2014年05月06日

ウブド滞在24年を振り返る(52)

5月8日を迎えると、ウブド滞在期間25年目になる。

24年間は長いようでいて、「あっ!」と思うほど短くも感じる。

私は、ウブドに長期滞在するようになったのだろう?

理由は、いろいろつけられる。

ひとつには、ウブドの不便さが気に入っている。

田舎暮らしが性に会っていた、と今は思う。

外部情報がまったく入らないのもよかった。

新聞・ラジオ・テレビ・週刊雑誌、日本からの情報はまったく伝わらない。

当初は戸惑ったが、数日で「求めていたのはこれかも」と考えていた。

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幾色もの豊富な緑。

見たこともない南国の草花。

食べたこともないフルーツ。

肌に触れるすがすがしい風。

鶏、アヒル、犬、猫が自由に動き回る風景。

鳥の鳴き声。

少し足の伸ばせば、棚田を見ることが出来る。

夕日も美しく、夜空の月も星も美しい。

日本人には、デジャブのような原風景だ。

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すれ違うウブド人の人なつっこい笑顔。

どことなく日本人にも似た顔だ。

屈託のない子供たちの、にこやかな顔。

出会う人々の、家庭的とも言えるなごやかさ。

ウブドを歩いていると、顔が自然にほころんでしまう。

香の匂い。

供物を捧げる女性たち。

すべてに対して、美しく、楽しく、感謝している自分がいる。

素朴さに触れ、体験し、感動している。


慌てない、急がない、頑張らないウブド人。

はじめはこれが、怠けていると映るが、そのうち、これでいいのだとに気づく。

いい加減な彼らを、いつのまにか許している。

許容度、寛容度の範囲が広がっていく。

執着やこだわりから徐々に神経が解きほぐされる。

だんだん、素直になっていくようだ。

無になって空気に溶けていくような心地よさに、心が癒されていく。

価値観が崩れていく。

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私を引きつけた最大のポイントは、伝統的な芸能、慣習が日常として身近に見られることだろう。

今も続いている文化が身近で、感じられる。

手に触れることが出来そうな、ちょっと前までの慣習が、今も息ずいている。

どこからともなく、ガムランの音色が聞こえる。

舞踊の指導を受けている子供たちの姿。

ガムランを練習している婦人たちの姿。

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ウブドの魅力は、宗教、文化、芸能だけでない。

景色でも人物だけでもない。

人間にはお金では買えないものがある。

それは「健康」「自然」「平和」であると言われている。

ウブドにはその3つが備わり、なおかつ、心地よい環境、人と人との触れ合いを通したいたわり、こころのやすらぎといった人が幸せに生きるための条件が揃っている。


5月9日から40日間ほど、25年ぶりに日本一時帰国を果たす。

故郷に、私が幸せに生きるための条件が揃っているだろうか?

その結果によっては、再びウブドで長期滞在に入ることになる。

それとも、勇気を奮い立て、再び「寝床(棲まい)を探す旅」の放浪に出ようか。

posted by ito-san at 16:45| Comment(2) | TrackBack(0) | ウブド村徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は今ウブドにいます。ガムランのための初長期滞在といっても、ひと月ほどです。やっとはいれた楽団です。大切な時間を過ごしたいと思っています。あの時、2年前かな、伊藤さんと一緒にジャンゲールに行ったおばさんです。楽しかったなあ〜あの日。ありがとうございました。
Posted by sugi made at 2014年05月10日 21:40
むむ〜!ゴメン。思い出せない。もう少し詳しく教えて。
Posted by itosan at 2014年05月12日 20:13
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