2018年04月01日

親子三代、バリにて3年ぶりの再会!(193)

3月25日の早朝、インスタグラムにメッセージが届いた。

『お父さんへ

急ではありますが、洋祐さんとそらがバリに行きます!

3月27日(火)の13:30にセントレアを出発し、28日の0:30にバリに到着でチケットをとりました!

中国上海航空5029の上海からです。

できましたら、28日の0:30に、お迎えをお願いしたいそうです。』

我が息子・洋祐の奥様ゆみなさんからメールだ。

家族の動向は、日々、ゆみなさんのインスタグラムで受信している。

2月には、メッセージに近況報告と家族写真が送られてきた。

その時に、バリ訪問の報告はなかった。

2日後に出発するのだから、急に決まったことなのだろう。

洋祐の家族は豊田市に住んでいて、25年ぶりに日本帰国した2014年が家族と初の対面をした。

次の年、コロンビアへ旅発つ前(2015年2月)にも立ち寄った。

その時に、長女きこちゃんが誕生している。

6ヶ月滞在したコロンビアからバリへの帰路(2015年10月)にも、豊田に立ち寄っている。

洋祐と初孫の長男そら君のバリ訪問プランが持ち上がったのは、その時だ。

そら君、8歳の小学校3年生。

洋祐が初の海外旅行に行った時と同じ年だ。

学校を休ませて、上海と北京、万里の長城に連れて行った。

楽しくなかったのか「お父さんが行きたかったのでしょう」と、図星を突かれた。

トラウマになった、事件でもあるのか?

それでも、自分と同じ年齢で、息子を海外へ連れて行きたかったようだ。

すでにパスポートを取得していたが、そら君の友達作りを優先して、渡バリを諦めた。

その後、まったく音沙汰がないので、バリ訪問プランは忘れ去られたかと思っていた。

いきなりの訪問宣言だ。

そら君は、10歳の5年生になっている。

半信半疑だが、会いに来てくれるのは飛び上がるほど嬉しい。

何度も読み直して、

『了解です。楽しみだ』と、返信した。


返信の返信。

『ようちゃんが、「父さんに会うのをめちゃくちゃ楽しみにしているよー」と伝言です。

さかたさんへもお伝えください。

そらも初めての海外でドキドキそわそわしています。

そらが象に乗ったり、ケチャを見たり、ベベブンギルのケーキを食べたりしたいそうです。』


3月28日:

01:00:空港で3年ぶりの再会(到着ゲートから出て来る姿を撮ったつもりだったが、動画は写っていなかった)

02:00:坂田邸泊

09.30:朝食「カキアン・ベーカリー」 with坂田さん

11.00:流木拾い(プルナマ海岸)の手伝い・ワルンでお茶=そら君初めて現地でインドネシア語「ブラパ?」を使う。

14.30:「BALI ZOO」

Sora2018.jpg

15.00:父子で象に乗る



17.00:坂田邸に戻る・昼食「ジャワ・ティムール」

19.30:ケチャ(タマン村)

20.40:そら君が「指差しインドネシア語」著者・コテツちゃんにサインをもらうため「和るん・あんかさ」立ち寄ったが不在。

:ラーメンを食して帰る

21.30:「和食・影武者」

:コテツちゃんが影武者に駆けつけてくれた。そら君緊張気味。


3月29日:

00.00:伊藤邸泊

: タイル床にマットを敷いて、真ん中にそら君を挟んで親子三代、川の字になって寝た。

10.00:洋祐とそら君はウブドまで散歩・どこかでナシ・チャンプールを食べてきたようだ。

13.00:パチュン家でバイクを借りる

14.00:キンタマーニ高原 byバイク「キンタマーニ・コーヒー」

:街道でマンゴスチンを購入

16.00:洋祐とそら君、市場で買い物・マリンバをRp20万からRp6万に値切って購入。

17.00:伊藤邸に戻る・おばけゲーム&荷造り

19.30:夕食「ワルン・マンガマドゥ」&おばけゲームの続き

21.00:「和食・影武者」

22.30:ウブド発

23.30:空港着・お別れ


密度の濃い46時間30分でした。

「レストラン・ベベ・ブンギル」のココナッツ・クリーム・パイは、次回の楽しみにとっておくことになった。

そら君は、どんな思い出を秘めて帰ったのかな?

お土産を買ってあげれないし、小遣いもあげられない、甲斐性のないおじいちゃんでゴメンね。

機会を見つけて、また遊びに来てください。

posted by ito-san at 18:05| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする