2021年08月20日

UP TO DATE / CAFE & EATERY(374)

ウブドで今、注目度の高いエリアがある。

テガス村からペジェン村に向けて東上するゴア・ガジャ通りの、テガス村寄りの地域だ。

2000年頃までは、左右に雄大な田んぼ風景が広がる、南国の心地よい風が吹き抜ける村道だった。

数年前、この地にオープンエアーのレストランが開店し、そのいずれもが人気店となった。

人気の秘訣は、田んぼビューだろう。

ここ数年は、コロナ禍にもかかわらず、新興のカフェやレストランが増えている。

村道は今、近郊の村からウブドに向かう交通量の多い幹線道路と変化した。

田んぼの風景が望めなくなるほど、沿道に店々が建ち始めた。

南側には、目の前に田んぼビューが見られるように設計されている店舗が多い。

今回訪れた「UP TO DATE」も南側だ。

オープンは、5月28日。

この日は土曜日の午後だったこともあってか、若年ファミリー、カップル、女性グループなどのローカルの客で賑わっていた。

客はみな、カジュアルでオシャレな服装をしてる。

海外からの旅行者が皆無の今、外国人の姿は見られない。

これまでは、旅行者向けのレストランとローカル向けのワルンとが明確に色分けされていた。

旅行者が求めるレストランは自然&伝統を求める傾向があり、ローカルが求めるレストランは都会(ジャカルタ)的センスがキーポイントだった。

もちろん、旅行者でワルンを利用する人も、ローカルでレストランを好む人もいる。

気分によって、両方を使い分けている。

レストランを好むローカルは、富裕層が多い。

近年、バリ島民が全体に裕福になったのか嗜好が変わったのか、この色分けがなくなりつつある。


「UP TO DATE」は、人気要素が満載のカフェ&レストラン。

名古屋で店舗デザイナーだった私が、人気の秘訣を検証してみよう。

と言っても、ウブドに来る30年も前の42歳までのことで、すでにセンスは古くなっていると考えられる。

そんなところを踏まえて、お読みください。

全体的には、若者に受けそうなモダンなデザイン。

ウブドはまだ田舎。

都会(ジャカルタ)に憧れる若者が多い。

都会を模倣するのは、かつての日本も同じだ。

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エントランスの壁に埋め込まれた、カラフルなポットが目につく。

これは、アンドン地域にある壺屋がインスタグラムで人気なのを参考にしたのだろう。

コンクリートの打ちっ放し風だ。

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ガラス窓は鉄かアルミの黒色格子。

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カウンター後ろのネオンサインも、重要なポイントだ。

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Mixco Coffee & Barが中庭に、併設されている。

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ウォールアートもおしゃれ。

ライブ・ミュージックがあるのか、ステージが設営されていた。

大きなスピーカーから、軽快な音楽が流れている。

若者の心を捉えているSNS映えする要素が、ふんだんに用意されていた。

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メニューも無国籍で多種。

こんな様々な要素を含んだデザインが、バリの若者の間で流行っているようだ。

私も旅行者だから求めるものは自然&伝統だが、この店はネット環境もよく、各テーブルにコンセントまで完備してるので、今後も利用することは考えられる。

屋外のテーブルで、パソコンでブログでも書こうかなという気分になりそうだ。


posted by ito-san at 17:25| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月13日

ジェゴグ "スアール・アグン" を応援しよう!(373)

ジェゴグ ”スアール・アグン” を応援しよう!
https://www.facebook.com/groups/809184189782210

わたしが、はじめてガムラン・ジェゴグを聴いたのは、1990年のこと。

ウブドの長期滞在仲間のひとりが、どこで仕入れてきたのか「面白いガムランがあるから聴きに行こう」と誘ってきた。

バリ西部ジュンブラナ県ヌガラに古くから伝わる”ジェゴグ”と呼ばれる竹のガムランだ、と教えてくれた。

まったくバリの芸能に興味のないわたしには、ジェゴグと言われても何のことか、さっぱりわからなかった。

当時のウブドは長期滞在者も少なく、断るとつきあいが悪いと思われそうで、それがふそくで同意した。

定期公演がないので、チャーターすることになる。

滞在者は、節約旅行者ばかり。

予算の都合で、できるだけたくさんの参加者が必要だった。

さっそく、手分けして声をかけると10数人が集まった。

その頃の長期滞在者のほとんどだったかもしれない。

尻が痛くなるような座席のベモ(乗り合いバス)に乗って、遠くヌガラの街へ遠足気分で出発した。

ベモは足もとから排気ガスが車内に侵入してくるオンボロで、とても快適とはいえない。

途中のタバナン県に入ったあたりから、車窓の景色が広々とした緑一面の棚田になった。

心が癒される風景だ。

5時間かけて、ヌガラに到着。

太陽はすでに西の地平に沈んでいた。

ヌガラの街に入ってから、ベモはどう走ったのか、暗くてまったくわからない。

家々の建ち並ぶ道を抜けて、柱と屋根だけの小さな建物に案内されたのを覚えている。

すでに大勢の村人が集まっていた。

建物には、竹で組まれた1メートルほどの高さの舞台を正面にして、竹の椅子が10数脚横一線に並べられてあった。

ウブドからの面々は、そこに腰をおろした。

うしろには子供たちが鈴なりになって、われわれを凝視している。

われわれはガムラン・ジェゴグを観に来たのだが、村人たちの視線は、ガムラン・ジェゴグを観に来たわれわれを観賞しているようだ。

舞台の右側に、ガムラン・ジェゴグを前にして演奏者がスタンバイしている。

熱演してくれた村人には申し訳ないが、興味のないわたしは、その時の状況をあまり覚えていない。

辛うじて覚えているのは、数人で踊られた歓迎の舞踊のあと、ひとりの女性の舞で、途中から観客を舞台に誘って踊るジョゲッ・ブンブンを、わたしも踊ったこと。

公演後、舞台の上で、紙袋に包まれたバリ料理の食事をみんなでしたこと。

「これがガムラン・ジェゴグか!」わたしはかなり冷めた状態で帰路に着いた。


それから2年後、再びジェゴグを聴く機会が訪れた。

ガムラン・ジェゴグに興味を示さないわたしに、年末年始にかけて毎年バリを訪れる友人が「ガムラン・ジェゴグを聴きに行こう」と熱心に誘ってくれる。

「1度観たから」と断っても「このグループは違う。絶対満足するから。保証するから」と、まで言う。

ガムラン・ジェゴグのグループは、ヌガラにいくつもあって、どうやら、そのレベルにかなりの違いがあるようだ。

バリ芸能に詳しい友人が「保証する」と力強く約束した一言を信用して、もう1度あの悪路を運ばれてみようという気になった。

ヌガラの街に入ると、車は、前に来たときとは違う方向にステアリングを切った。

運転手は、友人だ。

道端に立つ表示板に、サンカルアグン村の文字が眼に入った。

車は、2度3度、ステアリングを切り、大きな屋敷の前に止まった。

門をくぐって中に入ると、中庭の芝生の上に極彩色も鮮やかなガムラン・ジェゴグが2セット、われわれを向かえるかのように並べられていた。

威圧されるセッティングだ。

楽器は騎馬のように整然と並び、騎乗する主人を待つかのようだ。

背景は鬱蒼としたジャングル。

武骨で土の匂いがする演奏者が入場し、それぞれが受け持つ楽器の前に立った。

両足を肩幅ほどに開き大地を踏ん張り、腰を少し落とした。

前方を見据え、出陣を今か今かと待ちわびる武者のように勇ましい。

彼らの気迫に、友人の保証通り、これは期待できるかもしれないと予感した。

演奏がはじまった。

演奏者は両手に持ったばちを高く振りかざしたかと思うと、いきなり馬に鞭を入れるように振る下ろす。

ガムラン・ジェゴグは、マリンバのようにばちを両手に持って演奏するが、マリンバのように優雅で上品な演奏ではない。

1曲目の演奏は、期待したほどのことはなかった。

よちよち歩きの子供が押す、手押し車のうさぎがはねる軽快な音だ。

ユーモラスではあるが、力強さがない。

これなら、竹筒ガムラン・リンディックと代わり映えしない。

この程度のものなら、友人の感性もしれたものだ。

それとも、わたしの音楽センスが貧弱なのか。

わたしはどちらかと言うと、どんなことにもあまり感動する方ではない。

2曲目が始まった。

今度は、大粒の雨がトタン屋根を激しく打つような大きな音だ。

わたしの感情が動揺しはじめた。

何か違うぞ。

この音はいったい何だ。

クエッション・マークが連続して点滅し、初体験の音に頭が混乱し出した。

楽器が揺れる。

人と空気が揺れる。

地面から振動音が伝わる。

手に持ったミネラルウォーターのプラッスチック・ボトルが、その音に共鳴する。

小刻みに叩き出される音は、連続して発射される機関銃のように壮烈だ。

ドスンドスンと腹をえぐる重低音は大砲だ。

ダイナミックで荒々しい演奏は、まるで音の集中砲火だ。

青銅製ガムランのばちさばきは、手首のスナップをきかすが、ジェゴグのばちさばきは、あまりスナップをきかさず身体ごと叩いくといった感じだ。

身体を左右に揺すり、伸び上がったり沈み込んだり、飛び跳ねるように演奏する。

時には、奇声を上げる。

これは、もうスポーツだ。

こんな演奏方法は、世界広しといえども、あまりないだろう。

青銅製ガムランがジャズだとすれば、竹筒製ガムラン・ジェゴグはビートのきいたロックのノリだ。

心を落ち着けようと、眼を閉じた。

音の波が空気を震わせ、わたしの身体に迫ってくる。

わたしの身体は、大海原の荒波に投げ出され小枝がさまようように波間を漂い出した。

砕けた音の波しぶきが、降りかかる。

時折、大きな音の波が怒濤のように押し寄せては、身体を包み込む。

母胎の中にいるのか、地球の子宮に包まれているのか。

このうえもない、安息の感覚だ。

突然、理由のわからない涙がこぼれはじめた。

いや、理由のない涙ではない。

これは感動の涙だ。

涙はなかなか止まらなかった。

演奏が終わったあと、わたしの身体は心地よい疲労感に包まれていた。

この時わたしは、この感動を多くの人々と分かち合いたいと思った。

これで友人が、執拗に薦めてくれた理由がわかった。

グループの名前は、スアール・アグン(Suar Agung)。





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2021年08月11日

安くて美味しい「ワルン・バハギア」(372)

ご存知の通り、ワルンは、インドネシア語で食堂のこと。

バハギア(bahagia)は、ハッピーとい名前のワルン(warung)です。

「しあわせ食堂」なんて、ほんわかしたネーミング。

場所は、ウブドを南北に走るハヌマン通りから続くプンゴセカン通りで、ガソリンスタンドのあるT字路を20メートルほど南下した左手(東側)にある。

この界隈で、美味しいと評判のワルン。

ワルンには、数種類の料理のメニューがあって注文するタイプと、一品の専門店がある。

専門店は、たとえばバビ・グリン(豚の丸焼き)、サテ・イカン(魚肉つくねの串焼き)、サテ・カンビン(ヤギ肉の串焼き)、イガ・バカール(豚の胸肉焼き)、ミー・バッソ(肉団子入りスープ麺)、ナシ・チャンプール(おかずが数種類入ったご飯)などのセットメニューだ。

バハギアは、ナシ・チャンプール専門店だ

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専門店は、黙って座ると料理が出てくるという手品のようなシステム。

もっとも、アイ・コンタクトは必要。

もちろん、声を出して注文してもいいです。

メニューを用意してあるワルンがあるが、これはツーリスト向けに対応している店だ。

値段は、現地の人より高くなる。

メニューが出てきた段階で、これは差別されていると思ってよい。

通常、メニューはなくて、暗黙の定価がある。

ナシ・チャンプールは、レストランではRp50,000-ほどだが、ワルンではRp30,000-が相場だろう。

片言でもインドネシア語かバリ語が話せたり、常連ともなれば現地価格。

小盛りにしたいときは、ガラスケースの前に立って、欲しいおかずを指さす。

低価格にしたいのなら、1万ルピア分とか1.5万ルピア分とか告げるとよい。

現地の人は、金額を告げる方法を取っているようだ。


私は、低価格の注文方法が、なぜか苦手なんです。

人には、オススメしているのですが、自分はできない。

なんででしょうね。

30年間、黙って座るお任せメニューで過ごしてきたせいか、それとも私の性格か。

性格だとして考えられるのは、お金をことを口に出すことを卑しいと考えている節がある。

1万ルピア(77円ほど)が少額だからだろうか?

貧乏人なのに、なぜかこんなところに拘っている。

そんなことだから、いつまでたっても質素な生活をしているのだろう。

貧しいからといって、困っているわけではありませんが。

巷で注目されているミニマニスト実践者です。

*ミニマリストとは、不要な持ちものを減らして自分に必要な最小限のものだけで暮らす人のことを指します。
「ミニマル:minimal、最小限の」という言葉から派生したと言われています。
(Googleで検索)


この頃、「ワルン・バハギア」を利用することが多くなった。

理由は、コロナ禍の活動制限で「和食・影武者」での店内飲食ができなくなったからだ。

昼ごはんはあまり食欲がないので、小盛りにしたい。

私は、おかずの入ったガラスケースの横に立った。

ガラスケースには、ミーゴレン(焼きそば)がある。

私は、ミーゴレンが入ったナシ・チャンプールが好きだ。

「1万ルピア分」と言えず、指差し注文。

ミーゴレン、鶏肉、サテ(串焼き)二本と指差していく。

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金額は聞いていない。

ごちそうさまで、美味しくいただきました。

会計は、くしくも1万ルピアだった。

プラス、テ・パナス(暖かい紅茶)のRp3,000-。

コロナが終息し、ウブドを訪れることができるようなった暁には、是非お立ち寄りください。





posted by ito-san at 23:17| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月25日

第8弾:徘徊老人のハイカイ先は? (371)

新型コロナは、相変わらず世界を蔓延していて終息の目処は遠い。

私的には、ワクチン接種を終え安心しているのですが、観光客のいないバリ島は瀕死状態。

日本も同様に、庶民の生活は貧窮していると聞く。

少しでも楽しい話をと思い配信しているのですが、シャッターの下りた店舗と人影の少ないウブドを写すのは悲しい。

徐々に回復をしているという感触はあります。

もうしばらくの辛抱と、自信を叱咤激励している毎日です。


《 第32回:ゴータマ通りの「Warung Biah-Biah」から、ハヌマン通りを南下する徘徊老人! 》

友人のフェイスブックの投稿のミーゴレンを見て、食べたくなってしまった徘徊老人は、お子ちゃまか。

行き先は、ゴータマ通り「ワルン・ビアビア」。

左下の日付は、私のミステーク。

ゴータマ通りの「Warung Biah-Biah」から、ハヌマン通りを南下する!




《 第31回:徘徊老人・Cendana Cottage @ Ubud・bali 》

モンキーフォレスト通りの表通りからは、見えない裏通りを徘徊。

サッカー広場近辺の1990年代初頭の風景を語る。

チュンダナ・コテージを確認。




《 第30回:徘徊老人・Sok Wayah通り・私的には、カジェン通りの散歩道の復路になる 》

本来は、徒歩がベストの散歩道ですが、今回はバイクで通過させていただきました。

Sok Wayah通りをウブド大通りから入ってブントゥーユン(Bentuyung)村に抜ける3.5キロほどを走り抜けて来ました。

23分36秒と長い動画となってしまいましたが、お付き合いくだされば嬉しいです。




《 第29回:徘徊老人・13分45秒のバイクツーリング @ Ubud・Bali 》

サンギンガン大通りの西側は、一段高くなったところに田んぼが広がっている。

その田んぼは、ペネスタナン村北部からルンシアカン村の大通りまで、あぜ道を通って行ける。

当初は、歩いて往復するつもりであったが、2時間の行程を想像して腰が引けた。

で、バイクで行くことに。

寺院前で出発前の挨拶をと、自撮り棒で撮影したのですが写っていなかった。




posted by ito-san at 13:09| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月13日

オンライン・ライブ✳︎スマララティを応援しよう!(370)

アノム・バリス氏の屋敷を突撃訪問したのは、3月21日のこと。

インドネシア大統領Joko Widodo氏の前で、ハヌマン姿でワクチンを打った時の話を聞きに立ち寄った。

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話はバリの宗教、芸能と進む。

最後は、ゴールデンウイーク(5月)に、オンライン・ライブをしようという話で落ち着いた。




今回のライブは、特別なものになるだろう。

何と言っても、コロナ禍で一年間活動がストップしているスマララティ歌舞団だ。

ガムラン奏者、舞踊家が発表の場をなくした痛手を思い描くことはできないが、悔しさは想像出来る。

行き場の無くなった芸術家魂を、そろそろ解放しなくては。

スマララティ魂の爆発が観たい。

こんな機会は、2度とない。

あるはずがない。

人類は、コロナを克服するから。

私としては、無観客を考えている。

日本に住むスマララティ・ファンに向けての公演だ。

プリグラムについては、アノムさんに一任してある。

アノムさんが「これからも応援、よろしくお願いします」と呼びかける。


フェイスブックに「スマララティを応援しよう!」のページを開設した。
https://www.facebook.com/groups/136520508397106

ページには、毎日、スマララティ&アノムさんの新旧の写真・動画を掲載した。

たくさんのスマララティ&アノムさんファンから、思い出の写真・動画の投稿が続いている。

「がんばって!」の声だけでは、お腹は膨らまない。

「渡航可能になったらバリに行きます」

その時は、経済も幾らか回復している。

そんな余裕を言っている場合ではないのだ。

あくまでも私が感じてていることだが、援助は今すぐにでも必要なんです。

こんな過激な発言で、ファンの皆さんにサポートを頼んだ。

日本人だって大変な時期だ、このくらいのインパクトがないと誰も振り返ってくれないだろう。


オンライン・ライブは、5月2日の日曜日とした。

時間は、午後3時か4時。

2時間ほどのライブになるだろう。

視聴チケット料金は、2,000円(一名様)。

当日都合がつかない方のために、チケット購入者限定で視聴できるアーカイブを設けるつもりだ。

これらネット系は、すべてヒデさんが担当してくれた。

プログラムに、バレガンジュールを加えて欲しいとお願いした。

日本人ファンに、この演目は大好評だから。


スマララティ・スペシャルの練習が始まった。

練習風景を見ただけで興奮ものだった。

贅沢にも私は、近くで鑑賞することができた。


さあ、いよいよあと数時間で開演だ。

アノムさんとの雑談から持ち上がった「スマララティを応援しよう!」が実現する。

ヒデさんの参加が、牽引力になったことは間違いない。

アノムさん、アユさん、ラティさん、大原さん、そして、チャタルさんを中心としたガムラン演奏者の皆さんの団結で、この日を迎えることができた。

もちろん、鑑賞してくれる皆さんの応援があったからの賜物だと肝に銘じている。

1年ぶりに集結したスマララティのスピリットを堪能ください。

感動で涙が溢れ出す人が続出するでしょうね!

きっと私も・・・・・・。


アノムさんの屋敷でという設定も、画期的だったと思いませんか。

踊り手、演奏者、スタップ、視聴者、と役割は違うが、一体化した企画に仕上がったと思っています。

大成功です。

観客0でも、気力を抜かない。

むしろ日本に向かってメッセージを送っているように感じたアノムさん、アユさん、スマララティのメンバーでした。

アノムさんは、稀世のエンターテイナーだね!

1日でも早く、ファンの皆さんにウブドでライブを観て欲しいと思った公演でした。

応援、ありがとうございました。


posted by ito-san at 20:10| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年05月07日

バリ絵画を応援するサイト「ギャラリー・ブンブン」第三弾(369)

お待たせしました、バリ絵画の第三弾!

今回は、バリ島の神々をテーマにした絵画を特集しました。

第三回『 バリの神々・デワ&デウィの絵画 』と題して更新しています。

『 バリの神々・デワ&デウィの絵画 』と銘打って、作品を紹介したいと思います。

シワ、スタソマ、サラスワティ、ガネーシャ、ラワナ、ウィシュヌ、デウィガドゥラ、ガルーダ、マハバラタetcの神々。

グスティ・カデッ氏を中心に、長兄のグスティ・コンピアン氏、そして友人の作品となっています。

人気のモチーフは、芸術と学問の神様・サラスワティのようですね。

カマサンスタイルの古典絵画は、ご愛嬌ですの出品です。

売り上げの数%が、私の生存の一部になっていますので、ご協力のほど、よろしく御願いいたします。

バリ絵画を応援するサイト「ギャラリー・ブンブン」
http://informationcenter-apa.com/galeri_bumbung.html


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バリ絵画を応援するサイト「ギャラリー・ブンブン」
http://informationcenter-apa.com/galeri_bumbung.html

写真と原画の色彩が少し異なることがあります、ご了承願います。

拡大して、ご覧ください。

申し込み方法は、末尾に掲載しました。

■ご注文の絵画を、コロナ終息してバリ島旅行が可能になるまで、お預かりすることもできます。


posted by ito-san at 09:25| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月22日

バリ・ウブドで、新型コロナ感染症の接種を受ける!(368)

世界中に新型コロナウイルスが蔓延して、すでに一年以上が経過した。

各国でワクチンが開発され、接種が始まっている。

早い時期から接種が始まっている国では、終息の兆しも見えてきた。

日本は、接種の遅れている代表国だ。

私の滞在するインドネシアは、どうだろう。

インドネシアでは、2021年1月3日から全国34の州と地域(医療施設1万カ所と、検疫所40余り)に向けて、中国シノバック・バイオテック製のワクチンの配布が始まった。

イスラム教徒が戒律に従って接種が許される「ハラル」のワクチンだということです。

ワクチン接種は、1月13日から。

インドネシア大統領ジョコ・ウィドド(Joko Widodo)大統領が接種第1号で、国民に安全性を強調した。

政府は国民の7割にワクチンを投与し、免疫を持った人が増えて感染拡大を抑える「集団免疫」を獲得したいとの考えだ。

世界的観光地であるバリ島は、優先して接種が行われるという噂。

グリーンゾーンと銘打って、ウブド、サヌール、ヌサドゥアをコロナ解放地区として指定し、接種が先行される。

ジョコ・ウィドド大統領が、訪問した3月16日から開始されている。

大統領は「6〜7月にはバリ島観光を再開したい」と話したそうだ。

ウブド地区は、いち早く接種が始まった。

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ハヌマン姿は、スマララティのリーダー・アノム氏。


私のまわりに、接種を受けるかどうかで悩んでいる人がいる。

今回のコロナウイルスは、強烈のようだ。

どれだけの脅威か、私に知る由はない。

かかったら死ぬかもしれない、と考えても罪はない。

コロナに感染して命を落とすか、ワクチンの後遺症に悩むか。

身体に悪影響を及ぼすとか、染色体が壊されるとか、の情報もある。

この二者以外にも、選択肢はあるだろう。

新型コロナ感染症とは、生死を賭けた戦いだと思え。

「家に居るのに飽きたから、外に出た」

冗談じゃない!

日本人は、もっと危機感を持った方が良いと思う。


私の滞在するプンゴセカン村は、一回目の接種が4月7日と8日に実施される。

ワクチンは、ひと月ほどの期間をおいて二度目の接種をするのだそうだ。

7日は、村人中心。

8日は、プンゴセカン村で勤務をしている人と村民以外の住民。

私は、8日に集合がかかっている。

今ウブドで接種されているワクチンは、アストラジェネカ製(イギリス)。

これは、かなりキツいらしい。

副作用は、注射部位の痛み、腫れ、筋肉痛、倦怠(けんたい)感、発熱などで、軽〜中程度と説明されている。

7日に接種した知人は、微熱と少しの頭痛、倦怠感と空腹を感じたと伝えてきた。

解熱剤を配っている村もあると聞く。

ワクチンには、ファイザー(アメリカ)・モデルナ(アメリカ)・スプートニク(ロシア)・ジョンソン&ジョンソン(アメリカ)などのメーカーがあるようだ。

ネット上で、選択の論議が持ち上がっている。


今回は、その接種時の様子を紹介したい。

動画で残しておいたので、そちらも合わせてご覧ください。

4月8日、午前10時。

回答を記入した申込用紙を持参する。

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ワクチン接種会場は、人口密だった。

午前11時40分、私の名前が呼ばれた。

待つこと1時間40分。

体温:36.5 / 血圧:150

接種可能な血圧は、100から150の間だそうだ。

ギリギリセーフだった。

左右2つのグループで、接種は行われている。

質問をされる場面があって、インドネシア語の会話能力が十分でないので困った。

係官の目の先は、申込用紙にチェックが記されていない箇所のようだ。

申込用紙の内容は、Google翻訳で読んでいるので、理解した。

すべて「ティダ・アダ(問題ない)!」で通した。

流れ作業のように、進んでいく。

接種後、様子をみるために30分ほど休憩をとる。

12時10分、ワクチン接種終了証明書を手にする。

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本日接種したワクチンは、ビオファルマ(Bio Farma)だった。

ビオファルマのワクチンは、シノバックから原料を調達し、国営製薬持ち株会社ビオ・ファルマで製造したワクチン。

二回目のワクチン接種は、5月6日と記載されていた。





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2021年04月10日

スマララティを応援しよう!(367)

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コロナ禍で、バリ人の多くが困窮している。

スマララティ歌舞団も、そのひとつだ。

そんな彼らを応援できないものか。

今回のスマララティ公演は、特別なものになるだろう。

一年間活動がストップしている。

ガムラン奏者、舞踊家が発表の場をなくした痛手を思い描くことはできないが、悔しさは想像出来る。

行き場の無くなった芸術家魂を、そろそろ解放しなくては。

今回、オンライン・ライブを企画した。

▪️日時:5月2日・バリ時間15時から3時間ほど。

▪️申込み:https://semararatih.peatix.com/view

▪️フェイスブック「スマララティを応援しよう!」のグループに、情報を広報しています。
https://www.facebook.com/groups/136520508397106


スマララティ魂の爆発が観られる。

こんな機会は、2度とない。

あるはずがない。

人類は、コロナを克服するから。


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ワルン・ニョマン・ダナのナシ・チャンプール!(366)

迷い迷って"ニョマン・ダナ!"

場所がわからなくて迷ったのではない。

入ろうか入らないでおこうか、で悩んだのです。

私は、ず〜っと「ニョマン・ダナ」を追っかけている。

ワヤン君&「ウブドTV」から情報を得ていたが、入店する機会が見つからなかった。

「和食・影武者」以外での外食も減ったし、場所がメイン道路からほんの少し離れているだけなのに立ち寄ろうという気にならなかった。

もともとは、ハヌマン通り南のY字路付近(現在「ALAYA」ホテル)の場所にあった人気のローカル・ワルン。

この頃は、よく通った。

その後(2016年以前)、パダンテガル村のジャヤユ通りに移転した。(下記写真)

この頃から、少し遠のくようになった。

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コロナ禍の初期に、トゥブサヨ村スクマ通りに移転したとの情報がある。

ジャヤユ通りは何度も通過しているが、閉店していたのには気がつかなかった、

今年に入ってからの移転だと思われる。

この日、プリアタン村の裏道を徘徊した後、是非、立ち寄ってみたいと考えていた。

プリアタン大通りからトゥブサヨ村スクマ通りに向かう道を入る。

スクマ通りのT字路に突き当たり、ヨガバーン方面に左折する。

スクマ通りを南下する感じだ。

20〜30メートル進んだ左手に「ワルン・ニョマン・ダナ」のテント看板が見える。

通り過ぎた。

入ろうか入らないでおこうか、まだ、悩んでいる。

このまま、直進して帰路につこうかと考えるが、やっぱり入ろうとUターン。

再び、「ワルン・ニョマン・ダナ」の前。

また、通り過ぎる。

何をそんなに躊躇うんだろう?

入り難いわけでもないし、食べたくないわけでもない。

自分でも理解できない。

プリアタンに抜けるT字路を超えて、ハヌマン通りへ向かうT字路をジャヤユ通りに左折した。

未練がましく、バイクを路肩に止めた。

ここまで来たんだ、この機会を逃したら次回はもっと縁遠くなってしまうだろう。

行くしかない!

再度挑戦を、心に強く決めた。

空に暗雲が立ち込め、雨が降りそうな模様だ。

雨宿りの心境にも後押しされ、やっとの思いで入店した。

イブ(奥様)の姿は、見当たらなかった。

ニョマン・ダナは、料理上手なイブの名前だ。

話し相手がいないので、キョロキョロしてしまう。

チョイ辛だったけど、咳込むほどではなかったので、テ・パナス(紅茶)で喉を潤した。

案の定、食事中に雨が降り出した。

バリらしいスコール。

バリの風物詩、これもいいもんだ。

1時間ほど雨宿りをして、読書。


店前を行ったり来たりの、迷い動画。

曇っていで、画像が暗くて申し訳ない。




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2021年04月03日

第7弾:徘徊老人のハイカイ先は? (365)

久しぶりのブログアップ。

新たな散歩道が見つからず、徘徊の回数が減った。

残り少ない、徘徊コースをご覧ください。


《 第28回:徘徊老人「アクション・カメラのテスト」@プリアタン村 》

プリアタン大通りの一本西の道を徘徊。

途中、バッテリーを変えようとしましたが、蓋が開かず諦める。

この後から、音声が入っていない。

ダニーさんと挨拶を交わしたのに。

iMovieで編集すると、解像度が落ちてしまう。

残念!

この日(3月16日)、インドネシア大統領のJoko Widodo氏が、サレン王宮を訪問するということで、王宮周辺が通行止め(朝8時から昼3時まで)となっている。





《 第27回:徘徊老人 @ 17分の散策 》

バンジャール・カラ(プリアタン)からプンゴセカン村に東西に抜けるBima通り(旧マデ・ルバ通り)を50メートルほど進むと右手に、小川に沿って脇道がある。

脇道は、ダラム寺院の裏&横道を通り抜けて、アルマ・リゾートの裏手にある田んぼに続く。




《 第26回:徘徊老人 @ 精霊の通り道 》

久しぶりに晴れ間が見えたので、徘徊しました。

無修正につき、無駄な画面があると思いますが、それも愛嬌。

説明不足だと思いますので、質問OKです。

わかる範囲内で、お答えします。




《 第25回:徘徊老人 @ ニュークニン村の裏道 》

気になるモニュメントは、ヨガ・スタジオ「Taman Hati」のようだ。

ロカパラ・ヴィラを裏手から拝見・https://www.facebook.com/lokapalavilla

今日は、17分ほどの徘徊でした。




posted by ito-san at 13:22| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする