2020年06月06日

トルコの旅・イスラム教割礼儀礼見学(4)

メルスィンのバスターミナルに、戻ってきた。

無事、オマール君にも会えた。

隣には、従兄弟だというトルコ人特有の濃い顔の男性がいた。

勘違いをしていなければ、昨日のうちに再会が果たせたのに、と悔やまれる。

彼らの車で、タルススの実家に向かう。

メルスィンは、メルスィン県の県庁所在地で港湾都市。

タルススは、メルスィンの衛星都市だろうくらいに考えていたが、検索すると古代ローマ帝国時代にはだったようだ。


車は、低層の家屋が並ぶ閑静な新興住宅街に入った。

そううちの二階建ての一軒家に、招かれた。

日本なら中流家庭に部類にはいる立派な建物だ。

記憶が薄くて、当時の状況が克明に説明できない。

バックパックを下ろすと、広い部屋に案内された。

部屋には、十数人々が床に腰をおろしていた。

男性は男性、女性は女性、子供は子供で固まっている。

トルコは、男尊女卑なのか。

床に広げられたビニール・クロスの上に、大きなパンとトマトスープの入った小皿がのっている。

皆んなそろっての昼食だ。

そこにいる人に見習って、片膝を立てた。

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朝食はカーペットの上で


子供の泣く声が聞こえた。

儀礼が始まったようだ。

割礼は、男子の性器の包皮の一部を切除する、成年男子への通過儀礼の風習。

この日は、3人の男児の割礼が行われると聞いた。

部屋は、誕生日パーティのように煌びやかに飾り付けられている。

立ち込める匂いに抵抗を感じ、少し吐き気をもよおしたので、早々に部屋を出た。

今思えば、中途半端な想像と場の雰囲気がそう思わせたのかもしれない。

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施術が終わると子供たちは、手に杖、頭に冠、ガウンを羽織った王子様の正装で、元気に外へ飛び出していった。

大人たちの安堵の顔が見える。

しばらくして、屋外に誘われた。

テント屋根が設えられた住宅の一画に、軽食が用意されたテーブルが2列並び、男たちが歓談していた。

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スピーカーから声が流れてきた。

わたしには理解できない言葉だ。

今夜のイベント内容が説明されているのだろう。

オマール君に連れられて、音源に向かう。

広場に大きなテント小屋が張られ、シンセサイザーと琵琶に似たウドと呼ばれる民族楽器、アンプやマイクが用意されている。

楽団員が登場し、ウドの旋律がギターのような調べを奏で、軽快なトルコ音楽が始まった。

老若男女、全員が踊りだす。

皆んなで手を繋ぎステップを踏む。

トルコの伝統的な舞踊なのだろうか、それともこの地方特有の踊りなのだろうか。

全員が楽しそうだ。

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音楽は延々と続き、踊り手も延々と踊る。

人生初のイスラム教割礼儀礼見学は、夜更けとともに終了した。

割礼儀礼は、ビッグイベント(祝宴)だった。

翌日は、大家族の遠足があった。

川が流れる公園に、ついて行った。

親類縁者の親睦を深める意味もあるのだろう。

おかげで、部外者の私も楽しい旅の思い出ができた。


■付録

ブログを仕上げるに、インドネシアのイスラム教の友人に割礼について、メールで聞いてみた。

簡単に説明してくださいと頼むと、こんな回答が返ってきた。

日本語の堪能な友人なので、原文のまま掲載します。

「割礼は元の目的は清潔の為です。

民族によって、割礼年がバラバラです。

スンダ族はだいたい7歳までにしますが、ジャワ族は中学生になる前、小学校生の時にする。

割礼方法は最近は医者でしてますが僕らの頃は割礼前の朝4時ぐらいに川に入って、麻痺させて、竹の川でチンポの先の皮膚を切る。

切った後に馬に乗せて、家に帰る。

家によってお祝い儀式が1日から1週間行う。

切ったチンポが乾くまでは数日ココナツの革を三日月の形にして、空気が入る様にサロンに挟む」

こんな赤裸々な言葉に、ビックリ。

「割礼しないと、罪になるのか?」と聞くと。

「ないけれど、イジメられバカにされる可能性あり」

「外から見ると残酷に感じるけど、イスラムの人は誇りに思っているのですね?」の質問には。

「はい、1人前の男のシンボルマークにもなる」

気になっていた、女性の割礼についても聞いてみた。

「ありますが儀式はない」

これ以上聞くのは、差し控えた。

機会があれば、インドネシアの割礼儀礼にも参加したいものだ。

posted by ito-san at 14:51| Comment(0) | トルコの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする