2022年09月30日

ウブド長期滞在の極意!その弐(458)

ウブド滞在が32年を過ぎた。

ぼ〜と過ごしているので、これといってバリ人とのいざかいもない。

どうして、何も問題なく過ごせているのかを考えてみた。

もしかすると、これって長期滞在の秘訣かもしれない。

ウブド滞在を計画している人の参考になるかもしれないと思い、書き出してみました。

あくまでも私の狭い行動範囲での対処法ですので、そこんとこよろしく!

ウブド長期滞在の極意!その壱(457)
https://itosan-ubud.seesaa.net/article/491815027.html


●その7

相手を責める前に、自分に落ち度はないかと、考える。

自分のインドネシア語は、充分に伝わっただろうか?

相手の言葉を、充分に理解しただろうか?

「聞き間違いは、言い手の粗相」

聞き手が真意を理解できないのは、話した人の配慮が足りないから。

対として「言い間違いは、聞き手の粗相」という言葉がある。

日本人同士でも、100%は伝わらない。

ましてや、インドネシア語が充分に話せないのに、意思が通じるはずがない。

白黒決着をつける結論にしない。

命のやり取りがないのなら、まあまあの曖昧であっていいのでは。

曖昧がコミュニケーションの緩和材だと思っている。


●その8

叱責は、人前でしないこと。

大声で、叱責しないこと。

時として、忠告を叱責と捉えることもあるので、理解してもらうように心がけましょう。

これが、もっとも難しいのです!


●その9

忙しいことは、恥ずかしいことと心得よ!

私のバリ人知人に「忙しい?」と聞くと、「ティダ(いいえ)!」と答える。

彼らは、忙しいことが恥ずかしいのだ。

忙しいことは、格好悪いこと。

儀礼で忙しそうにしているので「忙しいね?」と言うと、これにも「ティダ」と答える。

そして「ビアサ(普通)」と加える。

好んでする行いは、側から見て忙しそうでも、本人は忙しく感じないもの。

私のような怠け者には、ぴったりの土地柄でしょう!!

忙しくない、ほどほどの暮らしをしましよう。


●その10

買い物は、滞在している村内でしよう。

スーパーMは便利ですが、たまには村内の朝市や雑貨屋で。

ガソリンSも利用しますよね、でも近所のベンジン販売も利用しよう。

外食は、できるだけ近場のワルンで。

などなど、住まわせてもらっている村でお金を使う。

こうやってコミュニケーションをして、存在を覚えてもらう。

バンジャールの一員、家族にはなれないが、気を使ってもらえる存在にはなれるかもしれない。


●その11

目立たないように暮らそう。

外国人は目立つ。

出しゃばる(目立つ)釘は、打たれる(抜かれる)。

彼らの生活レベルに合わせよう。

先行するのではなく、追従するスタンス。

オシャレをしたいだろうが、周りのウブド人とかけ離れてはいけない。

古くても穴が空いていても、洗濯がされた清潔な物なら良いじゃなかが、私の考えだ。

今は、ウブド人もオシャレになり、長期滞在者も、見すぼらしい服装ができなくなった。

私は、Tシャツ・ Gパン・ゴム草履が定番だが、以前より質の良い物になってきている。


●その12

ウブドにあっては、不便を楽しもう。

「マンディ(水浴び)」もそのひとつ。

ペットボトルやホースを工夫して、雨水を貯めて温水器を作ろう、なんて考えていた’90年代。

水槽に貯められた水は、曇りの日や夜間は冷たい。

乾季になると、気温20度以下になることもある。

手しゃくですくって、「やぁ!」と掛け声とともに水を浴びる。

身体が引き締まる感触あり。

太陽が昇っている時間帯は、貯水タンクの水が少し暖かいので、蛇口からの水を使う。

バリ人は、太陽が昇っている時間帯に川マンディをする。

川マンディの最終タイムが午後5時頃なのは、その後、水は冷たくなるからだろう。

肌寒い日は、ヤカンに湯を沸かしてバケツでマンディ。

湯沸かし器は販売されているが、バリ人の一般家庭にホットシャワーは、まだ普及していないだろう。

ちなみに、我下宿にはバスタブはもちろん、ホットシャワーもない。

水シャワーは、水槽の水より冷たくない!

ー終わりー


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2022年09月26日

ウブド長期滞在の極意!その壱(457)

ウブド滞在が32年を過ぎた。

ぼ〜と過ごしているので、これといってバリ人とのいざかいもない。

どうして、何も問題なく過ごせているのかを考えてみた。

もしかすると、これって長期滞在の秘訣かもしれない。

ウブド滞在を計画している人の参考になるかもしれないと思い、書き出してみました。

あくまでも私の狭い行動範囲での対処法ですので、そこんとこよろしく!


●その1

まずは、ウブド人を理解することですよね。

ウブド人とのコミュニケーションの取り方・その@

インドネシア語を習うと同時に、バリの慣習の単語を覚えるといい。

例えば、プラ=お寺、オダラン=寺院祭礼、プリ=王族の屋敷、ガルンガン&クニンガン、ニュピetc。

片言のインドネシア語に慣習言葉を混ぜれば、バリ人とのコミュニケーションは取りやすいはず。

バリ語を覚えるに越したことはないですが、バリ語には普通語と敬語(丁寧語)など3種類はあるので至難の技です。

私は、早々に諦めました。

インドネシア語を話せない私が言うのも何ですが、慣習の単語を理解しようとしているうちに、インドネシア語も少しずつわかってくるようになるでしょう。


●その2

ウブド人とのコミュニケーションの取り方・そのA

会話のキッカケを作る。

私の場合は、タバコを小道具に使いました。

庶民のタバコ・グダンガラム(多種ありますがここでは省略)をいつも持っていて。

ワルンで、オダランで、近くにいる男性にタバコを勧めながら会話をします。

「私も持っているから」って言われた。

タバコをすすめるのが目的ではないので、一言返ってきた段階で、成功です。

「私は吸いません」という答えも予想できますが、これも返事があったのでキッカケ作りは成功でしょう。

女性に声を掛けたい場合は「チャンティック(可愛い)!」の一言でOK。

これは1990年代のウブドの話ですから、今通用するかは疑問です。

ワルンのイブなどであれば「美味しいね!」など、男性の場合は「忙しい?」などのキッカケ作りをします。

お店じゃない場合は子供やペット、庭を褒めます。どんな場合でも小道具は笑顔です。

声をかける方法。

声を掛けられる方法。

考えて見てください。

女性の小道具、どうしましょうか?

日本女性はウブド人(老若男女)に人気があるので、声を掛けられることが多いです(今はどうだかわかりませんが)。

「チャンティック!」と声が飛んできたら、「テレマカシ!」と微笑み返しです。

日本女性からバリ人に声をかける場合の小道具は、どうしましょう?

私は、女性のことはよくわからないので、答えが見つかりませんでした。

カフェで隣り合わせた人にタバコをすすめるとか、知らない女性に「可愛いね!」なんて声をかけること。

日本では、考えられませんよね!

ウブドでは、それが可能なのです。

村人全員が、観光客を歓迎してくれている空気が流れていて、知り合いのよう振舞うことができる。

知らない人が微笑んで来たり、眉毛の一方を上下させる合図を送ってきたりする。

知り合いだったかなと悩みますが、これは、ハイキングですれ違う人に挨拶すると似た行為なんでしょう。

村人同士、ツーリスト同士、村人対ツーリストでも、顔が合えば、微笑み返すか眉毛の合図を送る。

日本だったらセクハラで訴えられそうな行為ですよね。

そんな行為が、自然にできるところがウブド。

コミュニケーションのチャンスに満ち溢れているでしょ。

あなたも眉毛を上下させる練習をしておくといいですよ。


●その3

ウブドに沈没するなら、宗教心の厚いウブド人と付き合おう。

ここで言う宗教とは、バリ・ヒンドゥー・ダルマのこと。

その理由は、彼らは、カルマパーラ(因果応報)を信じているからです。

良い行いは良いカルマに、悪い行いは悪いカルマに、なって自分に返ってくると信じている。

だから、現世では善い行いをしようと心がける。

同時に、”輪廻転生”も信じている。

人間は死ねば、天国に行く。

現生は、試練の道。

善行が足らなかった人は、再び人間になって戻ってくる。

輪廻転生は、人間が何度も生死を繰り返し、新しい生命に生まれ変わること。

生まれ変わるなら人間が良かろうが、なかには悪行で、嫌いな虫だったり動物だったりする(らしい)。


●その4

文化を理解しよう。

ウブド人と我々ツーリストと違うところ。

彼らは、信仰と慣習を生きる拠り所としている。

ベッドルームや居間より先に、屋敷門や屋敷寺を優先して改修する。

各種儀礼に、惜しみなくお金を使う。

信仰と慣習のために稼いでいるので、そちらが優先できない仕事にはつきたくない。

その不文律を理解していないと、軋轢が生ずる。


●その5

『無くなって困るようなものは、持たない』

外国生活で、命に次に大事なものは、パスポートとお金(現在はキャッシュカード)。

この2点は、肌身離さず持ちましょう。

もしくは、銀行預金かセフティボックスに預けましょう。

『なくなって困る物は、隠しておいてください』

どうしても持つことになる場合は、極力、他人に見られないようにしよう。

現地の人が欲しがるような物を、見せびらかすようなことはしない。

彼らに、罪を作らせない。

目にしなければ「貸して!」と言ってこないだろう。

貸した物が返ってこないことがある。

借りた人は、私より、必要だったんだろう。

無くなって困るような物は持っていないから、あきらめられるはず。

私が貸したTシャツをまったく知らない人が着ているのを見た。

ウブド人は「貸して!」と言われると、ソンボンと思われるのが嫌で断れないようです。

Orang yang sombongは、傲慢な人という意味。

私の周りのウブド人数名は、「他人も物は私の物、私の物は私の物」という考え方を持っている。

こんなインドネシア語があった「Milikmu milikku Milikku milikku =お前の物は俺にもの、俺の物は俺の物」。

「人類皆兄弟」かい!

私の認識では、貸しては、ちょうだいと同義語。

だから、あげたつもりで貸すか、断るようにしている。

*それいいね!可愛いね!バグース!と褒める時は、欲しい時。


●その6

こちらが疑いを持てば、相手も同じような気持ちになる。

ウブド人を信じたら、顔を合わせている限り、トコトン信じよう。

それでも、騙されたと思ったら、自分に人を見る目がなかったと反省してください。

自分を疑ってみるのも、大切だ。

続く・・・


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2022年09月23日

新企画「ミー・ゴレン食事風景レポ!」@〜B(456)

無性に、焼きそばが食べたくなった。

嬉しいことに、インドネシアにはミー(麺)ゴレン(炒める)と呼ばれる、料理がある。

ケチャップ味のミーゴレンもあれば、しょうゆ味の限りなく日本の焼きそばに近いものもある。

しばらく、私好みの焼きそばを求めて、彷徨ってみたいと思う。

好みが何なのかもわかっていないので、美味しいと感じる味探し。

こうして、ミーゴレンを食べ歩く「ミー・ゴレン食事風景レポ!」の新企画ができた。


◆第一弾!「ミー・クイ=Mie Kuy Noodle & Snacksの店」

初回は、トゥブサヨ・スクマ通りにある「Mie Kuy」です。

mie kuy.jpg

スクマ通りを南下して右手、スグリオ通りに抜けるジャヤユ通りの角から手前二軒目の屋敷入り口にある。

屋敷前には、スパの看板がある。

ミーゴレン・オリジナル(Rp19,000-)を注文。

食レポはできません。

私の表情で、味の方は察してください。

BGMは、グス・テジョ氏のスリン演奏とちょっと雑音。




◆第二弾!「ディアン・Restaurant Dian」

第一弾のフェイスブック投稿記事から、ミーゴレンの推薦店情報が入った。

モンキーフォレスト通りは、旧「和るん・あんかさ」の近くにある「ディアン」。

dian1.jpg

dian2.jpg

味は、辛くなかったので、スムーズに完食。

美味しかった!

残念ながら、夕方で店内が暗かったため、動画をあきらめました。

価格も調べていない!(反省点)


◆第三弾!「ワルンミナ・Warung Mina」

こちらは友人から、ミーゴレンのオススメの店。

mina.jpg

ウブド東端アンドン交差点を「ホテル・マヤ・ウブド」方面に北上して、30メートルほど進んだ左側にあるレストラン。

右側には人気ワルン「マンガ・マドゥー」がある。

緑豊富な庭に配置された東屋での食事は、食も会話も弾むこと請け合い。

魚料理の店として認識していたが、情報提供者の言葉どうり、ミー・ゴレンは美味しかった!

日本の醤油風味の焼きそばに満足。

メニューには、ミーゴレン・アヤム(Rp33,000-)とミーゴレン・シーフード(Rp37,000-)がありました。




さて、次はどこへ行こう。

皆様からの情報を、お待ちしています。



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2022年09月20日

フローズン・ヨーグルトの店「クール・モンキー=Cool Monkey」(455)

今、ちまたの若者の間で人気だと言われているソフトクリームのチェーン店「MIXUE」。

ウブドにはないので、ギャニアールまで遠征してきた。

残念なことに、満員で購入不可だった。

待つことができない私には、人気店は鬼門。


ソフトクリームがインプットされた私の頭には、フローズン・ヨーグルトも同類に入ってしまうようだ。

前々から気になっていた店を紹介したい。

モンキーフォレスト通りを南部から来ると、坂を上りきったあたり右手にガラス張りの店がある。

ショッキングピンクの内装が目立ちます。

店名は「Cool Monkey」、フローズン・ヨーグルト専門店のようだ。

サングラスをした猿のイラストがロゴマークか。

開店と同時に、コロナ禍に突入してしまった店だ。

これから頑張って欲しいと思います。

CoolMonkey1.jpg

ピンク色の店に踏み込む勇気。

名古屋のラーメン店「寿がきや」に通じる、入り難さがある。

「寿がきや」は、中高校を中心にした若い女性に人気の店です。

現在は赤のようですか、開店初期は淡いピンク色だったと記憶している。

75歳の老人に、オールピンクの館は入り難いものだ。

では、勇気をだして入店します!

CoolMonkey3.jpg

凄いでしょう、ベンチもピンク。

ここに座る自分を想像して、不気味。

CoolMonkey2.jpg

セルフサービスですが、近くにスタッフがいるので尋ねることはできます。

一番奥に進みます。

セルフサービスの流れが英語で説明されています。
CoolMonkey4.jpg

1)choose your flavours(あなたの味を選んでください)

2)pick your toppings(トッピングを選ぶ)

3)weigh and pay(重量を量って、支払い)

左手にある紙コップを手に、ヨーグルト・マシンの前に立ちます。

4種類(Original・Mango・Chocolete・Strawberry)のヨーグルトから選びます。

オリジナルを選びました。

レバーを引くと、ソフトクリームのような形状で出てきます。

カップが大きいので、適量が掴めない。

これは、何回も通えば習得できるかな。

表示に25k(Rp25,000-)とあるけど、写真のような山盛りは食べられないな。

料金は重量で請求されます。

ヨーグルトは、120グラムでした。
CoolMonkey5.jpg

トッピングは、24種から選ぶことができる。
CoolMonkey6.jpg

トッピングを加えて、212グラムになった。
CoolMonkey7.jpg

1グラムが、227ルピアになるようです。

今回の私は、212グラムだったので、カケル227で(212g×Rp227)=Rp48124-でした。

支払いを済ませて、窓際の席につく。

ショッキングピンクの長椅子に、むさ苦しい老人は似合わないが、私は妙に落ち着いている。

ヨーグルト・マシンのレバーを引いたり、トッピングを選んだりのセルフサービス体験も楽しかった。



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2022年09月17日

’90年代初頭、絶大な人気を博したヒット曲「デンパサール・ムーン」(454)

先日、ツイッターで繋がっている知人のツイートから、懐かしい「曲名」が飛び出してきた。

定かではないが、1993〜4年頃のインドネシアで爆発的に流行っていた歌だ。

タイトルは「デンパサール・ムーン」

自分が滞在するバリ島の州都の名前が、歌に唄われるということが強烈に嬉しかった。

毎日のように、ウブドのカセットショップから流れていた。

今でも、その部分の歌詞は覚えている。

「♪Denpasar moon shining on an empty street. I return to the place we used to meet.」

その頃にバリを訪れた方なら、どこかで一度ならず耳にしたことがあると思います。

私が聴いたのは、マリベスというフィリピン人女性歌手。

アジアバグースとういうTV番組で優勝した歌姫。




オリジナルは、男性歌手のサバ・ハバス・ムスタファさんで「1992年にジャカルタでレコーディング」とある。

Denpasar Moon Original Version - Sabah Habas Mustapha (Colin Bass)
https://www.youtube.com/watch?v=helQjU-G_Nc


マリア・テレサ・ガウ日本にもツアーに来たようだ。
https://www.youtube.com/watch?v=Kpb5IVeolTk


歌詞を紹介しておきます。

Denpasar moon
誰もいない通りに輝く
Shining on an empty street
かつての出会いの場所に戻った
I returned to the place we used to meet
デンパサールの月
Denpasar moon
あなたの光を照らして、私に見せてください
Shine your light and let me see
私の愛がまだ私を待っていることを
That my love is still waiting there for me
私はあなたがそこに立っているのを見た
I saw you standing there
雨の中
Through the rain
私はあなたが振り返って微笑むのを見た
I saw you turn and smile
私に手を振ってくれましたか
Were you waving to me
雨の中
Through the rain
私は通りを横切って走った
I ran across the street
でもあなたはいなくなって、誰もいなかった
But you were gone, there was no one
夢と一緒に消えた君
You had vanished with my dreams
デンパサールの月
Denpasar moon
誰もいない通りに輝く
Shining on an empty street
かつての出会いの場所に戻った
I returned to the place we used to meet
デンパサールの月
Denpasar moon
あなたを照らして、私に見せて
Shine you light and let me see
私の愛がまだ私を待っていることを
That my love is still waiting there for me
でもあなたはいなくなった、誰もいなかった
But you were gone, there was no one
あなたがいなくなって、家路に飛んだ
You were gone, flying homeward
あなたはいなくなった、誰もいなかった
You were gone, there was no one
夢と一緒に消えた君
You had vanished with my dreams
デンパサールの月
Denpasar moon
誰もいない通りに輝く
Shining on an empty street
かつての出会いの場所に戻った
I returned to the place we used to meet
デンパサールの月
Denpasar moon
あなたの光を照らして、私に見せてください
Shine your light and let me see
私の愛がまだ私を待っていることを
That my love is still waiting there for me
私の愛がまだ私を待っていることを
That my love is still waiting there for me
デンパサールの月
Denpasar moon



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2022年09月11日

グヌン・ルバ寺院(Pura Gunung Lebah)の歴史メモ!(454)

前回のブログ「ウブドのルーツを巡る(最終回)グヌン・ルバ寺院@ Campuhan・Ubud(453)」と重複しますが、言い足りない箇所と、見ていただきたい動画があったので、投稿させていただきました。


グヌン・ルバ寺院の歴史は、高僧ルシ・マルカンディアの登場する8世紀から始まる。

高僧ルシ・マルカンディアについては、こちらで。
http://informationcenter-apa.com/kb_markandeya.html


マルカンディア一行は、光りとエネルギーに引かれるようにして、ジャワ島からバリ島西部に渡り、その後中心部に向かって進んだ。

途中、2つの川が合流する美しい渓谷が目にとまる。

谷あいから眺めると、まわりを小高い丘に取り囲まれた、深い渓谷だった。

一行はこの地に留まり、疫病や怪我を癒し、骨を休めることにした。

マルカンディアは、この地を立つ時、2つの川がY字で合流する鋭角地点に寺院を創建した。

寺院の名称は、小高い丘の意味を持つ「グヌン・ルバ寺院=Pura Gunung Lebah」。

グヌン・ルバ寺院は、バリ最古の寺院と聞いている。

寺院といっても、現在のような建築物はなく、シンボルとしての石が置いてある程度だっただろう。

瞑想の場でもあったと、想像する。

側には、従者たちが掘った石彫があったかもしれない。

案内板は「PAYOGAN AGUNG GUNUNG LEBAH」となっていた。

PAYOGANは、yoga(瞑想)から由来している。

Pr.gunung leba.jpg

この地に留まった従者は、豊富な湧き水の出る渓谷のほとりで生活を始めた。

多くの薬草があることを知る。

ウブドの村名の由来は、ウバット=ubad(薬草)からきていると伝えられている。


グヌン・ルバ寺院のオダランは、ウク暦の第一週(SINTA)の水曜日(RABU=BUDA) KLIWONに始まる。

この日は、パガルウェシ(Hari Pagerwesi)の吉日と重なる。

現在バリの寺院の多くは、ジャワ暦であるウク暦を使用している。
ウク暦:http://informationcenter-apa.com/kb_wuku.html

これはマジャパイトの末裔がバリに移り住みはじめた、16世紀半ばから普及している。

8世紀に建立された寺院の多くは、サコ歴で寺院祭礼が行われているはず。
サコ歴:http://informationcenter-apa.com/kb_saka.html

なのになぜかグヌン・ルバ寺院は、ウク歴を使用している。

どんな歴史的な事情があるのだろか。

マルカンディアの終着地は、タロ村だった。

グヌン・ルバ寺院からタロ村までの尾根伝いに、クリキ(Keliki)村にグヌン・カウイ寺院(Pura Gunung Kawi)、イエ・トゥンガ(Yeh Tengah)村にグムン・グンパル寺院(Pura Gunung Gempal)、ブロソロ(Braselo)村にグヌン・サリ寺院(Pura Gunung Sari)などを建立している。

このほかにも、この尾根伝いに、ゆかりの寺院は多い。


1990年:裏の丘が望める質素な寺院だった。
・Pura Gunung Lebah1990年代1.JPG

・Pura Gunung Lebah1990年代2.JPG


2013年:修復工事のため、寺院祭礼が2度行うことができなかった。
pura.gunung.lebah1.JPG

pura.gunung.lebah4.JPG


2015年12月1日:寺院祭礼風景



2015年12月7日:寺院祭礼風景




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posted by ito-san at 01:46| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年09月06日

ウブドのルーツを巡る(最終回)グヌン・ルバ寺院@ Campuhan・Ubud(453)

バリ島では、二つの川が合流する地点はチャンプアンと呼ばれ、エネルギーが強いといわれている。

八世紀、ジャワ島の高僧ルシ・マルカンディアがバリを遠征した。

その時に立ち寄ったのが、ウブドのチャンプアン一帯だった。

そこには、小高い丘の寺院(Pura Gunung Lebah)と呼ばれる寺院が建立された。

マルカンディア一行はバリ島西部に上陸し、ルートはわからないが東進して、ウブドに到着したのだ。

現在のペネスタナン村方面から渓谷に沿って進み、ジャングルの奥に川面を見たのではないだろうか。

そこは、二つの川がY字で交わっていた。

一行は、さっそく河原に降り、水浴びをした。

浅瀬を渡り、対岸にも足を伸ばしたことだろう。

時を過ごすうちに、薬草と豊富な水が湧く泉を発見する。

マルカンディアは、疫病や怪我を癒すために、この地に長居することにした。

”ウブド”という地名は、薬草ウバットが訛ったと語り継がれている。


我々(動画をご覧の皆さんと一緒に)は、マルカンディア一行とは反対の岸から渓谷に下りていくことにする。

そんな気持ちで、この動画を見ていただくと嬉しいです。


チャンプアン橋の上から、二つの川が交わる地点が見る。


二つの川はオスとメスの夫婦で、西ウオス川、東ウオス川と呼ばれている。

どちらが雄でどちらが雌かは知らない。

橋の東側たもと、高等学校横の階段を下りていく。

ヴォルター・スピースのアトリアは、現在のチャンプアン・ホテルの一室になっているようだ。

スピースは、1928年から1940年までウブドに滞在。

アントニオ・ブランコは、1952年から現在のブランコ・ギャラリーに住んでいた。

スピースもブランコも、ウブドの王家から支援を受けた。


新しい竹の橋が完成していた。


東西ウオス川がY字で交わる鋭角地点は、ヒンドゥー・バリの儀礼が執り行われる神聖な場所。

日々供物を捧げる村人も多く、早朝に沐浴する姿もみられる。

サラスワティ祭礼日の翌日は、身体を浄める「バニュ・ピナロ吉日」。

この日は、早朝の暗いうちから、川原は賑わう。


対岸には、手すりのない細い竹の橋を渡る。


微妙に左右に揺れるのが、渡るのを躊躇させた。

3メートルほどの長さの橋は、高さもないし、落ちたとしても浅瀬なので怪我はしないだろうが、びしょ濡れになるのがちょっと困るかな。


川をバックに、記念動画。



グヌン・ルバ寺院に向かう。


いつもは上から下りてくる動画を撮っているのだが、今回は反対からだ。

寺院門に鍵は掛かっていなかったが「no Entorance」の看板があるので、正装はしていたが今回は遠慮した。


バイクを止めた駐車場まで。


高等学校の中庭なのに、勝手に使っていいのかな!


では最後に、総集編をご覧ください。



付録:ウブド好き+瞑想好きなあなたに!(Meditation・holy space)@ Campuhan・Ubud




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posted by ito-san at 03:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年09月03日

Bukit Cinta に行って来ました!@ Campuhan・Ubud(452)

グヌン・ルバ寺院(Pura Gunung Lebah=小高い丘の寺院)は、二つの川がY字で合流する鋭角地点にある。

裏手は、名称の如く小高い丘になっていて、尾根伝いに北上できる。

この尾根は、インドネシア語で Bukit Campuhan(チャンプアンの丘)、ツーリスト向けには「Campuhan Ridge Walk」「Campuhan Hill」と呼ばれている。

インスタグラムが普及した頃から、ローカルの間で人気が高まり、カップルが増えると「Bukit Cinta(愛=Cintaの丘=Bukit)」と呼ばれるようになった。

日曜祭日は、散策を楽しむ家族連れで賑わっている。

コロナ禍がほどほどに終息した今は、ツーリストの姿が多く見られるようになった。

ウブドの数少ない観光地の一つとなっている。

景観の保存が心配されるが、尾根は、行政か「イバ・ホテル」のチョコロダ氏が管理していて、商業施設は建築できないことになっていると聞いた。



8月24日の尾根徘徊は、途中で引き返している。

疲れ切って、目的地まで到達していない。

動画は、最後に掲載しました。


徘徊リベンジ画像です。

散歩の参考にしてください。

ウブド大通りから「ホテル・イバ」「グヌン・ルバ寺院」の看板がある道を進む。
1.jpg

ホテル・イバは真っ直ぐ進み、グヌンルバ寺院の入口は左側の坂を下る。
2.jpg

ブキット・チンタへの道は、グヌンルバ寺院横にある。

東ウオス川に架かる橋は、左が寺院へ、右が尾根に続く道。
3.jpg

尾根に続く道すがら、寺院の七重の塔が見られる。
5.jpg

古都のような風情がカメラにおさめられた。

尾根の道です。
6.jpg

橋から、初めての椰子の木までで10分ほどの道のりだった。

前回の動画を見ると、一本目の椰子の木が見える地点に近いところまで来ていた。

椰子の木が見えていれば、もう少し頑張って進んでいたかもしれない。

二本目の椰子の木。
7.jpg

対岸サンギンガン通りのホテル群の景色。

ドローンの飛ぶ音が聞こえる。

上空から見下ろした尾根の景色は美しい。

ユーチューブに、尾根の動画が数多く紹介されている。

尾根道の終着地点・バンギアンシダム村の入口の階段。
8.jpg

私の目的地はここまで。

片道20分で到着。

元気な人は、バンギアンシダム村からスバリ村、さらにパヨガン村、ルンシアカン村からサンギンガン通りを通ってチャンプアンに戻ってくる。

(一晩寝て思いついた。散歩の目的がジョギングじゃなくて景色を見るだけなら、オジェックでバンギアンシダム村まで行き、ダウンヒルで戻って来るのが楽かも!)


再挑戦に成功しました。




途中断念した徘徊動画ですが、見応えありますよ。

グヌン・ルバ寺院の奥にある、祠と泉を紹介しています。





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posted by ito-san at 02:05| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年09月01日

アノム氏のバリス研究論文を応援しよう!(451)

アノム氏から、応援のお願い動画。



こんにちは!日本のみなさん、お元気ですか?

アノムとスマラ・ラティは、9月25日に再びオンライン公演を開催します。

今回は、特別なゲスト・アーティストとしてIbu Menek の出演を予定しています。

アノムは、日本のみなさんにお願いがあります。

今回、大学で、教授になるための最終試験があり、そのための費用を協力してほしいのです。

どうぞよろしくお願いします。

ありがとうございます。

Anom2.jpg
研究論文の下書きを手にするアノム氏。


アノム氏から、5回目のオンライン・ライブを開催したいという要請があった。

4回が終わって、集客率は回を追うごとに減っていることは、知っているはず。

定期公演も始まったことだし、開催する必要を感じなかった。

8月16日に、メーティングがあった。

メンバーは、アノム氏、岡田氏、そして伊藤。

開催をあきらめるように説得するか、どんな内容なら開催する意味があるかを考えてみた。

腹を割って本音で話すことを望んで、私は意地悪な質問をした。

「目標額はいくらですか?」

提示された金額は、ほぼ3回目と同等だった。

減っているのを、盛り返えさなくてはならない数字だ。

私には自信がない。

アノム氏だってわかっているはずだ。

さらに意地悪な質問をしてみた。

「なぜ、この目標額なんですか?」


アノム氏は、ある偉業を成し遂げようとしていた。

バリス・トゥンガルに焦点を絞って、研究論文を書いていた。

研究論文は、教授になるための試験でもあるようだ。

踊りの動きや仕草の意味、衣装の説明、その他バリスに関する様々な研究がなされている。

形だけにとらわれつつあるバリ舞踊に、振付には意味があることを知って欲しいという。

バリ人から、アノム・バリスと異名で呼ばれるほど、バリス舞踊の第一人者だからできる研究だと言える。

この研究を完成するために、最終選考のお金が必要だから応援して欲しいと、正直に打ち明けてくれた。

身体を壊し病院に通いながら、論文も書き上げた。

あとは、少しの訂正作業を残すのみとなっているようであった。

スマラ・ラティの団員も、納得してくれるはずとアノム氏は言う。

アノム氏の人徳だろう、岡田氏と伊藤は「やれるだけややってみようか!」と、協力する気持ちになっていた。


今回のタイトル『アノム氏、バリス研究論文を応援しよう!』

もちろん、スマララティのガムラン演奏も選りすぐった舞踊もあります。

●公演日程:9月25日

●視聴チケット料金:2000円

●寄附(論文支援):2000円

フェイスブックのページはこちらです。
https://www.facebook.com/groups/semararatihonline

Anom3.jpg
7月に、バリ舞踊界で活躍したアーティストとして、バリ州知事より表彰された。


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posted by ito-san at 13:01| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする