2016年12月09日

リベンジに思わぬ誤算(103)

ウブドに滞在始めた頃(1990年)に知り合った日本人先住者に、「いとうさん、人生、なめてるね!」と言われたことがある。

自分には身に覚えがないのだが、彼女から「ウブドの無責任男」とも、あだ名された。

16年ぶり以上だと思うが、今回、我がセノ家のオダランで奉納舞踊をすることにした。

久しぶりなのに、なんとかなるだろうと高をくくっているところが、なめているんだろうな。

復習は、プンゴセカン村のコンピアン先生の家で一度だけ。

それもコーヒーを飲みながら、雑談込みの1時間程度。

あとは、YouTubeにアップされているムニエールを見て研究。

そう、私が奉納する舞踊は「トペン・ムニエール(Monyer)」と呼ばれている。

踊りは、我流のアドリブでいくことに決めている。

問題は、ガムランの音と合うかどうかだ。

4日の奉納舞踊で録音した「トペン・トゥア」を何度も聴いて、ガムランの音は覚えた。

当日は「トペン・トゥア」に合わせて踊りことになる。

しかし、結果的には不満足の舞踊になってしまった。


夜7時スタートの予定は、高僧プダンダ待ちで、1時間30分遅れで始まった。

今夜は、幸い雨は降っていない。

子供たちのルジャンが終わった。


Rejang.jpg
写真提供:大原正博


トペン・クラスが終わった。


topeng_keras.jpg
写真提供:大原正博


次が私の番だ。

出だしは、悪くなかった。

ガムランの音を掴むことができた。

それからがいけない。

歩き始めて、次に強く音を引き出す動作の場面にきた。

ガムランの音がバラバラに聴こえて、とらえどころが見つからない。

胸当て衣裳を着けると足下がまったく見えなくなり、足運びが不充分になった。

こんな初歩的なことも、16年の歳月で風化していた。

音を聴くために、ゆっくりとした動作で踊る。

しかし、目的の音は掴めない。

しばらく踊ってみるが、ダメだ。

余裕がなくなってきている。

こうなったら、勝手に踊るしかない。

考えていた振り付けを飛ばして、早送りしたビデオのように切り上げた。

ヒンドゥーの神々様、御免なさい。



itosanのトペン・ムニエール、出だし部分の1分32秒
動画提供:ウブド・ラジオ



動画でガムランを聴くと、問題なく音が掴める。

ガムラン演奏が悪いわけではなかった。

では、なぜ聴こえなかったのだろう。

耳が遠くなったのかもしれない。

老いたせいにしているが、これが、私の実力だ。

根本的には、練習不足だとは思う。

反省して練習に打ち込もうと考えないところが、人生なめてる無責任男の真骨頂でもある。

今回を、私の奉納舞踊の最後にしたい。

初舞台のテガランタン村で、引退奉納ができたことは幸せだった。

バリの芸能が末永く続くとこを、切に願っている。

なんて、偉そうなことを言ってみる。


この時の様子を9日(金)の「ウブド・ラジオ」で、話すことになった。

毎週金曜日10時(日本時間)、バリ島ウブドからインターネット生配信。

http://ubudradio.com

時間のある方は、覗いてみてください。


posted by ito-san at 14:16| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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