土岐市下石町に唯一ある温泉旅館が、今月3月31日に閉館すると知った。
700年以上の歴史を持つラジウム泉の山神温泉。
その一軒宿である、大正9年から100年以上の老舗温泉旅館・湯之元館の閉館だ。
鎌倉時代のこと、京の都に義延というたいそう弓が上手で、情深い武士がいました。
あるとき宮から、美濃地方の武家達を取り押さえるうように命じられた。
義延の妻は「留守はしっかりと守ります。どうか立派にお働きください。」とお守り袋を手渡します。
義延は、それを大切に懐中に入れ、勇ましく出立した。
その頃、美濃地方は激しい戦場で宮方は苦戦をしていた。
義延が加わると、味方の兵達は勢いを盛り返し、残る敵を東美濃の方に追っていった。
ある日、義延が戦で活躍してくれた愛馬の世話をしていると、物影から現れた男に背後から切りつけられて気を失った。
その後、気がついた義延が、傷口を押さえる物はないかと懐中をさぐると、手に触れたのはお守り袋だった。
義延は、お守り袋をたぐりよせ開けてみると、中には綺麗な黒髪と白い布が入っていた。
さっそく布を傷口にあてがうと、安堵とともに、懐かしい妻のことを思い出し、黒髪にもう一度手に触れようとした瞬間、フッと風が吹き、髪の毛はふわりと舞い上がった。
「あっ!」と手を伸ばし捕まえようとすると、風に舞う蝶のように飛んで行った。
夢中になって髪の後を追い、人里離れた渓谷に来た時、やっと髪を手にすることができた。
気がつくと、そこには岩からコンコンと湧き出る泉があった。
痛む傷口を浸し、乾いた喉を潤すと、戦の疲れが出たのか、そのまま眠り落ちてしまった。
目覚めてから、自由にならない身体で、泉の水で傷口を洗う養生を繰り返した。
不思議なことに、あんなに深かった傷口は、たちまち治ってしまった。
義延の無事を祈る妻の心が神を通じ、この泉に導き命を助けたのです。
傷の治った義延は、里に戻って村人に、そのことを告げると、泉が身体に良いという噂が村中に広まった。
その後、義延は山の清々しい風、川の澄んだせせらぎの音が聞こえる自然の中で、すっかり健康を取り戻し、京に向けて旅立った。
義延が傷を癒した話は次々に伝わり、彼が去った後も、泉には絶え間なく人々が訪れ湯地場となり、山神温泉として栄えるようになった。
(参考文献:土岐の昔ばなし第三話・山神温泉 / 発行:土岐市観光協会)
(●傷つき気を失い、うとうとしていると突然、夢枕に薬師如来が現われ、泉の水で傷を洗いなさいと告げられた。という説もあります。)
大正時代、ここに大衆浴場が生まれ、昭和のはじめ、これに休憩場や食堂を加えて旅館にしたのが、湯乃元館の始まりだということです。
こんな歴史に、終止符が打たれるのだ。
営業しているうちに、一目見ておきたかった。
以前より気になってはいた所だが、私の懐具合では宿泊も食事も無理だと諦めていた。
日帰り温泉の案内が1500円で出ていて、これなら私でも温泉の思い出に入浴できる。
宿泊、食事は金銭的に無理だが、せめて日帰り温泉でもと利用することにした。
久々の広い浴室と大きな湯船で、心地良かったです。
やっぱり、温泉はいいね!