2013年07月27日

家寺のオダラン(45)

ウク暦の第二十八週・KELAWUのRABU (BUDA) WAGEは、Upacara Rambut Sedana(ランブット・スダナ)の祭礼日。

お金に感謝し、大金の貸し借りはしない、借金を返さない日とされている。

この日には返済しないということで、借金を返さなくても良いという意味ではありません。

そんなことが許されるなら、今頃私は、小富豪になっていたことでしょう。

商売を営んでいる家では、必ず、祠に供物を捧げます。

市場の寺院・ムランティン(Pr.Melanting)が近くにある企業は、お参りに出掛け聖水を頂いて来る。

7月24日が、その日だった。


パチュン家の屋敷寺(ムラジャン)のオダランも、ランブット・スダナの祭礼日と同じ日に当たる。

ウク暦の1年は、30週×7日の210日で数える。

前回は、1月にあった。

1月には、私は、まだ引っ越していなかったので見学をしていない。

今回は、居候の住人としてお祈りに参加しようと心づもりをしていた。

が、目覚めたのは、プマンクの奏でるグンタ(鈴)の音だった。

時すでに遅く、家族はムラジャンに腰をおろし、祠に向って合掌している最中だった。

グンタを持つ白装束の男性は「ジャランジャランの1(30)」で紹介したプマンクだ。

闘鶏(タジェン=tajen)用の鶏を持つ風貌とは違った、霊験あらたかな姿。

仕事はできるプマンクのようだ。

Merajen1.jpg

パチュン家は本家でないので、参拝に訪れる人も少ない。

どちらかと言えば、こじんまりとした儀礼だ。

3人の子供たちが結婚すれば、賑やかな儀礼になるだろう。

そんなことを思いながら私は、厳粛な儀礼を普段着で写真を撮っている。

Merajen2.jpg

パチュン君は前日までガイドの仕事があり、仕事の合間をみつけてムラジャンの飾り付けをしていた。

2人の息子が手伝っていた。

娘は仕事が忙しく、手伝っていない。

イブ・マデは、3日前から供物作りで忙しく、寝不足で足下がおぼつかない。

夫婦は、2日後に控えた親戚の結婚儀礼の手伝いもありで大忙し。

親類縁者一同が会する本家や分家の屋敷寺に参拝する義務がある。

パチュン君の祖父には、3人の奥さんがいたようで、大家族だ。

最初の奥さんの子供が4人いて、上の3人は女性、末っ子の男子がパチュン君のお父さん。

お父さんとその3人の姉は、すでに他界している。

Merajen3.jpg

テラスでまったりしていると、イブ・マデが、サテとラワールの入ったナシチャンプールを私の昼食用に持って来てくれた。

「30分ほど眠ったら、眠気が覚めた」と元気になっていた。

バリ人は、小刻みに睡眠をとることができるようだ。

私も小刻みに寝る事ができるが、日本人の知人の中には昼寝もできない人がいる。

供物のお下がりのお菓子と果物もたくさんもらった。

ナシチャンプールを手で食べながら、来年のオダランには、必ず、参加しようと強く心に誓う。


オダランは一日だけ。

私が経験した知人の家に比べて、あっさりした儀礼だった。

翌朝には屋敷寺の飾り付けは片付いていた。

「雨が降ると、面倒だから」と言う理由だった。

パチュン君は、意外と始末屋のようだ。


posted by ito-san at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | テガランタン村滞在記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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