2015年07月07日

残り90日をどう過ごすか? が課題だ(50)

パスポートが戻ってきた。

スタンプには、出国日が9月28日としっかり書き込まれている。

あとは、隣国エクアドルに出国して2日間ほど過ごし、帰ってくればいい。

エクアドルには、陸路をバスを利用して行く予定だ。

帰路、国境のミグラシオンで出国日を9月30日と変更してもらえるかが問題だが。

まあ、何とかなるだろう。


コロンビア滞在も、残すところ90日となった。

ちょっと暗い話をします。

私の年齢になれば、日本人なら年金生活に入る。

年金暮らしなら、のんびりできるというもんだ。

しかし、私に年金収入はない。

そう、横着して納金していなかったのです。

寂しい話だが、定収入のない私は、このままでは生活保護を受けるしかない。

しかし今のところ、日本に戻る予定は遠のいている。


バリ島生活の25年間は、神々に守られているかのように、なんとかなってきた。

運が良かったとしか思えない。

このまま、神々のご加護とバリ人の暖かい懐のもとで余生を過ごすものだと思っていた。

葬式もウブドで出してもらおうとまで考えていた。

将来のことなど、これっぽちも不安を抱かなかった。

あるきっかけで、将来の不安を感じ、気持ちが押しつぶされそうになった。

それからは、不安との戦い。

それが、今も続いている。

私は田舎のウブドが好きだった。

貧しいながらも、穏やかな村だった。

現在は、急速に都市化して来ている。

思うところがあって、ウブドを離れた。

ウブドが嫌いになったわけではない。

宗教も慣習も芸能もバリ人にも、まだまだ興味はある。

2度と帰らないというわけではない。

※「ウブドに沈没」も読んでね。


vela.jpg

今回の旅は、生活のできる居所探しだ。

オジさんバックパッカーは、端から見ると悲惨に映るかな。

コロンビアは、ウブドのように私を受け入れてくれる可能性はあるだろうか?

サレント以外の土地も当たってみる必要があるか?

もう少し田舎がいいかな、と思い始めている。

かと言って、人里離れた秘境は無理。

根性は、いったって軟弱です。

秘境でもない、都会でもない、中庸。

これって、意外と贅沢な要望をしているのかも。

不安に押しつぶされそうになりながらも、まだ、余裕な発言をしている。

こんなことだから「いつまでも子供みたいだ」と言われるのだ。

コロンビアで、生活の糧を得る方法が見つかるのか?

いくつもの疑問符が、浮かんでくる。

これからの3ヶ月間で、疑問符を見極めなくてはならない。

開店資金も運転資金もない。

コロンビアでビジネスを始める出資の話は、日本出発間際に断ち消えになった。

物作りをすれば、何とか食べていけるかもしれない。

ジュンペイさんのツテを頼って、作品を売ってもらうことも考えられる。

こうやっていつまでも他人を当てにしているところも「子供だ」と言われるゆえんだろう。


コロンビアに、私を守ってくれる神々は存在するか。

やはりウブドが良かったと思うのか。

そして、南インドが気になり始めている。

心は、ロウソクの炎のように揺れている。

今のところは、時に流されていくしかないか。


posted by ito-san at 11:39| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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