2013年06月26日

この頃思う(41)

テガランタン村に滞在し始めて、この頃思う。

それは、1990年にロジャーズに滞在始めた時と同じような日課を過ごしているということだ。

扉を開け放すと、お手伝いのワヤン譲が朝食を運んで来てくれたロジャーズ・ホームステイとの違いは、イブ・マデのバリコピとバリ菓子に変わった。

その頃の日課だった洗濯は今、ニュークニン村にあるソープナッツの「エコ・フレンドリー・ランドリー」にお願いしてるから、ごく薄手の物しか手洗いしない。

夜は、パサールにあったセンゴールに通っていたのが「日本料理店・影武者」に変わった。

水マンディがお湯の張ったバスタブになったのは、大きな変化かもしれない。

電灯の明るさは増したが、静寂は以前に戻った。

dapur.jpg

(写真提供:田尾美野留氏)


しかし、何かが大きく違う。

「日本人滞在者が増えたが友達は減った」と感じる。

別段、日本人の友達が欲しいと思っているわけではないが。

ウブド滞在の目的が多様化してきただけのことだろうが、価値観の違う滞在者が増えたのは確かだ。

それも、ひとつかもしれないが、もっと根本的なことのような気がする。


私が「ウブドに長期滞在したい」と考えた理由は、日本の文明社会からの逃避だったかもしれない。

過多の情報と、際限ない贅沢から逃れたかったからだ。

今の私は、文明の波に飲み込まれている。

テレビ、冷蔵庫、扇風機、オーブントースターを持っている。

ほとんど使わなくなったが、掃除機、炊飯器、アイロン、ドライヤーも持っている。

電子レンジ、自動車を持っていたこともある。

ビデオデッキは故障したので廃棄にした。

携帯電話とパソコンは、しかたがないとは言え、放せない物となってしまった。

ウブドに来て削ぎ落とされたはずの文明の贅肉(私にとって)が、知らず知らずのうちに再生されつつある。


人の住むところは、必ず変化していく。

変化には、文明の発展が伴うことが多い。

ウブドにも、手が届く範囲に便利な物が溢れ始めた。

文明に慣れた私の身体は、受け入れるのも早かった。

拒絶しながらも享受してしまう。

便利を知っているからだろう。

しかし、そんなことは言い訳でしかない。

やすやすと飲み込まれるのは、自分の意思が弱いからだ。

嫌なら、止めればいいだけのことなのに。

自分が望む環境は、自分で作るものだ。

今、私は自分の生活を見直しているところです。


posted by ito-san at 01:07| Comment(0) | TrackBack(0) | テガランタン村滞在記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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