2019年01月10日

ムコテカンと呼ばれる珍しい儀礼見学(290)

2019年1月5日:クニンガン祭礼日

この日、タナロット寺院の近くのムングー村で、珍しい儀礼が行われる。

儀礼の名前は、ムコテカン(Mekotekan)。

地図で確認すると、ウブドからバイクで飛ばせば40分ほどの距離。

迷路のような村道が続いて、いつまでたっても目的地が見えない。

目的地の近くにいたのに、迷いに迷って2時間以上もかかって到着。

屋根に立てかけた長い数本の細木の近くに、若者たちがいる。

そんな光景が、沿道のあちらこちらに見える。

Mekotekan1.jpg

バイクを裏道に止めて、メイン道路に出る。

街の中心と思われるデサ寺院前で待機していると、午後2時にあと10分という時間にバレガンジュールの音が聴こえてきた。

手に手に細木を持った若者たち数百人の行列が、ブリンギン大樹のある南方に向かって歩き始めた。

ムングー村の12の集落から集まった若者たちだ。

長さ2〜3メートルの表皮を剥いだ白い細木は、一見長槍のように見える。

Mekotekan5.jpg

ブリンギン大樹の前で婦人たちのお祈りが始まると、威勢の良い若者たちの掛け声と共に細木が重ねられた。

円錐形の山が、細木で形作られていく。

この時の音が、ガムラン演奏のコテカン(裏打ち)に似ていた。

そんな理由から、ムコテカンという名前が付けられたのかな〜、と想像する。

細木の山に、勇敢にも飛び乗る男がいる。

男は、鼓舞するように見栄を張る。

しばらくして、山は崩れる。

再び、山は作られる。

細木の山がふたつ作られ、ぶつかり合う。

こんな儀礼を見るのは、初めてだ。

1946年に始まった、ムングー村の伝統儀礼だという。



このあと行列は、村を巡る。

これは、ご神体・聖獣バロンと同じ厄払いの意味があるのだろう。

儀礼の内容については、ただいま調査中。

行列は、1時間後、村の北端に到着するという情報をキャッチした。

私は、先回りして待つことにした。

バンジャールに帰って行った隊列もある。

残った細木隊は、それでもかなりの人数がいた。

小休止したあと、掛け声とともに細木の山が作られた。



儀礼は、無事に終えられたようです。

雨季の真っ只中だったが、好天気に恵まれたクニンガン祭礼日でした。

儀礼に参加している村人、特に若者たちは、暑かったことでしょう。

お疲れ様でした。

見学させていただいて、ありがとうございました。

次のクニンガン(2019年8月3日)には、「アパ?情報センター」がツアーを組む予定をしています。

皆様、是非見学してください。


ムコテカン儀礼の伝説は、2つのバージョンがある。

ルスラン君が主宰する「ubud community」に、英語の解説が載っていた。

私は訳せないので、ここに原文を掲載します(誰か訳して)。

There are two version about the history of Mekotekan.
According to Ida Pedanda Gede Sidemen Pemaron, Mekotekan ritual related to Raja (king) IV Cokorda Nyoman Munggu from Puri Agung (palace of) Munggu who govern Mengwiraja territory. One day in the past, Yeh Penet river was flooding and floot off a shrine which then be stuck fast at the root of Jepun Sudamala tree. The king heard about this and order his men to retrieve it.
At the same time, one of the villagers was in trance and declared himself as a represent of Ida Betari (goddess of) Ulun Danu Beratan and told people to build a temple dedicated to Ida Betara (god) Luhur Sapu Jagat, guardian god of Mengwiraja. He also told that they will find chunks of iron to make kingdom’s weapons and holy stones which should be keep in the temple.
All words from the man comes true when the ground had dug.They found tamiang (guard) shape stone and iron weapons. The king ordered his blacksmith to make keris and spear.Three months later after all weapons had been blessed, on Kuningan holy day, all men from Munggu village had performed a battle scene and since then thisMekotekan have been performing on Kuningan day and became tradition in Munggu village.
Other version as told by Ketut Kormi−custom leader of Munggu village, is Mekotekan which have been performing by community in Munggu village from generation to generation, is related with the expansion trip of the King of Munggu to Blambangan. On the way back to the village, the kingdom troops had merrily celebrate victory from the battle field by lifting the spear upwards.As they were too excited, some of their body got pierced by the spears and get injured.
In his meditation, the king got instructions to perform Mekotekan ritual in order he can heal his troops wounds quickly and also to chase away the plague which may come in Munggu village.


posted by ito-san at 17:02| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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