ボロブドゥールとジョクジャカルタとの南部にある海岸沿いに、国際空港が建築中。
4月開港の予定は、大幅に遅れているようだ。
開港されれば、ボロブドゥールまで車で1時間30分以内に着ける。
ジョクジャカルタの渋滞を避けて、ボロブドゥールに直行する観光客も増えると予想される。
ウブドから移り住んだインドネシア人画家も多く、アーチストの町として注目されつつある。
今後の発展を目撃したくて、私はボロブドゥールに通っている。
果たして、どんな形で発展するのか。
「ウブドのようになる」と予想する人がいるが、それは無理だろう。
観光客が増えたとしても、バリの濃密な文化が残るウブドのようになることは難しい。
ウブドのように発展するには、独自の文化と芸能が不可欠だろう。
近い将来ウブドのようになると予想されるボロブドゥールのロケーションが気になるところ。
バダさんには「一周2時間くらいかかる」と聞いている。
ボロブドゥール行きのバスの乗り方は覚えた。
料金はRp5000-、ボロブドゥールは終点駅だし問題はない。
車窓を眺めながらのローカルバスは、楽しい。
ボロブドゥール遺跡公園の正面入口に立った。
今日(4月21日)は、ボロブドゥール遺跡公園の周囲を一周するつもりでいる。
さて、どちらから進もうか。
正面入口を見て、左手の道を選んだ。
きっと西に向かっているのだろう。
公園の柵に沿ってしばらく進むと、なだらかな坂になる。
そのあたりで柵が切れ、民家が続く。
しばらく進むと十字路に出た。
外周は公園を回り込むようにあるはずなので、ためらわず右折する。
行き交う人も、通り過ぎる車も少ない。
10分ほど歩くと「バレコンデス・ボロブドゥール」の前に出た。
ここは立地条件が良い。
ホテルからは、ボロブドゥール遺跡観られるようだ。
バレコンデス・ボロブドゥールを過ぎると、後ろに丘を控えた田んぼが左右に広がる。
右手の田んぼの向こうの丘に、ボロブドゥール遺跡先端のストゥーパが覗いている。
この沿道に遺跡ビューのワルンを作れば繁盛するかな、なんて良からぬ想像をする。
妄想している先に、ホテル&レストラン「GOPALAN BOROBUDUR」が建っていた。
ここからは、田んぼビューと大ストゥーパが観える。
表現力のある人が観れば、この景色をどんな文章にするだろうか。
あいにく、私にはそんな能力は持ち合わせていない。
ボロブドゥール遺跡が観えるポイントは意外と少ない。
遺跡公園内以外では、外周道路のこの地域しか観られないそうだ。
ジャワ・コピを飲み終え、レストランを出て先に進む。
小さな村がある。
ここから、ボロブドゥール遺跡に戻る道のりは遠い。
いにしえの歴史と神秘さを享受しようと、ゆっくりとした歩みで散策を続ける。
田舎道をのんびり歩いていると、いきなりトイレに行きたくなった。
小さい方でないのが困る。
品のない話になってゴメンなさい。
とは言え、自然現象ではしかたがない。
田んぼに降りる道がない。
小川も見当たらない。
途中、田んぼビューの「kopi Badhek」があったが、トイレ設備があるように思えない。
私を小川を探して歩を進めた。
マスジット(モスク)が目に入った。
ここならトイレも借りられるだろう。
外から見ると、建築中のようだ。
近くで草刈りをしている青年に「マスジットのトイレを借りられるか?」と聞くと、「まだ、完成していない」との答え。
「その先に学校があるから、そこを借りるといい」と教えてくれた。
日曜日でよかった。
その後、幾つかの村を通り過ぎ、ボロブドゥール遺跡公園の正面入口に戻った。
外周道路は、かなり手を加えないとツーリストは散策しないだろう。
さてさて、ウブドのように発展する「通り」は、どこになるのかな?
とりあえず、今日の散歩は終了。
お腹が空いたので、ワルンに飛び込んだ。
(続く)
2019年05月31日
2019年05月21日
チャンディ・ボロブドゥール@ マゲラン滞在!(309)
マゲランに来て、バリ語の混じった言葉を耳にすることがある。
畦道ですれ違ったおばさんに「アロンアロン!(alon alon)」と声を掛けられた。
アロンは、バリ語の丁寧語でゆっくりの意味。
2度続けるのは、強調しているのだろう。
疑問をバダさんにぶつけると、ジョグジャカルタの王宮(クラトン)で使われる言葉とジャワ語とバリ語は、ルーツが同じだと言う。
マゲランは、ジャワ語圏だからと納得。
バリ語のNikiもよく聞く。
Nikiは丁寧語で、普通語はNe、インドネシア語のIniだ。
インドネシア語の「ゆっくり」には、いろんな言葉があるようだが、私は「プランプラン(pelan-pelan)」を使っている。
ボロブドゥール遺跡(Candi Borobudur)見学は、4月17日にした。
この日は平日、おまけにインドネシア大統領選挙の投票日。
訪れる客は、少ないだろうと考えた。
と言っても、投票日は公休日になる。
投票を終えてから来る人もいるだろう。
私は、午前9時に小屋を出た。
バス停は、チャンディ・パオンへ(14日)行った時に、バスが止まった雑貨屋の前とした。
手を上げればどこでも止まってくれるが、人目を引く場所のほうより良いだろう。
雑貨屋は、開店前だった。
バスの姿は見えない。
私は、隣のワルンに歩いて行った。
店内には、3人の男性と女将らしいおばさんがいた。
男性の1人が「チャンディ・ボロブドゥールにいくのか?」と声を掛けてきた。
私が「そうだ」と答えると、「オジェックで行け!」と続けた。
「Rp25,000-」のバイクタクシーをすすめてくる。
「私はバスに乗りたいのです」フレンドリーに断った。
「今日は投票日だから、午前中バスは走らないよ」
男性は私の出鼻を挫くショックな言葉をはいた。
昨日の夕食時、会話の中でそんな話をしていたような気がする。
バダさんは「投票時間は朝から晩までだから、交代で投票して交代で勤務に就くことも考えらるよ」とも言っていた。
時間は今、9時15分。
午後を迎えるには、まだまだ時間がある。
小屋に戻って出直すか、歩いて行くかの二者選択。
オジェックを頼む手段もあるが、今回の旅では避けたい。
出直すのも気勢がそがれるし、片道3時間を歩くのも大変だ。
さて、どうしよう。
とりあえず、ワルンでコピを頼んだ。
コピを運んできた女将に、チャンディ・ボロブドゥールまでのバス料金を尋ねた。
その答えがなんと「私は、バスに乗らないから知らない」だった。
女将はオジェックの男性に気を使ったのだろうが、私の女将評価は最低となった。
「Rp5,000-!」奥から男性の声が聞こえた。
3人の男性がワルンを出るのを見送りながら、コピの口をつけた。
"甘〜い!"
女将の評価は、さらに下降していった。
コピは口をつけただだけで、残してきた。
料金はRp10,000-、高く感じるのは気のせいか?
”何も考えずに、歩こう〜!” 元気よく歩き出した。
しばらく歩いて、考え始めた。
チャンディ・ボロブドゥールに3時間掛けてたどり着き、そのあと見学。
果たした、回廊を周り周り、天辺まで登って行ける気力・体力は残っているのか。
私は、どうでもいいようなことを、くよくよ考える人種のようだ。
バスの姿は見えない。
今なら、小屋に戻って出直す時間もある。
どうしよう。
体は、戻る行為に移っている。
道端に、座り込んでいる青年がいた。
少女が、近くにたたずんでいる。
バスを待っている仕草だ。
「今日、バスは走らないんですか?」と聞いてみた。
「30分も待てば、来るよ」元気が出る言葉を聞いた。
青年と一緒に、ここでバスを待つことにした。
おばさんがひとり、こちらに向かって来る。
”ここはやっぱりバス停なんだ” 喜んだのも束の間。
おばさんは、私の横を抜けて小道に入って行った。
”あらら!” 青年と少女がついて行ってしまった。
振り向くと、バスが向かって来るところだった。
結局のところ、雑貨屋の前に立ってから、バスに乗るまでの時間は30分ほどだった。
ボロブドゥールのバスターミナルまで、10分ほどで着いた。
バスに乗れてよかった。
バスターミナルからチャンディ・ボロブドゥールまでは、歩いて5分ほど。
チャンディ・ボロブドゥールは、今回で3度目の訪問。
1度目は30年近く前、2度目は20年近く前で、ボロブドゥールの印象は曖昧だ。
インターナショナルのチケット売り場で身分証明書(KTKK)を見せると「ドメスティックで入場できます」と言われた。
外国人価格の大人Rp350,000-が、現地価格になる。
ドメスティックのチケット売り場に移動して、身分証明書を提出する。
電光掲示板にはRp40,000-とあるが、実際に払ったのはRp36,000-。
なぜか、安くなっている。
午前10時に入場した。
遺跡公園だから入園かな。
回廊を一層二層三層と周りながら、曼荼羅を上っていく。
遺跡公園をあとにしたのは、正午12時を回っていた。
2時間を費やしたことになる。
無教養かなと思われるのもしゃくだから、ネット検索したチャンディ・ボロブドゥールの解説を添付しておく。
ジャワ島中部のケドゥ盆地にあるチャンディ・ボロブドゥールは、カンボジアのアンコール・ワット、ミャンマーのバガンと並ぶ、世界三大仏教遺跡のひとつ。
チャンディは、8世紀に栄えたシャイレーンドラ王朝によって建造されたとされている。
ピラミッド状に積み上げられた建造物は、仏教における宇宙観を立体の曼荼羅として表している。
各層の壁には、釈迦誕生図などの物語がレリーフで描かれ、これらを見ながら上層階に上っていくと、悟りの道が開けるという。
壮大かつ綿密に造られたものながら、完成後まもなくジャングルの中に埋もれ、1000年以上も人々の記憶から忘れ去られていた。
その理由は、火山の噴火によるもの、イスラム教徒の破壊を恐れて埋めたというものなど、諸説が囁かれている。
以上、簡単にまとめてみました。
畦道ですれ違ったおばさんに「アロンアロン!(alon alon)」と声を掛けられた。
アロンは、バリ語の丁寧語でゆっくりの意味。
2度続けるのは、強調しているのだろう。
疑問をバダさんにぶつけると、ジョグジャカルタの王宮(クラトン)で使われる言葉とジャワ語とバリ語は、ルーツが同じだと言う。
マゲランは、ジャワ語圏だからと納得。
バリ語のNikiもよく聞く。
Nikiは丁寧語で、普通語はNe、インドネシア語のIniだ。
インドネシア語の「ゆっくり」には、いろんな言葉があるようだが、私は「プランプラン(pelan-pelan)」を使っている。
ボロブドゥール遺跡(Candi Borobudur)見学は、4月17日にした。
この日は平日、おまけにインドネシア大統領選挙の投票日。
訪れる客は、少ないだろうと考えた。
と言っても、投票日は公休日になる。
投票を終えてから来る人もいるだろう。
私は、午前9時に小屋を出た。
バス停は、チャンディ・パオンへ(14日)行った時に、バスが止まった雑貨屋の前とした。
手を上げればどこでも止まってくれるが、人目を引く場所のほうより良いだろう。
雑貨屋は、開店前だった。
バスの姿は見えない。
私は、隣のワルンに歩いて行った。
店内には、3人の男性と女将らしいおばさんがいた。
男性の1人が「チャンディ・ボロブドゥールにいくのか?」と声を掛けてきた。
私が「そうだ」と答えると、「オジェックで行け!」と続けた。
「Rp25,000-」のバイクタクシーをすすめてくる。
「私はバスに乗りたいのです」フレンドリーに断った。
「今日は投票日だから、午前中バスは走らないよ」
男性は私の出鼻を挫くショックな言葉をはいた。
昨日の夕食時、会話の中でそんな話をしていたような気がする。
バダさんは「投票時間は朝から晩までだから、交代で投票して交代で勤務に就くことも考えらるよ」とも言っていた。
時間は今、9時15分。
午後を迎えるには、まだまだ時間がある。
小屋に戻って出直すか、歩いて行くかの二者選択。
オジェックを頼む手段もあるが、今回の旅では避けたい。
出直すのも気勢がそがれるし、片道3時間を歩くのも大変だ。
さて、どうしよう。
とりあえず、ワルンでコピを頼んだ。
コピを運んできた女将に、チャンディ・ボロブドゥールまでのバス料金を尋ねた。
その答えがなんと「私は、バスに乗らないから知らない」だった。
女将はオジェックの男性に気を使ったのだろうが、私の女将評価は最低となった。
「Rp5,000-!」奥から男性の声が聞こえた。
3人の男性がワルンを出るのを見送りながら、コピの口をつけた。
"甘〜い!"
女将の評価は、さらに下降していった。
コピは口をつけただだけで、残してきた。
料金はRp10,000-、高く感じるのは気のせいか?
”何も考えずに、歩こう〜!” 元気よく歩き出した。
しばらく歩いて、考え始めた。
チャンディ・ボロブドゥールに3時間掛けてたどり着き、そのあと見学。
果たした、回廊を周り周り、天辺まで登って行ける気力・体力は残っているのか。
私は、どうでもいいようなことを、くよくよ考える人種のようだ。
バスの姿は見えない。
今なら、小屋に戻って出直す時間もある。
どうしよう。
体は、戻る行為に移っている。
道端に、座り込んでいる青年がいた。
少女が、近くにたたずんでいる。
バスを待っている仕草だ。
「今日、バスは走らないんですか?」と聞いてみた。
「30分も待てば、来るよ」元気が出る言葉を聞いた。
青年と一緒に、ここでバスを待つことにした。
おばさんがひとり、こちらに向かって来る。
”ここはやっぱりバス停なんだ” 喜んだのも束の間。
おばさんは、私の横を抜けて小道に入って行った。
”あらら!” 青年と少女がついて行ってしまった。
振り向くと、バスが向かって来るところだった。
結局のところ、雑貨屋の前に立ってから、バスに乗るまでの時間は30分ほどだった。
ボロブドゥールのバスターミナルまで、10分ほどで着いた。
バスに乗れてよかった。
バスターミナルからチャンディ・ボロブドゥールまでは、歩いて5分ほど。
チャンディ・ボロブドゥールは、今回で3度目の訪問。
1度目は30年近く前、2度目は20年近く前で、ボロブドゥールの印象は曖昧だ。
インターナショナルのチケット売り場で身分証明書(KTKK)を見せると「ドメスティックで入場できます」と言われた。
外国人価格の大人Rp350,000-が、現地価格になる。
ドメスティックのチケット売り場に移動して、身分証明書を提出する。
電光掲示板にはRp40,000-とあるが、実際に払ったのはRp36,000-。
なぜか、安くなっている。
午前10時に入場した。
遺跡公園だから入園かな。
回廊を一層二層三層と周りながら、曼荼羅を上っていく。
遺跡公園をあとにしたのは、正午12時を回っていた。
2時間を費やしたことになる。
無教養かなと思われるのもしゃくだから、ネット検索したチャンディ・ボロブドゥールの解説を添付しておく。
ジャワ島中部のケドゥ盆地にあるチャンディ・ボロブドゥールは、カンボジアのアンコール・ワット、ミャンマーのバガンと並ぶ、世界三大仏教遺跡のひとつ。
チャンディは、8世紀に栄えたシャイレーンドラ王朝によって建造されたとされている。
ピラミッド状に積み上げられた建造物は、仏教における宇宙観を立体の曼荼羅として表している。
各層の壁には、釈迦誕生図などの物語がレリーフで描かれ、これらを見ながら上層階に上っていくと、悟りの道が開けるという。
壮大かつ綿密に造られたものながら、完成後まもなくジャングルの中に埋もれ、1000年以上も人々の記憶から忘れ去られていた。
その理由は、火山の噴火によるもの、イスラム教徒の破壊を恐れて埋めたというものなど、諸説が囁かれている。
以上、簡単にまとめてみました。
2019年05月12日
チャンディ・パオン(Pawon)@ マゲラン滞在!(308)
愛用のカメラが、機能しなくなった。
写真は今日から、スマホ(iphone)で撮ることになる。
チャンディ・パオン(Pawon)の画像から、iphoneからiPhotoに送信できなくなった。
解決策は、ウブドの戻って「和るん・あんかさ」のコテツちゃんに頼むこと。
ブログのアップは、ウブドに帰ってからになりそうなので、支障はない。
さてさて今日は、4月14日(日曜日)。
天気も良いことだし、チャンディ・パオン(Pawon)に行こうと思う。
歩いて行こう・・・と考えたが、チャンディ・パオンまではチャンディ・ムンドックからに2キロ先。
チャンディ・ムンドックまで1時間、さらにチャンディ・パオンまでは1時間は要する。
往復4時間は、老人にはキツイかな。
少々、自信がない。
そんなわけで、乗りたかったローカルバスで行くことにした。
ジョクジャカルタとボロブドゥールを往復する中型バスが、30分ほどに1本の割で通過する。
決まったバス停はない。
幹線道路にT字で交わるところまで出て、雑貨屋の前でバスを待つ。
時間は今、午前11時。
前を通るバスは、すべてボロブドゥール行きだから乗り間違えることはない。
まっすぐに伸びた幹線道路に、バスの姿は見えていない。
雑貨屋に入った。
チャンディ・パオンまでのバス料金を聞くのが目的だ。
アクアとオレオを買って、料金を聞いた。
店を出ると、タイミング良くバスが来た。
「チャンディ・パオン」と車掌に伝えて、運転手の後ろの席に腰を下ろす。
バスは、4分ほどでチャンディ・ムンドックの前を通り過ぎた。
1時間かけて歩いた道は、バスならあっという間だ。
チャンディ・パオンの入口まで、バスの所要時間7分だった。
なんて早いんだろう。
雑貨屋で聞いたバス料金Rp3000-を、車掌に手渡した。
バスを降りた地点から、チャンディ・パオンまでは歩いて10分。
チャンディ・パオンの外周をひとまわりする。
これだけの観光地。
もうひとつ工夫が欲しいかな。
土産屋が並んでいるが、購買を誘い商品がない。
売り娘の熱意にほだされて、ボロブドゥール遺跡の写真集を購入。
チャンディ・パオンからチャンディ・ボロブドゥールまでは、一本道。
ゆっくり歩いて約30分だった。
チャンディ・ボロブドゥール遺跡公園の入場料は、地球の歩き方(2018〜19)には25ドルと書いてあった。
今の私には高額。
近いうちには入場するが、今日ではない。
念のために、価格を確かめていくことにした。
チケット売り場は、左手にインターナショナル、右手にドメスティックと別れている。
インターナショナルの電光掲示板には、大人Rp350,000-/子供Rp210,000-。
この金額では、何度も見学することはできないな。
ドメスティックには、大人Rp40,000-/子供Rp20,000-とある。
ここで、あるアイデアが閃いた。
もしかすると、キタス(リタイヤメントビザ)で割引が効くかもしれないゾ。
ドメスティックは、KTP(身分証明書)を掲示している。
キタス所有者の取得する身分証明書(KTKK)も有効かもしれない。
次回、入場するときは聞いてみよう。
遺跡公園前のネットができるカフェで、地元っちの振りをして時間を潰した。
ボロブドゥールからの最終バスは、午後5時と聞いている。
そろそろ戻らなくてはいけない時間だ。
バスターミナルに向かう。ひなびたバスターミナルに、バスの姿はない。
若い兄ちゃんが、オジェック(バイクタクシー)Rp25,000-で行けと誘ってくる。
料金がRp5,000-なのは、雑貨屋で聞いている。
私は、後学のためローカルバスを利用したい。
しばらくして到着したバスに、飛び乗った。
車掌に町の名前を伝えたが発音が悪かったようで、魚研究所の前で降ろされた。
バダさんに「Ibu Empat」と伝えれば、T字路で降ろしてくれるよ」と教えられた。
Ibu Empat(イブ・ムパット)は、亡くなられたバダさんのお母さんの名前。
レストランの名前が、バス停の名称になるほど有名なんだ、と感心した。
「イブ・ムパット」は、伝家の宝刀のように効き目があった。
写真は今日から、スマホ(iphone)で撮ることになる。
チャンディ・パオン(Pawon)の画像から、iphoneからiPhotoに送信できなくなった。
解決策は、ウブドの戻って「和るん・あんかさ」のコテツちゃんに頼むこと。
ブログのアップは、ウブドに帰ってからになりそうなので、支障はない。
さてさて今日は、4月14日(日曜日)。
天気も良いことだし、チャンディ・パオン(Pawon)に行こうと思う。
歩いて行こう・・・と考えたが、チャンディ・パオンまではチャンディ・ムンドックからに2キロ先。
チャンディ・ムンドックまで1時間、さらにチャンディ・パオンまでは1時間は要する。
往復4時間は、老人にはキツイかな。
少々、自信がない。
そんなわけで、乗りたかったローカルバスで行くことにした。
ジョクジャカルタとボロブドゥールを往復する中型バスが、30分ほどに1本の割で通過する。
決まったバス停はない。
幹線道路にT字で交わるところまで出て、雑貨屋の前でバスを待つ。
時間は今、午前11時。
前を通るバスは、すべてボロブドゥール行きだから乗り間違えることはない。
まっすぐに伸びた幹線道路に、バスの姿は見えていない。
雑貨屋に入った。
チャンディ・パオンまでのバス料金を聞くのが目的だ。
アクアとオレオを買って、料金を聞いた。
店を出ると、タイミング良くバスが来た。
「チャンディ・パオン」と車掌に伝えて、運転手の後ろの席に腰を下ろす。
バスは、4分ほどでチャンディ・ムンドックの前を通り過ぎた。
1時間かけて歩いた道は、バスならあっという間だ。
チャンディ・パオンの入口まで、バスの所要時間7分だった。
なんて早いんだろう。
雑貨屋で聞いたバス料金Rp3000-を、車掌に手渡した。
バスを降りた地点から、チャンディ・パオンまでは歩いて10分。
チャンディ・パオンの外周をひとまわりする。
これだけの観光地。
もうひとつ工夫が欲しいかな。
土産屋が並んでいるが、購買を誘い商品がない。
売り娘の熱意にほだされて、ボロブドゥール遺跡の写真集を購入。
チャンディ・パオンからチャンディ・ボロブドゥールまでは、一本道。
ゆっくり歩いて約30分だった。
チャンディ・ボロブドゥール遺跡公園の入場料は、地球の歩き方(2018〜19)には25ドルと書いてあった。
今の私には高額。
近いうちには入場するが、今日ではない。
念のために、価格を確かめていくことにした。
チケット売り場は、左手にインターナショナル、右手にドメスティックと別れている。
インターナショナルの電光掲示板には、大人Rp350,000-/子供Rp210,000-。
この金額では、何度も見学することはできないな。
ドメスティックには、大人Rp40,000-/子供Rp20,000-とある。
ここで、あるアイデアが閃いた。
もしかすると、キタス(リタイヤメントビザ)で割引が効くかもしれないゾ。
ドメスティックは、KTP(身分証明書)を掲示している。
キタス所有者の取得する身分証明書(KTKK)も有効かもしれない。
次回、入場するときは聞いてみよう。
遺跡公園前のネットができるカフェで、地元っちの振りをして時間を潰した。
ボロブドゥールからの最終バスは、午後5時と聞いている。
そろそろ戻らなくてはいけない時間だ。
バスターミナルに向かう。ひなびたバスターミナルに、バスの姿はない。
若い兄ちゃんが、オジェック(バイクタクシー)Rp25,000-で行けと誘ってくる。
料金がRp5,000-なのは、雑貨屋で聞いている。
私は、後学のためローカルバスを利用したい。
しばらくして到着したバスに、飛び乗った。
車掌に町の名前を伝えたが発音が悪かったようで、魚研究所の前で降ろされた。
バダさんに「Ibu Empat」と伝えれば、T字路で降ろしてくれるよ」と教えられた。
Ibu Empat(イブ・ムパット)は、亡くなられたバダさんのお母さんの名前。
レストランの名前が、バス停の名称になるほど有名なんだ、と感心した。
「イブ・ムパット」は、伝家の宝刀のように効き目があった。
2019年05月07日
バルコンデス @ ジョグジャカルタ(307)
ボロブドゥールからウブドに戻ってきたのは、4月30日。
生活環境の時差ぼけで、パソコンを開く気もおこらず過ごしている。
いつまでもダラダラしておれない。
気力を奮い起こして、ブログを書き始めた。
当分、ボロブドゥールの生活ブログが続きます。
バルコンデスについては「バルコンデス @ マゲラン滞在!(305)http://itosan-ubud.seesaa.net/article/465218138.html」で説明した。
ジョグジャカルタにも、チャンディ・プランバナン周辺の村々に「バルコンデス」計画があるようだ。
チャンディ・プランバナンは、カンボジアのアンコール・ワット同様に遺跡群の一つだ。
ジョグジャカルタのバルコンデス第一号が大成功しているということで、見学に行くことになった。
先日「kopi mpat」を訪ねて来たShivaValleyさんに招待されたのだ。
4月9日、案内役をかってくれたShivaValleyさんの村にある「CANDI BANYUNIBO」の前のカフェで待ち合わせ。
BANYUNIBOへは、マゲランから車で約1.5時間。
村で亡くなった人が2人いて、Shivaさんは儀礼のために少し遅れて顔を出した。
カフェは村人の手で運営されている。
JIP WISATA(4WDツアー)、 乗馬、トレッキング、などのアクティビティもある。
小規模ながら、これも村おこしの一つ。
案内したいところを先に回りたいということで、コーヒーは戻ってからにすることになった。
私は、Shivaさんの運転するJIP(ジープ)の助手席に乗る。
ジープは、スズキ・ジムニーだった。
かなりの年代物で、乗り心地はあまり良くはない。
まずは、開発途中のゴア・ジャパン(日本軍が作った洞窟)に立ち寄った。
ゴア・ジャパンからの景色。
さてさて、これがどうように開発されるか楽しみだ。
私も微力ながらお手伝いできれば、嬉しいな。
そして、大成功をおさめているバルコンデスの施設「TEBING BREKSI」に向かう。
急坂をオンボロのジープが息急き切って登り切ると、断崖が現れた。
鉱山採石場跡地だ。
2015年5月30日、バルコンデスによって観光地に変身。
毎日数千人という観光客が訪れていると言う。
駐車場に車を止めると、目の前に石灰岩の断崖が押し迫ってくる。
断崖は、30メートルと見上げる高さだ。
広大な敷地には大駐車場が完備され、レストラン、フードコートなどが点在している。
ジョクジャカルタの街を一望できる丘に立つ施設は、サンライズ&サンセット・ビューポイントでもある。
時間を忘れるほど、サンセットを堪能。
発着する飛行機の機影が、私の郷愁を誘う。
隣接するホテルを見学して「CANDI BANYUNIBO」のカフェに戻った。
生活環境の時差ぼけで、パソコンを開く気もおこらず過ごしている。
いつまでもダラダラしておれない。
気力を奮い起こして、ブログを書き始めた。
当分、ボロブドゥールの生活ブログが続きます。
バルコンデスについては「バルコンデス @ マゲラン滞在!(305)http://itosan-ubud.seesaa.net/article/465218138.html」で説明した。
ジョグジャカルタにも、チャンディ・プランバナン周辺の村々に「バルコンデス」計画があるようだ。
チャンディ・プランバナンは、カンボジアのアンコール・ワット同様に遺跡群の一つだ。
ジョグジャカルタのバルコンデス第一号が大成功しているということで、見学に行くことになった。
先日「kopi mpat」を訪ねて来たShivaValleyさんに招待されたのだ。
4月9日、案内役をかってくれたShivaValleyさんの村にある「CANDI BANYUNIBO」の前のカフェで待ち合わせ。
BANYUNIBOへは、マゲランから車で約1.5時間。
村で亡くなった人が2人いて、Shivaさんは儀礼のために少し遅れて顔を出した。
カフェは村人の手で運営されている。
JIP WISATA(4WDツアー)、 乗馬、トレッキング、などのアクティビティもある。
小規模ながら、これも村おこしの一つ。
案内したいところを先に回りたいということで、コーヒーは戻ってからにすることになった。
私は、Shivaさんの運転するJIP(ジープ)の助手席に乗る。
ジープは、スズキ・ジムニーだった。
かなりの年代物で、乗り心地はあまり良くはない。
まずは、開発途中のゴア・ジャパン(日本軍が作った洞窟)に立ち寄った。
ゴア・ジャパンからの景色。
さてさて、これがどうように開発されるか楽しみだ。
私も微力ながらお手伝いできれば、嬉しいな。
そして、大成功をおさめているバルコンデスの施設「TEBING BREKSI」に向かう。
急坂をオンボロのジープが息急き切って登り切ると、断崖が現れた。
鉱山採石場跡地だ。
2015年5月30日、バルコンデスによって観光地に変身。
毎日数千人という観光客が訪れていると言う。
駐車場に車を止めると、目の前に石灰岩の断崖が押し迫ってくる。
断崖は、30メートルと見上げる高さだ。
広大な敷地には大駐車場が完備され、レストラン、フードコートなどが点在している。
ジョクジャカルタの街を一望できる丘に立つ施設は、サンライズ&サンセット・ビューポイントでもある。
時間を忘れるほど、サンセットを堪能。
発着する飛行機の機影が、私の郷愁を誘う。
隣接するホテルを見学して「CANDI BANYUNIBO」のカフェに戻った。