2016年11月07日

生け贄となる犬(97)

2、3日前から、我がセナ家に、子犬が飼われた。

写真を撮ろうとしていた私を見つけて、

「パケッ・ウパチャラ=儀礼に使う」と、イブが声を掛けてきた。

予想はしていた。

子犬は、来月執り行われるセナ家の寺院祭礼の生け贄になるのだ。

私は、カメラをしまった。

そんな子犬を写真に撮るのは、心苦しい。

可愛がると情が移ってしまうので、無視することにした。

生け贄になる犬の写真を、動物愛護の団体が見つけたらどうなるだろう。

バリ人の信仰するヒンドゥー教を批判をするだろうか。


セナ家には、2匹の犬がいる。


anjin1.jpg

anjin2.jpg


番犬として飼われているのだろう。

近頃、ペットとして犬を飼うバリ人も増えている。

生け贄ー番犬ーペット。

同じ犬だが、意味合いが違う。

バリ人は、どんな感情で対応しているのだろうか。

私は、べべ(バリ語はイテッ=あひる)や鶏は気にならないのだが、犬だと少し心が痛む。

バリ人は、日本人と感情に似ている点が多い。

しかし、彼らは生け贄の犬に、心が傷むことはないのだろうか。

生け贄は、人間の身代わりとなる。

重要な儀礼のひとつだ。

ズレは、彼らの宗教観からくるのだろう。

私が理解が出来ない、バリ人の感情のひとつだ。

バリ人気質の探求は、まだまだ続く。


ついでに、極楽通信・34「バリの犬(Anjing)」もお読みください。


posted by ito-san at 17:47| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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