2014年11月13日

バリ人男性をちょっと考察・その弐(80)

三日前(10日)、やっとかめに雨が降った。

(注:ゴメン! やっとかめは名古屋弁で久しぶりのことです)

「影武者」に出掛ける夜9時と帰宅の深夜0時に、ささやかな雨が道路を濡らした。

湿った土ホコリの匂いが、鼻腔を懐かしく刺戟する。

雨音が清々しい。

毎日、小降りの雨がある。

連日の猛暑が、ここに来て少し緩んできた。

梅雨の幕開けも近いようだ。


今回は「日本の常識は世界の非常識」の話ではない。

サブタイトルを「ウブドっ子の恋愛は、ゲーム感覚」としておこう。

(ウブドっ子は、ウブド生まれ、ウブド育ちの男性を指します)

これは聞いた話。

海外からのツーリストが訪れるようになった1970年から1980年初頭にかけてのこと。

ウブドには、外国人女性ツーリスト相手に自由恋愛していたウブドっ子が数人いたと言う。

年に数回訪れるツーリストを相手に、恋愛ゴッコをしていた。

サーファーが訪れるクタ村に、まだジゴロのいなかった時代だ。

空港の出発ロビーのガラス越しで「さようなら、また3ヶ月後に合いましょう」と別れの言葉を送った足で、ジゴロは到着ロビーに出て来る彼女を迎えに行く。

ジゴロとは違って、お金目的ではない100パーセントの戯れの恋だ。

ウブドっ子は、定期的に訪れる彼女たちのローテーションに合わせて情を交わした。

飛行便の少なかった時代のこと、旅客機の到着する曜日は決まっていた。

連絡手段が乏しい時代だったが、訪れる日程はおよそ予想がついた。

恋人がニアミスする場面では、仲間たちがかくまったり細工をする。

ウブドの男たちの不文律のように、見事な結束をみせる。

しばしば問題は起こったが、仲間が旨く立ち回って事なきを得ている。

姫子・イン・バリ」著者:有為エンジェル(昭和62年発行)には、そんな時代が映し出されている、興味深い一冊だ。

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ワヤン・カルタ君です
(※写真はイメージです。内容とは関係ありません)


1990年初頭に発売された平島幹・著の「ジャングル・ラブ」「タン・ナピ・ナピ」には、二代目ウブドっ子たちのありそうなエピソードが綴られている。

ウブドっ子は、外国人との恋愛に学歴や家柄などのバックボーンをこだわらない。

結果的には、結婚しないだろうと考えているからだろう。

結婚していようが子供いようが、彼女たちから聞かれない限り自分から打ち明けない。

家族ぐるみで、隠すこともある。

彼女たちは、彼を愛して行くうちに、家庭の事情が聞きにくくなる。

開けてビックリの話も多い。

そして、結婚はちゃっかりバリ人としている。

結婚に繋がるバリ人同士の恋愛なら、カーストに気にかける。

外国人はカースト外。

カースト外だから、結婚も容易だということも言える。

ムムム・・・話が旨く繋がらない。

無視して続けます。

こんな自由恋愛気質が、ウブドっ子に代々受け継がれていると考えられる。

お叱りを受けそうなので、私が関わったウブドっ子というお断りをいれておきます。

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A・A・コップリン君
(※写真はイメージです。内容とは関係ありません)


ツーリストがウブドを訪れる理由が、まったくわからなかったウブド人。

英語が話せれば自由恋愛ができた。

それは楽しそうに思えた。

旨くすれば、ガイドの仕事にありつける。

1995年頃から日本人ツーリストが増加し、日本語が重宝するようになった。

語学が身を助ける。

1990年初頭、ウブドの若者のサクセス・ストーリーは、外国航路の旅客船スタッフになることだった。

英会話を習得し、なおかつ貯金ができる。

彼らは、船から降りると起業する。

旅客船に乗るサクセス・ストーリーは、今も続いている。

外国人女性との結婚が、サクセス・ストーリーになった時代もあった。

この出世物語は、ウブドっ子の間では崩壊している。


なんか暴露記事みたいになっちゃったね。

まあ、この際だから書いてしまえ。

この際って、なんの際?

言いたかったことは「ウブドっ子は、恋愛ゴッコがお好き!」ということ。

対面での会話だと旨く説明できるのに、文章にすると旨くできない。

説明が不足で誤解を招く恐れが多分にあるが、未熟者のことお許しください。
posted by ito-san at 16:32| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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