2013年11月02日

生き物たちとの共存(62)

今日はクニンガン祭礼日。

私がよそ者だと感じる日。

休業のレストランが多い。

何もすることがない一日。

ボーッとした頭で思った。


そう言えば、この頃、セリ(Seli)の姿を見ていない。

セリは、パチュン家で飼っている二匹の犬のうちの一頭。

雌のキンタマーニ犬だ。

犬の15歳は高齢なのか、セリの動きは鈍い。

道路をブラブラと徘徊している姿は、痴ほう老人のようだ。

そのうち、私もセリのようになるのかな〜?

いくらか不安な私の将来を想像する。

いつも道ばたに横になっているセリの姿は、死んでいるように見える。

イブは、道ばたで寝転んでいるセリを見つけると、抱かえて連れ戻る。

何度が、イブが連れ帰っているうち、セリの姿が見えなくなった。

もう一ヶ月も経っている。

ボケてしまい、家を忘れてしまったのか。

それとも猫のように、人に見られぬ死に場所を探したのか。

セリは、5月の中旬に出産したが、その仔もいつの間にかいなくなっていた。

その原因も不明だ。

犬好きの日本人なら、必死に探すだろうし、涙を見せる人も多いと思う。

パチュン家だけでなくバリ人は、動物の死を運命を受け入れるように、大げさに悲しむことはしないようだ。

Seli&Braky1.jpg
写真:左がセリ


ガルンガン祭礼日以前、パチュン家の庭を5羽の鶏が駆けずり回っていた。

そのうちの3羽が、祭礼日前日にご馳走に姿を変えた。

騒がしかった鳴き声が、今では懐かしい。

儀礼用建物で暑さを避けて横になっている黒犬ブラッキーと、庭で餌をついばむ2羽の鶏が見える。

レーシーと愛猫チビタは健在だ。

愛猫チビタは、ベッドから私の行動を観察している。

レーシーは、家寺の祠にもぐった。

降り注ぐ太陽の日差しが眩しい。

外出するには暑そうだ。

家人の姿も見えない。

私も午睡をすることにしよう。


posted by ito-san at 16:48| Comment(0) | TrackBack(0) | テガランタン村滞在記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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