2016年04月19日

なによりの土産は、友人、知人の元気な姿(49)

17日は、坂田さんを迎えに空港に出向いた。

半年ぶりに会う坂田さんは、元気そうだった。

部屋に着くと、さっそく土産を取り出した。

最初に出て来たのが、眼鏡。

手持ちの眼鏡がひとつになり、無くなったり壊れたりしては大変と、心もとなかった。

不便だが、眼鏡をない生活は考えられない。

さすがに気遣いの坂田さん、抜かりがない。

+3.00と+3.50の2つを用意してくれていた。

もちろん遠視。

私の場合は、老眼。

今、私は+3.00を利用している。

これも坂田さんからのいただき物だ。

本を読んだり字を書く時には、+3.00の眼鏡を掛ければ万事OKだ。

この頃、数メートル先の人の顔がボケて見える。

景色も、かすみがち。

白内障かと心配していたが、+3.50を掛けたらしっかり見えた。

度が進んでいたようだ。

このあと、幾つまで度が進んで行くかわからないが、見えにくくなってくるのは間違いないだろう。

いっきに老眼鏡が2つ増え、手持ちは3つになった。

持ち歩き用と家置き用と予備が揃った。

これで、出かけた先で、眼鏡がなくて困ることはないだろう。

土産は、眼鏡の他にも、柿の種を始め、私の大好きに駄菓子がたくさんあった。

坂田さんに感謝。

こういう人々の好意で生きながらえていると、つくづく感じる。


土産について考えてみた。

ウブドに滞在していると、リピーターの方々からの土産が届く。

喜んでもらおうと、考えあぐねた結果の土産だろう。

もらい物は、何をもらっても嬉しい。

私は、どんなものをもらっても喜ぶ質だ。

たとえ自分に必要のないものでも、知人や現地の人々にお裾分けすれば喜ばれる。

1990年代、もっとも喜ばれた土産は、本ではなかっただろうか。

長期滞在者は、活字に飢えていた。

飛行機内にある週刊誌や一日遅れの新聞でもいい。

土産の目録まで丹念に読んだ。

バリ島に、日本の新刊を置いている店はない。

もちろんウブドにもない。

ビザの書き換えでシンガポールに行った時に紀伊国屋書店で買って帰るか、古本屋で満足するしかなった。

本は、古本で充分満足。

旅のお供に持って来て、読み終えた本が届く。

いつも、新刊の単行本を置いていってくれる知人もいる。

この知人のセレクトが、また良い。

バリ島関係の本を持って来てくれる人もいた。

今は「ウブド・本の交換会」が、活字好きを救ってくれている。


本の次に嬉しかったのは、日本の食べ物だろう。

フリカケにインスタントのみそ汁、ラーメン、カレーも助かった。

好物は甘いもの。

名古屋の友人たちは、大須や青柳など地元のういろを持って来てくれる。

重いのに、ご苦労さと頭を下げる。

20年前は、一本丸ごと食べたが、今は少量で満足できるようになった。

大人になったな〜。

駄菓子系も好きだ。

松永のしるこサンドに、感激した。

ウナギや明太子など、日本でも滅多にありつけない好物が土産のこともある。

新巻鮭が届いた時には、驚いた。

たいていに物が揃うようになった今、貰い物にも贅沢を言うようになった。

「喉元過ぎれば熱さ忘れる」

親切を、いつまでも忘れずにいたい(反省)。


映画やテレビ番組のDVDもありがたかった。

会社で配っていた景品を持って来てくれた知人もいた。

これは、みんなに分けて喜ばれた。

日本の商品は現地の人にも人気だ。

土産ではないが、パソコンを貢いでくれている友人には足を向けて寝られない。

お陰で、今の生活ができているとも言える。

こうしてブログも書いていられる。

時には、生活雑貨までいただいて助かった。

私は姉は、中日新聞社が配っているタオルを大量に持って来てくれた。

使わなくなった物でいいのだ。

ようは気持ちだ。

かと言って、土産を催促しているのではありません。

なによりの土産は、友人、知人の元気な姿ですから。


posted by ito-san at 02:21| 愛知 | Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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