2016年12月19日

「バリ島・楽園紀行」出版記念パーティ(105)

16年ぶりにウブドに戻り、長期滞在に入った大原氏。

たくさんの写真を残してくれていた。

私の持っていた写真は、ウブドの湿気で全滅にだったので、ありがたい限りだ。

その中から、こんな写真を見つけた。

新潮社「バリ島・楽園紀行」出版記念パーティの時の写真だ。

写真家・渡部 赫(かく)さんが編集したガイドブックで、ウブド在住の日本人数人が協力した。

私もそのひとりだった。

賑やかなことが大好きな渡部さんの音頭で、出版記念パーティをウブドで催すことになった。

時は、1998年4月22日。

スハルト政権32年間の長期独裁に、終止符が打たれた年だ。

インドネシア国内情勢は最悪で、各地に暴動があり、バリ島の渡航危険度が最高になり、日本からの観光客が激減した。

為替レートは、1円→Rp[1月77.50-/2月75.50-/3月73.00-/4月61.90-/5月58.25-/6月77.55-/7月104.200/8月87.00-/9月76.00-/10月77.00-/11月59.50-/12月61.25]と記録がある。

会場は、アルマ美術館前の「レストラン・エグザイレス」。

ローバートハリスさん(現在、作家・J-WAVEラジオDJ)を中心に、つかささん、マーチン君が運営していた店。

今はない。

この日は、数時間を借り切った。

庭では、バリ舞踊を上演。

出演者は、すべて私の知人・友人たち。


では、出演者を紹介します。

影武者の女将・由美さんの旦那デドさん。

デドさんの従兄弟マデ・カディットさん。

芸術大学(現在のISI)の卒業生。

マデさんの奥様も芸術大学(現在のISI)の卒業生。

デドさんの従兄弟クトゥット・スワンドラさん。

やはり、芸術大学(現在のISI)の卒業生。

友人のyoyoさん。

芸術大学(現在のISI)に在学中の友人・小谷哲郎野君。

渡部さんの要望で、人気急上昇中のユリアティちゃんに特別出演を依頼。

付き添いに、ウブド王宮定期公演の花形スター・グンマニさんとユリアティちゃんの母親、そして姉のアルタティックちゃんと妹のビダニちゃんが来ていた。

贅沢で盛大な公演となった。


ユリアティちゃんには「トゥヌン」を披露してもらった。


ユリアティ1998.jpg


オレッグ・タムリリンガンは、yoyoさんと小谷野君。


yoyo1998.jpg



聖獣バロンの踊り手で有名なデドさんは、この時10年ぶりに「バリス・トゥンガル」踊る。

デドさんは、幼少の頃バリス・トゥンガル大会で優勝している。


デド1998.jpg



デドさんの従兄弟マデさんの奥さんが踊る「タルナ・ジャヤ」。

彼女は「タルナ・ジャヤ」発祥の地シンガラジャ出身。


madeの奥さん1998.jpg



マデさんの「トペン・トゥア」。


made1998.jpg



「ジャウッ(ク)」は、私の先生コンピアンさん。


コンピアン1998.jpg



私の「トペン・ムニエール」。


ito1998.jpg



クトゥット・スワンドラの「トペン・ゴンブラン」。

着替えてる場所から直接踊り始めた。

彼の発想には、いつも度肝を抜かれる。

このあと数年して、チュディルと呼ばれるユーモラスな役で奉納舞踊に出演し、人気を博すことになる。


クトゥット・スワンドラ1998.jpg



演奏は、プンゴセカン村のグループ「スダマニ」。

クンダン奏者のデワ・アリットとルディットの顔が懐かしい。


スダマニ1998.jpg



18年前の記憶は、おぼろげだ。

写真を見ても、鮮明には思い出せない。

こんな豪華な仲間と一緒に踊れたのは、幸運だった。

貴重な写真が手に入ったこと、大原さんに感謝です。


posted by ito-san at 00:02| 愛知 | Comment(2) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
大原さんの喜びに満ちた日々が始まってるんですね〜!
なんだか、うれしい〜。
Posted by misato at 2016年12月19日 09:55
misatoさんへ

久しぶりの快晴です。大原さんは、雨にも負けず、楽しそうに飛び回っています。
Posted by ito-san at 2016年12月20日 17:03
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