2015年06月13日

こんなところに、スゥイーツの店(36)

滞在が2ヶ月を過ぎると、点だった視点が繋がり面となってくる。

隙間にある、小さな建物や店が見えてきた。

今まで、気づかなかった店。

まずは、スゥイーツの店発見です。


ジュンペイさんの店「OKENDO」から近い「エル・リンコン・デ・ロス・ポストレス=El Rincon de Los Postres」。

店名は、そのものズバリ「デザート・コーナー」。

スゥイーツ専門で、飲物も置いていない。

注文したのは「cafe con nueces 」。

ナッツとコーヒーと命名されたスゥイーツ。

便利になったもんで、スペイン語もGoogle翻訳ですぐ調べられる。

コロンビアに来て始めてのスゥイーツ、4,500-ペソ。

甘い甘い、ものでした。

グルメじゃないので説明できな〜い。

小さな椅子が8つ、カウンターか壁に向かって座ります。

El Rincón de Los Postres1.jpg

El Rincón de Los Postres2.jpg

El Rincón de Los Postres3.jpg



もう一軒。

メイン・ストリート(Calle Real)の中程より少しボリバル広場寄りにあるケーキ屋さん。

「ラ・ポストレ=La Postre」。

「デザート」という名前の店です。

注文したのは「Mousse de Maracuya」。

パッションフルーツのムースでした。

コーヒーは、エスプレッソ・マシンから出て来ました。

4人がけのテーブルが2つの小さな店です。

会計は10,000ペソ(約500円)。

La Postre1.jpg

La Postre2.jpg

La Postre3.jpg



さらに、もう軒です。

ボリバル広場沿いにある喫茶店。

「カフェ・キンディオ=Cafe Quindio」

サレントがある県・キンディオが店名になっている。

観光客向なのか、価格は、ちょっと高めに設定されているようだ。

近代的でオシャレなカフェ。

どちらかと言うと、この地に似合わないかな。

でも、都会人からすればこんな店が安心できるのかもしれない。

注文したのは、ブルーベリー・チーズケーキとコーヒーでした。

久しぶりに喫茶店に入ったという感じ。

こちらもコーヒーはエスプレッソ・マシンで。

会計は、25,000ペソ(約1,250円)


Cafe Quindio1.jpg

Cafe Quindio2.jpg

Cafe Quindio3.jpg


スゥイーツの総評。

甘いもの好きな私ですが、いずれの店も甘すぎたかな。

しかし、コロンビアの田舎でこれだけのスゥイーツが味わえるのは、ある意味で奇跡かもしれない。

作り方は知らないが、ミニスーパーを見る限りでは、食材が揃っているとは思われない。

この3軒の他にも、スゥイーツの店はあるだろう。

お気に入りの店が、いつか見つかるかもしれない。

今後も探索は続く。

楽しみだ。


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2015年06月11日

フィランディア自然公園トレッキング(35)

フィランディア(filandia)商工会主催の自然公園トレッキングに参加。

これ、5月5日(火)のイベントでした。

「紙作りからランプ作りまで」の一連の動きを先に終わらせたくて、これまた相前後してしまいました。

お許しください。(低頭)

参加したのは、情報センター企画のトレッキング。

「アパ?情報センター」のような小さな事務所でした。

事務所.jpg

ご夫婦で経営していて、事務所で受付をしてくれたのが奥様で、今回ガイドしてくれたのが旦那様。

一人12,000ペソ(約600円)。

全行程9キロ、4時間コース。

ボルバル広場の教会前に集合。

まずは体操。

よっぽどのハード・コースなんだろうか?

それとも、運動不足の人が多い為の準備運動なんだろうか?

顔ぶれを見る限りでは、後者だと思われる。

準備運動.jpg

参加者は、20人+ガイド一人+ガイドの友達一人。

サレントからは、ジュンペイさん、ルーベンさんと私の3人。

あとは、地元フィランディアの皆様。

フィランディア人の中に、ジュンペイさんの知合いの女性と息子さんが参加している。

今回は、彼女から招待されたようだ。

私は、川に行くと聞いたので、流木が拾えるかもと期待した同行した。

女性の数が半数以上。

家族、友達を混ぜこぜにした顔見知り。

これは、かしましく賑やかなパーティになりそうだ。

午前9時出発。

一般道を歩く。

40分で自然公園の入口に。

標高1918メートルの地点からの出発です。

1918.jpg

森の中、人ひとりしか通ることのできない狭い山道を、登ったり降りたり。

たいして見る景色はない。

私は、拾い物目当てにチョロチョロ物色。

時々、ガイドが時々立ち止まり説明がある。

ひたすら歩く。

誰かからお菓子が廻ってくる。

「Gracias」覚え立てのスペイン語で「ありがとう」。

ガイドが立ち止まり「今、聴こえましたか?」

「ホーホー」と竹筒を低音で吹くような鳴き声が聴こえた。

この森には、珍しい猿が棲息する。

その珍しい猿の鳴き声だって。

あまり、猿に興味のない私です。

女性たちは、ゼンマイのゼリー状の部分を気持ち悪がり。

ツタや小枝を拾う。

何が珍しくて、何が珍しくないのか。

私は、彼女たちコロンビア人の気質を観察する。


川での水浴びは、大騒ぎだった。

元気の良いおばさんが一人、スナップを撮ってもらおうと川縁まで降りた。

そのあと、水際に近づいて川に落ちた。

そのまま、水中で泳ぐ。

次々と女性たちが、川に入っていく。

皆、水着を下に着ていた。

私は、水浴びをするとは聞いていないので、水着も持って来ていない。

普段の私なら、吹き流しパンツで参加するのだが。

この日は肌寒かったので、見学することにした。

水浴び.jpg

川に流木は、まったくなかった。

帰りはジープ(WILLY)が、お迎え。

荷台に乗って、ドナドナ状態で帰路につく。

これが唯一、楽しかったことかな。

Willy.jpg

ボルバル広場に戻ると、5時間のトレッキングだった。

このツアー、お客さんがコロンビア人ばかりだからいいようなものだが、日本人ツーリストならクレームものの未計画さだった。

これでは、旅行代理店もリクエストしないだろうな。

「アパ?情報センター」の下働きが、岡目八目な意見を言ってしまった。

apa_kanban3.jpg


私としては、久しぶりに運動で心地よい疲れを頂きました。

ありがとうございました。


posted by ito-san at 04:00| 愛知 | Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月09日

ランプ作り2回目@「CHICHAN」(34)

5月16日:

先週に続いて、ランプ作りの2回目。

ちょっくら気になったので、モンテネグロをWikipediaで調べてみた。

モンテネグロは、ヨーロッパ南東部、バルカン半島に位置する共和制国家。

旧ユーゴスラビアから2006年6月3日に独立。

首都は事実上ポドゴリツァであるが、憲法上の首都はツェティニェ。〜だって。

知らなかった。

アドリア海を挟んで、対岸はイタリア。

情報は少ないが、行ってみたい気もする。


昼近くになって、モンテネグロに着いた。

もちろんコロンビアのモンテネグロです。

まずは、昼食ということで。

この店のトルーチャは、食べきれないほどの量だ。

途中から味に飽きてしまい、ちょっと気持ち悪くなったほど。

トルーチャ.jpg


ウブドでは、お腹が「グー」となってから食事をするという生活をしていた。

お腹が空いていれば、何でも美味しく食べられる。

美食家じゃないのが、バレてしまいましたね。

昼はほとんど食べずに、1日に、夕食1回のみ。

3時頃にお腹がすいて、昼食をとった時は、夕食は無し。

そんな生活で、胃が小さくなったようだ。

できれば、2日に1度の食事にしたいくらい。

仙人のようにカスミを食べて生きていきたい。

料理が出来ないのは、食に興味がないからなんですね。

コーヒー・ブレイクは、3度。

その時に、何かをツマムこともある。

ケーキだったりして。

「な〜んだ、食べているじゃないか」と言われそうですが、ケーキは食事じゃない。


食事のあとは、買い物。

ボンド、クリップ、サンドペーパーなどを購入。

紐は、先週使ったのが残っている。

「CHICHAN」事務所に入ると「イトー」の声がかかった。

少しずつ、親しみを持って来てくれているようだ。

この日は、大人、子供を含めて20人ほどが集まっていた。

集まってくれた人への指導は、ローランド君の任せた。

子供たちは途中から、他の部屋に移動していった。

大人たちが一心不乱に、ランプ作りに挑戦している。

ヒゴ作りに骨組み作り。

童心に返ったような生き生きした顔になっていく。

私は、自宅で制作して持参したYの字型の枝に紙を貼る作業に入る。

CHICHAN1.jpg

CHICHAN2.jpg

4つの面に、内側からバナナ紙を切り貼りしていく。

完成したランプは、ブラケット(壁掛け)照明に。

吊って良し、写真のように立てても良し。


続いて、先週作った骨組みに、バナナ紙を貼る作業に移る。

これは外側から貼っていく。

竹の骨組に沿って、継ぎ目がわかりづらくなるように貼っていく。

パッチワークのように、面倒な作業だ。

CHICHAN3.jpg

CHICHAN4.jpg

CHICHAN5.jpg

この日は、ランプ2つを完成。

おやつの時間5分を挟んで、入魂4時間でした。


ボランティア・メンバーのランプが翌日完成して、写真がフェスブックにアップされていた。

CHICHAN6.jpg

バナナ紙の特徴(繊維)を生かした素晴らしい作品です。

先生(私です)も「素晴らしい」の連呼。

「CHICHAN」の “紙作りプロジェクト” と “ランプ作りプロジェクト” 今後どう発展していくのだろうか?

サレント・コロンビア滞在が、俄然、面白くなってきた。


posted by ito-san at 03:18| 愛知 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月05日

ランプ作り初日@「CHICHAN」(33)

ジュンペイさんとルーベンさんとが共同して作っている商品が、モンテネグロの近くのレストランに納品してある。

馬の尻尾で作ったブレスレットだ。

2度、集金・納品に付き合った。

その折り、私は目ざとくレストランの脇に置いてある薪の中から、ランプの台座に使えそうな材木を物色した。

店主に許しを得て、手に入れた。

ピノさんの家に裏手にある木の枝を何本か、ランプ用にカットした。

常に、周囲を観察する。

上下左右キョロキョロと、いつもゴミの中を物色している。

Ajiaco Parrulla.jpg

ローランド君から「紙をたくさん作ったので、そろそろランプを作りたい」との連絡が入った。

「竹ヒゴが用意されていれば、いつでも行きますよ」と、ジュンペイさんに返事をしてもらった。


5月9日:

ランプの台座が3つ用意できていたので、それを持ってモンテネグロの「CHICHAN」事務所へ。

案の定、竹はこれから探しに行くのだ。

前もって頼んでおいても、結局、当日になって準備する。

始めてのことで見当がつかないということもあるだろうし、忙しいのはわかる。

しかし、少しは段取りをしておいて欲しいものだ。

町内にある大工さんの作業場に出かけ、端材を物色。

ここで竹をもらうつもりでいたよう。

落ちている竹は節と節との間隔が極端に狭く、使い難そうなのでチャンセルした。

端材の掘り出し物もなかった。

今度は、建材屋。

足場用なのか、間隔の狭い丈夫そうな竹だった。

大工さんの作業場で見つけた竹よりは、間隔は広い。

これしか置いてなければ、今日のところがこの竹で妥協するしかないだろう。

8,000ペソ(400円)で、一本購入。

出来れば貰い物で、まかないたかった。

半分に切り、2メートルほどにして事務所まで運ぶ。


この日、ボランティア・メンバーの参加はなかった。

ローランド君に、マン・ツーマンで手ほどきだ。

やっぱり、道具は揃っていない。

文句ばかり言っているようで、自分で自分が嫌になる。

「あるもので、何とかしろ!」

腕に自信がないので、道具に頼っている節がある。

反省しています。

「弘法は筆を選ばず」

弘法大師と同じように、自分で道具を作るしかないか。

竹を縦に割る。

ヒゴを作る。

さすがアルティサノ(工芸家)、飲み込みは早い。

私は、マイ・カッターを持参している。

竹の作業は、指や掌を切りやすい。

ゆっくり丁寧にヒゴを作っていく。

ここまでは、それなりのハウツーはある。

次は、竹ヒゴを組み立ててランプの骨組み作りだ。

これが大変。

ハウツーを用意していない。

私は、手にした竹に合わせて作っていく。

「竹と会話しながら」なんて、もっともらしいことを言って煙に巻く。

身体で覚えなくてはならない部分がほとんど。

だから、同じ形のものはできない。

量産するなら、骨組みのハウツーを作る必要があるかもしれない。

組み立てには、紐が必要。

紐も持参して来ている。

「満足するヒゴができないので、取りあえず、作り方の見本と言うことで」

そんな前ぶりをしている。

久しぶりの制作に、自信がないのだ。

5月9日-1.jpg

5月9日-2.jpg

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言い訳しながら、ランプの骨組みが一つ完成した。

出来てしまえば、簡単に作れそうに見える。

次回は、ローランド君が仲間に指導するようにしてもらおう。


posted by ito-san at 05:49| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月03日

川原で流木拾い@Salento(32)

ランプ作りを請けおったが、さてさてこれからが大変だ。

そう簡単に、作れる物ではない。

紙は完成したものの、紙だけではランプにならない。

ランプの形態にする素材が必要となる。

ウブドでは、流木や竹、木の枝などを利用してランプを作ってきた。

時には、椰子の花房や落ちている大樹の枝も使った。

拾った物を組み合わせて作る、偶然の産物のような作品である。

台座は、製材屋で端材をを安く分けてもらっていた。

流木でミニチュアの椅子やテーブル、額縁などを作り、アルマ美術館正面玄関の横にあった「ブンブン・カフェ」で販売していた。
遠い過去の話だ。


ここはサレント・南米コロンビア。

手始めに、流木を拾いに行くことにした。

流木と言えは海だが、サレントは標高1,895メートルの山の中、海は遥か遠い。

ウブドでは、バイクで30分ほどで海に行けた。

丘を下り切り川沿いの平地に出ると、自治団体事務所の建物がある。

ここまで、ゆっくり歩いて約40分ほど。

平地はすべて牧場。

ここからさらに奥に行くと、ココラ渓谷に行ける。

多くの観光客が訪れる場所だ。

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2看板.jpg

3牧場.jpg

自治団体事務所を過ぎ、牧場の手前、左手に道が続いている。

左右はやっぱり牧場だ。

200メートルほど先に、赤い橋が見える。

4赤い橋.jpg

流木拾いの目的地は、この橋のたもとだ。

果たして、素材は落ちているのか?

ウブド生活と同じことをしている自分に、笑えた。

※ウブド村徒然記「流木を拾いに(1)

5川.jpg

川原は、岩ばかり。

簡単に拾えると思ったが、川べりに流れ着いた流木を拾うというわけにはいかない。

岩に引っ掛かっている、流木を拾う。

簡単に、好みの形の流木は見つからない。

もう少し奥に行きたいが、川辺沿いに進んでいくには難しい。

私は、牧場の柵を越えることにした。

柵には、有刺鉄線が張られている。

くぐったり、飛び越えたりしながら、奥へ進んでいく。

小石の多い川辺が見えた。

鉄条網に手が触れた瞬間。

ビリビリッ!

電流が走った。

牧場の柵越えで死ぬのは、みっともない。

クワバラクワバラ。

弱電で死ぬことはないだろうが、不法侵入で捕まるのは不甲斐ない。

浅瀬の岩場、水の中を急いで進み、橋のたもとに戻った。

気を鎮めるために、大きな岩の上に腰をおろした。

自然に包まれながら、何事もなかったように青空を仰いでみた。

川の流れが、心地よい風を運んで来た。

せせらぎの音を聴きながら、最近、手に入れたサンポーニャ(zampo?a)をリュックから取り出して、吹いてみる。

※サンポーニャは、南米アンデス地方の民族音楽フォルクローレに使われる笛の一種。



収穫は少なかったが、往復1時間30分(帰路は上りで50分)の散歩は、運動不足解消に最適な距離。

心地よい汗がTシャツを滲ませている。

週に一度くらい、晴れた日には川原で戯れることにしよう。


posted by ito-san at 02:42| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月01日

バナナ紙作り@「CHICHAN」(31)

4月25日(土曜日)

24日の続きです。

子供たちと一緒に、習字が始まった。

硯(すずり)で墨をするのは、私の仕事。

子供たちは日本の筆を使い、 形に捕われない自由な発想で描いていた。

墨をするのに、大忙しの私です。

ジュンペイさんが、子供たち名前をカタカナで書いてあげていた。

みんな大喜びだ。

私は「門手根黒」と、モンテネグロの当て字を書いた。

ローランド君が、その紙をどこかへ持っていった。

え! もしかして展示するの?

そうなら、ちゃんと書けばよかった。

意味のある文字はなかったのか。

これ以上は、巧く書けないし、気の利いた文字は浮かばなかっただろうが、反省している。

習字1.jpg

習字2.jpg


続いて、紙作り。

昨日、準備したマテリアルを煮込み、洗い、叩いて、そして洗う。

煮込みは、ボランティア・メンバーの台所を借りた。

2時間は煮込みたいところだが、一般家庭の台所を占領するのが気が引けて1時間で切り上げた。

苛性ソーダが入っているので、他人に任せるのは危険だろうと、初回は手本として私が洗うことにした。

洗い終わったマテリアルを持って、「CHICHAN」事務所に移動。

叩き潰す道具も十分な物ではなかった。

煮込み&叩き作業の完成度は50%。

これでは、私の欲する紙にはならない。

しかし、それは私が満足しないだけのこと。

出来上がった紙は、それぞれに個性のある完成品となる。

繊維だけになった、プラタナ(料理用バナナ)の茎を、ネットの張られた枠の中に入れる。

枠は、ローランド君とアナさんが持っていたのを借りた。

彼らは、個々でリサイクルペーパーを作っていた。

大きさがまちまちの小さな枠。

初心者が作るには、小さい方が良いだろう。

チャポチャポ、掌で繊維を叩くようにして、枠いっぱいに広げていく。

大人も子供も一緒になって、チャポチャポ。

水遊びは、世界共通、誰でも楽しいものだ。

紙作り1.jpg

紙作り2.jpg

紙作り3.jpg

みんな、始めての経験だ。

チャポチャポとやっているだけで、果たして紙になるのか?

クエッション・マークが浮かぶのも無理はない。

私だって、最初は疑問符のオンパレードだった。

注意事項は「繊維の固まりや薄すぎてアナになってしまわないように」だけ。

十数個の枠に、マテリアルがおさまって作業は終了。

あとは、乾くのを待つだけだ。

紙作り4.jpg

早く手にしたくて、生乾きで枠から外してしまう。

生乾きで外すとシワになる。

ドライヤーを持ち出して来た。

よほど、早く見たいのだろう。

太陽に透かすと繊維のシルエットが美しい。

不思議・不思議。

なぜ、なぜ、なぜそうなるの。

自分で作った紙。

みんなの顔に笑顔が浮かぶ。

大人たちは出来上がった紙を手の手に、「こんな使い方ができるね」などと、今後の展開を考え始めている。

良い利用法が見つかるといいね。

利益が出れば、リサイクル運動財団「CHICHAN」の運動資金にでもすればいい。

お役に立てれば、それで私は満足。

紙作り5.jpg

ボランティア・メンバーから、「ランプ作りに挑戦したい」との声があがる。

それでは、次回は、ランプを作ることにしましょうか。


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2015年05月30日

リサイクル運動財団「CHICHAN」(30)

4月24日(金曜日)

日にちは、またまた前後します。

写真を見ながら、記憶をたどって書いています。


4月15日からの小旅行で、延期になっていた紙作りプロジェクト。

いよいよ始動。

リサイクル運動財団「CHICHAN」事務所に、ローランド君を訪ねる。

まずは、モンテネグロ市長=ハメス・カニャス・レンドン(James Canas Rendon)氏を表敬訪問。

市役所は、ボリバル広場前にあった。

「CHICHAN」の活動を応援している市長のようです。

アルティサノ(工芸家)として紹介された。

私としては「アーティスタ=Artista」と呼ばれたい。

「身分をわきまえろ!」ってか。

手持ちの創作文字「楽」をプレゼント。

喜んでくれました。

さっそく壁に貼って、記念写真。

James Canas Rendon.jpg


市役所をあとにして、プラタナの幹をもらいにフェルナンドゥさんのフィンカへ。

※フェルナンドゥさんについては「http://itosan-ubud.seesaa.net/article/418764282.htmlフィンカと呼ばれる大農園を訪問(16)」を御覧下さい。

Platana1.jpg
収穫終わったプラタナの幹(茎)を一刀両断

Platana2.jpg
使いかっての良い長さ(60センチほど)に輪切り

Platana3.jpg
表皮の固い部分を取り除く作業をするito-sanです

こうしてプラタナの茎は、バナナ紙のマテリアルとなる。


「CHICHAN」の事務所へ戻る。

この日は、ボランティア・メンバーの大人たちで紙作りの下準備することになった。

前もって言い伝えてあるはずだが、道具(ナイフ、ハサミ)の数が足らない。

剥いだ60センチの長さの茎を、縦3センチほどに切り分ける。

この作業、指導だけのつもりが、私ひとりでやり終えた。

切り分けられた茎の繊維部分を裂く作業は、包丁でOK。

私は、自前のカッターナイフを使うことになる。

カッターナイフは切れ味が良すぎて、裂くつもりが切れてしまう。

それでも、彼らより作業は早い。

そりゃそうか、10年以上の経験者だもの。

itosan4.jpg

私が切り裂いている間、彼らには、切り裂かれた60センチ×3センチの繊維部分を5センチほどに切り落とす作業をしてもらうことにした。

切る作業はハサミを使う。

子供の工作用のハサミでは能率が悪い。

「能率が悪い」と思うのは、「時は金なり」の精神が未だに残留しているからだ。

ああ、やだやだ。

しかし、大人がする動きではない。

バリでの作業があまりにもスムースだったばっかりに、この光景には少々困惑気味。

紙作り.jpg

ボランティア・メンバーには、アーチストや経営者が多い。

能力ある彼らでも、始めてのことはこんなものだ。

一度行程を熟視すれば、今度は新しいアイデアを出して来るだろう。

ここではここでの最善の方法があるはず。

彼らが、それを見つけてくれると信じている。

それに期待して、私は急がないことを指導方針にした。

紙作りは、明日25日(土曜日)、子供も参加して行うことになった。

〜続く〜


※作り方の詳細は「極楽通信UBUD・27号」に載っています。

表紙のイラストは、名古屋の友人・水野真人さんの作品です。


posted by ito-san at 12:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月29日

今夜の夕食は、ピザorハンバーガー?(29)

曇り空が続いている。

この二三日は、雨模様だ。

寒い。

体感温度15度くらいか。

寒くて、一週間ほどシャワーを浴びていない。

水シャワーだと思うだけで、気分が萎縮してしまうのだ。

今日は、鍋でお湯を沸かした。

シャワールームは日陰で、見るからに寒い。

薄日が差し込む裏庭の方が、暖かいだろう。

2つのバケツにお湯をはった。

ヒシャクがないので、適当な大きさのプラスチックを代用。

狭いシャワールームより、開放感があって心地よい。

これからは、この方法を採用しよう。


外に出る気も起こらない。

が、夕食には外出しなければならない。

昨夜は、ルーベン君の家で食事をいただいた。

毎週、月・水に4,000ペソ(約200円)で、夕食を賄ってもらう契約が成立。

今夜はどこにしようかな?

ピザかな、それともハンバーグかな。

時には、こんな物が食べたくなる。

ピザは「SOMEUI PIZZA」。

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トッピングは、メニューの一番上にあるHAWAIANO。

一番安い4,000ペソを指さし注文。

男子店員に「それはこんな大きさですが、いいですか?」と見せられた三角形の紙皿。

ムムム・・・。

ちょっと小さいかな。

8,000ペソのトッピングに、指先を移動する。

パイナップル入りとは知らなかった。

名前がハワイだ、気づくべきだった。

甘くて半分近く残してしまった。

「お持ち帰りしますか?」と問われが、丁重に掌を振ってお断りした。

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リベンジでは、メニュー2番目のトッピングをオーダーした。

大きさは、三角形の紙皿サイズ。

これが、私には味も量も正解だった。

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飲物は、Hit と書かれた瓶詰めジュース(1,300ペソ)。

冷蔵ケースから取り出して栓を開けようとしたら、店員に止められた。

勝手にやってはいけないのだ、と恐縮しながらビンを彼に手渡した。

彼はビンを逆さまにしてビンの尻を、数回叩いてから栓を開けた。

こうして底に沈殿しているジュースを混ぜるのだそうだ。


ハンバーガーなら「LAS PERAS」。

ニジマスがお薦めのようだが、ハンバーガー屋まで来てニジマスはいらない。

肉入りハンバーガー(3,000ペソ)を注文した。

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客席は、店内にハイチェアーが一つ。

表の歩道に、小さなペンチが一つ。

私はハイチェアーに陣取った。

久しぶりに、かぶりつく。

満足・満腹。


さて、今夜はどこにしようかな?


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2015年05月28日

なんちゃって書道・指導しちゃった(28)

さかのぼって、4月11日の話です。

ジュンペイさんの友人アナ・イザベルさんが、カリグラフィー(書道)をしたいと言っている。

アナさんは、マッサージのセラピスト。

以前、サレントを訪れた日本人女性から手ほどきを受けたことがあるらしい。

習字紙と墨汁を持って、ジュンペイさんの家に来た。

日本人なら誰でも書道ができると思っているのだろうか。

バリにいる時には、日本人なら日本製品を修理できるだろうと、アイロン・ラジカセ・洗濯機・カメラ、時にはバイクなどが持ち込まれた。

配線のプラス、マイナスくらいはわかるが、それ以外はチンプンカンプン。

私は、機械音痴でもある。

書道の心得は、まったくない。

たまたま書くことはあるが、それはほとんど創作文字だ。

筆2本と墨・硯石は、何かに役に立つかもしれないとコロンビアまで持って来ている。

早々にして、出番があるとは思わなかった。


「・・・日本語には、漢字・カタカナ・ひらがな・ローマ字の4種類の文字がある。

漢字は中国から伝わった文字で、現在、中国・韓国・日本で使われている。

日本では、漢字をヒントに、カタカナ・ひらがなが作られた。

ローマ字はアルファベットなので、スペイン語を話すことは出来ないが、一部の発音を除いて読むことはできる。

漢字の書体には、篆書(てんしょ)・隷書(隷書)・楷書(かいしょ)・行書(ぎょうしょ)・草書(そうしょ)がある。

日本では、漢字と仮名の加わった書が造形芸術の技として書道と呼んでいる。

書道には、流儀がある。

手本が書けないので、習字(今は書写と言うらしい)さえ教えることができない。

そこで、今回は自由に書くという、創作書をしたいと思います。

書き方にこだわらず、文字の持つ面白さを表現してくれればいいです・・・」


こんなことを説明しながら、アナさんに自由に書いてもらった。

もともとセンスがあるのだろう、書き順は違うが、文字のバランスが整っている。

出来上がり良ければ、すべて良し。。

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「私の肩に字を書いてください」と頼まれたて、『愛』と書いた。

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空港でもらったANAのボールペンを、アナさんにプレゼントした。

「私の名前だ!」と言って喜んでくれた。

ANAと書かれたボールペンに、彼女は喜んでくれた。

無料の土産でまかなって、ゴメン。


この2日後に、中国人から墨絵と書道を習ったという女性が訪れた。

持って来た習字紙には、中国風の墨絵が描かれていた。

彼女は、私から墨絵を習いたかったようだ。

冗談じゃない、私に墨絵は描けやしない。

サレントは、様々な人々が訪れる土地だとみえる。

中途半端な態度でいると、あとで恥をかきそうなので「できないことは出来ない」と、はっきりと言うように心掛けよう。

4月9日のモンテネグロでフィンカ訪問から、15日の小旅行出発までの間の出来事でした。


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2015年05月27日

サレントに残される日本人ひとり(27)

定食屋「エル・リンコン・デ・ルーシー」(17)でも書いたが、5月11日に、ジュンペイさんの部屋からピノさんの家に移った。

ピノさんが旅行中の間、私が3ヶ月ほど借りることになった。

一人住まいをしてから、25日間ほどが経っている。

それでは、居候先を一般公開します。

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小窓の開く窓が気に入っている

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引っ越してからの生活は、1990年にウブドを訪れた当初と同じことを幾つかしている。

1)洗濯はバケツで手洗い。

ジーパンは床に広げて、タワシでゴシゴシ。

ウブドより涼しく、あまり汗をかかないので洗濯物は少ない。

サレントには、ツーリスト向けのクリーニング店が一軒あるだけ。

1キロ4,000ペソ(約200円)。

最小2キロとなっていた。

地元民向けには、洗濯機を時間いくらで貸すクリーニング屋がある。

バイクの荷台に洗濯機を積んで、家まで持って来てくれるのだそうだ。

こちらの方が断然安くて、ピノさんはこちらを利用している。

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観光オフィスの隣りにあるクリーニング店

2)シャワーは水。

テガランタン村では、ホットシャワーから格上げしてバスタブの湯に浸かっていた。

お湯に慣れた身体に、水シャワーはキツイ。

ジュンペイさんの部屋は、チョロチョロだが、お湯の出るチンケな湯沸かし器があった。

それでもないよりはましだった。

銭湯の大好きな私の身体は、暑い日でも温水を欲する。

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小さな電気湯沸かし器が、パイプの先についている。

この2つ以外は、停電もないし断水もない、まったくの都会生活。

ピノさん家には、ジュンペイさん家より繋がりの早い光ファイバーのWiFiがついている。


食事は、毎日昼夜とジュンペイさんが用意をしてくれる。

私は、食材費を半分負担して、食器を洗うだけ。

朝は、小松菜、パセリ、コカの葉の粉末、オレンジ、アロエ、マカの粉末、etcの入った健康ジュース。

それに、手作りヨーグルトのフルーツサラダが出る。

ジュンペイさんはベジタリアン。

料理上手なジュンペイさんの食事は、私にも美味しく食べられる。

苦手なマッシュルームがよく調理され、ちょっとツライ面もあるが、据え膳の私に贅沢は言えない。

コロンビア料理に豆料理はつきもの。

豆類が大好物の私には、嬉しいメニューだ。

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昨日(25日)の早朝、ジュンペイさんはペルーに3週間(5月25日〜6月19日)ほどの日程で買い出しに旅に出掛けた。

今、サレントに居る日本人は私ひとりだろう。

電気、水道、ガス、WiFiなどの支払い代行を、ルーベン君に頼んでいってくれた。

少々心細いが、不都合なことは何も起こらないと願っている。

外食生活が始まる。

私はまったく料理ができない。

料理はしないし、冷たい物を飲まないので、ピノ家に冷蔵庫がないことに気がつかなかったほどだ。

ウブド滞在中、私の冷蔵庫は、封を開けたパンや菓子類にアリがたかるのを避けた保管庫だった。

バリ島在住の友人・T氏が料理に挑戦しているのを見て、見習わなければとは思っている。

朝食兼昼食は、コーヒーかハーブティにパンでも齧っていれば、それで充分。

夕食を7時頃にして、サレントのレストランを巡ってみようと思っている。

この機会に、トリップアドバイザーの口コミ投稿用レストランチェックでもしておこうかな。

お値打ちのレストランの多くが、平日定休日になっているのが問題だが。

今、「なに食べたい?」と聞かれたら、バリなら「ナシ・チャンプール」、日本なら「鰻丼」と答えるだろうな。
posted by ito-san at 03:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 南米コロンビアの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする