2020年06月24日

自由筆記帳・一部公開その4(358)

国が違えば、おのずと文化も違う。

自国での常識は、他国では非常識かもしれない。

わたしは日本人で、日本ではこんな場合こんな風にするなんて主張したら、それでおしまいだ。

日本人から見れば、受け入れがたくても、バリ人にしてみれば常識であったりする。

自分のモノサシで評価すると大きなシッペ返しがくる。

シッペ返しは、無理解からのトラブルだ。

われわれツーリストは、バリのやり方を尊重し、つねに優先しなければいけない。


1998年3月11日

今回で6回めのBALIです。1回めは10年前でした。

今のウブドは昔のKUTAのようです・・・・。

BALIもずいぶん 変わったように思います。

BALIの人たちもイロイロですよね・・・・。

一言ではいえないケド・・・人によって感じ方もちがうだろうし・・・今回はアト10日間です。

イロイロあるケド めげずに いい旅にきっとできるよう楽しくゆっくりすごします。

みなさんもイロイロ気を付けて、いい旅をして下さいNe。(M)


1998年4月8日

今回でBaliは3回目です。1人での旅は初めてです。

3週間の滞在で、3日前までは友人Kと一緒でしたが今は1人です。

1日Rp15,000(朝食込み)のホームステイに泊まっています。

あすは結婚式があるから是非見て、写真とって! とオーナーに誘われてワクワクしています。

1人になっても、いろんな人が声をかけてくれて、今のところ充実していて、さみしくないです。

気楽なモンです。

でも、悪い人もいるらしい。

私は運良く、ひどい目にあってないけど・・・。

バリの人好きだから、私は信じてついていってしまいます。

あまり疑ってばかりだと旅は楽しめません。

仕事をやめてしまって、バリに住もうとしている私は、日本ではさんざん言われたけど、ここに来て、このノートとか見ていてうれしくなりました。

とりあえず20日に一旦帰国するけど、5月からはずーっとBaliにいるつもりです。

だんだん、道ばたで声をかけられなくなったなーと思ってたら、行きつけのワルンの兄ちゃんが「マレーシア人かフィリピン人みたいだ」と言ってたから、ああ、日焼けしたんだ・・・とうれしいのか かなしいのか・・・。

皆さん 楽しい旅を!!(M)


1998年9月8日

あくまで私的な感想です。

全員では決してありませんが、バリ人は対面を気にすると思う。

というか、上手く言えませんが、うわさ好きのわりに、他人のことに関わりたがらず、知っていても知らぬふり。

隠し合い、かばい合い、TAMUに対しては特にそう。

不幸にして、私のまわりはそんな人ばかり。

フレンドリーな笑顔の下に、同情、哀れみ、嘲笑が隠れている。

自分のことは棚に上げ、他人のことは批判するけれど、肝心な時は「知らない。人の事はわからない」だって。

マジックやバンジャールが怖いもの? 

本当にJUJURな人はどこにいるの? 

神様を信じているのに、時には、神にかけてと言いつつウソをつく。

何人もの“心の友”のうち、本当に心を許し合っているのはどれだけいるかな?

恐るべしバリ。恐るべしバリ人の『常識』。(K)


1998年10月31日

バリにはTOTALで約5ヶ月いるけど、初めてバリに来た頃に戻りたいなぁと、この頃強く思う。

バリは本当に好きだけど、もっと他の国も見てみることにした。

いっぱい悪い人がいます。

特に、日本語がペラペラのヒゲ剃りあとの濃い、トゥガナン村の“M”には関わらないように。

これ以上、被害者が増えないことを祈ってます・・・。(M)


1998年10月31日

5回目のバリです。

いまだにインドネシア語はチンプンカンプン。

簡単なようで実は難しい言語ですね。

でも、早くマスターして地元の人とペラペラっとしゃべれるようにガンバルゾー。

みんなもガンバレー。(Y)


1998年12月23日

ウブドに来たのは2回目です。

なのにいきなり1人旅。

10日間の旅で、26日に帰国します。

3日目からは自分の足で宿を探しました。

いろんなホテルを見れたし、いろんな人に会えて楽しかったです。

9件まわってプリ・ゴン(PURI GONG)に落ち着きました。

もうちょっとお金があれば、クブク・インに泊まりたかったです。

バスルームから空が見えて、田んぼの中で、とっても風情があってよさそうでした。

次は泊まるぞー!!

ウブドで「偶然、人に会う」ことが2回ありました。

その一、前回の旅での現地添乗員さんに、ばったりあった。

その二、プリ・ゴンのスタッフと仲良くなって滞在4日目ぐらいに、話をしていて、実は前回の旅で私と彼は会っていたことに、お互いが気付いた。

わたしがボナ村のケチャを見に行っていた日に、彼はプリ・ゴンに泊まっていた日本人男性を案内して来ていた。

その時、少し話をしたのを思い出した。

今、私はその日本人男性が泊まって部屋に泊まっているとの事。

だからどうしたと言われれば、それまでですが。

でもやっぱり、私には不思議な出来事で嬉しい・・・。

2回目のウブドは、本当に楽しい。

前回よりも。

だけど、このノートを読んだりいろんな人の話を聞いていると、それだけじゃなさそうですね。

今が一番楽しいのかなー!?

でも、私はいつまでもウブドを好きでいたいです。(T)


1998年12月29日

今日帰るのがとてもさみしい。

ウブドはとても気に入った。

こんな素晴らしい自然が残っているなんて・・・。

このまま大切にしなければならないと思う。

この素晴らしいところに、今度は、父と母を連れて来たいと思う。

バロン・ダンスを見て、日本舞踊を習いたいと思った。

自分の国にも素晴らしい文化があるんだなあと、日本を見直す事ができた。

やっぱり旅はするものやな〜。(Y)


まだまだ、続きます。


posted by ito-san at 14:22| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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