるよ」

え〜〜〜!

免許証の期限切れには、気がつかなかった。

「俺、2人の子持ちなんだ!」警察官の声。

それがどうした。

「俺にも、2人の子持がいるんだ!」もうひとりの警察官の声。

気の優しい私は、彼らの子供のために、義援金を渡して見逃してもらった。

『持ちつ持たれつ』インドネシアの体質が、こんなときは助かる。

しかし、私の正義感はズタズタに傷ついていた。

それにしても、バカだよね。

ワザワザ戻って無免許を暴露し、アンダーマネーを請求されるとは。

こんな経験がしたくないから、免許証を取ることにしたのだ。

有効期間5年、期限切れは当分ないので、後戻りをしてでも運転免許証見せるゾ。


posted by ito-san at 15:13| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月16日

トゥガナン村のマデ(エディー)君の訃報(178)

昨年末、カポ君の経営する宿が完成した。

見学するために、テガランタン村の実家を訪れた。

その時、マデの訃報を聞いた。

「3ヶ月ほどの入院のあと、一週間ほど前に息を引き取った」

葬儀は、年を開けての合同葬儀になるらしい。

できることなら、私も見守りたいと思っている。

カポ君は、直ちに情報を流そうと考えた私の心を読み取ったのか、

「亡くなったばかりだから、今は、控えた方がいいよ」と言う。

グーグルで「トゥガナン村のバリアン・マデ」で検索すると出てくる。

またの名を「エディー」。

漫画に、ブログに、登場する「マデ」とは、いったいどんな人物なのだろうか?

「トゥガナン村の村長の息子」「バリヤン」「手相占い師 」「高級ホテルのマネージャー」「誰々さん(ウブドの知名人)の友達」「バリ舞踊の踊り手」と異名をとる。

そして、その実態は「要注意人物」だった。


私とマデは、古くから顔見知りだ。

「居酒屋・影武者」をオープンした1991年に会っている。

モンキーフォレスト内にあるダラム寺院の祭礼でお祈りをすませた帰り、うしろからついてきていたのがマデだった。

これをきっかけにして、マデは私を友人だと言って日本人に近づくようになった。

バリ南部のクタにいられなくなって、ウブドに流れて来たとの噂がある。

20年数年前から、マデの悪い噂が立ち始めた。

被害を受けた人には、極悪人と言われた。

マデと知り合いだが、被害に遭っていない女性もいる。

どんな基準で、ターゲットを絞り混むのだろう。

そんな話を聞く機会を逃してしまった。

日本人女性に対する悪さは、数年前まで続いていた。


「アパ?情報センター」のワヤン君から、日本人女性ツーリストが被害に遭っているので、告知したいと連絡が入った。

2013年年2月のことだ。

死者に鞭を打つようで忍びないが、これはひとつのニュースとして聞いて欲しい。

以下がその告知です。


『日本の観光客のみなさん 。

バリではいろんな種類の詐欺が多発していますのでご注意ください 。

詐欺で有名な、マデ・マハールディカという男がいます。

特徴:日本語を巧みに操り、積極的に日本人に声をかけてきます 。

自称「バリアン」「手相占い師 」。

車は CR-Vに乗っています。

時々、バイク。

グリンシングという高価な布で有名な、テンガナン村出身。

「お金取る人は本物じゃないよ、私は、無料で見てあげる」

「奥さんは日本人(といいますが、実際は4年前に逃げられた) 」

「家でゆっくり見てあげる」

「ホテルは高いから、家に泊まればいい」よなど言ってきます。

日本人の奥さんが家にいるなら大丈夫かなと思わせます。

日本人の奥さんがいないことがバレると、バリの奥さんを妹だと紹介し、もしあなたが女性なら、自分を好きにさせるマジックを使うこともあります。

ガムランボールを15,000円くらいで売ってきます。

しかし、原価は250円くらいのもの。

お坊さんが、特別に祈祷したと言いますが、 お坊さんは商売しません。

グリンシングという高価な布は、特別な人しか巡り会えない希少なものだと言って、自分の村へ連れていき、2万から30万くらいのものを売りつけます。

特に、ヨガをやっている人には、お坊さんのところへ連れていき、チャクラに問題がある、クンダリーニに問題があるといって怖がらせ、儀式が必要と言い、1万円かかると最初は見せかけ、儀式直前になってから、お坊さんが、あなたを霊視したら、危険なの状態なので、お金がもっと必要だと、10万、15万円とつりあげていきます。

正常な判断ができていれば、用心深くなるのですが、 魔術、マジックを使い、なぜかお金を払うようにしてしまいます。

ヒーリングしてあげるよと言われ、マジックをかけられていることもあります。

肩や手を馴れ馴れしく触ってきますが、少しでも触れたら、ぴしゃりと、触らないように言ってください。

お坊さんに祈祷してもらうから、名前と生年月日と願い事を書いてといわれますが、これはマジックのために使われるものと思われますので、個人情報は何も教えないでください。

本名、生年月日、職業、メールアドレスなど。

食べ物にマジックがかけられていたりするので、もらっても食べないでください。

でっちあげの瞑想法を教えてきます。

これはマデのマジックにかかりやすくするためや、言うなりにさせるため思われます。

ちゃんと瞑想を毎日やっているか、私には、全部感じられてるよと怖がらせます。

本当に実力のある誠実なヒーラーやお坊さんを紹介されることもありますが、言葉が通じないため、マデの都合の良いように通訳されます。

お坊さんが、あなたのことをこう言ってたよ、これをしなさいと言ってたよ、この瞑想法をするようにと伝えられたよなど。

もし、本当か確かめたかったら、マデの通訳を無視し、相手の連絡先を直接聞いて、自分で雇った信頼できる現地ガイドと出直して聞いてみてください。

しかし、この特徴のある男に出会ったら、関わるのを避けるのが無難でしょう。

マデのバリ人の妻は、スグリオ通りで、ヒーリングセンターをしています。

ここに連れて来られることもあるでしょう。

他にもいろんな新種の手口があるようです。

ネットなどで調べ、対策されるといいかもしれません。

安全でよい旅を!』


「アパ?情報センター」もスグリオ通りにあり、日本人観光客が多く訪れるのを知っているマデは、時々、前まで遠征して来て声を掛けていたようです。

ワヤン君は、マデが恐いので注意できなかったと言う。

被害にあった日本人女性から、切実な訴えを聞いたワヤン君。

よほど立腹していたのだろうと思われる文章ですね。

マデの悪行は、ほかにも数々ある。

「もう、このくらいにしてよ」と、泣きが聞こえてくるので、やめておきます。

こんな奴でも、私には知り合いのひとり。

「マシ・ヒドゥップ(まだ、生きているのか)?」が、互いの挨拶だった。

今にして思えば、こうした生き方しかできなかった彼が不憫に思えてくる。

ウブドの歴史の一コマとして、私の記憶の片隅に留めておこう。

安らかに眠りなさい。

心から冥福を祈っているよ。


posted by ito-san at 14:57| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月13日

人の機微を考える時間(177)

昨年11月末のこと。

気になっていた日本の友人に、ふっと思い出したようにメールを送った。

「元気にしていますか?」と。

何かを予言するかのような、短いメール。

20年間通い続けたウブドに、もう2度と訪れないと別れを告げた女性。

女性の名前をA子さんにしておこう。

A子さんから来ない限り、私からメールを出すこともないだろうと考えていた。

何かの力に動かされたかのように、数年ぶりのメールを送った。

そのメールが、彼女の境遇を刺激したのか、早速返事が届いた。

「4年ぶりにウブドに行きます」

そんな内容だった。

私は、彼女に再会できることを素直に喜んだ。


A子さんのウブド訪問は、彼女の決心を揺るがすほどの傷心を癒すためだった。

数ヶ月前、会社の帰宅途中で倒れ、半身が不自由になったと言う。

生きがいになっていたギターが弾けなくなった。

私の生活費の5年分ほどの金額を注ぎ込んで購入したギター。

A子さんの情熱をうかがい知ることができるエピソードだ。

最愛のギターを弾くことを諦めなくてはならないのか。

悲痛を訴えるメールだった。

私には、そんな経験もない。

小説か映画でしか知ることのない、自分の周りで起きることの少ない話。


今回の旅は、ギターを弾くリハビリ。

ギターを弾くことができる見通しがつけば、心のリハビリにもなる。

A子さんの痛手を、私は想像することさえできない。

私は、どう受け止めてあげればいいのか思案した。

興味本意で、聞く話でもない。

掛ける言葉が見つからない。

同じ辛さを共有していない者に、もっとも辛い時期に慰められても反発するだけだ。

共有していたとしても、人それぞれだろう。

中途半端な言葉は、相手を傷つけるだけのような気がする。

私にどんなリアクションを求めているのかもわからない。

過度の対応に、拒否反応を示すかもしれない。

悩んだ。

果たして、私にA子さんの傷心を癒すことができるのか。

A子さんが元気を取り戻す手助けができれば、それでいい。

無駄な詮索をせずに、A子さんが求めていることだけを答えたい。

それが私の務めのような気がする。

A子さんからの言葉に、相槌を打つ程度でよいのではないか。

普段通りに接することにした。


堅い話が続いたので、ここで一休み休憩


年末年始に、A子さんはウブドを訪れた。

私は、子供の頃の待ちに待った遠足のような気持ちになっていた。

あれもしてやりたい、これもしてやりたい。

久ぶりに会ったA子さんは、見た目には健康そのものだった。

華奢な指は、以前とまったく変わらないように見える。

数日間、時間があれば共にした。

少しでも元気を取り戻してくれただろうか?

きっとウブドが、A子さんの心をほぐしてくれたことだろうと信じている。

待ちに待った時間は、またたくまに終わってしまった。

再会を誓って別れた。

結果的には、A子さんの左手の指に触れることはできなかった。

今、私の心は、空虚感だけが残っているだけ。

人は、それぞれに悩みを抱えて生きている。

ウブドで、癒されようと訪れる人も多い。

ウブドの住人として、そんな手助けができたらいいな。

今回は、人の機微を考える貴重な時間だった。


posted by ito-san at 16:42| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月10日

クレープの店「The Spell」(176)

アグン山の噴火で、観光客の激減したウブド。

年末年始は、少し戻ってきているようだ。

御多分にもれず、私の友人・知人もウブドに里帰り。

ちょっと観光客が増えたこの時期に、ゴータマ通りは鋪装工事中。

四角ブロックの「石畳」を敷いている。

車両通行禁止だ。

徒歩は可能だが、なんせ工事中のため、歩きずらい。

だからだろうか、いつもに比べて観光客の姿はマバラ。

しかし、完成すれば、歩きたくなる通りに変身するだろう。

遊歩道になるといいな。

その頃には、観光客も戻ってきて、賑やかになっていることだろう。


ゴータマ通りの中ほど(No.9)に、前々から気になっていた店がある。

どことなく、南米コロンビアに行った時、サレントで見かけたような店。

ウブドらしい外観かどうかは疑問だが、表通りから見上げる二階の風情が気にいっていた。

工事中で客足が少ない今なら、ゆっくりとできるだろう。

TheSpell2.jpg

TheSpell1.jpg

そんなファサードの郷愁に誘われて入った「Theb Spell」。

クレープの店だった。

一階は座敷になっていて、輪切りの形がいびつな小さな木製テーブルとクッションが所狭しと置いてある。

この狭さも、面白い。

二階は、落ち着いたテーブル席。

注文したクレープは、The Hobbit Rp35,000-(写真)。

そこには、私にとっての正統派クレープがあった。

クレープの話は、何度も書いているような気がするが。

やっと巡り合った、私にとっての正統派クレープ。

砂糖がまぶされただけのクレープ。

TheSpell4.jpg

これが、20歳の私の思い出の味だ。

パリで過ごした半年間に、テークアウトでよく食べた。

50年ぶりに、辿り着いたという、感じだ。

実際には、アイスクリームがのっていたが。

おいしかったよ。

(V-vegan GF. glutenfree / we are Palm Oil and MGS Free! )

★クレープRp35000〜Rp65,000-/

★ロングブラックRp25,000-/

★営業時間:9.30am〜11.00pm/年中無休

★Tel:+62(0)82.34.113.20.69/

★Free WiFi/



南米コロンビアで経験したクレープは、ショックだった。

その時の話は「2015年06月22日:■WiFi ポイント・その壱「CREPERS CO」(42)」を読んでください。

2015年4月から10月の6ヶ月間の「南米コロンビアの旅」も読んでくれるとありがたいな。

動画もたくさん残しております。

そちらは、youtubeの「伊藤博史」で。(チャンネル登録もよろしく)


posted by ito-san at 14:30| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする