2014年10月17日

ナンディール@グヌン・ルバ寺院(74)

10月14日(火)

今宵の芸能は「ナンディール=Nandir」。

タロ村のグループが奉納する。


“ナンディール” という踊りは、コリン・マクフィー(1901〜1964)著「A HOUSE IN BALI(1964年出版)」に出て来る。

マクフィーの1931年から1938年までの通算5年間のバリ滞在の話が、彼の敏感な観察力によってまとめられた本だ。
サヤン村出身のサンピ少年の親代わりとなって、プリアタン村の楽団(現グヌン・サリ)の人気踊り手に育て上げる話なども興味深い。

80年も前の話だが、現在のバリにも通じる事柄が多く、バリ好きには必読本ですか。

「A HOUSE IN BALI」は英語版。

私はもちろん、日本語訳・大竹昭子「熱帯の旅人・バリ島音楽紀行(1990年)」で読んでいる。

「アパ?情報センター」ホームページの「バリ関係・推薦本」に紹介されています。

“ナンディール”とは「レゴンと同じ踊りを男の子が踊るものです。今はもう観られませんが、昔はよく、男の子が女の子の踊りを踊ったものなんです」とある。

原文には「It is no longer danced. It was the origin of legong. Boys took the part of girls then more often then now.」と書かれてある。

そして、用語解説には「少年たちが女装して踊る宮廷舞踊で、レゴンの前身。のちにこれが少女によって踊られるようになりレゴンに発展した」と説明されている。

宮廷舞踊はいつの時代からか奉納舞踊となるが、それ以前、寺院内での奉納舞踊の演者はすべて男性だったと聞いている。


“ナンディール” は、グヌン・ルバ寺院から尾根伝いに北上したタロ村に伝承されている。

タロ村は、ルシ・マルカンディアが拓いた歴史は古い村。

1996年に、一度チャーターしたことがある。

Pura Agung Gunung Raungの横にあるワンティランで披露していただいた。

少年によって踊られると信じて疑っていなかったが、現実は厳しく、踊子は少女だった。

衣装から判断するに、男性と女性によるカップル舞踊のようだ。

「男子の踊り手が見つからないのですよ。恥ずかしがっちゃってね」村人が内情を説明してくれた。

本来なら、どちらも男性が演じるということだろうか?

はてはて “ナンディール” は、どんな内容の舞踊なんだろう。

振り付け&衣装は、現在観られる女性舞踊の形態を外していない。

救われたのは、演奏に使われたガムランが、タロ村に500年前から伝わるスマル・プグリンガンだったということ。

スリンを活用した曲調は、山あいの村に響き渡り、それはそれは感動的だった。

数年後、ホテル・イバで行われたイベントで “ナンディール” が公演された。

踊り手はひとり。

お年寄りの男性だった。

しなやかな踊り手は、途中、倒れて担がれていった。

最後の男性踊り手だったそうだ。


さて今宵の “ナンディール” は、いにしえを彷彿(ほうふつ)とさせてくれるだろうか?

7時開演予定の奉納芸能は、いつものように8時を廻って始まった。

会場はジャボ(外庭)だ。

昨夜の人出が嘘のように、参拝者は少なかった。


Nandir1.jpg

準備中の踊子さんたち。


Nandir2.jpg

タロ村で鑑賞した“ナンディール” の踊り手は2人だった。

今宵は、3組の6人。

団体舞踊になったのかな。


Nandir3.jpg

お祈りを終えた村人が退場して来て混雑。

踊りにくそうで可哀想。

さてさて 今宵の “ナンディール” だが 。

団体演技の豪華版だった。

勉強不足で、この舞踊のイメージがつかめない。

もしかすると、物語になっていないのかもしれない。

まあ、それはそれでよしだ。

posted by ito-san at 15:01| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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