2015年10月19日

最後の最後に大波乱(96)

9月30日:

いよいよ帰国の日が来た。

息子の嫁に、土産を買っていないことに気づく。

ボテロ美術館の開館と同時に、ボテロショップに駆け込んだ。

おむつを持って運ぶに便利な、大きめのバックに目星をつけていた。

肥満のモナリザが描かれたバッグが欲しかったが売り切れだった。

母子の絵のバッグを購入。

ホテルで予約したタクシーに乗って空港まで(料金:28,000ペソ)。

飛行機はエアーフランス、午後5時40分発。


チェックインをすませた。

順調に進んでいる。

関門は、出国カウンターだ。

このままスムーズに行ってくれ。

拝むような気持ちで、前に立つ。

「終わりよければ、すべて良し」

しか〜し、無惨にも最後の最後に大波乱。

五分五分の確率だと思っていたが、しっかりオーバーステイとなってしまった。

まずは、出国カウンターで足止め。

じっくり見てくれれば、エクアドルでの出入国スタンプを見つけて、通してくれるだろうと安心していた。

係官は、いたずらを見つけた悪ガキのような顔でパスポートを持った掌を左右に振っている。

私の顔を凝視しない。

オーバーステイの説明もしない。

管轄官と思われる上司のブースに連れていかれた。

身に覚えのある私は、素直に従った。

上司は、私はおろかパスポートも見ずに、係官に指示をする。

別室に行きだ。

覚悟はしていたので、最悪でも罰金ですむだろうと楽観している。

別室のガラス越しに、女性の係官からオーバーステイの宣告を受ける。

私は、エクアドルに2日間出国したことを説明する。

まだ、逆転のチャンスがあると信じている。

逆転のチャンスがあると信じている。

言葉が通じないということもあるが、係官はまったく聞く耳持たず。

「書類を作るのに一時間以上の時間がかかります。あなたの飛行機の出発には間に合わないでしょう」

それは困る。

罰金がいくらかかってもいいと覚悟をした。

とにかく、予定の飛行機に乗りたい。

「お金は払いますから出国させてください」と頭を下げる。

「すぐに航空会社に行ってチケットの変更をお願いしてください」航空券がガラス越しに押し出された。

お前は、地獄の閻魔かと罵りたくなる。

まだ、あきらめてはダメだ。

航空券を受け取っては、地獄に堕ちたも同然だ。

私は航空券に手も触れず、必死に今夜の便に乗れるように懇願した。

パソコンの画面に、日本語で「落ち着いてください」と出た。

彼女を努力はしてくれている。

私は、落ち着いた仕草をした。

「あなたは、オーバーステイしたことを理解しましたね」

念を押され、私が承認すると「それでは書類を作ります」となった。

もしかすると搭乗に間に合うかも。

一縷の望みができた。

彼女が、救世主か天使のように思えた。

オーバーステイは一日だった。

エクアドルで、もう一泊滞在を延ばす必要があったかもしれない。

罰金は、354.392ペソ(約16,000円)。

ミグラシオンでは、現金を受け取らない。

カードしか使えない。

私はカードを持っていない。

日本からの振込もダメ。

振込は、コロンビア国内から。

そこで、係官から提案があった。

「コロンビアにいる知人に立て替えてもらいなさい」

これはジュンペイさんを指している。

世話になっていた人の住所を書く欄があり、そこに彼の名前を書いてしまっていた。

「出国から10 日以内(書類には10月14日)にミグラシオンに支払ってください、と知人に頼むように」

「支払いがない場合、コロンビアの再入国はできませんので注意してください」

ここで逆らっては駄目だ。

帰国したいため、迷惑がかかることを承知で承諾した。

地獄の閻魔大王と天国の天使の二役をこなす、ミグラシオンの女性の係官。

本当の姿はどっちなんだ。

単なるイジメだったのかもしれない、と勘繰ってしまう。

出発まで、残り10分。

ボディチェックゲートの向こうに、エアーフランスのスタッフが困り顔で私を見ていた。

搭乗ゲートは、一番端。

走る走る・・・

飛行機には、滑り込みセーフだった。

なにはともあれ、機上の人となった。

顔が自然にほころんでいる。



南米コロンビアの旅・完


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2015年10月18日

スイス・ホステルに3泊(95)

20日の飛行機で名古屋を発ち、バリ島に向かいます。

北海道千歳でトランジットという変則の航空券。

21日には、第二の故郷ウブドに到着。

初心に返って、ウブドを体験したいと思っております。


一夜明けて、9月28日のボゴタ。

ボゴタの旧市街は、カンデラリア(Candelaria)と呼ばれるコロンビアで有数の観光地。

私が泊まった「Swiss Hostal Martinik」は、旧市街にある黄色い壁の聖母教会の横道を入る。

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ボリバル広場には、歩いて10分で行ける。

ボテロ美術館(Museo Botero)までは2分、聖母教会の角を右折したらすぐ。

距離にすると100メートル足らず。

Museo(美術館)のプレートを掲げた建物の多い地域だ。

南東側には大学があり、活気ある街並みが見られる。

食堂も多く、立地は最高。

ホテルは清潔で、スタッフも好印象だった。

お湯が出れば、私だって毎日、入浴をする。

10ベッドのドミトリーは、道路に面していて車の騒音がある部屋だったが、私には気にならなかった。

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宿代の支払いを済ませたい。

手持ちのコロンビア・ペソでは足らないので、両替をする必要がある。

日本円は、両替できない。

フロントの男性に、宿代をUSドルで支払いしたいとお願いした。

男性は、掲示板の数字を示した。

掲示板のレートは、1ドルが2,200ペソ。

エクアドルに行った時のレートは3,000ペソだったので、レートは悪い。

レートは悪いが、交換場所を知らない私は、ここで両替するしかないだろう。

スタッフは「チェックアウトの時で、いいです」と申し訳なさそうに言う。

そのあと街を歩いていて、偶然、ダイヤモンド専門街の中で両替商を見つけた。

手持ちのペソがほとんどなくなりかけていたので、さっそく両替。

レートは、2,740ペソだった。

フロントの男性は、これを予測してお金を受け取らなかったのかもしれない。

いい人だ。



※ボゴタの街を一望にできるモンゼラーテ山に上った。

頂上は、市内との標高差500メートルの3,160メートルの地点にある。

急坂を、ケーブルカーで往復する(17,000ペソ)。

険しい岩山の頂きには、白亜の教会があった。




※ボテロ美術館。

メデジンのボテロ公園で彼の独特なマルマルの彫刻群を見て興味が沸き、彫刻以外の作品も見たくなって来てみた。

ボテロのデッサンの巧みさと、観察力の鋭さに感動した。

絵画のコレクションも素晴らしく、これで入場料無料とは驚きだった。

「貨幣博物館(Casa de Maneda)」と「Museo de Arte del Banco de la Republica」が連結していて同時に見られる。


続いて、9月29日。

※近くに3つの大学があるからか、大勢の若者が闊歩している。

広場にはたむろする若者の姿が見られ、ギターの弾き語りを囲んで盛り上がっている。

芸術性の高いウオールペイントがいたるところにあり、目を楽しませてくれる。

食堂、小洒落た喫茶店が多い。

安宿も点在している。

活気ある界隈だ。




※ボゴタの旧市街の街並みが気に入っている。

きっと、赤煉瓦、出窓、バルコニーが私の好きなアイテムなのかもしれない。




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2015年10月16日

やっとこさボゴタに到着(94)

深谷陽さんの漫画「踊る島の昼と夜」が、連載の後半と単行本と未収録分をまとめて完全版として「Kindle」から発売された。

電子書籍のようです。

ブログ右のリンク「バリ関係・推薦本」で購入できます。

「日本料理店・KAMAKURA」のオーナー・ヨリトモ(通称)のモデルは、もしかすると伊藤博史かもしれない。

是非、お読みください。


さて、ボゴタの続きです。

「南バスターミナルで降りるのか? 北バスターミナルで降りるのか?」

荷物を預けた時、運転手に聞かれた。

ガイドブックには、載っていなかった。

ボゴタは大都会、バスターミナルが2つあってもおかしくはない。

南か北かわからないが、正解は終点のはず。

終点がどちらかわからないが、私はバスに早く乗り込みたくて「北!」と、いい加減に返事をした。

車窓の人となり気持ちが落ち着くと、果たして北バスターミナルでよかったのか心配になってきた。

南が終点だったらどうしよう。

ツーリストのグループと一緒に降りればいいような気がするが、彼らの目的地が私と一緒とは限らない。

終点で降りたいと、前もっ運転手に伝えておいた方がよいだろう。

先ほどのトイレ休憩で声を掛ければよかった。

次のトイレ休憩で、お願いしよう。

いろいろと考えているうちに、日付は27日に変った。

バスが止まるたびに目を開けて、バスターミナルを確認する。

何とかなるさと思いながらも、心細さを隠せない小心者だよね。

これでは、眠られない。

ボゴタに入って、最初に止まったのは南バスターミナルだった。

大きなバスターミナルだ。

予定時間より1時間も早いので、ここではないことはわかる。

ここは乗り過ごしてもよいだろう。

次に止まったバスターミナルが終着駅だった。

時間は、朝4時30分。

乗客のすべてが降りた。

このターミナルで間違いないだろう。

ついにボゴタ(Bogota)到着だ。

ターミナル内で朝食。

Arroz con Pollo (焼き飯)15,000ペソ。

2時間ほど時間をつぶしたが、もう限界。

ターミナル内では、横になれない。

以前、メデジンのバスターミナルで、横になってガードマンに注意されたことがある。

コロンビアでは防犯上、禁止されているようだ。

取りあえず、宿まで行こう。

追加料金を払ってベッドで仮眠をするか、荷物を預かってもらいチェックインまで街を観光するか。

とにかく、バスターミナルを離れたい。

タクシーを乗るには、カウンターでチケットを手に入れる必要がある。

ガラス越しに行き先を告げる。

私は、宿の住所(カルデラ地区・旧市街)を控えたメモを見せた。

タクシーは、6時35分に出発した。

運転手は、番地を見ながら探す。

「Swiss Hostal Martinik」の小さな看板が見えた。

7時に、宿の前に着いた。

料金は、15,000ペソ。

運転手が呼び鈴を押してくれた。

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宿には、予約を入れてある。

チェックインは、午後2時。

「追加料金を払うからベッドを借りられないか」と聞いたがダメ。

「荷物を預けて街に出たいのだが」と言っても、ここに居てくれと言う返事。

律儀と言うか、融通がきかない。

「チェックインの時間まで、待機していてください」

宿内を案内され、最後にはここに居てくださいと談話室に通された。

2時のチェックインまで、長椅子で仮眠する。

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奥のクッションを伸ばして仮眠


午前11時、ベッドメーキングのスタッフがベッドの用意ができたことを告げに来た。

融通がきかなかったのは、スタッフのシフトの都合だった。

チェックインを済ませ、宿を出る。

陽射しが暑い。

ボゴタは標高約2640メートルの高地にある街。

富士山の五合目より高い。

一日の平均気温が14度前後という春ような陽気だ。

ボテロ美術館の前を通り過ぎたが、ここはゆっくり観賞したいので、明日にすることにした。

ボリバル広場に向かう。

首都ボゴタのボリバル広場は、国会議事堂、裁判所、市庁舎、教会に囲まれた壮大なところだった。

動画に納めたので御覧下さい。




posted by ito-san at 14:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月14日

ボゴタに移動する前に(93)

早いもので、日本に戻ってから12日間が経ってしまった。

21日には、バリに向かう。

日本に居る間に「南米コロンビアの旅」を完(おわり)にしなくては、とチョッピリ焦り気味。

メモを見ながら、まとめている。



9月26日

サレントからアルメニアへの最終バスは、夜9時に出る。

深夜バスに乗るには、この時間帯がベストだ。

事務所前で8時30分から待つことにして、ピノさんに別れを告げて家を出た。

ピノさんは、昨日サレントに戻って来た。

歩道には、すでに乗客の列が出来ていた。

バス会社の係員に誘導されて、最後部に並んだ。

8時30分に、バスは出発した。

アルメニアのバスターミナルにもう少しで到着というころで、バスのシャフトが外れるアクシデントに見舞われた。

幸先の悪い、嫌な予感。

臨席の家族が「ここでバスを降りて、歩くことになるようだ」と教えてくれた。

現在地点がわからない私には、ここが歩くには遠いのか近いのかもわからない。

歩くのは辛いが、時間には余裕がある。

チケットを渡してバスを降りた。

歩道に降りると、後続のバスが目の前に止まった。

われわれは、このバスに乗ることになった。

歩くとばかり思っていたので、チケットを助手席に座っていたおばさんに渡してしまった。

「チケットはいるよ」臨席だった家族が教えてくれた。

慌てて、先ほど渡したチケットを取りにバスに戻った。

当然のように受け取ったおばさんは何者。


夜9時30分。

アクシデントはあったが、バスは通常通りの1時間でアルメニアに到着した。

ボゴタ行きは、9時30分と11時がある。

時間は、9時30分を少し過ぎた。

ボゴタまでは7時間。

宿のチェックインは、昼2時。

11時発なら、翌朝6時着だ。

チェックインには時間があるが、初めて訪れる土地だから早めに着くのが得策だろう。

ありあまる時間の使い方は、到着してから考えよう。

チケット50,000ペソ(約2,500円)を購入した。


乗り場をチックすると、手にしているチケットのバス会社のボゴタ行きが止まっていた。

9時30分発のバスが遅れているのだろう。

私が乗るバスが出るのは、まだ1時間ほどある。

コーヒーを飲んで時間をつぶすことにした。

待合室のベンチに腰をおろした。

サレントのバス乗り場で見かけたツーリストのグループが入って来た。

9時の最終バスに乗って来たのだろう。

彼らは、止まっているバスに乗り込んでいった。

私より後に着いて、このバスに乗るのかと、疑問に思う。

ほかにも、私の後に来てバスに乗る人がいた。

ヒョットすると、もしかすると、私もこのバスに乗る必要があるのかもしれない。

バスの前に立つスタッフ風の男性に、チケットを見せてジェスチャーで聞いてみた。

要領の得ない、答えが返ってきた。

乗客の荷物を預かる制服の男性は、運転手だろう。

チケットを見せると「このバスに乗れ」と、私のスーツケースを荷物室に入れた。

バスは、すでに満席。

ツーリストのグループの姿も見える。

私の席には、男性の先客がいた。

親切な乗客が先客の男性に正してくれたが、ダブルブッキングではないようだ。

運転手が間違えているかもしれない。

ウロウロしている私を見つけて、バス会社のスタッフが近づいてきた。

そして、今回の旅で上位にくい込むショックな言葉をはいた。

「お前の乗る11時発のバスは、今日は出ない」

そんなことがあるのか。

コロンビアではあるんだろう。

あるとすれば、事前に連絡して欲しい。

9時30分発のバスに客が集まらなくて、合同になったのだろうと推測する。

推測はできても、解決策にはならない。

今夜はバスターミナルで夜明かしになるのか。

ターミナル内での仮眠は、許されないだろう。

バス会社が、宿の世話をしてくれるとは思えない。

予約したボゴタのホテルには連絡がとれないから、明日の昼にはどうしてもチェックインしたい。

この場面で、素直に「はい、そうですか」と言うわけにはいかない。

荷物をバスに乗せたままゴネようかと考えたが、私を置いたままバスが出てしまっても困るので、取りあえず荷物をおろしてもらい、チケット売り場に走った。

「私の席がない」と伝えると、窓口の女性は慌てることもなくチケットの席番を25から35に書き換えた。

いかにも、通常の業務のような行動だった。

これで席は確保できた。

再び、荷物を運転手に預けバスに乗り込む。

乗客の視線が私に集まる。

心配してくれているのがわかる。

ホッとしたのも束の間、最後部の35番には女性が座っていた。

私は力が抜けたように、トイレの前に腰を下ろした。

もう、居座るしかない。

7時間、この場所で頑張ろうと決めた。

係員が乗り込んで来て、私を誘導した。

どうしよう。

降ろされてしまうのだろうか?

不安はマックス。

・・・・・・・

係員の指が17番の席を示した。

空席があった。

やっと席を確保。

バスは、私が腰を下ろすと同時に出発した。

時計は、夜10時10分。

こうして、車窓の人となり、ボゴタに向かうことになった。

11時発に合わせて行動していたら、どうなっていただろう、と考えると寒気がした。

嫌な予感は、これだったのか。


posted by ito-san at 14:41| 愛知 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月01日

封印した過去(92)

ボゴタ滞在も終わる。

いよいよ、コロンビアを離れる日が来た。

今回は、さまざまなことを考える旅となった。

ウブドに戻る前に、日本に立ち寄る。

滞在は短期間の予定。

孫と遊べたらいいなと思っている。

キャッチホールでもしようかな。

息子の洋祐に、グローブを用意しておくように連絡しよう。


洋祐とキャッチホールをした、遠い昔の日々が思い出される。

彼が8歳になるまで、一緒に遊んだ。

小さな公園巡り、長島スパーランド、ディズニーランド、銭湯、海に、山に、キャンプ、スキーetc。
上海&北京の旅もした。

ほんとうによく遊んだ。

9歳までの子育ては、親子で遊ぶことと決めていた。

子育てがメインで、仕事は二の次だった。


1990年からの25年間、彼の成長を見ることができなかった。

悔いが残る。

私の人生は、あと何年だろう。

共有できなかった25年間と同じ年月を所有しようとするならば、17年が必要だ。

85歳まで生き延びる自信はない。

たとえ生きられたとしても、切断された時間は埋めることはできない。

私の心にポッカリ空いているのは、あるはずの彼との生活だった。

25年の間、この子はどんな生活を送っていたのだろう。

オヤジがいないからといって、辛い思いをすることはなかったと思うが、気になる。

反抗期、思春期に立ち会えなかった。

体力的にオヤジを越した自分を体験させてやりたかった。

彼の喜怒哀楽を、ひとつひとつ感じたかった。

オヤジの能力全開で、子供と向き合う時間。

そばに居て、受け止めてやりたかった。


私が家を出た日、彼は私の車のあとを追ったそうだ。

まったく気づかず、私はひたすら前を向いて車を走らせた。

振り返る余裕もななった。

・・・・・・・・・

涙を流していたから。

彼のそんな姿を見てしまったら、脳裏に焼き付いて離れなかっただろう。

それでは、私の日々が更に辛くなっていただろう。

その後何日も道端に立ち尽くす姿を見たと、母親は言っていた。

家庭裁判所からの判決は、洋祐がお父さんに会いたいと思うまでは、会ってはならないことなっている。

それは何年先なんだ!

私は、彼との過去を封印した。

過去を振り返らない人生を送るようになっていた。


何も覚えていない

何もかも忘れた

過去を振り返らなくなった

思い出すのが怖くて封印した過去

寂しくないかいって

いやいや、思い出すのが辛いから封印したんだ


いつ断ち切られてもいい生き方をしてきた。

先のことを考えることもなかった。

遣り甲斐、生き甲斐がなくなった、68歳。

このままだと“ひきこもり老人”になってしまうかも。

残り少ない生涯、どうやって生きようか考えている。

まずは、洋祐と話をする時間を作りたい。

封印した過去を取り戻す為の時間。

そして、孫が2人になった洋祐一家のお爺ちゃんとして認めてもらおう。


※ボゴタは、興味が芽生える場所だった。

まとまり次第、ブログにアップします。

しばらくお待ちください。


posted by ito-san at 00:42| 愛知 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月27日

サレントと、お別れ(91)

今夜の深夜バスでボゴタに移動だ。

ボゴタには、27日、28日、29日と3泊する。

30日にチエックアウトして日本に戻る。

名古屋着は、10月2日。

10月半ばには、ウブドに帰る予定でいる。


サレントのイメージは、カラフルだった。

ジュンペイさんがウブドで見せてくれた写真は、ココラ渓谷が多かった。

イメージは、ほとんどYouTubeの動画からだ。

想像を膨らませて訪れたサレントには、思っていた通りの風景があった。

そして、想像以上の観光客が訪れていた。

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サレントの第一印象。

「何かができる」

期待が持てる活気があった。

そして、馬糞の匂いがする町だった。

コーヒーの香りじゃなかったのが残念。

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滞在してみての感想。

サレントに永住しようかどうかと、考えているうちに・・・

自分の未来が、おぼろげだが見えてきた。

いろいろ考えることがある。

残りの人生をかけて消化したいと思っている。

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いつか感想を書くことがあるかもしれない。

それは、私の生きざまだったりして。


6ヶ月間、ありがとう「サレント」。

そして、お世話になった人々に感謝。



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2015年09月24日

水道・ガス・電気料金の支払い(90)

コロンビアに住むつもりで来たのだが、もう少し考えてみることにした。

住むことは可能だろうが、自分に合っていないような気がする。

「住めば都」と言うけれど・・・・・

ウブドの良さを知っているだけに、比較すると、どうしても私的にはウブドに軍配が上がってしまう。

永住の候補地として保存しておくことにした。


最初で最後となるであろう、公共料金の支払いに行ってきた話。

水道・ガス・電気の支払いは、3カ所とも別々の事務所だと聞いていた。

そりゃそうだろう、別々の部署だから。

ボリバル広場にある市役所の並び、警察署の隣りに、事務所が並んであるという。

一カ所は、宅急便会社が代行していると、聞いたような気がした。

営業時間もまちまちで、毎日営業していないとも聞いている。

どうにかなるだろうと、しっかりと聞いていない。

いつも、あとで困ることになる。

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水道料金は、ジュンペイさんが旅に出る前に一緒に払ってもらったので、どこで支払ったかわからない。

料金は9,500ペソ(500円しない)。

5日に一度の手洗い洗濯と、水浴び用のお湯がおもだから使用料も少ない。


初めて自分で、ガス料金を支払いに行った。

警察署の隣り。

窓口で、9,000ペソを渡す。

受付の女性は、紙幣を数えると8,000ペソを戻してきた。

金額は、879ペソ。

なんと、40円しなかった(レート22で割ってます)。

領収済みのサインが書き込まれた支払い用紙とコインが返ってきた。

コロンビアは、天然ガスを輸出するほどの生産国だった。

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ガスは、身体を洗うお湯を沸かす時とちょっとした料理にしか使わない。

料理という料理はしない(できない)。

ちなみにメニューは、玉子ぶっかけご飯がメイン。

人参のスティック、オニオンスライス、焼きなす、野菜炒め、目玉焼き、焼き飯、インスタントラーメンを利用した雑炊&焼きそば、これらのバリエーション。

これは料理とは言わない。

わかっています。


電気料金を支払いに。

毎日営業していないと聞いていたので月・水・金だろうと、当てずっぽうで月曜日に行ってみた。

休みだった。

たむろしている男たちが「2日後(水曜日)に来い」と教えてくれた。

2日後に行ってみた。

ガス料金を支払った事務所の隣りの事務所に入った。

受付カウンターの男性は「ここじゃない」と隣りを指さした。

えっ! ということは・・・・

ガス料金を支払ったところと同じ事務所?

先日は、偶然にも営業している日だったのか。

電気料金、21,100ペソ(約1,000円)。

この事務所、エネルギー全般を扱っている「edeq」という会社らしい。

日本も水道は自治体が運営しているが、電気、都市ガスは、企業が経営している。

コロンビアの水道も、自治体が運営しているようだ。

ガス・電気・水道の料金請求書は、時間差で来て、時間差で閉め切る。

同時に来てくれればロスがないのに、と思う。

ちなみに、公共料金の支払いは銀行落としも可能。


インターネットの使用料は、前にも書いたが月17,300ペソ(786円)。

支払いは、宅急便の会社が代行していた。

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水道料金もここ。

ここはマネーチェンジもするらしい。


さて、荷造りでも始めようか。


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2015年09月23日

トピック(8)総集編 @ サレント(89)

26日の深夜バスでサレントを離れて、首都ボゴタに移動します。

そんなことで、身辺整理にちょっと忙しい日々。

「トピック」として紹介している、町で見かけたこんな物、ちょっとした出来事。

取りあえず、最終回とします。 


■サレント町営の情報センター

ちょっと貧弱かな。

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■レンタル・バイク&自転車

自転車を貸してくれる宿は数件あるが、バイクをレンタルしているのはここだけ。

サレント郊外の森を走るのだろう、バイクはオフロード用。

オートマッチックのスクターが普及しているようなので、坂の多いサレントにレンタルがあればいいのにと思うのは、自然回帰の精神に背くよね。

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■道路のいたるところに馬糞

サレントの道路は、馬がカッポする。

馬って、歩きながら排泄行為をするんですね。

誰が片付けるわけでもなく、自然に風化するのを待つ。

たまに、犬の落とし物も混じっているので注意。

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■WiFi付きの鳥小屋

私が見た時には、猫が寝ていた。

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■フィットネス・ジム

いずこの国も同じ。

でも、この一軒だけ。

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■極彩色のケーキ @ アルメニア

何故かコロンビアのケーキは、ケバい。

食欲をなくす色だった。

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■サンダルを売っているワゴン @ アルメニア

プラスチックの足形が、リアルで驚いた。

日本にも、こういう足形あるのかな?

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※付録の写真

デカイ松ぽっくり。

こんなのが大量に落ちて来る光景を想像すると怖い。

頭に直撃したら、ポックリいってしまいますよ。

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所変われば、色々変りますね。

自分の物差し(=常識)を、その土地の常識に合わせていく。

どこまで妥協できるかが、「住めば都」となる秘訣のような気がする。


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2015年09月22日

サレント&ウブドの電話事情(88)

旅人に電話は不要だった。

のは、昔の話。

今では、世界中の秘境を巡る旅人もスマートフォンを持っている。

情報はネットで入手する。

ホテル、航空券の予約もスマートフォンでOK。

今回の旅に、鬼頭さんが iPhone を持たせてくれた。

申し訳ないが、操作ができずに宝の持ち腐れになっている。

メール、アパ?のホームページ、ブログは、MacBook Airを使う。

これも鬼頭さんからの贈り物だ。

パソコンはいつも持ち歩いている。

サレントはネット状況が良好で、ちょっと立ち寄ったカフェでパソコンを開く。

ピノさん家には、光ファイバーが引かれていて、繋ぎっぱなし。

目一杯活用させてもらっている。

使用料は、月17,300ペソ(786円)。

この条件は、ウブドより良いだろう。

バスターミナル、高速バス内でも、インターネットは繋がった。

アイホンにSIMカードを入れたとしても、コロンビア国内で電話を使う予定がない私。

友達もいないし、スペイン語で会話もできない。

国際電話は通話料が高いので、友人との連絡はスカイプかフェースブックを使う。

と言うわけで、サレントの電話事情は、銀行事情と同様に詳しくない。


コロンビアの固定電話は、大都会にしかない。

世界中が携帯電話の時代。

どこの国も同じように普及しているのではないだろうか。

ウブドも固定電話の増設が難しく、携帯電話が普及している。

一家に一台の時代を飛び越して、いきなりひとり一台に時代に突入。

「呼び出し電話」「親子電話」という言葉を知る日本人も少なくなった。

固定電話のないサレントに電話局はない。

携帯電話を売っている店が2〜3数件ある。

こういった高額な商品は、種類が豊富に揃っている県都アルメニアで買うのだろう。

普及している携帯はかなり安物のようだが、スマートフォンを手にしている人も多い。

自撮り棒も普及している。

「 iPhone が高価だと知っているので、盗まれるから注意しなさいよ」と日本を発つ時、多くの知人に言われたが、 iPhone を持っているコロンビア人もいた。

貧富の差は、どこの国でもある。

そして、盗難はどこの国でも起こりうる。

ウブドで盗難品目の上位にあった携帯電話が、安くなったからだろう、いつの間にか見向きもされなくなった。

狙われるのは、スマートフォン。

まあ、注意するにこしたことはない。

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20日の日曜日、ボリバル広場に、こんなのが出店していた



珍しかったのは「MINUTOS」。

ミヌートは、一分という意味。

サレントの至る所で、この看板を見かける。

大都会メデジンでは、首にぶら下げて立っている人もいた。

全国規模の現象のようだ。

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「MINUTOS」とは、携帯のSIMカードやプリペイドカードが切れたり残り少なくなった時に使う手段。

初めて知る、携帯電話の利用法。

看板のある店や看板を持っている人からで携帯電話を賃借し、その場で通話する。

金銭を補填する前にちょっとだけ利用するのだと思っていたら、お金がないのでズーットとこの方法で通している人もいる。

一回100〜150ペソ(5〜7円)で、あとは分刻みで支払うことができる。

ほとんどの人は、初通話で終わらせる。

説明を受けたが、どう得なのか、まったく理解できなかった。

SIMカード&プリペイドカードのことも、よくわかっていません。

いかん、理解していない私が説明しても、読んでくれている人には伝わらないだろうな。

ゴメン・メンボクナイ。


※近頃、サレントで「Claro」の看板を見かける。

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どうやらインターネット・サービスで全国展開している会社らしい。

スマホ、パットを販売していた。

これ以上、詳しく知らない。


posted by ito-san at 08:48| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月19日

サレント&ウブドの銀行事情(87)

銀行について少々考えてみた。

滞在して少しは詳しくなったつもりでいたが、利用していないので情報ファイルはまったく膨らんでいない。

サレントには、ボリバル広場に面して農協銀行(Banco Agrario de Colombia)がある。

唯一の銀行だ。

これは、サレントに到着早々、どこかで書いた記憶がある。

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カラフルな店構えの「農協銀行」(2階はHostal=宿)


町の人は、どうしているのだろう。

小額預金は農協銀行で、大きな金額はアルメニアの大銀行に預金している人が多いそうだ。

県都アルメニアに行けば、各社銀行の支店が幾つもある。

コロンビアの銀行利息は日本と変らないというから、預けるのはセフティボックス代わりか借り入れ目的だろう。

インドネシアの銀行は、利息が10パーセント前後もあり、利息で生活している知人もいるほどだ。

私もサレントに着いたら、銀行通帳を作ろうと思っていた。

しかし、持ち金の日本円では預金が出来なかった。

手持ちの500US$の預金も考えた。

こんな小額で出入金の煩雑さに困惑するのも面倒だと、コロンビアで通帳を作ることは断念した。


Cajero Automatico(ATM)は、農協銀行と広場を挟んでトイ面にあるコロンビア銀行の各一台づつ。

頑丈な鉄格子の扉がついた個室に、ATMは設置されている。

ウブドで利用したのと同じような機種だ。

町に2台しかないATMの稼働率は、あまり良いようには見えない。

たくさんの観光客が訪れるサレントで、利用する人が少ないのは何故?

どちらも24時間営業だが、農協銀行は時々、残金がなくなり出てこないことがあるそうだ。

挿入口に差し込んだキャッシュカードは、引き込まれず、見える状態で入出金する。

カードが飲み込まれてしまったら、使用不可になってしまうのだそうだ。

スペイン語の話せない私には、緊張してしましそうなアクシデントだね。

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上2枚は、農協銀行のATM

下2枚は、コロンビア銀行のATM
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ウブドは、その点では便利な町。

銀行各社の支店がある。

私はインドネシアの銀行「BCA=バンク・セントラル・アジア」を利用していた。

銀行の店頭には、数台のATMが設置されている。

コンビニにも設置されている。

それ以外のところにもあるから、100メートル間隔にあるかもしれない。

他の島ではATMを見かけない町もあるから、ウブドは特別地域なのかもしれない。

ATMボックスを離れたところでひったくり被害があるのも、特別地域の特徴かもしれない。

詳しくは知らないが、暗証番号が盗撮されて引き出された事件もあった。

特別と言うより特殊なのが、両替屋がいたるところにあること。

サレントでは、マネーチェンジャーの看板が見当たらない。

どこかで両替を代行している店があるのだろうが、レートボードのひとつも見なかった。

もうひとつウブドが特殊だと思ったのは、マッサージが軒並みあること。

そして料金が安いこと。

サレントには、美容室のマッサージが一軒のみ。


今回、コロンビアに旅立つにあたって、現金を持ち歩くのが心配で、海外で預金が引き出せる通帳を作りたいと思った。

PLUSマーク表示のあるカードだ。

しかしこれまで、Visa & Masterなどのクレジットカードを持ったことがない。

社会的保証のない私に、それらのカードは持てないのだ。

いかに、一般社会人としての生活を全うしていなかったことが知れる事実です。

だから、カードについてはよく理解していない。

これまでキャッシュカードを持ったことがないので、息子に息子名義の口座開設を頼んだ。

手違いで、時間がかかりタイムリミットとなり、今回の旅に間に合わなかった。

持っていたら、サレント到着時に日本円が両替ができないと聞いても慌てることもなかったのだが。

あとになって、意外と使用料が高いと判明し、結果オーライということになった。

まあ、安心のために持っていたいかったかな。


懐の現金が減ると、旅も終わりに近づいて来たと感じる。

節約滞在も残すところ、13日間。

ここでしかできないこと、何かやり残していないか?

いつものように、自然体で待つしかないか。

posted by ito-san at 07:47| 愛知 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする