2021年03月06日

ウブドTV・チャンネル登録のお願い!(364)

ウブドに想いを馳せて。

コロナ禍の今、日本に居てウブドを感じられる方法はないだろうか?

ウブドに滞在している身で想像してみた。

外出自粛だから、おのずと室内生活が多くなっている。

私は、本を読む時間が増えた。

皆様は、バリ関係の本を読んでください(命令するなって?)。

じっくり学術書を読むチャンスかもしれない。

極楽通信の「バリ関係・推薦本http://informationcenter-apa.com/suisen_hon.html」から探すのが、早いですよ。


フェイスブックで「Ubud-ian」を見るのもいいですね。

ウブドの日常を切り取った情報が得られます。
https://www.facebook.com/apainformation/

「アパ?情報センター」のワヤン君のフェイスブックも、バリ人目線で魅力的です
https://www.facebook.com/wayanapa

伊藤さんのフェイスブックでも、それなりに楽しいですよ。
https://www.facebook.com/hiroshi.ito.524


そしてYouTubeが、ありがたいね。

映像を見て、ウブドにワープできる。

多くの旅行者がさまざまな映像をアップしているので、選択するのが大変。

長期滞在者のYouTubeも豊富だ。

お薦めをYouTubeを以下に列挙しておいたので、参考にしてください。

「オランドローンShide@バリ島ウブドの住人」の、美しい映像は圧巻。
https://www.youtube.com/channel/UCGO0ejo2Sa9Q_3JHajSmCew

ワヤン君の「APAinfoWAYAN」も、興味深い動画がアップされていますよ。
https://www.youtube.com/channel/UCnASfevgzzY1Do9jYj2cb9Q

プリアタン村マンダラ家の末裔・マキ君の「Goenk Maki」も、楽しい。
https://www.youtube.com/channel/UCGfgCK_7BbpvD76RFKoyEe

とりいただしTadashiTorii。
https://www.youtube.com/user/monbuu011

Oji君の「バリ倶楽部」もディープですゾ!
https://www.youtube.com/channel/UCQ-rhGb4q-Pejj9gsEiCtSA

伊藤博史
https://www.youtube.com/channel/UCuxCYokJu-mzTfxTK5Xe2eg

まだまだ沢山あります。

あとは、自力で・・・。


特出しているのが「ウブドTV」だね。

週一(土曜日)で、生放送しているって、貴重でしょう。

視聴者参加型で、盛り上がっています。

第二の故郷のように、毎年訪れていたウブドに、もう一年も帰っていない。

そんなウブディアンのために、ウブドの仲間がコロナ禍の中、頑張ってくれています。

ただいま、チャンネル登録者を募集しています。

もっと充実した画像を送るために、チャンネル登録者を1,000名にする必要があるらしい。

チャンネル登録をしたからといって、迷惑のかかることはないですよ。

収益を目的とした呼びかけではありません。

ポチッと押してやってください。

https://www.youtube.com/channel/UCnTcl_dSjcUIPFUCwY_qVlA
www.youtube.com/c/UBUDTV-from-angkasa

ウブドに想いを馳せて。




posted by ito-san at 14:02| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月25日

マタハリ・コテージからカフェ・ビンタンへ (363)

今回は、ウブド在住40年の先輩・鈴木さんを紹介したいと思う。

ブントゥーユン村にある「カフェ・ビンタン」に併設して、彼の住居がある。

Suzuki_san.jpg

鈴木さんは、以前「マタハリ・コテージ(Matahari Cottage)」を経営していた人物です。

マタハリ・コテージは、ウブドで日本人経営の宿一号店。

鈴木靖峰(すずき やすお)、昭和13年生まれ。

1978年から毎年通い続けていた鈴木氏が開設したコテージ。

1982年6月23日、ウブド西部ジンバワン通りのウブド郵便局を南に少し行った東側に建った。

東側は、渓谷沿いになる。

数年後、近隣に「スハティ・バンガロー」が開業。

こちらも日本人経営の宿だった。

バックパッカーが主流だった頃。

1985年のガイドブック「地球の歩き方・インドネシア編」に、2つの宿は紹介されていた。

情報の少なかった時代。

日本人の宿泊客は、多かったようだ。

露天風呂を作ったが、人気のほどはいまひとつだった。

5年の賃貸契約が終わり、マタハリ・コテージを手放す。

1991年、鈴木氏は、ウブド王宮のある十字路からスゥエタ通りを2キロほど北上したブントゥーユン・サクティ村にコーテージをオープンした。

こちらは、目の前に広大なライスフィルドと遠くクタ方面までが見える美し景色の広がるコテージだ。

コテージ名は「ビンタン・パリ」。

ビンタン・パリは十字星という意味だと聞いている。

併設するレストランは「カフェ・ビンタン」。

日本からの観光客が急増し始めた時期だったこともあり、ウブドの日本人コミュニティーに多大な貢献をした。

ブントゥーユン村に巨竹ガムラン・ジェゴグを寄付し、定期公演推進の努力を惜しまなかった。

ビンタン・パリが15年の契約が終了して、人手に渡った。

鈴木氏は、スゥエタ通りをさらに北上したブントゥーユン村に、「カフェ・ビンタン」を併設して居を移して、現在に至っている。




posted by ito-san at 17:57| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月06日

定期公演でアンコールだって! (362)

今、フェイスブックのUbud-ianで《 ウブドなんでも事典 》を連載している。

@すの項目で、スマラ・ラティ(Semara Ratih)歌舞団を書いていて、急に思い出したことがある。

それは、ウブドの定期公演で初めてだと思われるアンコールのこと。

背景が曖昧だったので、その当時の定期公演の常連だった影武者の女将・由美さんに確認してみた。

彼女は覚えていて、その記憶をブログに書いたことがあるという。

ブルグは「ダプール・バリ 神々の島の台所」で、「Semara Ratih」のタイトルで書かれてあった。

https://blog.goo.ne.jp/dapurbali/e/a3973d7cdddf51d276234c1f9610954e?fbclid=IwAR30lca3trVpGjuaB4sDLc020avS1dVtqQz85OQpI4vYLgtQAY1OGBDARpQ

彼女のブログを参考に、私も当時の光景を思い出してみた。

1995年頃のことだと彼女は言う。

この頃、スマララティの定期公演の観客は、常時100人ほどの入り。

オランダ公演前の定期公演だっただろうか、演目の全てが終わってからも拍手は鳴り止まない。

海外公演に臨むメンバーの意気込みがそうさせたのか、魂の入った演奏と舞踊だった。

この日の演目は、ウエルカム・ダンス、演奏曲、アノム氏のバリス・トゥンガル、レゴン・ジョボッグ、ジャウック、演奏曲、ワヤン・プルワントのクビヤール・ドゥドゥック、アユのトルナ・ジャヤ。

感動を抑え切れない観客が総立ちになった。

観客全員が同じ思いだったのだろう、アンコールの声があがる。

メンバーも驚いたことだろう。

ガムラン演奏が始まった。

お約束のアンコールではない、演者と観客が望むアンコールだ。


折角だから《 ウブドなんでも事典 》の「スマラ・ラティ(Semara Ratih)歌舞団」を紹介しておく。

Semaraは愛の神、 Ratihは月の女神だが、Semara Ratihは、肉体的な愛の結合の意。

1988年:グループ結成

リーダー:アノム氏=Anak Agung Gede Anom Putra

バリの芸能は元来、神々のために奉納されるもの。

ガムランは、王宮や村(バンジャール)が所有し、おもに儀礼のために演奏されていた。

スマラ・ラティは、今までのような古い習慣にとらわれない純粋に芸術性を求めて活動できる集団を創りたいと考えた。

目的を同じくするASTI(現在ISI=インドネシア芸術大学)の卒業生や在校生、そして、ウブド近郊の村々の優秀なガムラン奏者と踊り手たちによって結成された。

アノム氏と奥さんのアユと妹のオカ、演奏者で舞踊家でもあるマデ・シジャ&グスティ・ラナン、クビヤールのデワ・マハルディカ&ワヤン・プラワント、客員として高名な舞踊家が参加した。

ガムラン奏者のリーダーは、太鼓奏者で感覚派のデワ・ブラタ氏(現在Cudamani=スダマニのリーダー)と精巧派のチャタル氏。

鍵盤楽器の中心を奏でるデワ・アリット君(現在Gamelan Salukatのリーダー)の優雅なバチさばきも見応えがあった。

結成初期、村人たちは、彼らに練習場を提供しなかったと言う。

「ほかの村にお願いにいっても、掌をひらひらさせて皮膚病の犬でも追い払うように扱われた」とアノム氏は語る。

屈辱的行為を受けたわけだ。

ウブド村から遠く離れた村で、隠れるように練習を重ねる日が続いた。

グループのメンバーに対しても嫌がらせや邪魔が入り、練習ができないことが何度もあった。

そんなことでグループを脱退して行く者も出た。

収入のないグループに、メンバーは手弁当で参加した。

そして1990年、いよいよ定期公演(ラーマヤナ舞踊劇)をすることになる。

公演は、ラーマヤナ舞踊劇。

舞踊劇の前に、アノム氏のバリス・トゥンガルが演じられた。

定期公演は旗揚げしたものの、ウブドの観光案内所でチケットは扱ってもらえず、旅行者が訊ねても案内所では何も教えない。

そんなことから、メンバー自らチケットを売って歩いた。

まったく情報のない状態で、メンバーが誘った観客が前列に10人も満たないという、寂しい日が何ヶ月も続いた。

それでもメンバーたちは、いかにも楽しそうに公演している。

実力は、年々認められ、知名度があがっていく。

初の日本公演は、1992年。

日本公演後、定期公演はラーマヤナ舞踊劇から、日本公演で成功した演目に変わった。

バレガンジュールで入場には、度肝を抜かれた。

バリス・トゥンガル=アノム

レゴン・ジョボク=オカ&アユ・ワルン

クブヤール・トロンポン=デワ・マハルディカ

images.jpg
故デワ・マハルディカ

タルナ・ジャヤ=アユ

思い出すたびに、目頭が熱くなる。


posted by ito-san at 00:04| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月04日

ついに一般公開「ギャラリー・ブンブン」(362)

生活苦のため、小さな商い始めました。

応援のほど、よろしくお願い致します。

下記の文面でフェイスブックに投稿しました。


私のウブド滞在は、バリの神々のお陰で奇跡的に30年を過ごさせていただいた。

滞在が危ぶまれた局面は、さまざまな形であった。

そのたびごとに、見えない力に助けられてきた。

多くのバリ好きさん達の援助も大きかった。

ここ数年は、小商いもジリ貧状態。

自業自得は心得ている。

いよいよ、そのご利益も無くなってきたようだ。

「もう、お前は必要ない!」と伝えているのか。

そして、コロナの来襲。

世界中の人々が、困惑している。

私はどうすればいい!

自問してみた。

ウブドの生活は、続けたいのか?

答えは「このまま南国バリで、一生を終えたい」だった。

では、どうすれば糧を得られる?

私に、今できること。

友人からアドバイスがあった。

ネット販売をしてはどうか?

バリ人の多くが、私同様にコロナ禍で困窮している。

彼らを応援しながら、自分にも幾らかの収入になる方法はないものか。

そうして思いついたのが、バリ絵画を販売するギャラリーだった。

Web「極楽通信・UBUD」に、新規ページを開設した。

垢抜けしないページですが、覗いてください。

私には、これが精一杯。

『ギャラリー・ブンブン』:http://informationcenter-apa.com/galeri_bumbung.htmlです。

将来、どのような展開になっていくかわかりませんで、今は、入魂しています。

バリの神々は、私を見放さないか?

IMG_4258.PNG


posted by ito-san at 18:45| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月30日

徘徊老人・孤独の食堂レポ @ Ubud Raya (361)

「ウブド・ラヤ」が、自宅で再開したことを聞いた。

2020年7月のことだ。

ウブド・ラヤは、ウブドで初の日本人経営のレストランだ。

開店は、1986年。

ウブド大通りのネカ・ギャラリーの近くにあった。

私は1990年に、一度、食事に立ち寄っている。

ところが、この年に、プンゴセカン通りのプラマシャトル横に移転した。

私がウブドに来たのは、1990年の5月。

ギリギリセーフのタイミングで、立ち寄ったことになる。

プンゴセカン通り店では、バンガローも経営していた。

日本人観光客が増加し始めた時期。

1998年、椎名誠の「あやしい探検隊・バリ島横恋慕」が出版された。

これは、「山と渓谷社」の編集者だった彼女とアグース氏がコーディネートした仕事でした。

アグン山登頂には、アグース氏が同行している。

と聞いていたが真実は、プロのガイドさんが同行し、アグ―ス氏は麓で待機してたとのこと(笑)。

2013年に閉店するまでの23年間、観光客と長期滞在者の胃袋を満たしてくれた。

多くの日本人旅行者が、お世話になった。

公私ともにお世話になった人も多いはずだ。

もちろん私の胃袋もお世話になった。

その「ウブド・ラヤ」が、約8年間の空白のあとプンゴセカン村にワルンとなってよみがえったのである。

行かずばならないと考えていた。

2020年11月、私はプンゴセカン村に引っ越してきた。

ウブド・ラヤは、200メートルと満たない目と鼻の先。

自宅で開店したと聞いていたので、うる覚えの場所を探した。

表通りを一本入った村道を、何度も通り過ぎたが見つからない。

鉄門のある駐車場あたりが、自宅のあったところだと記憶する。

もっと立地条件の良い場所に、出店したのかもしれない。

近辺を徘徊してみたが、見つからない。

こうして数ヶ月が過ぎた、ある日、インスタグラムに、ワルン・ウブド・ラヤのケーキを見つけた。

今日は、営業しているかもしれない。

期待を込めて出かけていった。

鉄門はしまっているが、目線先の店舗とおぼしき建物に、レストランのスタッフを思われる女性が立っている。

「開店してますか?」と聞くと「はい!」とうなづいた。

やっと見つけたぞ!




本通りから来店するのに、わかりやすいように動画で撮ってみた。

私は、村道を反対側(北から)来る。

こちらからだと、看板が見えないのだ。

道理で、見つからなかったはずだ。

わかってしまえば、なぜ見つからなかったのか不思議なくらいに、わかりやすい場所だった。




オーナーのTOSHIKOさんが居たので、いくつかインタビューさせてもらった。

店名の「ウブド・ラヤ」、私はてっきりジャラン・ラヤ・ウブドにあったからつけた名前だと思っていた。

由来は、ユニバーサルをインドネシア語に訳したらRAYAになったと、答えてくれた。

30年を経て、初めて知った事実です。

「ノンビリと生活するには、こんな小さなワルンで十分ですよ。スタッフ無しです」と微笑んでいた。




Ubudraya0_2.jpg
*コーヒーがドリップなのが、嬉しかった!

■営業時間:11.00am〜5.00pm
■定休日:火曜日・金曜日・ニュピ
■Phon:0361-975036
■WA:085_732_012_436

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Ubudraya2.jpg

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posted by ito-san at 16:58| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月16日

昼食は、ワルン・スマイルでボロネーゼのペンネだった!( 360)

ウブド・ハヌマン通りを南下すると、そこはプンゴセカン村になる。

さらに南下すると、そこはロットゥンドゥ村。




ロットゥンドゥ村の集会場(2階建)から、北に30メートルほどにある小さなカフェ。

ここが、今回紹介したい「ワルン・スマイル=Warung Smail」。

2020年10月のコロナ禍でのオープン。

私が、密かに追っかけている料理人が調理する店なんです。

彼女の名前は、Itami Sumieさん。

記憶しているだけで、ハヌマン通りにあった「チャイナ・ムーン=China moon」

クデワタン村の「ザ・サヤン・ハウス=The Sayan House」

ペネスタナン村の「カフェ・べスパ=Cafe Vespa」

テガランタン村の「ビー・サイド=bside」と渡り歩いている。

店名の由来を聞くと・・・

オーストラリアでケーキ学校に通っていた時のことだと、彼女は過去を振り返った。

友人から、”Sumie”のスペルが”Smile”に似ていると告げられたのが、記憶に残っていたと言う。

《 Smile 》お客様を笑顔にできる商品を作りたい、という思いから決めたようです。




この日は、ボロネーゼのペンネを食した。

もちろん、私の好きな味。

小さい小さい店なので、腕前のほどを充分の発揮できないでいるでしょう。

将来、屋敷の敷地に、もう少し大きなワルンをオープンしたいと希望を語ってくれました。

期待&応援しています。

コロナ禍の今は、マルシェ(市)にケーキを出店して、経営を維持しているそうです。

■定休日:年中無休(マルシェは不定期)

(祭礼日などの都合で休むことがあるようなので、要・予約。ケーキなども予約するといいですよ)

■営業時間:午前11.00〜午後6.00

■Phone:081237667646

*小さな店ですが、トイレはあるのでご安心ください。

《 徘徊老人の食堂レポ @ワルン・スマイル 》



posted by ito-san at 16:53| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月08日

ギャラリー・ブンブンの開設!(359)

コロナ禍で、バリ人の多くが困窮している。

サナ氏家族もそのひとつだ。

そんな彼らを応援できないものか。

応援しながら、自分にも幾らかの収入になる方法はないものかと思考した。

そうして思いついたのが、バリ絵画を販売するギャラリーだった。

まず初めに、グスティ・サナ氏と三男カデッ氏の作品を紹介したいと思います。

まだ準備中ですが、わたくし伊藤がセレクトした作品の数々です。

販売は、FACEBOOK・UBUD-ian(https://www.facebook.com/ikariachohatu)のショップを利用させてもらうつもりです。

準備が整い次第、報告致します。

もうしばらく、お待ちください。


イ・グスティ・プトゥ・サナ(I Gusti Putu Sana)

プンゴセカン村在住。

サナ氏は、独特の図法で傑作を次々と生み出している、優れたアーチストだ。

描く絵は、幻想的。

バリのおとぎ話からテーマをとり、竹ペンとチャイニーズ・インクで、細かいディテールまで丁寧に描きあげる。

カエルの絵もユニークだ。

ちょっとグルテスクにも見えるカエルが、ラーマヤナ物語のヒーローになったり、バリ舞踊の衣装をつけた踊り娘になったりする。

バリ絵画を紹介した本にも、サナ氏の絵は必ず載せられる。

サナ氏の絵に魅せられた外国人のファンは多く、海外から「また、描いてくれ!」と注文がくる。

スタジオに行けば、その数々の傑作を見ることができる。

次男のカデッ氏の作品も、同時に掲載しました。

気に入った絵があれば、良心的なプライスで譲ってくれる。

是非、立ち寄ってみてください。





Gusti Sana

■タイトル:タントリ寓話・Tantri (Sana-001)
Sana-001.JPG
サイズ:W22.8cm×H30.6cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格: 30,000円

■タイトル:カーマスートラ・Kama sutra(Sana-002)
Sana-002.JPG
サイズ:W23.6cm×H27.1cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格:25,000円

■タイトル:薪拾い・Cari kayu bakar(Sana-003)
Sana-003.JPG
サイズ:W17.3cm×H24.5cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格:15,000円

■タイトル:カーマスートラ・Kama sutra(Sana-004)
Sana-004.JPG
サイズ:W16cm×H23cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格: 15,000円

■タイトル:男性舞踊・Menari(Sana-005)
Sana-005.JPGサイズ:W16cm×H22.6cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格: 14,000円

■タイトル:蛙のレゴン舞踊・Kodok menari legong(Sana-006)
Sana-006.JPG
サイズ:W15.4cm×H21.4cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格: 15,000円

■タイトル:蛙のオレッグ舞踊・Kodok menari oleg(Sana-007)
Sana-007.JPG
サイズ:W19.7cm×H24cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格: 15,000円

■タイトル:蛙の妊婦・Kodok hamil(Sana-008)
Sana-008.JPG
サイズ:W14cm×H19cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格: 15,000円

■タイトル:タントリ寓話・Tantri(Sana-009)
Sana-009.JPG
サイズ:W16.4cm×H20cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格: 15,000円

■タイトル:蛙のケチャ・Kodok kecak(Sana-010)
Sana-010.JPG
サイズ:W10.6cm×H12.3cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格: 15,000円

■タイトル:蛙の薪拾い・Kodok cari kayu bakar(Sana-011)
Sana-011.JPG
サイズ:W17.3cm×H19.8cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格: 15,000円

■タイトル:タントリ寓話・Tantri(Sana-012)
Sana-012.JPG
サイズ:W15.4cm×H12.2cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格: 15,000円

■タイトル:蛙のケチャ・Kodok kecak(Sana-013)
Sana-013.JPG
サイズ:W19.3cm×H30cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格:20,000円

■タイトル:蛙のケチャ・Kodok kecak(Sana-014)
Sana-014.JPG
サイズ:W21cm×H28.3cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格: 20,000円

■タイトル:蛙のケチャ・Kodok kecak(Sana-015)
Sana-015.JPG
サイズ:W22.6cm×H27.5cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格: 20,000円

■タイトル:シータ姫・Dewi sita(Sana-W001)
Sana-W001.JPG
サイズ:W10.3cm×H12.3cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格: 13,000円

■タイトル:ガネーシャ神誕生・Lahirnya ganesha(Sana-W002)
sana-W002.JPG
サイズ:W10.7cm×H17.1cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格: 15,000円

■タイトル:蛙のケチャ・Kecak kodok(Sana-W003)
Sana-W003.JPG
サイズ:W10.7cm×H17.1cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格: 15,000円

■タイトル:蛙のケチャ・Kecak kodok(Sana-W004)
Sana-W004.JPG
サイズ:W12cm×H15cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格:15,000円

■タイトル:蛙の儀礼・Upacar kodok(Sana-W005)
Sana-W005.JPG
サイズ:W11.6cm×H14.7cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格: 15,000円

■タイトル:タントリ寓話・Tantri(Sana-X001)
Sana-X001.JPG
サイズ:W25.5cm×H18.5cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格: 15,000円

■タイトル:曼荼羅・Mandala ikan(Sana-X002)

Sana-X002.JPG
サイズ:W20.2cm×H14.8cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格: 15,000円


Gusti Kadek

■タイトル:タントリ寓話・Tantri (Kadek-001)
Kadek-001.JPG
サイズ:W20cm×H30cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格: 8,000円

■タイトル:スタサモ物語・Sutasoma(Kadek-002)
Kadek-002.JPG
サイズ:W23cm×H30.5cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格: 6,000円

■タイトル:双子・Anak kembar(Kadek-003)
Kadek-003.JPG
サイズ:W24cm×H35.5cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格:8,000円

■タイトル:マハバラータ物語・Mahabrata(Kadek-004)
Kadek-004.JPG
サイズ:W24cm×H35.5cm
素材:アート紙+チャイニーズインク&アクリル
価格:8,000円

■タイトル:市場・Pasar tradisional(Kadek-005)
Kadek-005.JPG
サイズ:W25.5cm×H38cm
素材:アート紙+チャイニーズインク&アクリル
価格:10,000円

■タイトル:魔術・Magic(Kadek-006)
Kadek-006.JPG
サイズ:W27cm×H38cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格:8,000円

■タイトル:ガドル女神・Dewi gadru(Kadek-007)
Kadek-007.JPG
サイズ:W26.5cm×H39cm
素材:アート紙+チャイニーズインク
価格:10,000円

■タイトル:ガネーシャ神・Tenung gana(Kadek-008)
Kadek-008.JPG
サイズ:W39cm×H28cm
素材:アート紙+チャイニーズインク&アクリル
価格:10,000円

■タイトル:ガルーダ神・Garuda(Kadek-009)
Kadek-009.JPG
サイズ:W29.5cm×H39.5cm
素材:キャンバス+チャイニーズインク&アクリル
価格:10,000円

■タイトル:聖獣バロンバンクン・Barong bangkung(Kadek-010)
Kadek-010.JPG
サイズ:W35cm×H45.5cm
素材:アート紙+チャイニーズインク&アクリル
価格:20,000円

■タイトル:ジョゲッブンブン舞踊・Joget bunmbung(Kadek-011)
Kadek-011.JPG
サイズ:W40cm×H50cm
素材:キャンバス+チャイニーズインク&アクリル
価格:20,000円


posted by ito-san at 19:32| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月04日

第6弾:徘徊老人のハイカイ先は? (358)

あけましておめでとうございます。

徘徊老人シリーズ・21回から24回までの4回が、たまったので第6弾として掲載します。

お付き合いください!



《 第21回:徘徊老人@モンキーフォレスト入口界隈 》

モンキーフォレスト旧入口付近にある、ビスマ通に抜ける道。

車が通り抜けできるようになるれば、モンキーフォレスト通の渋滞が緩和されるはず。

と、叫ばれて何年になるか?




《 第22回:徘徊老人@ガング・ソカ 》

ガング(Gang)は、家と家の間の狭い通路のこと。

ガング・ソカ(Gn.Saka)って、何処?

ほとんどの方は知らないと思いますので、是非、ご覧ください。

ウブド大通りからの横道。

知る人ぞ知るサテ・バビ屋の露店が出る小道。




《 第23回:徘徊老人@サッカー広場東側・モンキーフォレスト通り 》

サッカー場の正式名は、アスティナ広場。

広場の東面に、人気のレストランが数件あった。

特に「デリキャット=DeliCat」は、人気が高かったですね。

さて、今はどうなっているかな?




《 第24回:徘徊老人@小学校北横・モンキーフォレスト通り 》

小学校横の道を入る。

老舗バンガローの「 OKA WATI」、評判の高い「Beji Ayu Spa」がある通りです。




いかがでしたか?

そろそろ徘徊する路地が少なくなってきました。

残り何回、紹介できるかな。

今年もよろしく、お願いいたします。



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2020年12月25日

リンディックを習う(357)

ウブドを訪れた当初から気になっていた、竹の楽器。

ホテル、レストランなどから聴こえてくる、心地よい音色。

時には、二人ひと組の生演奏も聴ける。

名称をティンクレックと聞いていたが、今回、習うことになって先生に聞くと「リンディック」だと教えてくれた。

一台の単体の場合はティンクレックと呼んでもいいが、二台以上になるとガムラン・リンディックと呼ばれるらしい。

ガムラン・リンディックには、スリン(縦笛)も含まれる。

どうして習うことにしたか、と言うと。

コロナ禍で心に波風が立ち始めた時に、リンディックの澄んだ音色を聞いた。

聴けば聴くほど、心の落ち着く。

私には、絶対に演奏できない楽器だと思っているが、コロナの終息が不透明なこの時期。

自主自粛で有り余る時間のある、この機会に習ってみようと思った。

演奏できれば、将来、役に立つような気もしている。

幸い私はバリにいるので、音に関しては、気兼ねなく練習できる。

日本では、近所迷惑も考えて四六時中叩くわけにはいかないだろう。


青銅ガムランは、数種類のパートに分かれていて、楽器の数が多い。

リンディックは、二人がベストだが、一人でも演奏できるところが利点。

青銅ガムランより、音は小さく、楽器も軽い。

楽器を手に入れるにしても、青銅ガムランに比べれば格段に安い点もいい。


少しづつ進歩しているところ動画で残しました。

私も習ってみようと思っている人に参考になるのではないかと、アップしました。


始めるにあたって。(2020/11/24)




カデッ先生の見本。(一週間後)




黙々と自主練! (二週間後)

一向に、進歩が見られない。

奇跡を待っている。

まずは、楽器に慣れることですね。




練習方法を考えた。(三週間後)

弾みが良くて、聴き取りやすい音の出る竹筒で叩いたらどうか?

とにかく、左右の手で、別々のリズムが取れるようになればいいのだから。

「結果はこれ」と言いながら、左手は違うところを叩いている。

少しずつ、左手のリズムができるようになってきてる気がしませんか?




基礎の基礎は、教授した。(一ヶ月後)

あとは、習得するだけ。

当分、このフレーズを叩き続けるのじゃ!




《 友人達からの励ましとアドバイス 》

Kさん
左右で違う事をやっている、と思うとさすがに厳しいですよね。
ひとつのリズ厶、そしてメロディを両手に分けて演じる。
私の脳みそは、こっちの方が理解しやすいみたいです。
それにしても、素晴らしいです。
楽しまれて下さいね。

Nさん
右手のコテカン部分を口で歌ってみて、それに左手を合わせてみれば?
ガムランは体でビートを刻めないと、コテカンに引きずられちゃいがちなんです。
拍がめちゃ大事です。
家でも、口ずさみながらテーブルを叩けば練習になると思います。
頭じゃなく体で覚えましょ!
音楽は「音を楽しむ」ですから、楽しむのが基本。

Mさん
右と左のフレーズの重なり方、コンビネーションを噛み締めながら、丁寧に、ものすごく、ゆっくりやってみてください。今の段階で早いスピードは、スピード違反!Let`s Try!


posted by ito-san at 19:31| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月18日

マクドナルド @ サヌール(356)

およそ一年ぶりのサヌール。

ビザ関係以外で、バトゥブラン村を越えることはない。

今日もその用事だ。

昨夜のビザ・エージェントとのやりとりでは、待ち合わせ場所はデンパサールのイミグレーションだった。

しかし、待ち合わせ時間をあとから知らせると言っていたが、この日に連絡はなかった。

朝には、連絡が入るだろうと待っていたが、それもない。

この機を逃しては、オーバーステイになってしまう。

どうしても、午前中に書類を渡したい。

待ち合わせ時間は決まっていないが、何時間でも待つつもりで、ウブドを出発した。

バトゥブラン村の近くで、スマホに連絡が入った。

待ち合わせ場所が、サヌールのバイパス沿いにあるマクドナルドに変更された。

待ち合わせ時間は、午前11時。

ウブドから出発していたら、間に合わない時間だ。

スマホのデジタル時計は朝10時30分を表示している。

見切り発車していてよかった。

ここからなら、ギリギリに間に合いそうだ。

マクドナルドが角に立つ十字路で、赤信号に引っかかる。

時計を見ると、時間は10時59分。

ジャスト11時、マクドナルドにゲートイン。

バイクを駐車場に止め、あたりを見回す。

目当ての人の姿はない。

車も見当たらない。

私の勘は、まだ到着していないと告げている。

店内にいるかもしれないので、念のため、電話をかけてみたが繋がらない。

一番よく目立つ、駐車場で待つことにした。

約束の時間より1時間遅れて登場。

おかげで、読書が進んだ。

今、読んでいる本は、石田衣良の「池袋ウエストゲートパーク外伝 / 赤・黒」。

駐車場で、必要書類をエージェントに渡して別れる。



時間は、昼12時。

空腹ではないが、はるばる来たのだから、ちょっとマクドナルドに寄ってみようという気になった。

私の中では、サヌールといえば「マクドナルド」。

それは、ソフトクリームが食べられるから。

友人の空港送迎の時に、仲間と食べるソフトクリームは格別。

私の送迎の時にも、ソフトクリーム休憩はある。

エントランス前で、体温測定と手の消毒。

体温測定は、35.9の平温 。

入店の許可が出た。

コロナ禍のディスタンスは覚悟していたが、店内は、すっかりコロナ仕様に変わっている。

日本で生活している人には、先刻承知の案件かもしれないが、私にとってフィジカル・ディスタンシングは初見だ。

一階に、テーブル席がなくなっていた。

McDonald1.jpg

サービス・カウンターの幅が短くなっていた。

カウンターの背面上部にあるはずの、ファーストフードらしい電飾のメニューが見当たらない。

オーダーは、タッチパネルを使用する。

McDonald2.jpg

スタッフが横に立ってアシストしてくれたので助かったが、それでも大いに戸惑う。

タッチパネルが吐き出したオーダーメモを持って、レジ・カウンターに向かう。

会計をすませると、35と書かれた大きなプラスチック製の番号札が手渡された。

McDonald3.jpg

オーダー商品は、セルフサービスでなくスタッフがトレーで運んで来てくれる。

番号札を持って、二階客席に移動する。

テーブル席は、ひとりおきにディスタンスされていた。

McDonald4.jpg

動画を撮ろうと、一番奥に席を取った。

しばらくして、オーダーした商品のったトレーが、女性にスタッフによって運ばれてきた。

スタッフがアシストしてくれたのに、フライドポテトは二重にオーダーしていたようだ。

はじめは、コーラも二重に注文していたようだが、それについてはスタッフが確認訂正してくれた。

ファーストフードのフライドポテトは、ポップコーンと違って、冷えると食べたくなってしまう味なんですよね!

McDonald5.jpg

動画をフェイスブックにアップした。

友人から「イトーさんとマック…なんかシュール…??笑」とコメントがあった。

私は「スマホで動画を撮っている自分の姿に、違和感」と答えを返した。

食したのは、久しぶりのハンバーガー。

ちょっと後悔した、昼食でした。


posted by ito-san at 22:38| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする