2014年01月14日

Papan Nama=表札 について(38)

思い出したことがある。

小・中学校が近くにあるトゥブサヨ村の住宅地に居を移した、2006年のこと。

昼前後になると、学生たちの元気な声が聞こえる。

バイクの排気音を除けば、静かな環境だ。

私の中学生の頃(日本だが)にはなかったバイク通学が、ここでは許されている。

バイクは、新品で12〜13万円する。

新卒公務員の年収に近い高価なものを親が与えている。

今回は、バイクの話ではない。

学生たちの屈託のない話声を聞いて、表札のことを思いだしたのだ。


私は、伊勢湾台風で家が流される小学校5年まで名古屋の南部に住んでいた。

※伊勢湾台風は伊勢湾沿岸の愛知県・三重県の被害が特に甚大であったことから名付けられた、1959年(昭和34年)9月26日に潮岬に上陸した台風第15号のこと。犠牲者5,098人(死者4,697人・行方不明者401人)

中学校まであと100メートルという登下校路の途中にある長屋の一棟だった。

トゥブサヨ村の立地に似ている下町だ。

日本独自の文化に表札がある。

表札の起源は戸籍制度が導入された明治8年とされるが、庶民に普及し始めたのは郵便制度の整備が進んできた大正時代。

当時、我が家は家族全員の名前が書かれた表札を掲げていた。

登校時の学生たちは、急いでいるので脇見をしない。

問題は下校時。

グループを作っているし、放課後の開放感もあって好奇心旺盛だ。

玄関の鴨居に掛けられた大きな表札を目ざとく見つける。

見つけると彼らは、必ず、大声で家族全員の名前を読み上げていく。

私は、居たたまれなくて部屋の隅で身体を小さくした。

「産めや増やせの戦時下」我が家は8人家族だった。

表札には左から親父・伊藤八十松、その隣にお袋・千世。

以下右へ、一典(長男)、洋子(長女)、誠志(次男)、伸子(次女)、章司(三男)、そして末っ子四男坊の私の順に並んでいる。

私は戦後生まれの団塊の世代、戦争を知らない子供たちのひとりです。

親父の名前を読める中学生はいなかった。

「伊藤はちじゅう松」

おそ松君一家じゃないのだから。

「伊藤やじゅう松」

それはないでしょう。

今でも家族8人の名前が並んだ表札を思い出すことができる。

しかし、恥ずかしかった理由が思い浮かばない。


最近は個人情報の流出を防ぐために、表札を掲げる家も減ったという。

集合住宅が増え、郵便受けに名刺を貼って表札替わりになることが多い。

女性のひとり住まいに危険がともない、防犯上の理由で表札を出さなかったり男性名を掲げると聞く。

“ 験をかついで” 表札を盗んだという、合格祈願の話も遠い過去のことになってしまった。

住みにくい世の中になったものだ。



バリには、家々の門柱に、写真のようなプレートが貼られてある。

これを表札と言ってよいのかわからない。

Rojas3.jpg

デサ(村)の名前が上部に書かれている。

バンジャールの参加番号。

その下に、家長の名前・NAMA KK(kepala Keluarga)。

家長の出生年(Tahun Lahir)と、職業(Pekerjaan)。

枠の中には、LK(Laki-Laki・男性)の数、PR(Perempuan・女性)の数、とJML(Jumlah・合計)が表示してある。

家長以外の名前を標示されていない。

村によっては貼られていなかったりプレートの仕様が違うのは、行政があまり管理していないからだろう。

郵便物は村長宅にまとめて送られ、そこから各家庭に配られているので、郵便制度とも関係ないようだ。

rumah-sehat.jpg

門柱には他に、住所ナンバーが掲示してある。

これはブルーのナンバープレートだ。

「REMAH SEHAT=ルマ・セハット」と書かれた、ナンバープレートより大きなプレートがある。

直訳すると “健康な家” となる。

TIPE A、TIPE B、TIPE Cの3種類があったりする。

さて、これはいったい何でしょう?

・・・・・・・・・・?。

これはインドネシア政府が主催する各家庭の衛生状態のランク付け。

目的は、インドネシア国民の生活水準の向上と平均化だそうです。

TIPE Aは、とても良い。TIPE Bは、良い。TIPE Cは、普通。

ランク付けは、県ごとに選出された審査員(医師など)がチェックする。

突然現れて、ざっと見ていく程度で、そんなシビアなものではないようです。

では、チェックポイントです。

○カマル・マンディ(トイレ、水浴び場)の有無と衛生状態

○ゴミ収集場所の有無とその状況

○台所の衛生状態

○花壇の有無(薬草や唐辛子などが植えてあればポイントは高いらしい)

近代化は、まず、衛生環境の改善からと言うことだ。


毎年、全国規模で行われている村コンテスト「ロンバ・デサ=Lomba Desa」がある。

「ルマ・セハット」のポイントは、ここでも大きく評価される。

1995年の「ロンバ・デサ」で、ウブド村は優秀賞をインドネシア政府より受賞している。

1996年に行われたウブド村主催のバンジャール単位の「ロンバ」では、我がテガランタン村が優秀賞を獲得。

賞品は、セメント数袋。

セメントは、テガランタン村の公共施設のために利用されたそうな。

話が大きくそれてしまったが、まぁいいか。
posted by ito-san at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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