2016年01月14日

ゴータマ通りの今昔(23)

1990年代のゴータマ通りは、私のお気に入りの散歩コースだった。

ウブド大通りからは「レストラン・ノマド」の横から入る。

ここが、ゴータマ通り北口になる。

通りの両側は木立に囲まれ、民家の朽ちた門がところどころで覗いていた。

昼なお暗い木々に覆われた通りは、デヴィ・シータ通りに交わる南口まで続く。

写真は、ゴータマ通り南口付近から、RAMASITAと書かれたデヴィ・シータ通りの向こう、ゴータマ通り南を撮ったもの。

左の汚れは、引き延ばした写真が重ねてあったため湿気でくっついたのを剥がした跡。

デジタルカメラの登場する以前のカメラは、現像・焼き付け・引き延ばしのDPEで保存していた。

保存がズサンだったため、ネガは水分を含んで画像が消え、引き延ばした写真は湿気で画像がとけていた。

かろうじて、数枚が原型を留めていただけ。

スキャンして残した。

ゴータマ通り.jpg


「デワ・ワルン」がゴータマ通りに移転して、賑わいの兆候を感じた私は、この地にワルンを開店する計画を立てた。

計画は、友人Sさんのワルン開店の協力に注いだ。

10年契約で借りた空き地を開墾して建てたワルンが、2002年9月のオープンの「ワルン・ビアビア」だ。

「雑貨屋・トコタコ」のお洒落な店舗が、民家の前庭に建っていた。

その道沿いには、奇才ウエッチェス君がたむろする、東屋のコーヒーショップがあった。

この頃から、ユニークな通りとして注目を集め始めたと思う。

今、当時の面影はまったくなくなったが、人気レストランが軒を連ねる通りは日々人々で賑わっている。

現在の「ワルン・ビアビア」は、友人夫妻が次いでいる。

私のデザインした店舗を愛してくれている友人に、店名もそのまま譲った。

二代目経営者は、奮闘し繁盛店とした。

末永く「ワルン・ビアビア」が繁栄することを願っている。


フランス料理店「Pignou de Penyu」の南隣りにある陶器の店「Setia」も、私がデザインさせていただいた友人の店だ。

setia1.jpg

setia7.jpg

近々、私の流木作品を置かせていただく目論みである。

ゴータマ通りにお寄りに際には、是非、覗いてみてください。


様変わりを、動画で御覧下さい。






posted by ito-san at 01:56| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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