2022年04月17日

グリーンフィルド・リゾート=Green Field Resort @ UBUD (420)

昨年12月末のある日、出掛けようとする私に、大家の息子が、声をかけてきた。

「ボスが会いたいと言っている!」

前置きもなく唐突だったが、彼の勤め先がグリーンフィルドなのは知っていたので、推測はできた。

グリーンフィルドは、プンゴセカン通りにある、美しいライスフィールドが見られる人気の高いバンガロー 。

和食・影武者がプンゴセカン通りにあった頃、近くだったことから顔見知になった。

影武者が開店する1991年以前にバンガローとしてオープンし、30年の間に ホテルにイメージチェンジしている。

ボスの名前は、サンタナ。

正式には、デワ・マデ・サンタノ(Dewa Made Santana)。

ギタリストのカルロス・サンタナとは、何の因果もないようです。

これより数日前に、道ですれ違った時「ラワールを食べに来い!」と誘われていた。

お呼びがかかったからには、行かねばなるまい。

サンタナ氏の屋敷は、私の住む下宿と同じ通りで、100メートルと離れていない。

屋敷の隣にホテルが建築中だったのは、遠目に見て知っている。

新しいグリーンフィルドが建つのだろうと思っていた。

記憶にある屋敷を通り越して、なぜか私は、ホテルのゲートを押していた。

そこは、サンタナ氏の絢爛な豪邸だった。

gotei.jpg

家族で作ったラワールを振る舞われ、昔話に盛り上がった。

現在、ホテルは息子さんに任せているそうです。

サンタナ氏は、スマートフォンも持たない、私よりインターネットの音痴だった。

何の相談もお願いもされず、ご馳走になって帰ってきた。

きっと、孤独老人に気を配ってくれたのだろう。


年が変わって2022年2月、グリーンフィルド・リゾートを訪れた。

コロナ以前に、下宿とサンタナの屋敷との間を抜けたところに、グリーンフィルド・リゾートがオープンしている。

コロナ禍で、何か協力できることはないかと考えて、ソーシャル・メディアで応援することにした。

応援すると言っても、下宿に長期滞在者している私はホテル情報に疎く、宿泊情報をお伝えすることができない。

私の情報は、単に見たままをお伝えするだけです。

興味のある方は、自力で検索してくださいね。

GreenField1-thumbnail2.jpg

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豪邸と似た装飾が目につく広いエントランスホール。

dewa_kun.jpg
フロントのデワ君


まだ、YouTubeに動画がうまくリンクできません。

とりあえず、これをクリックしてご覧ください。

https://www.youtube.com/embed/FnhBF12_Zts


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プールは、パケット価格Rp5万で利用できる。
特大タオル&アイスティ&フレンチフライがつく。

バリにいて、何年振りかに泳ぐ、この不思議。

強い陽射しの午後、優雅にスイミング。

南国の暑さを満喫。

久しぶりに、リゾート気分も味わった。


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posted by ito-san at 18:31| Comment(1) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月11日

ベジ寺院の沐浴場で、ムルカット(マンディ=水浴び)(419)

この日(4月5日)は、午後から陽射しが強くなり、部屋にいると蒸し暑さを感じる日だった。

こんな日には、部屋のシャワーで何度も水浴びをする。

近くにあるグリーンフィルド・リゾートで、格安の「プール・パケット」を利用することもある。

さて今日の水浴びは、どうしようか?

グリーンフィルドのプールでは、近すぎて外出した気分にならない。

一つの懸案を思い出した!

昨年末のことだ、スマララティのアノムさんが、ホテル・イバの裏でマンディをする私の動画を見て、あるマンディ場を薦めてくれた。

チャンプアン橋近くにあるベジ寺院の沐浴場だ。

ベジ寺院は泉のある寺院のことで、村の儀礼の際には、聖水を作る水をもらいに来る。

アノムさんも、この寺院の沐浴場でムルカットすると言う。

ホテル・イバの裏にある泉にも、ベジ寺院はある。

(極楽通信・UBUD「ムルカット」:http://informationcenter-apa.com/kb_melukat.html

アノムさんが教えてくれたベジ寺院は、ホテル・イバとウブド大通りを挟んだ反対側にある。

ロスメンの看板が立つ小道を、奥の渓谷に向かって降りていくらしい。

Pager_Bungalow.jpg


2021年11月8日。

ウブド大通りを西に向かうと、チャンプアン橋がある。

橋の手前30メートルほどの左手に、小道の入り口がある。

入り口には、この奥にあるロスメンの看板が立っている。

小道を20メートルほど進み、ロスメンの玄関を通り過ぎると、目の前が階段になる。

階段は、段差が高く、急だ。

手すりがない。

苔むしているので、滑りそうだ。

11月は雨季の真っ只中で、昨日も小雨が降っていた。

陽射しが弱いので、いたるところが苔むしている。

危険を冒すことをやめて、引き返した。


雨季は続き、1日に一度は雨が降った。

2〜3日、晴れ間が続けばベジ寺院に行こうと、いつも心掛けていた。

今日が、その日のようだ。

すでに5ヶ月も経っている。

ホテルのプールじゃなくて、ベジ寺院の沐浴場に再挑戦。

前回、あきらめた階段の前に立つ。

苔はあるが、階段は乾いていた。

堆積した落ち葉で、滑る心配もある。

さて、カメラをスマホからアクションカメラに変えようか?

スマホで撮影中に滑って転んだ痛い経験があり、その後、渓谷撮影では、アクションカメラを装着するようにしている。

しかし、この急な階段では胸に付けるアクションカメラも役に立たないだろうと、スマホを右手に持って撮影。

階段は手すりがないので、壁に左手をついて、一段一段ゆっくりと降りていく。

景色を見たり、カメラを覗いたり、足元を見たり。

危険だとわかっているので、細心の注意を払って行動。

階段を降り切ると、少し拓けた土地に出た。

寺院とパンチョラン(湧き水)がある。

川まで降りる必要がないので、6分ほどで到着する。

渓谷側を望むと、そこには、いにしえを彷彿させる風景が残っていた。

誰一人としていない湧き水で、水浴び。

ヒンヤリした水が心地よかった。

日本語を間違えている箇所がありますが、お許しください。



見苦しい老体を公開してしまい、後悔しております。


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posted by ito-san at 19:01| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月08日

ワルン・ティティ(Warung titi) @ UBUD(418)

今回は、日本語の達者なゴローさんの店を紹介します。

レストランの名前は「ワルン・ティティ=Warung titi」。

場所は、クトゥ・クロッド村ティルタ・タワール(Tirta Tawar)通り。

まずは、動画で見てください。



ティティは、小さな橋を意味するらしく、インドネシアと日本の架け橋となる役に立ちたいと、願ってつけた店名。

オーナーは、titiのtはtokyoのtで、iはインドネシアのiのこと。

もう一つは、通りの名前であるtirta tawarのtとtでもあると、こじつけていた。

こんな言葉遊びのできる、頭の柔らかいオーナーを紹介します。


オーナーは、当地クトゥ・クロッド村出身のバリ人、I Wayan Sedarsanoさん。

1975年生まれ。

日本語の達者なのは、東京に滞在していた2004年12月から2016年までの間で、苦労して覚えたという。

通称ゴロー(Goro)さん。

バリ人名が長いので、日本人に早く覚えてもらうためにゴローにしたというアイデアマン。

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ゴローさんの日本での経歴を、簡単に披露しよう。
最初の仕事は、下品な言葉を使う人が多かった職場だったので、速攻で辞めた。
その後、4年半ほどインテリア会社に勤めた。
夜のアルバイトは、レストランなどで民族楽器リンディック(竹打楽器)の演奏。
クトゥ村のガムラン・グループ「アナンガ・サリ」の主要メンバーだった彼にとっては、得意な分野。
各種イベントにも参加している。
東京在住のバリ人を集めて、ケチャの公演もしたという。
日本語が上達したのは、マクドナルドのマネジャーだった頃だという。
中でも、居酒屋の店長が休職したために、急遽、店長代理を仰せつかった時期。
日本語ができなくて、悔しい思いをした。
その悔しさが、彼の日本語上達の原動力となっているようだ。
マクドナルドと居酒屋の掛け持ちは、4年半ほど続いた。



2017年5月20日:「ワルン・ティティ」オープン。

経営コンセプトは、地球に優しくだ。

ストローに植物素材を使って、プラスチック削減。

自前のオーガニック農園から、米・野菜・果物を供給している。

キッチンから出たゴミは、コンポストを利用。

ビーチ・クリーンの団体に参加しているだけあって、ゴミ問題に関してもシビアだ。

オープンして1年間は、お客が少なく、もう閉めようかと考えたこともあったとか。

その後、列ができるレストランとなる。

繁盛につながるアイデアが、引き出されたのだろう。

「A2Bali」という旅行会社も経営している。

一般的な観光ツアー以外に、ユニークな企画を主催している。

「ワルン・ティティ」とコラボした、田植え、稲刈り、親子泥んこ遊び、供物作り、バリ料理教室、バーベキュー夕食・などなど。

2020年に入って、コロナ禍。

地主でもあるため、ダメージも少なくすんでいる。

復興の兆しが見えてきた2022年、ゴローさんは動き出した。

裏には広い敷地があり、畑と田んぼがある。

ここを有効利用した、人の役に立てるようなイベントがしたいと抱負を語った。

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posted by ito-san at 17:31| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月05日

コロナ禍での繁盛店 @ UBUD(417)

コロナ禍の中でも、連日満席のレストランがある。

ギャニアール市郊外にあるバビグリンの店「Babiguring Pande Egi」は、その一つだ。

ここは、ローカル顧客のワルン(食堂)。

バビグリンは、豚(バビ)一頭を串挿しにして、グリングリン(転がす)して焼いた、バリの伝統料理のこと。

バリ人が大好物の、豚の丸焼き料理だ。

イスラム教徒は豚を食すことはご法度だが、キリスト教徒の多い中華系インドネシア人には問題無い。

島民とインドネシア他島からのイスラム教徒以外のローカル観光客で賑わっているという。


ウブドは、村人の多くが、少なからず観光産業に関わっていて、海外からの観光客が皆無の今、収入がなくて困惑している。

バリ人としては、とりあえずの現金収入の手段を考えないといけない。

贅沢品は見向きもしないだろうから、生活必需品か食品販売がいい。

様々なビジネスの中から、腹を満たす商いを考えた。

思いついたのが、ナシ・ジェンゴ(おやつ的、小ぶりのナシ・チャンプール)の販売。

露店が、沿道のあちこちに出現した。

バリ人の底力を見せつけられた思いだ。

もちろん、バビグリンの店も増えた。

そして、新しい形態の飲茶や巻きすしの屋台。

私は、ミニ・コンテナ・ショップと呼んでいる。


飲茶の屋台


巻きすし屋台

ローカル相手だからといって安泰ではない。

次から次へと新メニューの競合店が開店する。


観光客が皆無とはいえ、繁盛しているレストランもある。

タイ料理専門の店「Seed's Eatery」、アジア料理の店「Pison Ubud」、等々だ。

「Seed's Eatery」は、近くの人気店「タコ・カサ」「マンマ・ミーア」が苦戦しているこの時期に、「なぜ!」と思うほど繁盛している。

島民とインドネシア他島からの観光客以外に、コロナ禍で残留した国外からの長期滞在者が来店しているように思われる。

どんな方法で、集客率を高めているのだろうか?

私なりに考えてみた。


私の育った昭和時代の情報源は、広告宣伝だった。

小規模なものは、電信柱に貼られた広告。

銭湯などにも、広告はあった。

電車、バス、地下鉄などの移動手段の中の広告。

車窓から見える広告塔。

新聞に挟まれたチラシ広告は、全盛期だった。

新聞、週刊誌、月刊誌、専門誌などなどの印刷媒体での広告。

電波媒体では、テレビ、ラジオのCMがある。

あらゆるところに、広告はある。

日本は、インターネットの普及で、これらの広告宣伝媒体が消滅しつつあると聞く。


ウブドには、これらの広告宣伝媒体がない。

日本人観光客は、ガイドブックを頼りにすることが多いが、ブログやトリップ・アドバイザーも参考にした。

今は、ソーシャル・メディア(social media)の時代。

(英語圏では、ソーシャル・ネットワーキング・サービスの頭文字"SNS"の頭文字を用いていない、と言われる)

ソーシャル・メディア(単にソーシャルなどと呼ぶ)とは、インターネット上のコミュニティサイトのことで、口コミ・サイトと認識している。

フェイスブック、ツイッター、インスタグラム、ラインなどがある。

消費者の多くは、これらから情報を得ている。

繁盛店は、ソーシャルを利用して諸費者に情報を発信しているはず。

私も利用しているが、やっていればいいってもんじゃない。

どんな方法を駆使して集客率を高めているのかが、まったくわからない。

もちろん、美味しいメニューを提供しているのは最低条件だし、接客や価格の値打ち感などトータルに努力をしていることも間違いないだろう。

いくら考えても、錆びついた頭からは何も想像できない。

インターネット拒絶症候群の私には、頭が痛くなるだけだ。

商売をしていわけではないが、活用テクニックがわかれば、何かの役にたつだろう。

そう考えて、もう少し研究してみることにした。


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posted by ito-san at 18:28| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月03日

ナシチャンプールの日@Warung Candra (416)

ウイズ・コロナで出入国の隔離が緩和されることによって、海外渡航者が増えることは予想される。

ウブド滞在者としては、大いに歓迎である。

これからウブドを訪れたいと考えている旅行者にとって気になるところは、約2年の間、途絶えた観光客の受け入れは大丈夫か、という点。

主に、宿泊施設と食事処だろう。

ウブド在住の私は、ホテルなどの施設を利用することがないので、まったく情報はありません。

ネットを見れば、値打ちロスメンから高級ホテルまで、豊富に情報があるようだ。

宿はそちらを利用してもらうことにして、私はお値打ちワルンを紹介したいと思う。


まず初めに、美味しいナシチャンプールの店として、ウブドで三本の指に入る「ワルン・チャンドラ」を紹介する。

他の二つは、クデワタン村の 「イブ・マンク」とタガス村の「ワルン・タガス」。

五本の指にすると、プンゴセカン村の「パ・セダン」と「ワルン・バハギヤ」を数える。

「ニョマン・ダナ」の味も好きなので、もう一本、指を増やしておこう。

指の持ち主は私ですので、ご了承ください。


ワルン・チャンドラは、ウブド東部アンドンを交差点を、テガララン方面に150メートルほど北上したところにある。

以前は、さらに300メートルほど北上したところにあったが、数年前、現在の場所にワルン・チャンドラAを開店。

本店も二号店も、いつ開店したのか知らない。

私は、巷で評判になってから来店している。

その後、一号店は閉店し、新店舗も店名からAが消された。

「極楽通信・ニュース」2020年9月に、チャンドラ移転が紹介されている。

記事は私が書いているので、移転して、初めて訪れたのがこの頃ということだ。

今回で、2度目の訪問。




動画ではチャンドリと言っていますが、チャンドラの間違いですね。

この日(2月26日)、プリアタン村王家の盛大な火葬儀礼が執り行われ、弁当がたくさん出たので、品切れ閉店でした。




この日(2月28日)、スーパーマーケット・デルタ・デワタの買い物の後、チャンドラへ。

デルタ・デワタの駐車場から向かうも、本日も残念ながら閉店でした。

どんだけ、相性が悪いんだ!


三度目の正直で、チャンドラのナシチャンプールのありつけた。

「三本の指」「三度目の正直」と二度も格言を使ってすみません。

日本人には、3のつく格言が多いなとつくづく思った次第です。

三度目の正直の意味は、占いや勝負で、一度や二度は当てにならないが、三度目は確実であるということ。

転じて、物事は三度目には期待どおりの結果になるということ。

皆さん、すでにご存知のことをウキペディアで調べて、知ったかぶりして書いています。

イントロはワンパターンで、最初の動画と同じです。

手前のイブとは、嫁ぎ先だった「ワルン・カチュー」の時代から30年来の知り合いで、以前「ジェゴグ・ツアー」の弁当はカチューから仕入れていた。

当時、一番好きだった味のナシチャンプールが「ワルン・カチュー」だった。

離婚後に、「ワルン・チャンドラ」を開店。

カチューの料理は、彼女の味だ。

その後、カチューは、ナシチャンプール専門店からインドネシア料理店に変わった。

20年来のイブは、エグザイルで働いていた頃からの顔見知り。

毎回、会うたんびに同じ話を聞くことになる。



ナシチャンプールは、チョッピリ辛かった!


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posted by ito-san at 14:42| Comment(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする