2013年06月19日

西村邸を訪問(40)

陶芸工房スティアをさらに北上して、右手に並ぶ民家の間を入ったところで、悠々自適のテガランタン村住まいを送っている知人がいる。

西村一成・久美子夫妻だ。

夫妻の初バリ訪問は1993年。いきなりのウブド滞在。

1993年10月3日〜10月15日の日程で、ウブド郵便局のあるジュンバワン通りの「スハティ・ゲスト・ハウス=Sehati Guest House」に滞在。

その頃のことが「極楽通信・UBUD」(1999年廃刊)Vol.6〜Vol.9に「うぶどぅ日記」として掲載されている。
取材・文はライターの久美子さん。当時の体験が克明に書かれている。

PDFとして復刻した「Club Bali・極楽通信UBUD」でダウンロードして見ることができますよ。


「極楽通信・UBUD」編集管理者でウブド熱愛症候群H氏の取り計らいで、私と知り会うこととなった。

西村夫妻も初バリでウブド熱愛症候群に取り憑かれ、毎年ウブド通いをすることになる。

ウブド熱は一向に覚めやらず、5年後(1998年)には、土地を購入することになった。

私はオカちゃんを紹介し、オカちゃんはテガランタン村の親戚デワさんの裏に土地を見つけてくれた。

裏地と言っても、田んぼの景色とアグン山が眺望できる望めるロケーションは、観光客にとっては申し分のない物件だった。

この時夫妻は、将来、ウブドに住むんだと心に誓ったのだろう。

ここまで夫妻が、ウブドに惚れ込んだ理由は訊いていない。

観光スポットがあるわけでもないし、特に素晴らしい景観があるわけでもない。

ウブドの魅力を説明するのは難しい。


2006年に着工。

デザインは始め、私がお手伝いするつもりでいたが、自然素材をふんだんに使った私のデザインでは西村夫妻は納得できないだろうと知人を紹介することにした。

モダンなデザインならこの人にお願いした方がいいだろうと、私は草野球仲間の山路さんにお願いした。

山路さんと西村夫妻は意見が投合し、アイデアを出し合っていった。

そして2008年、おしゃれなヴィラが完成した。

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旦那の一成さんは、東京の某テレビ制作会社に勤務。

2011年5月に、55歳で早期退職した。

これが2011年3月11日の東北地震後と言うこともあり、他人からは「避難か」と非難される。

夫妻にとっては、地震以前からの移住計画だったが、そんな白い眼で見られてしまったと、嘆いている。

現在、日本とバリで半年ごとに滞在。

オカちゃんのバックアップもあり、村人との交流もスムーズで、嫌な思いもなく快適な生活を送ることができている。

1993年の初バリ訪問から今まで、ウブドに住みたいという気持ちが初心と変わらないと言うのも驚きだ。

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おかげで、私は食事に呼ばれたり、プールを拝借して、悠々自適のおこぼれに預かっている。


posted by ito-san at 16:57| Comment(2) | TrackBack(0) | テガランタン村滞在記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
伊藤様 ブログを拝見し、西村氏の所在が分かり安心しました。以前、私が勤めている会社のビデオ制作の担当をしていただき、大変お世話になりました。日本にいらっしゃる際、是非お会いしたく存じますので、私のアドレスを西村氏にお伝えいただけましたら幸いです。「日本ビルサービスの岡田」とお伝えしていただければ、お分かりになると思います。もっとも今年の4月に会社統合があり、「グローブシップ」に社名が変更になりましたが。誠に恐れ入りますが、なにとぞよろしくお願い申し上げます。
Posted by 岡田玉規 at 2015年06月29日 17:25
岡田玉規様
了解しました。バリ・ウブドに戻るのは10月になりますが、必ず、お伝えさせていただきます。
Posted by ito-san at 2015年06月30日 12:20
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