2019年08月17日

ロンボク島・バイクツーリング・その参(321)

ロンボクのギリ3島は、車とバイクの走行禁止。

乗り物はドッカルだけ。

そんなことで、バイクは持ち込めない。

バングサル港周辺には、以前にはなかったバイク預かり場が何件も営業している。

預かり場は、雨風、直射日光の防げる屋根付き。

私は埠頭に近い預かり場にスクーピーを入れた。

空き地にスレート屋根を葺いた簡単な作りだ。

預かり料は、後払いで一泊Rp10,000-。

バイクを預け、船着き場に急ぐ。

駐バイク場とバイクの数を見て、かなりの乗船客がいることがわかる。

ギリ・アイル(Giri Air)行きは、高速艇の桟橋から離れた、港の北の端にある。

もしかしたら、虐げられている?

浜辺に小舟が数隻係留されている。

Bangsal-boat1.jpg
乗客が満員にならないと聞いていたので、長時間待つことを覚悟していたが、人気が出たのか一時間おきに小舟はでていた。

料金Rp12,000-。

Bangsal-boat2.jpg

運に導きられたようで、ギリ・アイルに立ち寄ることにした。

待つこと5分で乗船。

砂浜から直接乗るのは、昔と変わらなかった。

すっかり忘れていて、スニーカーは濡れてしまった。

Bangsal-boat3.jpg

10時25分、出航。




20分で、ギリ・アイル到着。

ギリ・アイルは、想像していたより開発されていた。

Giri Air1.jpg

Giri Air2.jpg

島の中心に向かってあてどもなく歩き、竹塀の宿の門をくぐった。

宿の名前は「FABIAN HOMESTAY」。

部屋数は、2つ。

料金は、一泊Rp150,000-。

FABIAN HOMESTAY.jpg

チェックインのできる時間には、まだ早かった。

時間潰しに港付近を散策。

ついでにワルンで昼食。

Giri Air3.jpg

宿に戻ると、部屋は清潔に整頓されていた。

リュックを下ろし、ベッドで横になる。

ホットシャワーでマンディを終え、島で唯一の観光であるサンセットを拝みに出かける。

宿の主人に「島を一周するドッカル(馬車)のチャーター代はRp250,000-と高いので、自転車がいいよ」とすすめられた。

私の体力で、可能な行程だということか?

レンタ・サイクル屋で、所用時間を聞くと「早くて一時間、ゆっくりで2時間」と教えられた。

料金Rp40,000-。

サンセットに間に合うには、ゆっくり走ってはおられない。

急いで走った。

砂地の道が多く、自転車を引いて歩くことの方が多い。

思ったより大変なサイクリングだ。

この砂地を抜ければ楽になると、言い聞かせ先を急いだ。

小舟の停泊する港が見えてきた。

Giri Air4.jpg

島の反対側にも港があったのか? と疑問。

違う、レンタ・サイクルのオフィスの前を通り過ぎていたのだ。

サンセットヴューの見えるレストランに戻り、座り込む。




胸につけたアクション・カメラは、私の手元と道路しか写っていなかった。

一生懸命走ったので、カメラが下を向いてしまったのだろう。

悔しいので、そんな動画もアップしておいた。




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2019年08月10日

ロンボク島・バイクツーリング・その弐(320)

7月24日:8時起床。

今日はガルンガン祭礼日当日。

朝食のコピ・ロンボクとトーストが、テラスの準備されていた。

きのう、バリ食ラワールを希望したが受入れられなかったようだ。

薄雲地の空を見上げ、トーストをかじる。

目の前に、ロスメンの家寺が見える。

お祈りさせてもらうつもりでいたが、ウブドと比べ気合が入っていない飾り付けに、私の気持ちが失せた。

町にあるプラ(寺院)も、ハレの姿はみられなかった。

バリの正装を持ってきたが、着替える機会はないかもしれない。

コピを啜りながら、荷作り。

当初の計画では、反時計周り考えていたが、マタラムからなら時計周りがベストだろう。


途中、アンペナン(Ampenan)の町を通る。

アンペナンは思い出のある町。

バリ・ウブドに滞在する前(1990年)は、ギリ・トラワンガンに長期滞在する予定だった。

日本を発つ前、いろいろと生活の手段を考えたことが懐かしい。

2度と日本に帰ることはないだろうと、決死の覚悟で訪れている。

下見に来た時の定宿がここだった。

立ち寄ってみた。

廃業して荒れ果てていた。

ampenan.jpg


アンペナンは、ロンボク島一の規模を持つ港町。

ジャワ島、シンガポール、香港などを行き来する船の貨物港として使われている。

今は活気がなくなっているが、その昔は人の往来も多く、倉庫や宿が軒を連ねていたと思われる古き良き時代を懐古できる建物が残っている。

再利用できないものだろうかと、イベント気質が顔を覗かせた。




午前9時、アンペナンを後にした。

スクピーの調子は、すこぶるご機嫌。

途中の街道沿いのワルンで、休憩がてらの軽い食事。

10時05分、リゾート地ビーチのスンギギを(Senggigi)通過。

senggigi.jpg


今回の旅で、ギリ3島に寄ることは考慮に入れていない。

2018年の地震の影響で、観光客が激減しているとは聞いている。

廃墟を見るのも忍びない。

今夜の宿の確保を考えると、ギリ3島のどこかで泊まる選択もありではないかと思い始めている。

予定のない自由気ままな旅。

ギリ・トラワンガン(Gili Trawangan)には、知人のヴィラがある。

ギリ・メノ(Gili Meno)には、知人が住んでいる。

海岸に近いギリ・アイル(Giri Air)には、行ったことがない。

立ち寄るとすれば、ギリ・アイルだ。

知人を訪ねない私は、薄情な奴。

以前、ギリ3島へ渡るにはバングサル(Bangsal)港からローカルの小舟を利用するしかなかった。

それも不定期で、乗客(約30名)が集まらないと出航しない。

ギリ・トラワンガンの人気が沸騰し、今は、バリから高速艇が頻繁に出航している。

ほとんどのツーリストが高速艇を利用するので、小舟の利用者は少ないだろう。

船便の都合に運が導きられれば、渡ってみよう。

とりあえず、バングサル(Bangsal)港に向かうことにした。

ドッカル(馬車)の姿を見て、29年前を回顧する。

バングサル港は、すっかり近代化さてていた。

港に、回顧の面影はなかった。


posted by ito-san at 17:49| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月03日

ロンボク島・バイクツーリング・その壱(319)

23日:午前7時。

「トントントン・・・・」

小気味良い音が、壁越しに聴こえてくる。

ガルンガン祭礼日のご馳走を作る音だ。

明日24日は、部外者の私が疎外感を味わうガルンガン祭礼日。

25日は、私めの72回目の誕生日。

今更、祝われるのも気恥ずかしい。

そんなわけで、隣のロンボク島に逃避することにした。

1998年に、愛車キジャンで島内一周をしたことがある。

今回は、愛バイク・スクピーで一周の計画だ。

ロンボク島には、10年前に高速艇でギリ・トラワンガン(Gili Trawangan)に渡って以来。

久しぶりの訪問になる。

ご馳走作りに励む大家さん家族に「旅に出る!」と告げて家を出た。

普段は昼まで寝ているのに、旅の時は、なぜか早く起きられる。

スクピーのオイルも交換したし、タイヤのチェックも終え、壊れていたスピードメーターも直した。

準備万端。

午前7時40、バリ島東部のパダンバイ(Padanbai)港に向けて出発。

パダンバイ港には、8時50分着。

走行距離のメーターは、34005.6 を指している。

ロンボク島一周は、何キロ走行することになるだろう。

フェリーの料金は、Rp125,000-。

高くない?!

料金場のオヤジを疑ってしまう。

プラマ社で聞いたシャトルバスの料金は、ウブドからギリまででRp150,000-。

ガイドブックには、乗船料Rp45,000-と書いてある。

思い出した、これは乗客1名の料金だ。

今回は、バイクで乗船だったのを忘れていた。

フェリーの出航は、9時50分。

スクピーは、フェリーの片隅に乗っている。

ferry1.jpg

これから、こいつとの旅が始まる。


客室設備の整ったフェリーで、リクライニング・シートと二段ベッドの睡眠スペースがある。

ferry2.jpg

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乗船時間は5時間の予定。

デッキには日光浴する欧米人ツーリストの姿がある。

ギリ3島やロンボク・クタに、行くのだろう。

バリからバイクで来ているツーリストも多い。

ロンボク島レンバール(Lembar)港には、15時00分に着岸した。

波が穏やかだったからか、予定通りの到着だ。

乗船もそうだったが、下船も気抜けするほどのノーチェック。

マタラム(Mataram)市には30分ほどで着いたが、すぐに見つかるつもりだった目的地「オカ・ホームステイ」の場所がわからない。

オカ・ホームステイは、マタラムでの私の定宿。

これまでは、プラマ社のシャトルバスで来ていたので、プラマのオフィスからの道順しか知らなかった。

オカ・ホームステイは、バリ人の多く住む村の中にあったはず。

ガルンガンのペンジュールが立つ通りに行けば、なんとかなると考えていたのが、大間違いだった。

ロンボクには多くのバリ人が住んでいて、ペンジュールの立っているところがたくさんある。

実は今回の旅の目的の一つに、ロンボクのガルンガン祭礼日の体験がある。

ニュピは一度体験したことがあるが、ガルンガンは初めてなので楽しみにしている。

スマートフォンをオンにして、グーグルマップを開き探した。

目的地はわかったが、道順がわからない。

操作の仕方が知らないからだ。


あっちに行っては止まり、こっちに行っては止まりして、尋ねた。

そんなことで、2時間近くも彷徨ってしまった。

オカ・ホームステイは、マタラムの隣町・チャクラヌガラ(Cakranegara)にあった。

17時00分:オカ・ホームステイに到着。

oka_homestay1.jpg

暗くなるまでに宿の着きたかったので、かなり焦ったゾ。

宿探しは、今後も課題だ。

「スマートフォンで予約ができるじゃないか」の声が聞こえてきそうですが、私にはできないに任務です。

今日の走行予定は、ここまで。

オカ・ホームステイは、以前のままの佇まいだった。

10部屋あり、エアコン付きがRp200,000-で、扇風機付きはRp125,000-。

私は安い部屋にした。

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ウエルカム・ドリンクで一服。

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マンディ(水浴び)を済ませ、一寝入り。

oka_homestay4.jpg


夜は、近くを散策した後、道端のワルンで夕食。


無事に来られたことに感謝。

明日も、気を引き締めて行こう!

おやすみなさい。


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2019年07月31日

中部ジャワ・マグラン・おまけ編(318)

ついに、マグランの旅も終わりです。

最後に、おまけをまとめてみました。


その一: kafe Mpat に尋ねてきた絵描きさん。

以前、ウブドの滞在していた人物で、プンゴセカン村にあった彼のギャラリーは、私も覗いたことがある。

ギャラリーは、今のソパ・ガーデン・レストランの土地。

雑然としていたギャラリーは記憶に残っているが、彼の顔に覚えはない。

パヨガン村に家を建築中と言うから、近々ウブドに戻るのだろう。

kafe Mpat の備品を、手当たり次第に筆を入れていく。

製作工程が見られたのは、幸運だった。

kafe Mpat_art1.jpg

kafe Mpat_art2.jpg

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その二:牛の田おこし

散歩の途中に出会った風景。





その三:建築中のジョクジャカルタ新空港。



指が写ってしまう失態を犯してしまったが、我慢して見てください。

ジョクジャカルタ特別区の南海岸(Pantai Glagah近くのPantai Congot)に建築中。

完成の暁には、海岸沿いに「空港ビュー」のレストランが増えることでしょう。



その四:マゲランのバスターミナルで入ったトイレにショック!

小さな穴しかない。

そう言えば、昔ジョクジャカルタの朝食が美味しいと有名なワルンで入ったトイレもこうだった。

お世辞にも快適とは言えない、トイレです。

toilet.jpg



最後に:Kafe Mpat の sunset

私が泊めてもらった部屋と夕焼けです。





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2019年07月28日

「Hotel Pondok Tingal」でワヤンクリッ鑑賞!(317)

毎度、疎外感に苛まれるガルンガン祭礼日(7月24日)を避けて、旅に出ることにした。

25日の72才の誕生日も、一人孤独に迎えようと決意。

隣の島、ロンボク島に愛バイク・スクピーに乗って。

その結末は、マグラン滞在記が終わり次第アップします。

乞うご期待!


と言うことで、残り2回のマグラン滞在記にお付き合いください。

4月27日、ワヤン・クリッ(Wayang Kulit・影絵芝居)を鑑賞にボロブドゥールの街に。

ウブドでは、毎日のように芸能に接する機会があるが、バリ以外の地域では観られる事は少ない。

ワヤン・クリッは、古くからインドネシアの各地で親しまれてきた。

現在では、ジャワ島のジョグジャカルタとソロ、そしてバリが有名だ。

バリにワヤン・クリットが伝わったのは、マジャパイト王朝の15世紀頃だと言われている。

ルーツはジャワ島だが、形態が変わって今の根付いている。

オダラン(寺院祭礼)、削歯儀礼、婚姻儀礼、火葬儀礼、誕生日儀礼(オトナン)などの宗教儀礼の一部として、欠かせない奉納芸能だ。

バリのワヤン・クリッは、ダラン(人形遣い)はスクリーン裏で演じ、鑑賞者はスクリーンに映る影絵を見る。

ジョクジャカルタやソロのワヤン・クリッは逆で、影絵を見るよりは演者を鑑賞するがメインになっている。

バリと違って、宗教性のない娯楽として残っている。


この日は、ボロブドゥール最古のホテル「Pondok Tingal」で、月一回入場無料で催されているワヤン・クリッを鑑賞することができた。

ボロブドゥールで唯一、古典芸能を鑑賞できる場所のようだ。

ホテル施設の幾つかが建物が解放されていた。

ダランの甲高い声が聞こえる。

館内に入ると、正面奥に大きなスクリーンがある。

スクリーンの前には、女性のダランが後ろ向きの姿が目に入った。

Wayang Kulit-1.jpg

女性のダランは初見。

ジョクジャカルタにある芸術大学のワヤン・クリッ科には何人かの女性がワヤン・クリッを学んでいるようだ。

4月21日は、インドネシア女性解放運動の先駆者「イブ・カルティニ(Ibu Kartini)」の日。

この日は、イブ・カルティニに敬意をあらわして、女性のダランを招待したようだ。

横には謡の女性2名が、こちらを向いて座っている。

女性は、伝統衣装のクバヤ。

男性は、ジョクジャカルタの王宮で見かける正装に包まれている。

その前(後ろというのか)は、大ぶりなガムランが並べられた広いステージ。

ガムランがバリのと、まったく違う。

すべてが大型だ。

Wayang Kulit-2.jpg

バリのそれと比べると、豪華絢爛だ。

写真や動画で観たことはあったが、生の見るのは初体験だ。

観客は粉コの字型に並べられた椅子の座っている。

ステージの裏と中庭には、スナックや飲み物が用意され、鑑賞者は自由に取ることができる。

Wayang Kulit-3.jpg
(オーナーの名誉のために付け加えておくが、中庭には、もっと立派なワルンが出ていた)

芸能を残したいと考えるオーナーの太っ腹な振る舞いだ。

コーヒーとお菓子を手に鑑賞する人々が、たくさんいる。

伝統衣装に身を包んだ男性が多い。

これもオーナーの考えなんだろう。

私はコーヒーを持って、バリでするようにスクリーンの裏に回った。

スクリーンの裏には椅子がなく、ジュータンの床に座り込んだ。

Wayang Kulit-4.jpg




ジョクジャカルタ市内には、ソノブドヨ博物館(Museum Sonobudoyo)と王宮南広場(Sasono Hinggil)で毎晩ワヤン・クリッは公演されている。

ラーマヤナ舞踊は、プラウィサタ劇場(Purawisata)とプランバナン寺院(Prambanan)で公演がある。

バリのように、芸能を鑑賞する機会がもっとあればいいのにと思った。

そうすれば観光客を逗留するだろう。



posted by ito-san at 17:01| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月16日

中部ジャワで温泉に浸かる。いい湯だね!(316)

バダさんが「温泉に行こうか?」と誘ってくれた。

マゲランに来て、温泉に浸かれるとは想像もしていなかった。

もちろん「Yes!」と即答。

温泉は、今年3月17日にバリ・ キンタマーニ温泉に入って以来。

(「バリで温泉 @ キンタマーニ(300)」http://itosan-ubud.seesaa.net/article/464663500.html

キンタマーニの温泉は、温泉というよりは温水プールだった。

久しく(4年ほど)バスタブに浸かっていなかったので、その時はそれで十分に満足した。


バリに戻る日が迫った4月25日、いよいよ温泉行きが実行された。

メンバーは、バダさんとリカさん夫妻、ウオンさんとヤ二君とKafe Emapスタッフの男子、そして私の総勢6名。

場所は、ジャワ海に面した都市スマラン郊外。

マゲランからは、北に向かって車で2時間ほどのドライブ。

グーグルでWisata Air Panas Alami(天然温泉ツアー)と検索すると出てくる「Gonoharjo」。

「Gonoharjo」は、人里離れた道が途絶えた山あいにある。

道中の景色も見応えがありそうで、楽しみに心が弾んだ。


道は行き止まりになり、入場料金所がある。

早朝のこと、まだゲートは開いていない。

右手に観光施設、左手は広い駐車スペース。

観光施設には、ホテルと数所のアクティビティがあるようだ。

airpanas_gonohorjo1.jpg

駐車スペースの一辺は、ワルンが数件並んでいた。

左端のワルンがオープンしている。

バダさんは顔なじみのようで、みんなの朝食を注文した。

メニューが思い出せない。

朝食を終え、いざ出発。

「危ないな道だから注意して!」とバダさん。

バダさんは、ワルンの横手にある脇道を入って行く。

ゲートからだと階段で近道だが、我々は絶壁を切り開いた危険な道を選んだ。

景色が良いからか、単に入場料を払うのが嫌だからか。

入場無料の脇道は、何回目かに訪れた時にワルンの女将が教えてくれたそうだ。

谷底の川までは、50メートルほどありそうだ。

足元は悪い。

景色に見とれていると危険だ。

平坦な脇道を抜けると、ゲートからの道と交わる。

階段をしばらく下りると、清流の小川で出た。

水の流れる音が、心地よい。

airpanas_gonohorjo2.jpg

橋を渡り、林道のような小道が続く。

ちょっとしたハイキング・コースだ。

疲れを忘れさせてくれる、心地よい風が全身を包む。

プールの幾つかが、川沿いに見え隠れする。

あれが目的地の温泉か?

airpanas_gonohorjo3.jpg

原生林に囲まれた秘境の露天風呂。

原始の息吹きが感じられる。

お湯の色も漂う香りも、まさに温泉風情。

これは、本格的な温泉だ。

湯加減もよろしく、寛げる。

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同伴の友人と戯れる。

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清流で滝に打たれる。

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温泉に満足した私は、次回のマゲラン訪問では、ボロブドゥール近郊の温泉地をくまなくリサーチことを決意したのであった。



posted by ito-san at 17:48| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月07日

竹林の村・Pasar Papringan @ Temanggung(315)

相変わらず、インドネシア語でコミュニケーションできない私だが「Kafe Mpat」の生活は楽しい。

月曜日早朝の恒例ジャランジャランでの出来事。

なぜかフルーツの話になって、私はマンゴー(mango)が好物だと発表した。

マンゴーは、インドネシア語でマンガ(mangga)。

ジャワ語ではメンゴ(mango)、スンダ語ではプルム(pelem)と言うらしい。

私のマンゴーの発言に、散歩に同行している皆んなが反応した。

各自が「マンゴー」とつぶやいている。

私の発音がおかしかったのだろう。

スタッフの若者が、おどけた調子で「Mangga」と言って、身体の前に右手を伸ばし左から右に横にスライドさせた。

全員が笑った。

若者が説明してくれた。

スンダ語の「Mangga」は、インドネシア語の「どうぞ(Silakan)」と同じ意味らしい。

そう、彼は私に「どうぞ」という仕草をしたのだ。

このあと何度も「Mangga・モンゴー」の発音を指導された。

カタカナのモンゴーでは表現しきれていない。

発音は難しいので、ここでは割愛する。

◎蛇足:マンゴー(檬果、芒果、学名: Mangifera indica)は、ウルシ科マンゴー属の果樹、またその果実。
菴羅(あんら)、菴摩羅(あんまら)ともいう。
マンゴーの栽培は古く、紀元前のインドで始まっており、仏教では、聖なる樹とされ、ヒンドゥー教では、マンゴーは万物を支配する神「プラジャーパティ」の化身とされている。(参照:Wikipedia)


マンゴーの話は、これまでにして。

今回は、竹の村を見学した話をする。

ボロブドゥールには、政府が支援するバルコンデス以外にも村興しの提案をする若者グループがある。

鍛冶屋の村と陶器の村は、代々受け継がれている地場産業だが、ボロブドゥール近郊の多くは農業中心の村だ。

若者グループは、その何もないと思われる村を訪れ、特徴を探す出す。

その特殊性を観光の目玉にしようと計画を立て、実践していく。

この村では、村は外れに残る竹林に注目したのだ。

村は、Dusun Ngadiprono, Temanggungにある。

竹林を散策するだけでも楽しいが、定期的にパサールが開けられると聞いていたので、パサールの開かれる日を選んで出かけた。

パサールの名称は「Pasar papringan」(Pasar sumpring desa Bumijawa Tegalかもしれない)。

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村は田んぼの奥にある。

車を止め、密集する民家を抜けるようにしてパサールへ向かう。

村を抜けると竹林になる。

太い見事な竹の林。

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竹林は延々と続く。

村人中心に開かれているパサールは、地元の人々で賑わっていた。

買い物はパサール専用のお金使うため、マネーチェンジをする。

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竹の村にふさわしい竹細工商品。

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ローカル・フードの屋台が並ぶ。

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フードを手に入れたあとは、ベンチに座って歓談。

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パサールの中央では、ジャワ・ガムランの演奏と歌が公演されている。

美しい高音で歌う男性に魅了された。

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◎バダさんの知人がドローンを飛ばして「 Kafe Mpat」撮影した動画を添付しました。
ご覧ください。

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2019年06月29日

鍛冶屋の村と陶器の村を見学にGO〜!(314)

ボロブドゥール近郊にある、鍛冶屋の村と陶器の村を見学に行くことになった。

鍛冶(かじ)屋のことは、ジャワもバリと同様にパンデと呼ぶことを知った。

村あげての市が開かれていると聞いて、喜び勇んで出かけた。

原地直売で、ノミなどの工具を入手したいと目論んでいる。

山間部にある鍛冶屋の村は、閑散としていた。

暦を読み違えたのか、市は開催されていなかったのである。

それでも、2軒の鍛冶屋を覗くことができた。

昔ながらの、フイゴで火を起こしての手作業。

市が開かれる日の方が品物選びの選択支は広がるはずだから、今回は買わずにおいた。

次回の楽しみということで、写真も撮っていない。


陶器の里は、Nglipo村にあった。

主にテラコッタの鍋・釜・食器などを作っている村と聞いている。

バリと同様に、高温で焼く陶土がないのだろう。

村の中央にある広場に足を踏み入れると、片隅に稲のワラが積み上げられていた。

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陶器を焼く燃料だろう。

鶏がワラに包まって、気持ち良さそう。

バリでは、ココナッツの外殻が使われている。

所変われば、品変わるというわけだ。


広場の反対側に、ワラ灰の残る小屋がある。

Nglipo2.jpg

ということは、ここで焼くのか?

作った陶器を日干しした後、この小屋に積み上げ、ワラで覆って火を点けるのだろう。

なんと、素朴な釜だ。


「どうぞお入りください」と誘うように開放された家が、目の前にあった。

外から、そこがテラコッタの工房だとわかる。

中に入って見学させてもらうことにした。

声を掛けたが誰も出てこない。

手押しのろくろは、今まで誰かが廻していた形跡を残したまま。

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すぐに戻って来るだろうと、勝手に解釈して無断で侵入。

興味を引く物はないかと物色しながら、工房内をウロウロとする。

設置されているガス釜は、しばらく使われていないようだ。

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作りかけの商品が幾つも並んでいる。

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テーブルの上に、素人が作ったと思われる作品が何点か置かれている。

作品の横に、作者の名前が書かれた申し込み用紙があった。

観光客向けに、陶器作りの体験コースがあるようだ。

工房の設備や商品から想像すると、バリの方が進歩している気がする。

土産物店には陶製品が置かれているが、購買欲をそそるモノが見当たらない。

私の行動範囲が狭いからだろうが、おしゃれな食器を目にしていない。

陶器の市場が残されていると、思えた。

ジョクジャカルタの芸術大学(ISI)には、陶芸科がある。

Nglipo村のバルコンデスには、ユネスコが後援する陶芸スタジオが開館していると言う。

陶芸が発展する要素は充分に揃っている。


この日は見学した鍛冶屋と陶器は、奇しくも焼き物の村だった。

次回は、暦を確認して鍛冶屋の村をへリベンジ。

そして、陶芸スタジオを見学したい。

(バルコンデスの説明は■http://itosan-ubud.seesaa.net/article/465218138.html「バルコンデス @ マゲラン滞在!(305)」をお読みください。)


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2019年06月22日

モリンガ(ケロール)ってな〜に?(313)

ウブドの私の周囲では今、モリンガの話題で盛り上がっている。

身体に良い薬草だと聞いている。

「そんなのもうだいぶ以前から知ってるよ!」の声が聞こえてきますが、そんなことに疎いのが私「うぶなウブディアン」なんです。

世の中は健康志向で、この手の情報はたちまちのうちに拡散していく。

ちょっと、ネットで調べてみた。

モリンガの正式名は、モリンガ・オリフェイラ(Moringa Oleifera) 。

90種以上もの豊富な栄養素を含むスーパーフード「モリンガ」。

種・茎・葉・花・根の部分に栄養素が含まれている植物。

葉と花の部分はハーブやお茶として、種はオイル、また化粧品や香水にも使われている。

インドネシアではケロール(Kelor)と呼ばれ、ジャムー(インでネシア漢方)に、バリでは青汁(Lolo Bali)として服用している。

タガス村のチャ・ニナさんがケロールの湯気が目に良いらしく、ココナッツ殻のお椀に顔を伏せている動画を、先日インスタグラムにアップしていた。

伝統的治癒方だとのこと。


「Kafe Mpat」で、今ウブドで旅行者にケロールが人気だとという話をすると、

住人Waunさんが「ケロール料理のワルンが、PalbapangのT字路の近くにあるよ」と教えてくれた。

好奇心をそそられる情報だ。

ヘルシー志向者のサプリメントだと思っていたが、日常的に食している人々がいるのだ。

と言うことで、今回はメニューにケロール(モリンガ)料理のあるワルンを紹介しよう。

ローカルバスに揺られて出かけた。

PalbapangのT字路は、バリからの深夜バスで降り立った場所だ。

Waunさんの情報は、Tの字の横棒を東に進んだコンビニの近くだという曖昧なものだった。

コンビニの左右を見渡し、見つからないので商店が切れるところまで行ってみた。

見当たらないので、西に戻ることにした。

出鼻を挫くように、小雨が降り始めた。

軽い好奇心で雨に濡れてまで、食べたいわけでもない。

Tの字の縦棒を越えたところになければ、あきらめよう。

なんと目の前に、看板が立っていた。

目的地は東300Mだった。

同じ道を戻り、かなり歩いたY字路で2つ目の看板を見つけた。

本通りを左手に避ける道の看板には、150Mとある。

左手に足を進めると、バス会社や鉄工所などの町並みになった。

雨は止んでいた。

道の先には、背の高い草の繁る風景が広がる。

地元の人と思われるおじさんに「このあたりにダウン・ケロールのワルンはありませんか?」と尋ねた。

「知らない!」の返事。

意外と認知されていないメニューなのかもしれない。

それとも、私のインドネシア語が理解できなかったのか。

鉄工場で仕事をしている若者に尋ねると「それなら、その先にあるよ」と教えてくれた。

彼は、ワルンの常連のような言い方だった。

しばらく歩くと、ブロック塀に貼られた看板が目にはいった。

たらい回し情報でなかったことに安心する。

バリでは、知らなくても教えてくれる人がいて、何度もたらい回しにあっている。

ブロック塀の続きにワルンがあった。

kelor1.jpg

kelor2.jpg

kelor3.jpg


ほとんどが、知らないメニュー。

女将さんは、話好きだった。

日本人が珍しいのか、私とのツーショットを撮るために、ご主人にスマホを渡した。

撮り終わると、さっそくどこかに送信していた。

kelor_nasi.jpg
《 Nasi Sayur Kelor 》Rp8,000-(料理Rp5,000-/白飯Rp3,000-)。

kelor_rolada.jpg
《 Rolada 》Rp5,000-
ケロールを混ぜた豆腐を揚げた「 タフ・ゴレン」。

kelor_bobor.jpg
《 Bobor 》Rp5,000-
若いパパイヤとケロールとココナッツ・ミルクのスープ。

kelor_bening.jpg
《 Bening 》Rp5,000-
トウモロコシとケロールの透明なスープ。

ケロールは、無味、無臭だった。

料理には、採りたての葉を使っている。

葉は、長い方が2センチほどの楕円形で薄くて肉厚が薄い。

栄養豊富ならサラダにして、食べてもいいな。

後日、知人の家を尋ねた時に、炒め物をご馳走になった。

激辛だったが、白飯によく合った。

ケロールは小さくてワカメのように薄いので、他の野菜を混ぜないと炒め難いだろうな、なんて料理もできないのに想像した。

バリに戻ったら、ケロールのハーブティーを愛用しようかな。



◎参考資料
《 効能・効果 》
〈 葉 〉
免疫力を高め、血圧や脳細胞をコントロールし、ホルモンのバランスを整え臓器と潰瘍の治癒に効果的
熱、気管、目、耳、感染症カタル、甲状腺機能亢進に効果的
糖尿病治療や高血圧の抑止、精神(特に自律神経系)の安定に効果的
肌の殺菌に効果的
母乳を豊富に作り、貧血にも効果的
肝臓・腎臓・脾臓・膵臓を活性化する
便秘の改善、アルコール代謝の促進、不眠症の改善に効果的
〈 鞘・種 〉
若い鞘は高級食材として利用
口内炎、疲労回復、胃潰瘍や胃ポリープに高い効果がある
噛で砕いて食べると口臭がなくなり、毎日食べると虫歯予防になる
抗酸化作用が非常に高いオイルが取れる
〈 花 〉
香水の香料として有名
古くから強壮剤、利尿剤として使われている
絞ったジュースは喉の痛みやカタルを緩和
男性の強壮剤として効果的
〈 根 〉
非常に高い解毒作用(デットクス)で腸内のガスを取り除く
すりおろし、塩と混ぜるとリウマチ・関節痛のシップ薬になる
壊血病の治療に効果的
高麗人参の数倍の栄養価で滋養強壮に効果的


posted by ito-san at 19:11| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月13日

べべ(Bebek・アヒル)の行列にアクシデント(312)

バナナのことはインドネシア語で、Pisang。

ジャワ語では、Gedang。

スンダ語では、Cau。

このジャワ語のGedangが、スンダ語ではパパイヤのことになるらしい。

そんな言葉がたくさんようだ。

いやはやまったく、紛らわしい。

Pisang.jpg
《 珍しい双子のピサン 》

聞かなきゃよいものを好奇心が旺盛な私は、つい訊ねてしまう。

共同体に馴染むには、その地域の言葉を覚えるのが有効的だという考えはバリで習得した。

片言でも一生懸命、その地方の言葉を覚えようとする外国人に対して、親しみを覚えるのは当たり前。

ボロブドゥール地域はジャワ語。

インドネシア語も小学生低学年レベルなのに、ジャワ語を覚えるのは至難の技。

しかし、仲間意識を芽生えさせるのは、片言でもいいからジャワ語を覚えたい。



「Kafe Mpat」滞在中に、月曜日が3回あった。

月曜日恒例の早朝散歩、すべてに連れて行ってもらった。

毎回コースは異なり、朝陽を浴びたり、道端に咲く野花を愛でた。

あぜ道トレッキングだが、時には道無き道や小川上りをするハプニングもある。

ito_magelang3.jpg

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20羽ほどのべべ(Bebek・アヒル)の群団を引き連れる老人が、我々の前を行く。

バリ語でべべは、イティ(Itik)。

老人は細い竹の棒を左右に振りながらべべを誘導する。

この風景はバリの風物誌でもあり、私にとっては珍しくはない。

かつてバリでは、日本人団体客をべべと呼んでいた。

引率者の小旗に続く、従順な団体客の風景を揶揄した言葉だ。

前方から10羽ほどの小さな群団が、やはり年老いた男性のべべ使いに追い立てられるように進んで来る。

行列がすれ違う風景は、バリでも見たことがなかった。

両群団は道の左右に分かれて、行列を乱すことなくすれ違った。

なるほど、よく飼い慣らされている。

bebek1.jpg

しばらく進むと、もう一団が現れた。

30羽ほどの大群を2人の若者が、連れている。

今度も道の左右に分かれて素直にすれ違うだろうと思ったが、そうではなかった。

両群団は遭遇すると同時に、入り乱れ、混乱が始まった。

ベーベーとかしましい。

私には、他部族との交流を楽しんでいる風情に思える。

老人と若者のべべ使いが、混乱を鎮めるためにべべを引き離す。

何事もなかったように、若者たちの行列は進み始めた。

取り残された老人のべべが、明らか半減している。

老人は、若者たちのべべを振り返った。

若者たちのべべに、老人のべべが混じっている。

べべには、持ち主の目印がついている。

若者たちは、何事もなかったように行列を追い立てて行く。

老人は、自分のべべを取り戻そうと若者たちの行列を追いかける。

列は乱れ、道いっぱいに広がった。

若者たちは、まったく協力しない。

メスのべべに、オスのべべがついて行ってしまう。

これはオスの本能なのか?

積極的なのは良いが、立場もわきまえないとね。

老人は、無事取り戻すことができたようだ。

こんな風にして、べべが盗まれることがあるのだそうだ。

のんびりとした早朝の散策で、こんなアクシデントにも遭遇する。

そんなすべてが、新鮮なカルチャーショックでもあった。

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(写真提供:Nubogana Badaさん)


次回は、メニューにケロール(モリンガ)料理のあるワルンを紹介したいと思います。

お楽しみに!


posted by ito-san at 16:29| Comment(2) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする