2014年12月28日

インドラ神が休息していた丘から見た「ティルタ・ウンプル」(90)

12月25日:

朝から、曇り、時々雨、時々晴。

スコール・雷鳴を揃えて、南国の天気総出演だ。

この頃、雨模様が続いている。

今日は、晴れ間を見つけて遠出をした。

行き先は、タンパクシリン村。

遠出といっても、バイクで30分ほど山側に走れば着く。

晴れ間は長く続かず、黒い雲が空を覆った。


先日、知人からもらったバリ島の古い写真の一枚に、私の興味を引くものがあった。

「ティルタ・ウンプル・寺院=Pura Tirta Empul」の全景写真だ。

寺院向こうの丘に、あるはずのイスタナ(大統領の別荘)がない。

この写真の時代には、建っていなかったことになる。

時代は、インドネシアの独立前なのかもしれない。

樹木が少ないのも、気になる風景だ。

pekerisan1.jpg

「ティルタ・ウンプル」には、こんな伝説がある。

それは10世紀頃、バリに栄えたワルマデワ王国時代の神話。

マヤ・ダナワ王の悪政に苦しむ民を救うために、神々はインドラ神を地上につかわせた。

インドラ神とマヤ・ダナワ王の戦いは激しく続いた。

山奥に逃れたマヤ・ダナワ王は、毒を含んだ水の出る泉を造った。

王を追跡した兵隊たちは喉が乾き、泉の水を飲む。

兵は、苦しみもがき死んでいく。

この時、インドラ神は丘の上で休息していた。

急いで丘を下り、地上に剣(keris=クリス)を突き刺した。

そこからは、兵隊たちを生き返らせるための薬効の泉が湧きだした。

薬効の泉の水を飲んだ兵隊たちは、みるみるうちに息を吹き返していった。

そして、マヤ・ダナワ王を成敗した。

この泉を「ティルタ・ウンプル=聖なる泉」と名付けたと伝えられている。

(この話の詳細は「プクリサン川の神話(pekerisan)」で読んでください)


全景写真は、インドラ神が休憩していた丘から見た景色だ。

丘には、現在、プグリンガン寺院(Pura Pegulingan)が建っている。

寺院内に、ボロブドゥールと同時代と考えられる8世紀の遺跡が残っていて、近年ストゥーパが再建された。

インドラ神は、石積みのストゥーバの横で休んでいたのだろう。

私もそこで、横になり、同じ景色を見ようと出掛けたのだ。

pekerisan2.jpg

pekerisan3.jpg

晴れ間は長く続かなかった。

丘に到着する頃には、黒い雲が空を覆った。

残念なことに、写真の景色は鬱蒼とした木々に遮られて見られなかった。

pekerisan4.jpg

寺院のまわりをしばらく徘徊。

灌漑用水は、湧き水を利用したと思われるほど透明な水が流れていた。

水の流れを聴き、心地よい風が通り過ぎる丘は、しばし頭脳に休息を与えてくれる。

帰路は、小雨に降られた。


※ユネスコの世界遺産《バリ島の水利組合システム「スバック」》ひとつに「 プクリサン川流域 」が含まれ「ティルタ・ウンプル・寺院」「プグリンガン寺院」も入っている。

posted by ito-san at 16:23| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村徒然記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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