2024年05月30日

食リポについて、考えてみた!(538)

暗闇では、目の前の景色は白黒となり、物には色彩がなくなる。

色を見分けることができないのが、色覚異常(色盲、色弱etc)。

虹の七色は、みんな同じように見えているわけではない。


この頃、不埒なことを考えている。

料理には、本当は味がないのではないか。

記憶やイメージが、味覚を想像してだけかもしれない。

まさか、そんなずはないと思うが。

そう思わせるほど、私は味覚異常だ。


味覚には、甘味、酸味、塩味、苦味、旨味がある。

この基本の五つのほかに、触覚に近い苦味と渋味が加えられる。

これらは、舌や舌の付け根にある軟口蓋の味蕾(みらい)で感じ、味覚神経を通じて脳に伝達されるらしい。

味覚にも、視力のように、人によって幅があるのではないだろうか。

私は、味覚の幅が狭いのだ。

みんながみんな、均一に同じ味を感じていないのでは。

味覚レベルの検査があれば、やってみたい。

きっと私は、ゼロに近かい結果だろうな。

(味蕾とは、舌の表面にあるブツブツとしたもの。赤ちゃんの口の中には約10,000個の味蕾が存在し、成人では約7,000個、高齢者になると約3,000にまで減少してしまうと言われている)

私は、高齢者なので味蕾が減って、料理に味を感じなくなってきているのかもしれない。

義歯の人も味に鈍くなると聞く。

幸い私は、硬い食材も噛み砕く丈夫な歯が揃っている。

健康に産んでくれた両親に感謝です。


ユーチューブで食事風景を撮ることがあるが、味覚音痴を自負している私は食リポ(食べ物リポート)ができない。
(紙媒体でお届けする時は食レポ。映像でお届けする時は食リポ、だって)

自分の勉強のために、検索原稿を多用していることをお許しください。

YouTube・バリ島ウブドに沈没:https://www.youtube.com/@bali75

YouTube・ウブドの徘徊老人:https://www.youtube.com/@user-rq8td7et2




私の食リポは、無言でひたすら食べる。

そんなことから、自嘲気味に食事風景リポと命名している。

動画を見ている人は、私の食べている表情から味を推測してもらうことになる。

料理ができないという致命的な欠点で、調理法や素材についての解説もできない。

恥ずかしい話、鶏肉、豚肉、牛肉を食べた時に区別ができないほど。


今回は、私がもっとも苦手とする食リポについて考えてみることにした。

努力すれば、それなりにリポートができるようになるかもしれないと期待して。

参考に、ユーチューブで食リポ番組を見てみた。

絶品ですね
平坦な味がする
面白い味がする
懐かしいなごみ味
とろりとして病みつきになる
金褐色にパリッと焼けたパン
ピリリと辛い、塩味がきいている
バーベキューの野性味溢れる料理
ほっぺたが落ちそうなくらい美味しい
エビフライの衣がほどよくからんでいる
地鶏の姿焼きが香ばしい香りを漂わせている
海風とレモンが混じったような爽やかな匂い
もちの甘い味に葉っぱがバランスをとっている
噛むとエビと衣の味がお互いに引き立ってあじわい深くなる

一見するとそれらしいことを言っているようで、よくわからない。

こんな、なんのこっちゃコメントでよいのか?

意見を述べず、感覚的な感想を述べるのがリポートなのだと理解した。

ほかに、うまくリポートする言葉がみつからないのも事実だ。

あとは本人が、食べてみるしかないね。


私から私への提案があります。

次の順でリポートしてはどうだろう。

1)まず見た目を説明する=食べる前に感想を述べる
第一印象は大事ですよね。
創作料理の必要以上のアート指向にはうんざりで、どちらかと言えば一膳飯屋の庶民的な盛り付けが好みです。
「美味しそう!」女子はよく言う=食べる前から美味しく感じる想像力は凄い。
想像力が逞しいばっかりに、食べた時に思い描いた味と違ってガッカリしたことはありませんか?
新鮮、綺麗、素材が良い、揚げたて、焼きたて、炊きたて、瑞々しい、芳醇、香り、

2)口の中に入れた時の食感(舌触り)
舌と舌の付け根(口腔内)の味蕾で感じる。
濃厚、とろける、熱さ、冷たさ、スパイシー(辛い味や香りがあることを表す形容詞)
バナナ味、コーヒー&紅茶の味などなどは風味と言われる「臭覚」が関与している
あっさり、こってり、コク、ドロドロ、ふわふわ、ねばねば、プルプル、などの擬態語
ソーダ、ビールなどの気泡

3)噛む(歯ごたえ)
硬さ、柔らかさ、弾力、
ポリポリ、ボリボリ、パリパリ、バリバリ、カリカリ、カリッ、もちもち、などの擬態語

4)喉元を過ぎる
熱さ、冷たさ、 爽やか、つるっと、
次回からの食事動画は、この提案を参考にやってみようと思っています。


あれもこれも説明しようと思っていたのですが、私は、食べている時は口数が少なくなるようです。

「〜のような」誰でも知っているものに例えるのはよいかも。

食べたことのないような物を例えられても困りますがね。



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お待たせしました。
皆様、お待ちかねの企画です!
シェア&拡散のご協力、よろしくお願いいたします!
詳しくは、このプロジェクトのクラウドファンディングをご覧ください。

アクセスはこちら。
https://camp-fire.jp/projects/view/756887
動画は、コロナ禍でのオンラインライブ(2021年9月26日)練習風景です。

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2024年05月24日

ウブドのトイレットペーパー事情について考える!(537)

先日、下宿近くにあるコンビニエンス・ストアー(以後コンビニ)に行った時のこと。

鼻風邪が長引いているので、トイレット・ペーパーを買い足しに来た。

なんで鼻水でトイレット・パーパーなの、と不思議に思った方がいますよね。

常識ならティッシュ・ペーパーなんでしょうが、私がウブドに滞在始めた1990年にコンビニは皆無で、テイッシュ・ペーパーも普及していなかった。

ウブドにコンビニが開店したのは2003年。

1号店は、モンキーフォレスト通りのデルタデワタ系列のミニマートでした。

そんなきっかけから、私は34年間、トイレットッ・ペーパー派なんです。


すぐに見つかると思ったトイレット・ペーパーが見つからない。

テイッシュ・ペーパー、ウエット・ティッシュ、キッチン・ペーパーの並んだ棚はある。

これまでは、同じ棚に並んでいた。

1.jpeg
コンビニ・インドマレット

2.jpeg
スーパー・クランデイ

店内を二巡しても見つからない。`
 
レジカウンターの近くにいたスタッフに、助けを求めることにした。

「クルタス・ウエーセー(Kertas WC)は、どこにありますか?」

伝わらないので「クルタス・トイレット」と言い換えてみた。

インドネシア語で紙はクルタス、トイレはトイレットかWCでいいだろう。

私の発音が悪いのだろう、何度言っても、わかってもらえない。

なんでわかってくれないの。

スマホの翻訳機能を使って「Kertas yang digunakan di toilet」と言ってみた。

ロールペーパーの巻き取る真似もしてみた。

スタッフは、ジェスチャーで見せる前に理解してくれたようで、ついてくるようにと言うように歩き出した。

ついて行った先は、ティッシュ・ペーパーなどの棚。

スタッフは一目見て「在庫切れです」と言う。

在庫切れって、どういうこと。

トイレット・ペーパーって必需品でしょ。

そこで、はたと気づいた。

バリ人は、トイレットペパーを使わないのだ。

安宿ロスメンでは、水槽に貯められた水を手桶で汲んで、お尻を洗っていた。

そう便器は、座り込みスタイル。

高級ホテルに泊まれば、洋式トイレ(水洗)はあるが、私には縁がない。

近年は、ロスメンでも様式トイレが普及していて、オシュレットではないがホースの先にシャワーのついた洗浄機がついている。

私は、この洗浄機を利用しているので、今でも、紙は使わない。

ウブドは世界的に有名な観光地なので、ホテルやレストランでは洋式便器が普及している。

(ホテル&レストランは、問屋から仕入れているかもしれませんね)

外国からの滞在者の多いウブドのこと、スーパー&コンビニでは、トイレット・ペーパーの在庫は必須。

在庫切れは、仕入担当の管理不足が問われる。

今ではバリ人の一般家庭でも洋式トイレで、トイレット・ペーパーを使っているのかもしれないが、情報蒐集していない。


「いつ入荷ですか?」と聞くと、明日には入ります、というので翌日行ってみた。

入荷していなかったので、ティッシュ・ペーペーを買って帰った。

ティッシュ・ペーパーは、上品すぎて私には似合わない。



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2024年05月18日

【皆さまにお知らせとお願いがございます】

お待たせしました。

皆様、お待ちかねの企画です!

シェア&拡散のご協力、よろしくお願いいたします!

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関 将さんからのメッセージ!

昨年9月に和子さんが無くなった報を頂いて直ぐ、居ても立っても居られなく9月末にバリ島へのエアチケットを購入しました。

お別れ会の1週間後の到着でしたが、伊藤さんらと個人的な送別会的な集まりの際に、和子さん、スウェントラさん、スアール・アグンの想い出の文集的なものを作りたい、という話になりました。

それが発展して、このようなコンテンツを作る運びとなりました。

皆さんからの文章、画像、映像を送って頂けますでしょうか?

以下、案内の文章となります。

【バリ島を、ジェゴグを、スアール・アグンを愛するみな様へ】

ご存知の方が多いと思いますが、「スアール・アグン」創立者であるイ・クトゥ・スウェントラ氏が2018年5月10日に、スウェントラ氏と共にジェゴグ復興に尽力した奥様の和子さんが2023年9月10日にお亡くなりになりました。

このご不幸の間にコロナ禍が重なり、かつてあれほど人気だった「スアール・アグン」の活動も、ここ数年思うようにできていないのが現状です。

多くの日本人ファンを魅了したジェゴグが人々の記憶から消えてしまう前に、スウェントラさん、和子さんご夫妻を偲ぶメモリアルをデジタルコンテンツとして残せないだろうか。

そんな思いから、「ジェゴグ復活ドキュメンタリー制作プロジェクト」を立ち上げました。

そこで、皆さまに以下のふたつのお願いがあります。

@クラウドファンディングにご協力ください

スウェントラご夫妻やスアール・アグンの功績をドキュメンタリー風のデジタルコンテンツとして制作する資金を募ります。ぜひこのクラウドファンディングにご協力ください。 
 
詳しくは、このプロジェクトのクラウドファンディングをご覧ください。

アクセスはこちら。
https://camp-fire.jp/projects/view/756887

●なお、クラウドファンディングのお支払方法は基本的に日本で発行されたクレジットカードかpaypay などのオンライン決済になります。

この方法が不可能な方は伊藤までご相談ください。

A思い出の写真、動画、コメントなどを送ってください

デジタルコンテンツは、ゆかりのある方々へのインタビュー、思い出のコメント、画像・動画などで構成します。

そこで、ジェゴグファンの皆さまにこの企画に参加していただきたいのです。

掲載可能な画像があったら、ぜひお送りください。

思い出のコメントも募集しています。

皆さまから寄せられた素材をコンテンツに活用させていただきます。

詳しくは、このプロジェクトのクラウドファンディングをご覧ください。

アクセスはこちら
https://camp-fire.jp/projects/view/756887

「ジェゴグ復活ドキュメンタリー制作プロジェクト」実行委員

関将

伊藤博史 

中谷薫

西村久美子

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ウブドにラーメン店が増えている! ラーメン専門屋「you & mie」 (356)

ウブドのラーメン屋1号店は、アンドン十字路西南角のオープンした「イダバグース・ラーメン」。

現在、不動産屋「Ubud Property」になっている。

開店年を正確に覚えていないが、「居酒屋・影武者」1991 年に開店したあと、1992〜3 年にオープンした

日本食「漁師」と同時期だと覚えている。

正確な開店年をご在知の方がいらっしゃったら、情報を待ってます。

イダバグース・ラーメンは数年後に閉店してしまったが、餃子が美味しかったのでよく通った。


バリにも、ラーメンに似たものがある。

中国人が伝えたと思われる麺類で、ミー(Mie)と呼ばれている。

もっともポピュラーなのが、ミー・アヤム=鶏肉入りスープ麺(外国人の来店がある店では、メニューにチキンヌードルとある)。

ミーを炒めたものをはミー・ゴレン(焼きそば)で、肉団子(牛肉or魚肉)入りのスープ麺をミー・バッソと言う。

ウブド大通りとハヌマン通りのT字路近くに、デンパサールが本店の「ミー・アヤム・ジャカルタ」は、人気店だった。

ここのミー・アヤムは、スープと麺が別々の器で出てくる。

それをミー・アヤム・ジャカルタと呼ぶらしい。

なぜ、ジャカルタというかわからない。

スープを一口、麺を二口。

麺の器にスープをぶっかけて、3種類目の味を楽しむことができる。

あっさりした味は、私の好みだ。

今はない。
 

「イダバグース・ラーメン」が姿を消して30年ほどがたった今、ウブドはラーメン店の激戦地になっている。



取り敢えずグーグルマップ記載されていた店を紹介します。

●Fu Shou Noodle lub=アンドン通り

●You & Mie=スクマ通りトゥブサヨ

●Mie Kuy Ubud=スクマ通りトゥブサヨ

●En Ramen and Bar Ubud=ハノマン通りパダンテガル

●La-Mien=ゴータマ通りパダンテガル

●KIMI RAMEN=ゴータマ通りパダンテガル

●Ramen Dining Kazumi=ゴータマ通りパダンテガル


私の知る限り「イダバグース・ラーメン」の後に開店したラーメン専門店は「you & mie」。

「you & mie」のオープンは、2018年3月6日。

激動のコロナ禍を過ごし、現在は人気店のひとつになっている。

6年ぶりに、訪問してみることにした。

場所は同じスクマ通りで、以前の店より南下している。

初店より、倍ほど広くなった。

メニューには、オープン当時と同様にチキン・ヌードルと書かれている。

menyu.jpeg

ローカルのミーアヤム味とは一味違い、チョッピリ日本風味でラーメンと呼んでも許せるかなというところ。

当時Rp20,000-だったチキン・ヌードルは、現在(小)でRp35,000-。

会計で、ミネラル飲料+税金で=Rp55,000-だったのは、(大)Rp45,000-の間違いかな。

私はスモールを頼んだつもりだったが、サービスされたのはビッグだったのかな。



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2024年05月14日

プダンダ(高僧)・プマンク(僧侶)の奏でるグンタ(鈴)を求めて!(535)

ウブドを徘徊していると、どこからともなく清んだ音が聴こえてくることがある。

清んだ音の正体は「GUNTA=グンタ」と呼ばれる鈴。

グンタは、聖職者であるプダンダとプマンクがマントラとともに、バリ人の信仰するヒンドゥー・ダルマの儀礼で使用する。

リ〜ン リ〜ン! 澄んだ音色が聞こえると、今、お祈りをしているところだろうと想像できる。

寺院祭礼のお祈りの場に立ち会うと、瞑想的なグンタの音に心が洗われるのを感じる。

境内を長く響き渡る、鈴の音が好きです。

少し、グンタについて説明します。

グンタは、神の武器(神器)一つです。

Nawa Sangga.jpeg

方位はカンギン(東)、神はイスワラ神、・色は白、音はサンになります。


◼️五元論・パンチョ デワォ=Panca Dewa(グンタ「5」、デワォ「神」)
ヒンドウーの教義では、東西南北とその中心という5つの方位が、それぞれの方位に対応する神、神の武器(神器)、色、音、聖数などと結びついた形で、宇宙の秩序原理をなすという考え方がある。

◼️五元論・ナワォ サンゴ=Nawa Sangga
パンチョ・デワォに北東、南西を含めた九元論

◼️十一元論・九元論に上と下の方位を合わせる
ヒンドゥーではもっとも高次の秩序原理。
ブサキ寺院で行われる100年に一度のエコダソ・ルドロ=Eka Desa Rudoraに見られる。


説明が長くなりましたが、それでは本題であります神器グンタを求めてて俳諧の巻。

今回は、グンタを購入したいという、シンギングボール奏者の友人のお供です。

私も興味があったので、喜んで同行した。

クルンクン県スマラプラ市にパンデ(鍛冶屋)階層が多く住む村がある。

Pudak通りの沿道に小さな看板が出ている。




ウブドからバイクで40分ほどで、到着。

看板が出ている家を、軒並みというか、片っ端から訪問する。

グンタを扱うのはほとんどが家内工業で、バリ人のお宅訪問というスタイルだ。

1.jpeg

屋敷内にショーケースを置いて、販売している。

ショーケースには、グンタ以外の神具も並べられていた。

グンタは、クニンガン=Kuningan(真鍮)製で大きさはマチマチで、鈴の直径によって音色が違う。

直径が大きくなるほど、低音になる。

友人は、一つ一つの音色を丁寧に聞いている。

グンタを使ったヨガや瞑想を企画して、選別も真剣だ。


私的には、長く響き渡る音が好みのようだ。

説明はこのくらいにして、あとは動画でご覧ください。


posted by ito-san at 20:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年05月07日

ウブド滞在34目にして思うことは、日本に帰国!(534)

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二度と帰るつもりのない決心で、日本を脱出した。 
 
日本を離れ、終の住まいを探す旅だ。

最初に訪れたのがバリ島。

2日目には、ウブドに居た。

1990年5月7日、私はウブド滞在を初めた。

42歳の春です。

今年2024年で、34年目ということででいいですよね。


バリ島は常夏。

日本から来たひとりの中年バックパッカー。

節約旅行の長期滞在なので、ホームステイに居を構えた。

初めての訪問地で、当然、知り合いはいない。

宿の家族とは、すぐに仲良くなった。

散歩の途中で声を掛けてくる村人とも、顔見知りになった。

村人とは仲良くなっていくが、日本人の知り合いはいない。

滞在が長期になっていくうちに、宿で知り合う日本人や、ナイトマーケットで知り合う日本人が増えていく。

しかし、ほとんどが数日で離れていくバックパッカー。

節約旅行を終えて日本に戻る人、これから旅が始まる人。

チェンマイ、ベトナム、インドと行き先はマチマチだ。

世界一周旅行に出発した若者もいた。

夢を抱いた彼らの旅は、まだまだ続く。

中期滞在者と知り合った私は、島内を旅した。

当時、入れ替わり立ち替わりで20名ほどの日本人がいただろうか。

30数年前のバリ。

楽しかった。

ジェゴグを知ったのは、この時だ。

多くの旅行者を見送った。

「また、帰ってくるから!」涙を浮かべての約束でも、あてにならないことを知る。


こうして、ウブドに沈没。

国外退去も辞さない覚悟の旅行者なので、何も怖くない。

長期滞在を考えた時には、偽装結婚も考えた。

労働ビザを取得せずに、居酒屋・影武者を営業。

イミグレに脅された時には「逮捕してくれと!」叫んだ。

不良外人だった。

今は改心して、自称模範ツーリストである。

30年滞在すれば永住権を取得できるかもしれないという期待は、みごとに裏切られ、諦めざるを得なくなった。


そして34年目に考えたことは、日本帰国だった。

33年間、四季を体験せずに暮らしてきた。

日本帰国も私にとっては、旅の続きという考え方。

不安も多いが、旅だと思えば我慢もできるだろう。

7月15日で77歳の喜寿だ。

寿命は80歳までと、考えている。

あと3年。

もう少し生き延びそうで怖い。

これまで、バリの神々に守られてきたかのように、運良く生き永らえてきた。

日本に帰らない決心をしたウブド生活だったが、体力的に不安になり、金銭的にも最悪。

もう仕事ができる能力もないので、日本帰国にさいしては、生活保護の恩恵に預かろうと考えています。

死ぬこともままならない、路上生活者になる自信もない。

知人には、生活保護を受けることは、公言しないほうがいいですよと、アドバイスされたが、それは私の本心ではない。

今回は、ウブドの戻らない覚悟で本帰国です。

本人的には、そんなに悲観的ではないので、心配無用です。

若いからこそできた人生。

年寄りには年寄りの楽しみ方があるはず。

それを探そう!

パソコンが使えなくなって、SNS等の更新できなくなるかもしれませんので、ご容赦ください。

posted by ito-san at 19:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ウブド村帰郷記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする