2026年01月11日

マスッ・アンギン(Masuk Angin)は風邪をひいたの意味だった!(64)

バリのオートマチックスクーターの幕開けは、ヤマハ・ミオ(Mio)の発売からだ。

スクーター商戦がバリで始まったのは、いつ頃だったか?

まず、600万ルピアの台湾製の安価なスクーターが出た。

100ccクラスで、消臭剤(キムコ)に似た名前だった。

すぐに壊れ、修理が不可能だったので、半年もすると市場から消えていた。

2005年に、ヤマハがオートマチックのスクーター「ヌーフォ=NEUVO」と「ミオ=Mio」を発売。

ホンダは同年、オートマチック・スクーター「ファリオ=VARIO」を発売。

私のバイク遍歴は、アストレア800→アストレア・スター(ASTREA STAR)→アストレア・プリマ(ASTREA PRIMA)→スープラ(SEPRA)→スープ
ラX(SEPRA X)。

そして、オートマチックになって、ファリオ→スクーピーとホンダ一辺倒できている。


タイヤの空気が少なくなっているのに気づき、プンゴセカン村にあるバイク修理屋に立ち寄った。

若奥様が店先に出て来た。

いつものようにニコニコと微笑んで「アパ・カバール?」と声を掛けてくれる。

この店でガソリンを入れているが、今日は、タイヤに空気を補充してもらいに来た。

私のインドネシア語のボキャブラリーは極小で、どう頼んだものか悩んだ。

タイヤに空気を入れる。

それなら、空気(アンギン)と入れる(マスッ)でよいだろう。

私は臆せず「マスッ・アンギン」と元気に答えた。

その言葉に、若奥様の美しい微笑みが消えた。

「だからどうしたの」とでもいうような、困り顔になっている。

私が世間話をしに寄ったのではないことはわかっている。

若奥様は、すみやかに悟ってくれて、主人に空気を入れるように頼んでくれた。

ベンケル給油.jpg

後で知ったが、マスッ・アンギン(Masuk Angin)は風邪(をひいた)の意味だった。

若奥様は「ここはベンケル(修理屋)よ。風邪をひいたのなら、ルマ・サキット(病院)かアポティック(薬局)へ行くべきよ」とでも言いたかったのだろう。

外国人がベンケルに立ち寄って「マスッ・アンギン!」と堂々と言われた時の若奥様は、さぞかし面食らったことだろう。

空気を入れてもらうには、マウ・アンギン(空気が欲しい)、ミンタ・アンギン(空気を下さい)を使いらしい。その他、「ブリ・アンギン
(Beri Angin=空気を買う)と言うのだと知った。

発音が悪くて通じないときは、最後の手段として、タイヤを指さし「アンギン・アンギン」と叫べばいいと友人が教えてくれた。
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2026年01月06日

人生の終わりに近づいて、この諺は違うと確信した!(63)

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。


今年初の投稿です。

納得できない、諺や格言がある。

「時は金なり」は、もっとも嫌いな言葉だ。

この頃、「終わり良ければすべて良し」という言葉に疑問を持つようになった。

シェイクスピアの戯曲「All's Well That Ends Well」のタイトルに由来する諺らしく、物事の最初や途中はどうであれ、最後(結末)さえ良ければ、全体として良い評価や結果になるという意味として使われている。

私も都合の良い時に、「結果オーライ!」と発言していた気がする。


今、人生の終わりに近づいて、この諺は違うと確信した。

私は結果を重要視しない。

過程が大事だと思っている。

目標達成だけが全てではない。

結果は終着点ではあるが、私はプロセスを目一杯楽しみたい。

残念な結果に終わっても、過程がよければそれで満足できる。

そんな人生でもあった。

「勝った負けたと騒ぐじゃないぜ!」

水前寺清子の「いっぽんどっこの唄」の歌詞だね。

私は成功とか勝つことに興味がなく、今を明日を楽しみたいタイプ。

私の人生は、百パーセントとは言わないまでも、充実した楽しい時を過ごしてきた。

商売下手な私に、友人は「日本では、人がいいのはバカだと言うことだよ」と言われたこともある。

”人がいい”は、褒め言葉だと受け止めている。

バリでは「それは、騙されているんだよ」とアドバイスされたこともあったが、私は騙されたと思っていない。

意思疎通のすれ違いは、よくあること。

その結果が今、穏やかな老後を迎えられていると思っている。

「終わり良ければすべて良し」は、ビジネス用語で、人生に使う言葉ではないかもしれないね。

冬ごもりしながら、人生を振り返る日々を送っています。
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2025年12月30日

苦手だった日本の文明機器にも慣れてきた!(62)

ジワジワと寒さが増してくるのを感じる、日々。

日本各地に雪が降り始め、積もっている地域もあるようだ。

あなたの住む街は、いかがですか。

我が土岐市は、気温が低くなり、雪が降る日も近いかなと感じさせるこの頃です。

35年ぶりに迎えた先の冬は、寒さの対処方法がわからず、身体に負担をかけた。

今冬は、自分なりの寒さの避け方を学び、不安は少なくなっている。

暖房機器の効率的な使い方も、外出時の衣服の選択もうまくなったと思う。

こうやって、越冬の知識を足していくんだね。


滞在一年が過ぎて、苦手だったことが少しづつだができるようになってきている。

ウブドで苦労していたATMだが、今では難なく使いこなせるようになった。

ATM恐怖症は、ブログに何度も投稿している。
「一年ぶりの銀行で、ATM恐怖症がやらかした失態!(540)」
https://itosan-ubud.seesaa.net/article/503702443.html

セルフレジの扱い方も、100円ショップで習得した。

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先日は、縮小を何度もやり直したが、ローソンでフォトコピーができた。

土岐市で唯一のローソンは、我が家から歩いて5分のところにある。

今日は、ネット購入の支払いをコンビニでするつもりだ。

昨晩、ユーチューブで研究した。

ローソンに、動画で見た支払機が設置されていなかった。

少し行ったところにファミリーマートがあるのを知っている。

アパートの戻り、電動アシスト自転車にまたがってファミマに向かう。

ここにもコンビニ支払い機は、設置されていなかった。

支払期限の時間が迫っているので、あせった。

土岐市駅の近くに大きなファミマがある。

あそこなら支払機はあるだろう。

風は冷たいが、通い慣れた道なので自転車走行はスムーズ。

支払機は見当たらなかった。

このまま支払わなければ、購入契約は破棄される。

それも縁がなかったと諦めるか。

しかし、このタイミングで欲しい商品なので悔いが残りそう。

勇気を出して、スタッフに尋ねることにした。

私のたどたどしい説明に付き合ってくれたスタッフは、コピー機のタッチパネルでできると教えてくれた。

ユーチューブの動画にあった機器ではなかったのだ。

登録番号と電話番号を入力するだけで完了した。

プリンチアウトした紙をレジに出すと、バーコードをスキャンして終了。

日本語の説明をゆっくり読めば、理解できるということだ。

苦手意識が強くて、理解しようと考えていなかったかもしれない。

こうやって、文明の知識を足していくんだね。

もしかすると近くのファミレスもコピー機で支払えたのかもしれない。

近々、偵察に行くことにしよう。

( ⭕️ローソンの名誉にために訂正します。
コンビニ支払機「Loppi」は開店当初から設置されていたようで、私が見つけられなかっただけでした)


【メモ】
ウブドのコンビニは、50メートルに一軒ある勢いだった。
2003年:ウブド初のコンビニは「スーパー・デルタ・デワタ」のミニ・マート(モンキーフォレスト通り)
2007年:「サークルK」モンキーフォレスト通りに1号店
「アルファ・マート」「インド・マレット」の出店は、2010年(?未確認)
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2025年12月11日

昔は良かったという話ではない(61)

ウブド・リピーターの貴方に質問です。

トイレの後始末は、紙派ですか、それとも指派ですか?

質問の意味がわかりませんよね。

私は、日本を離れるまでの42年間は、トイレットペーパーを使っていた。

そんな私が、指派に変わった瞬間の話をします。

それは、ウブド初のカルチャーショックでもありました。

ホームステイのトイレでのことです。

拭くだけの段階になって、紙が見当たらないのに気がついた。

見える範囲内にもポケットの中にも代用品はない。

野原なら葉っぱがあるのになと、しゃがんだスタイルで考える。

もしかすると、これ?

片隅にあるタイル張りの水槽と手桶。

はは〜ん、これだな。

シルクロード旅(57年前トルコ〜インド)経験者のバックパッカーには、このくらいの機転はきく。

右手に手桶を持って水をすくい、ぶっかける。

この時、左手の指先を使うことになる。

もちろん躊躇しましたよ。

踏み込んではいけない禁断の領域に、踏み込んでしまう思いだった。

こうして私の左手指は、初体験したのでした。

水浸しにはなったが、なんとか後始末は終わった。

この方式の心地良さに、感動さえ覚えた。

その後のウブド滞在35年間は、ペーパーレスの指派として過ごした。

この体験をとおして、ヒンドゥー・バリで左手が不浄なものとして取り扱われのが理解できた。

左手の握手や、左手から物を渡すことはタブーだ。

外国人に対しては、それほど厳格ではないが、失礼にあたるので気をつけたい。

ホームステイのトイレに、ペーパーは設置されていないのが普通。

トイレットペーパーを売っている店も、私の生活環境では見当たらなかった。

トイレは水浴び場も兼ねているため、ペーパーが置いてあったとしても濡れていて使えないことが多い。

オーナーやスタッフに、ペーパーを使う習慣がなかった頃の話です。

当時のガイドブック「地球の歩き方・インドネシア」にも、トイレの使い方のアドバイスはなかったはず。

その後、インドネシア国内の旅(ジャワ、ロンボク、スンバワ、スンバ、フローレス)では、指派だったので困ることはなかった。

日本に戻ってからは、トイレットペーパー派に戻っています。

下じもの話、食事時でしたらでゴメンなさい。

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グルーグル検索した写真:画像は著作権で保護されている場合があります


・・・からの日本での話。

2024年、移住した土岐市のアパートのトイレは、普通の洋式水洗トイレでした。

ウオッシュレットだったとしても、ペーパーを使わないと落ち着きませんがね。

清潔感のある水洗トイレだったので、ウオッシュレットが欲しいなんて贅沢は言いません。

35年間の習慣は、簡単には直せませんでした。

バケツを置いて手桶にしようかなと考えたが、きっと床が水浸しになるだろう。

思いついた時が冬だったのもあり、氷点下での手桶の水洗はあきらめた。

見た目通り、神経質な私は、ペーパーをたくさん使ってしまう。

ひとロールを使い切ったこともある。

やっとこの頃、トイレットペーパーの使い方が上手くできるようになった。

一年かかかったな。

便座が冷たく感じる冬が近づいたので、電気ストーブを押入れから引っ張り出した。

アパートのトイレがウオッシュレッに変身してくれると嬉しいなと、夢想する今日この頃です。
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2025年11月24日

インドネシア語で「お休みなさい」は、「Minpi Manis」でいいかな!(60)

Selamat pagi・お早ようございます。

Selamat siang・(午前の)こんにちは。

Selamat sore・(午後の)こんにちは。

Selamat malam・今晩は&お休みなさい。

これ以外に、ウブド人が挨拶に使っている言葉があるんですよ。


道端でおじさんやおばさんに「どこへ行くの?=ke mana?」と声をかけられる。

初めは、「市場に行きます」「ご飯を食べに」とか、丁寧に行き先を答えていた。

帰りには、「どこに行ってきた?=dari mana?」と聞くので、あそこに行って、ここへ寄ってと詳しく説明していた。

会うたびに聞かれるので、面倒になってくる。

先住の友人に聞くと「あれは挨拶だから、カジョ=北・クロッド=南(あっち・こっち)と答えておけばいいんだよ」と教えてくれた。

確かに、答えはどちらも「あっそ!=Oh ya!」でした。

まったくインドネシア語ができなかった頃のことで、その後すぐにジャラン・ジャランと答えるようになっています。

今では、おじさん、おばさんの姿も道端から消えて、こんな風景もなくなったようです。


ウブド人の屋敷を訪ねると、「もう食事は済んだ?=sudah makan?」と聞かれることがある。

日本語の "済んだ"とインドネシア語の "sudah"の発音が似ていて、にっこり。

遠慮するのも失礼だと考えていた私は、「まだです=belum!」と答えて、ご馳走になっていた。

たいていの家は、食事が作り置きなので、何かしらのナシ・チャンプルーが出てくる。

この時の答えは "sudah" が正しいようです。

それにしても、「belum=ブルム」と答えられて、家人も困っただろうな。

ひもじかった時代の名残りで、困ったらお互い様の気遣いが、挨拶の言葉になったのかもしれないね。

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(ブルムと言って、出てきた食事@パチュン家)


とっておきの挨拶を伝授しよう。

たいてい、お休みなさいは "Selamat malam" か "Selamat tidur(寝る)" を使います。

しかし、ウブドの男性は違ってたね。

なんと「Minpi Manis=甘い夢をみて!」だった。

ちなみは私は、ミンピ・マニス派でした。

友人からのメッセージです。
スラバヤ出身のインドネシア語の先生は、最近はSelamat tidul は使わなくなりました、と言っていました。
ちょっとロマンティックな響きがあるみたい。
使うのは恋人同士、あるいは同居している家族だけ。
スラバヤルール、かも知れませんが。
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2025年11月22日

電動アシスト自転車デビュー!(59)

待望の電動アシスト自転車が届いた。

大きなダンボール箱を開けて、組み立てです。

組み立ての苦労話は、省きます。

さあ、残すはバッテリーの取り付けだ。

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バッテリーが充電できず焦った。

通販での購入に不安を抱いていたので、半ば諦めながらメーカー(&販売店)にメールする。

高い買い物だったが、気が小さい私はクレームが苦手。

丁寧なメールを送ったら、電源コードの不都合だったようで、再送してくれた。

速やかで優しい対応で、無事充電できた。

肌寒いが好天に恵まれた今日、試乗した。

行き先は、この頃ルーチンにしているスーパー・バロー内「北欧倶楽部」。

誰かに、後ろから押されているようなスムーズな走行。

まさに、私の人生のようだ。

これからの徘徊が楽しみになる。

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これで終われば、順風満帆の出足だったが、人生そう上手くはいかない。

駐輪スペースから出る時、一メートルも進まないうちに転けた。

想像を絶する転けかただった。

前輪が直角に曲がっている。

スピードが出ていなかったので、怪我はありません。

後ろについていた車の運転手が、心配顔で止まっている。

駐車場内で、よかった。

駐輪スペースに戻り、自転車を点検。

前輪は、ヒラヒラと動いた。

どうやらハンドルが、固定されていなかったようだ。

ひとネジが緩んだ、という感じじゃない。

7分ほどかけて、左折右折を繰り返してここまで来たが、まったく問題はなかった。

ハンドルは前日に締めている。

緩んでいたのは、悪質なイタズラだったかもしれない。

人を疑うのは不本意であるが、駐輪場で不審な男性とすれ違った。

嫌な視点を受けながら、入店したのを記憶している。

ボルトが見えないための蓋を忘れていた、私の責任でもあるが。

ボルトは、六角レンチで締めれば直る。

運良く、近くにホームセンター「DCM」がある。

「前途多難」

まさに、私の人生のような試乗日でした。
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2025年11月19日

年代によって変わるウブド旅行の必需品(58)

私が訪れた90年代のウブドの街灯は5Wで暗く、足元も悪いので、懐中電灯が必需品だった。

停電の夜にも役立った。

そうそう、定期公演の停電では、観客が懐中電灯を当ててやり過ごしたこともあった。

履物は、ゴムゾーリがベスト。

ビーチサンダルなんて贅沢なものじゃない。

パサール(ウブド公設市場)の雑貨屋で売っている、スワロー印のゴム草履だ。

歩道のなかった時代、スコールで泥んことなった側溝に足を突っ込むことタビタビ。

日本から持ってくる必需品に、懐中電灯とゴムゾーリの2点をお勧めしていた。

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(旧ウブド公設市場)


滞在を始めて必要となった物は、ウブドを訪れる友人に持って来てもらった。

コンビニもスーパーもなかったウブドです。

例えば、歯ブラシ。

当地では、太っとのしかなかったので、小ぶりを頼んだ。

それと、トランクスパンツ。

ウブドでは、ブリーフしか見つからないので。

友人(ウブド人)が、ブリースで泳いでいて驚いたことがある。

水着を売っていないからね。

薬もお願いしたな。

薬局はないし、医院は外国人には高額だったし。

バリ人にも配って、役立ててもらった。

気を利かせて、金鳥の蚊取り線香を持って来てくれた人もいた。

そうそう、ヘア輪ゴムも持ってきてもらった。

髪がひとまとめにできるほど長くなったところでポニーテールにした、その後トレードマックとなった。

他に、何があったかな!

あなたはの必需品は、何でしたか?


フェイスブックの投稿に、多くの必需品コメントがあったので掲載します。

懐中電灯は持参する人と、スマホで対応する人といるようです。

私同様、トランクスに悩んだ友人もいた。

薬は持っていくが、ほとんど使わないとの声あり。

常備薬として、ムヒ・正露丸・絆創膏がありました。

絆創膏は、やっぱり粘着力の素晴らしい日本製バンドエードだね。

日本の蚊取り線香を愛用する人います。

バリ舞踊を習っている人に、安全ピン(私も使った)。

酒&タバコ依存症の人は困っただろうな。

仕事柄、蝶番が必要な人もいました。

飛行機内座席前に常備されている嘔吐用の紙袋も役にたっていたようです。

女性から、愛用の化粧品とその他(顔面石鹸、シャンプー、歯磨き粉、洗剤)なんてのもありました。

その他、写真フイルム・ガイドブック・絵の具・ウオークマン・etc
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2025年11月17日

名古屋の栄町で迷子になった!(57)

友人の会社が、久屋大通公園で「花とみどりを楽しむ・まちフェスタ」に出店しているのをインスタで知った。

名古屋にいたころからの友人で、私がウブドに滞在始めてからは、何度も訪ねてきてくれていた。

稼業が忙しくなったようで、20年ほど前から会っていない。

色々と世話になったので、是非会って、感謝を伝えたかった。


JR中央線に乗って土岐市駅から千種駅へ(680円)。

千種から栄までは、地下鉄を利用する(210円)。

地上に出なくても、地下道で繋がっているのを知った。

地下鉄の切符販売機に立ち往生。

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コインの入れ口の穴が詰まっていて、コインが入らない。

移住して一年、自販機には慣れてきたが、こんな機種は初対面。

隣の台に立つ母娘に「これどうなっているの?」と尋ねた。

「きっぷのところを押してください」って。


地下鉄を降りて、適当な出口を上った。

外に出れば、どの辺りにいるかわかるだろう。

10年前と、昨年も来ている。

その時は、友人が一緒だった。

一人で栄町に出るのは、なんと50年ぶりになる。

目の前の「居酒屋・伍味酉」は知っていても、ここがどこだかわからない。

とにかく、人通りの多い方向に進んだ。

久屋大通りの標識に安心はしたのだが、久屋大通りは広うゴザンンス。

キョロキョロするが、知っている建物がない。

三越(旧中村百貨店)、中日ビル、愛知県美術館、MIRAI TOWER(旧テレビ塔)が見当たらない。

目的地は、久屋大通公園・テレビトーヒロバA。

久屋大通公園の正式な位置を知らない。

スマホでグーグルマップを調べればと思うのですが、操作できないのです。

テレビトーヒロバとあるからテレビ塔の近くだろう。

しかし、そのテレビ塔が目に入らない。

誰かに聞くのが早いだろう。

久屋大通公園を知る人はいるだろうか?

目の前を歩くヘルメットを被る男性に尋ねることにした。

建築現場の職人さんに、聞いてもわかるだろうかと不安になる。

バリ人みたいに、知らなくても教えてしまうかな?

とにかく声をかけた。

「すみません。テレビ塔はどこにありますか?」

「あそこ!」とビルの谷間を指差した。


友人には会えなかった。

スタッフに、連絡が欲しいと伝えて会場を後にした。
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2025年11月09日

今回も失敗談です!(56)

この日は、猿の森のあるサンゲ寺院より、さらに北東の位置にある寺院で奉納舞踊があると聞いていた。

友人がバロン舞踊を奉納するので鑑賞したいと思っている。

サンゲ寺院は、ウブドから直線で10キロ地点だが、実際は一度南方に下ってからとなり20キロほどになる。

なぜそうなるかというと。

バリ山間部の幹線道路は、あみだくじの縦線状に走っている。

横線は渓谷に橋を架ける必要がある。

あみだくじのように簡単に線を引けないので、ショートカットできるルートが少ないのだ。


奉納舞踊は、チャロナラン舞踊劇。

夜8時には到着するように、1時間前に下宿を出発した。

今夜も愛車スクーピーは、ご機嫌のようだ。

遠出をして、パンクや故障になっては困るのでね。

ウブドを離れると、街路灯も疎らで、あたりは暗くなる。

橋を越えるとムングイ県になり、ここからは緩やかな坂を北上する。

街路灯の照度が低く、さらに暗くなる。

屋敷の門灯も点いていない。

集落の途絶えたところは、街路灯もなくなる。

真っ暗闇に向かってバイクを走らせる感じ、わかりますか?

不安で恐怖を覚えますよ。

もう目的地に近づいているはずだ。

正装姿の村人が歩いていない。

近くまで行けばわかるだろうと、寺院の名前を聞いていない。

これまでは、寺院祭礼の雰囲気を感じ取って辿り着いてきた。


遠くで薄明かりが見えた。

雑貨ワルンが開いているようだ。

肌寒くもなり、これより先に進む自信が無くなってきている。

ここで聞こう。

「この近くでオダランはありますか?チャロナランがあると聞いてきたのですが。」

老婆に、私のインドネシア語は通じないようだ。

私は「バロン・バロン!」と連呼した。

老婆はニコリともせずに、奥に引っ込んだ。

変な外人を相手にしたくなかったのだろうな。

私は、もう少し進むか諦めるか迷っていた。

老婆が戻ってきた。

オダランの情報が聞けるかと、嬉しく身構えた。

老婆は、手にした物を私に渡した。

それは電球だった。

????????

バリの人は、電球をbalonを言うことがあるのです。

これは同音語じゃなくて、balonとbarongの発音ができない私の失敗談でした。

はい、ショックのあまり、このまま直帰です!
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2025年11月06日

インドネシア語でコーヒーのことは「コピ」という(55)

今回でテーマは、コピ・バリ(kopi Bali)です。

バリ・コピではありません。

英語のMy nameは、インドネシア語ではNama sayaとなります。
(My=saya・name=Nama)

バリ・コピは英語式ですね。

デワ・ワルンは、インドネシア式に呼ぶとすれはワルン・デワが正しい。

小学校入学前レベルの私の見解なので、半信半疑で聞いてください。

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’92年の「居酒屋・影武者」でのこと。

私は定位置のテーブルに、腰を下ろしている。

レジ・カウンターに立っているワヤン君に、「これ、コピーして来て」とメモの複写を頼んだ。

しばらくしてワヤン君は、レジ・カウンターに戻って来た。

私と目を合わせると、ニッコリとする。

コピーはどうなったのかな、私は心で囁く。

私とワヤン君の間で、以心伝心は成り立たないようだった。

「ワヤン、コピーは?」と声を掛けた。

ワヤン君は、鳩が豆鉄砲を食らったようにキョトンとしている。

レジ・カウンターから出てきたワヤン君は、私の目の前のテーブルに手のひらを滑らせて「すでに運んでありますが」と自信たっぷり言う。

「ワヤン、私はコーヒーを頼んでいない。頼んだのはコピーだ」

怪訝な顔をするワヤン。

そして、ワヤン君は私より早く気がついた。

「イトさんそれは、フォト・コピー(Foto kopi)と言わないと通じません!」

コピとコピー、言葉は同じだけど意味が違う。

でも、このくらいの違い状況判断してよ、と思うのはわがままか。

みんなにもこんな経験はあるでしょう。

その話、ここで共有しませんか?

投稿、待ってま〜す。


時間の余裕がある方は『付録』も読んでください。

『付録』

インドネシアには、300を超えるエスニック集団が共存し、300〜500の言語が使われる多言語国家なのだ。(NさんのFBから引用)

バリ人は普段、バリ語を使用しで会話をしている。

国語であるインドネシア語は、バリ人以外のインドネシア人や外国人に対して使う。

時には、初対面のバリ人に対しては、相手の階層(カースト)がわかるまで使ったりする。

バリ語には、普通語(bahasa biasa)以外にも、「クタ・アルダナのバリ語会話」によると、alus,(丁寧語)、alus sor(謙譲語)、 singgih(尊敬語)、そして普通語と丁寧語の間にmadiaという中位語がある。

失礼な言葉で、bahasa kasarというのもあるようだ。

インドネシア語でコーヒーのことは「コピ」という。

バリ語の普通語(bahasa biasa)も「コピ」だ。

丁寧語(bahasa halus)では、wedanだったりngopi、ngae kopi、ngwedan、mekaliya wedanとあるようです。
(情報提供:ウブド滞在の友人)

バリ語は、複雑すぎて難しい。
posted by ito-san at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 土岐市に移住 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする