2019年11月15日

ブレーキの付いていない自転車!(330)

ジャラン・ジャラン(=Jalan Jalan・散歩)は、2時間が限度。

そうそう、ジャラン・ジャランはジャワ語の丁寧語で「Mlapah mlapah」、通常語で「Mlaku Mlaku」と聞いた。

田んぼで働く農夫に「ムラパ・ムラパ」を使ってみたが、通じなかった。

発音が間違っているから、何語で話しかけられているのか理解できなかったのだろう。

それにもメゲズニ、「ジャラン・ジャラン」と「Mlapah mlapah」を連呼している。

私のインドネシア語がウブドで通じるようになったように、この地でも私の「Mlapah mlapah」を彼らにいつかは浸透させるのだ。

4時間歩き続ければ、チャンディ・ボロブドゥールまで行って帰れる。

2時間では、あまり遠くへは行けない。

自転車なら、もっと行動範囲が広がるだろう。

ウブド滞在初期は、日本から持ち込んだ自転車で走り回っていた。

半年ほどで、バイクを手に入れた。

ボロブドゥールも長期滞在に入れば、バイクを購入する予定でいる。


Kafe・Mpatには、年代物の自転車が2台ある。

オランダ製だとのこと。

インドネシアがオランダに統治されていた時代の名残だろう。

1台はペダルが壊れていた。

もう一台は、ブレーキが付いていない代物。

変速ギアが考案される以前の、時代物。

中学生の頃だと思うが、中古の競輪用自転車を手に入れたことがあった。

競輪用自転車もブレーキがなく、止まる時にはペダルを逆に漕ぐ。

あの年頃には、難なく乗りこなせたが、今の年齢では危険がイッパイだ。

そんな危険な自転車を借りることにした。

オランダ人は背が高いのか、サドルの位置が非常に高い。

ここがもっとも低いので、調節もできない。

私の身長は178センチある。

日本人にしては高い方だ。

そんな私でも、腰を乗せると地面に足がつかなかった。

Kafe-Mpatから表道までの畦道は、引張っていった。

表道で試乗する。

静止したまま乗ることができないので、ペダルを一漕ぎしてから飛び乗る。

ハンドルが左右に揺れるので止まろうと、ハンドルにあるはずのブレーキを掴もうとする。

ブレーキがない。

パイプ一本のハンドルは、まったく頼りない。

走り出せば、なんとか前に進む。

しかし、今後は止まることが至難の技。

ペダルを逆漕ぎしてスピードを落とす。

対向車&後続車を目視し、周囲に2メートルほどの余地を確認し、倒れるようにして飛び降りる。

かなり危なっかしい運転になるので、距離は遠くなるが幹線道路を避けて村道を通ることにした。

急坂が2ヶ所あり、肝を冷やした。

あまりの恐怖で、2度と乗らないと誓った。

それでも、少々要領を得てきた。

帰路は、チャンディ・ムンドゥット(Candi Mendut )を折り返し地点にして、急坂を避けてメイン道路で戻ることにした。

そこで見つけたゴレンガン(揚げ物)屋が、先回紹介した「アヤム・ゴレンを屋台で食べる!(329)」だ。

日本人が珍しかったのか、店主の青年にツーショットをせがまれた。

ツーショットは、スマホでどこかに送信されていった。


posted by ito-san at 12:05| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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