2018年01月13日

人の機微を考える時間(177)

昨年11月末のこと。

気になっていた日本の友人に、ふっと思い出したようにメールを送った。

「元気にしていますか?」と。

何かを予言するかのような、短いメール。

20年間通い続けたウブドに、もう2度と訪れないと別れを告げた女性。

女性の名前をA子さんにしておこう。

A子さんから来ない限り、私からメールを出すこともないだろうと考えていた。

何かの力に動かされたかのように、数年ぶりのメールを送った。

そのメールが、彼女の境遇を刺激したのか、早速返事が届いた。

「4年ぶりにウブドに行きます」

そんな内容だった。

私は、彼女に再会できることを素直に喜んだ。


A子さんのウブド訪問は、彼女の決心を揺るがすほどの傷心を癒すためだった。

数ヶ月前、会社の帰宅途中で倒れ、半身が不自由になったと言う。

生きがいになっていたギターが弾けなくなった。

私の生活費の5年分ほどの金額を注ぎ込んで購入したギター。

A子さんの情熱をうかがい知ることができるエピソードだ。

最愛のギターを弾くことを諦めなくてはならないのか。

悲痛を訴えるメールだった。

私には、そんな経験もない。

小説か映画でしか知ることのない、自分の周りで起きることの少ない話。


今回の旅は、ギターを弾くリハビリ。

ギターを弾くことができる見通しがつけば、心のリハビリにもなる。

A子さんの痛手を、私は想像することさえできない。

私は、どう受け止めてあげればいいのか思案した。

興味本意で、聞く話でもない。

掛ける言葉が見つからない。

同じ辛さを共有していない者に、もっとも辛い時期に慰められても反発するだけだ。

共有していたとしても、人それぞれだろう。

中途半端な言葉は、相手を傷つけるだけのような気がする。

私にどんなリアクションを求めているのかもわからない。

過度の対応に、拒否反応を示すかもしれない。

悩んだ。

果たして、私にA子さんの傷心を癒すことができるのか。

A子さんが元気を取り戻す手助けができれば、それでいい。

無駄な詮索をせずに、A子さんが求めていることだけを答えたい。

それが私の務めのような気がする。

A子さんからの言葉に、相槌を打つ程度でよいのではないか。

普段通りに接することにした。


堅い話が続いたので、ここで一休み休憩


年末年始に、A子さんはウブドを訪れた。

私は、子供の頃の待ちに待った遠足のような気持ちになっていた。

あれもしてやりたい、これもしてやりたい。

久ぶりに会ったA子さんは、見た目には健康そのものだった。

華奢な指は、以前とまったく変わらないように見える。

数日間、時間があれば共にした。

少しでも元気を取り戻してくれただろうか?

きっとウブドが、A子さんの心をほぐしてくれたことだろうと信じている。

待ちに待った時間は、またたくまに終わってしまった。

再会を誓って別れた。

結果的には、A子さんの左手の指に触れることはできなかった。

今、私の心は、空虚感だけが残っているだけ。

人は、それぞれに悩みを抱えて生きている。

ウブドで、癒されようと訪れる人も多い。

ウブドの住人として、そんな手助けができたらいいな。

今回は、人の機微を考える貴重な時間だった。


posted by ito-san at 16:42| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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